六 制作放送部の再起②

 大空と別れてから、俺は小鳥遊と駄弁っていた。一応、いい仕事をしたということで、ジュースをおごってやっていたのだ。


「優陽の脚さあ、あれアスリートだろ! 杏奈ちゃんと比べると、太さ半端ないよな!」


 ケラケラと笑う小鳥遊。ああ、また脅すネタが一つ増えてしまった、と俺は心の中に仕舞う。ちなみに別に俺が誘導したわけでもなく、優陽の話から小鳥遊が勝手に悪口へと発展させたのである。


 俺から優陽にすぐに伝わることもわかるのに平気で漏らす辺り、ひょっとするとこいつも制裁されるのが癖になっているのかもしれない。


 優陽は優陽で本気を出せる相手が小鳥遊しかいないから、需要と供給は成り立っているのだ。多分。


「これからまだナンパするのか?」


「はははっ、今日こそ成功させるつもりだからな! 一緒に学園祭を過ごす相手を見つけるまで諦めないぜ!」


 その学園祭ではお前にずっと仕事を与えるつもりだがな。まあ、どのみち相手を見つけることは無理だろうから問題ないけれど。仮にそんな奇特な人間が現れたなら、ひと月に渡って番組で取り上げたいくらいである。


「水内は学園祭を誰かと周んないの?」


 その言葉で思い出す。鵜久森と周るということを。


 女子と周るというだけで気が重い。それも、鵜久森の事情を知った以上、そっけない対応をするわけにもいかない。あいつにとっては重要なイベントなのだ。


「お、なに? 誰と周るんだ? 優陽? 杏奈ちゃん?」


 またその二人か。いつも一緒にいる小鳥遊にまでそう見えているのなら、誰にでもそう思われているのかもしれない。


「なんでいつもその二人が出てくるんだ」


「いつも? てか、そりゃどっちかだと思うじゃん。まさか歌乃先輩じゃないだろうな!」


 仮に部長だとしても、ナンパばかりしてる小鳥遊が文句を言う筋合いはないだろう。それに、あんな繊細な小動物(一部以外)を俺が扱えるはずもない。


 茶化されるのも勘違いされるのもたまったものじゃない。だから鵜久森のことも隠しておこう。こいつにだけは。


「それもないから安心しろ。というか、そんなに女と周りたいのか?」


「当たり前だろ! 恋愛こそが青春最大のイベントだ。学園祭を一緒に過ごして、後夜祭でしっぽり手を握って、そして夜ってわけだ」


「後夜祭なんてあったか?」


「ミナ高はないんだよなー。でもキャンプファイヤーを囲んでフォークダンスとかしたいぜ」


 小鳥遊はドラマか何かの影響で理想を言っているようだった。そもそも、後夜祭なんて今どきあるのだろうか。


 学園祭の舞台の枠が増えるような後夜祭になるのなら、今の状況では強く賛成するのだが、現実は厳しいだろう。ドラマを再現したいがための後夜祭で、舞台に興味が行くはずもない。


 それにしても、自分がそれに参加してフォークダンスを踊る姿が想像できないのも、男子高校生としてはもの足りないだろうか。


 恋愛に興味がないわけではないが、そういう華やかな場面にいる自分を思い浮かべると、滑稽にすら感じる。それに、櫻子にも悪い気がした。


 ふいに、スマホが震える。今日はよく電話が来る日らしい。


 誰かと思って画面を見れば、それはある意味、最も意外な人物だった。


「電話? 誰から?」


「被服部部長だ」


「はぁ? あの藤原先輩がなんでお前に?」


 小鳥遊にすら有名である藤原先輩。湊高校の人気者の一人との繋がりに、俺はちょっとした優越感を持ちながら応答ボタンを押した。


「もしもし、水内くん。私、藤原だけど」


 藤原部長の声だ。以前、何か用があるかもしれないからと交換していたのだが、まさかかかってくるとは思わなかった。


「どうかしたのか?」


「ちょっち相談。うちの模擬店のことなんだけどさ」


 藤原部長は数々の部とコネを持ち、広く信頼されている女性だ。そんな彼女から相談を持ち掛けられるとは光栄なものだ。まあ、俺個人ではなく「制送部に」なのだろうけれど。


「宣伝か? どう考えても間に合わんぞ」


「そうなんだけどね。実は、学園祭後にも学校のホームページで販売していることを宣伝をしてほしいんだよ」


「どうしてだ?」


「服を売るわけだけど、うちは他の部に提供してる分も売ってるんだよ。だから、舞台発表の衣装も売りたいんだけど、日曜日の舞台の分を売る機会が足りなくて、売ってることを広めておきたいんだ。


 演劇部の分とか、うちではかなり力を入れてるほうなのに、それを売らないままにするのはもったいないでしょ?」


 被服部の活動は衣装の提供がメインだ。それは、各部活から依頼されると、金銭的な負担なく服を作るというものだった。


 もちろん、その額は宣伝効果と比例するため、舞台発表など目立つ活動をしている部ほど増額される。つまり、演劇部のような実績のある部だと、被服部も力を入れてくれるわけだ。


 その衣装は、使用後、被服部に返還される。その後、それを使っていた部が部費で購入したり、思い出として個人で購入することもあるが、そうでなければ模擬店で捌くことになるらしい。


