五 水内春斗の理由③


 不意を突かれた。鵜久森は俺が口を滑らせたことに気がついていたようだ。この質問にどう返すべきだろう。



 適当に誤魔化すこともできる。しかし、俺には体の弱い鵜久森を主役にした責任がある。懺悔にも言い訳にもなるそれを、俺は説明すべきだと思った。



 俺はチラッと天王寺を一瞥する。



「あの、私、出てましょうか?」



 天王寺は俺の仕草を深読みして受け取ってしまった。



「いや、そうじゃない。むしろ居てくれ」



 邪魔だと思ったわけではない。俺らしくないことだから、少し抵抗があるだけだった。こいつだって利用しているのだから、言っておく義務はあるだろう。



「……妹の櫻子ためだ。妹に見てもらうために、番組を興味深い内容のものにしようとしている」



 いっそシスコンだとでも笑ってくれたらいいのに。公私混同だといじられるのでも構わない。しかし、どちらもそんなことをする気は全くないらしく、真剣な顔をしていた。



「妹さんは――」


「引きこもってるんだ。他人どころか家族も拒絶して、誰も居ないときにしか部屋を出ない。ずっと独りでいる」


「どうして、って訊いてもいいのでしょうか?」



 二人は興味を示している。あまり重い話にはしたくないのだが、俺に調整できる会話スキルはない。



「妹は小六の頃、酷いいじめを受けた。よく物が無くなって、以前まで普通に接してたクラスメイトも妹を無視した。典型的で悲惨ないじめだった。


 学校側は割と早く解決に乗り出してくれて、加害者の中心メンバーの子に謝らせて、すぐに解決した。そう思っていた。


 それでも、妹は学校へ行きたくないようだった。父親はそれが気に入らなくて、母親も父親の言うがままで、妹を学校へ行かせたがった。


 無理をして学校へ行っていた妹は、そのうち仮病を使うようになって、部屋から出てこなくなった。


 俺は中三で部活が忙しくて、顔を合わせることも少なく、どれだけ苦しんでるのかさえ気づかなかった。元々大人しい子だったし、いじめは解決したものと思っていたから。


 部活を引退した夏休み、俺はやっと妹と向き合った」



 そこまで言い切ると、俺は一度間を置いた。どこまで言うべきかを考えるが、その判別がつかない。やはりそのまま全て言うしかないようだ。



「妹は部屋には入れてくれたが、目を合わせてくれなくなっていた。両親と話すこともなく、ただテレビを見たりネットをするだけの毎日だった。


 俺は妹のクラスメイトに学校での妹の様子を訊いてみることにした。その子は元々仲が良かったけど、自分に矛先が向くのが怖くて無視するしかなかったらしく、妹に罪滅ぼしをしたいと言ってきた子だった。


 その子によると、加害者の謝罪が終わった後も、妹は学校では誰ともしゃべらなかったらしい。話しかけても上の空だった。


 俺は何かと理由をつけて妹を外に連れ出し、妹のクラスの子に会わせた。加害者の子も、もう怖い存在じゃないとわからせるために接触させたこともあった。それで辛い気持ちがほぐれると本気で思ってたんだ。


 でも妹にはそれが苦痛だった。それから、もう俺を部屋に入れてくれなくなった」



 これは懺悔みたいなものだった。多分、俺は誰かに聞いてもらいたかったのだ。それで口が止まらなくなっていた。



「夏休みが明けても学校へは行かなかったし、部屋からも出てこなかった。


 部屋の外から声を掛けてもなんの返事もない。かろうじて生活音が聞こえるだけで、それで生きてることが確認できるくらいの状況だ。


 こうなったのは俺のせいだ。だから、俺がなんとかしなければならない。その手段がテレビだと思った」



 親しい友達に裏切られ、家族にまで裏切られた櫻子は、孤独の世界に落ちていった。これは俺の責任だった。



「妹さんは番組を見てくれているのですか?」



 天王寺の質問に、俺は頷いて返した。こうして訊かれると話を続けやすい。



「妹は俺が入学する以前から番組を見ていた。内容が気に入ってるわけでもなく、単にミナ高に入りたかったからだと思う。うちの小学校は高校の近くだから、地域交流とやらで何かとお呼ばれしていたんだ。だから俺も妹も、小さい頃からミナ高に入ろうと思ってた」



 小さい頃からミナ高に出入りしていたから、他の一年よりもこの学校についてよく知っていたのだった。



「それで、ミナ高に入学して番組に取りあげられるくらい目立つことをすれば、櫻子に話しかけられると思った。ただ残念ながら俺には才能という才能もなかった。


 そして、当時からターゲットは女性に偏っていた。だから番組で取り上げられることは難しく、俺の野望は頭打ちした。


 でも、すぐに好機は訪れた」


「不祥事ですね」



 俺は