 人気のある生徒が着用した衣装なんかは争奪戦になるという話も聞いた。


 しかし、日曜日が舞台発表の部活のものは、売る時間が少ない。本人たちが買ってくれたら問題ないが、今回はそれが期待できないと思っての相談なのだろう。


 模擬店の売上は費用を除いて学校に吸い上げられる。そこから税金だなんだと引かれるらしいが、それに関してはよく知らない。


 残金のプールは、来年の部費として分けられる。学校に多く吸い上げられた部活ほど部費が増額されるため、被服部の分が多いことは有名だ。


 そして、そのプールが大きいほど他の部の部費も増額されるため、部同士が相互に協力し合う関係が築けているらしい。


 ちなみにこういった説明は全て、藤原部長から事前に聞いていた。ひょっとすると、依頼することを見越して、あらかじめ教えてくれていたのかもしれない。


「なるほどな。テロップ程度ならいくらでも入れられると思う。あと、いっそ美少女インタビューのときに着させたカットを入れて宣伝してみるのも手かもしれないな」


「ああ、なるほどね。さっすが水内きゅん!」


 どうもこの人には俺のペースが崩されてしまう。苦手だとは思わないが、やりづらいところのある人だった。


「水内くんは一年だからあんまり知らないだろうけどさ、うちの学園祭って本当に豪勢なんだよね。芸能関係の人が来たり、OBのタレントさんがお忍びで来たりするし、もうみんなテンション上がりまくりなの。


 でも学園祭を集大成にしてる部も多いでしょ。楽しむ時間か仕事をする時間、どっちかを削らなきゃなんないんだよね。二日って本当に短いんだ」


 俺も小さい頃から何度も来ているから、一年の割には知っているはずだ。テレビで見たことのある人を探すのが楽しみの一つだった。


 芸能関係者が来ることが、演劇部の力の入れように繋がっているのも納得の話だ。学校内外に注目される、とはこのことなのだろう。


「まあ、短いだろうな」


 学園祭は短い。その中に、青春盛りの学生が満足するわけがないのだ。――本当に。


「全くだよ。じゃあ、テロップのほう、お願いね」


「ああ。貸しは蓄積しておくぞ。被服部は頼りにしているからな」


「いつでもどうぞ。まあ、こっちは模擬店でホクホクになったら、来年の部費も期待できるからね。制送部の衣装だって作るよ!」


「いや、それはいらない」


 そんなことで予算を使われたら困る。それに、貸しは蓄積したままにしたいのだ。


「残念……。あ、そうだ。演劇部の衣装にキャンセルが出たんだけど、あれって鵜久森さんの出る劇だよね? どしたの?」


 そういえば、被服部にも関わる話だった。ここで止められては困る。


「ああ……。その話なんだが、制送部の分として、継続して作ってもらえないか? ちょっと別でやらなければならなくなったんだ」


 すっかり忘れていた。これですぐに貸しを一つ失った。


「そうなんだ。うん、了解」


 藤原部長から言ってもらえて助かった。こういうところが彼女の人望に繋がっているのだろう。


「それでだな、どこかの部で、舞台発表の時間が余ってるって話を知らないか?」


 ついでに、顔の広さも頼ることにした。この人なら何か知っていてもおかしくない。俺はすがるような気持ちで訊いた。


「うーん、さすがに厳しいかなぁ。でも、訊いてみるよ」


「ああ。よろしく頼む」


「じゃあねー」


 俺は電話を切って、ほったらかしにしていた小鳥遊のほうを見る。小鳥遊は口をボケっと開いたまま、俺を見ていた。


「どうした? エサを食べるコイみたいな顔して」


「うるせぇ! なんでお前は藤原部長ともそんなに親しげなんだ! くそっ!」


「いや、部活の話をしていただけなんだが」


 小鳥遊が地団駄を踏む。何がそんなに悔しいんだ、お前は。


「小鳥遊の名にかけて! 絶対に良い女ナンパしてやるからなぁー!」


 そう言って、小鳥遊は駅のほうへと走っていった。あんな主人公がいてたまるか。


 俺は夜空を見上げる。学園祭までの時間は少ない。学園祭そのものの時間も少ない。そんな中で、俺にはある一つの考えが浮かんでいたのだった。



「春斗。お昼どうする?」


 昼休み、当たり前のように優陽に声を掛けられた。俺は、かなりの頻度で優陽と小鳥遊の三人で昼飯を食べているため、ルーティンのようなものだ。


 しかし、まだ小鳥遊が来ていない。遅刻か欠席か。昨日の感じだと、引くに引けないまま時間を浪費し、朝起きられなかったんだろうな。悲しいことにその様子が簡単に想像できてしまう。


 そして、今日は優陽と昼飯を食べる時間はなさそうだった。


「悪い、ちょっと用があるんだ」


「ふぅん、そうなんだ」


 俺は教室を出ようとする。おっと、その前に訊いておかなければならないことがあったのだった。


「そうだ優陽。お前、月曜日の代休は暇か?」


「え? 別に、大丈夫だけど」


「そうか。なら、空けておいてくれ」


「え? う、うん……わかった」


 珍しく優陽の歯切れが悪い。まあいい。昼休みは短いから急がなくてはならない。


 さて、俺の提案を聞き入れてくれるのか。頼れる協力者とともに、俺は意見を提出するのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る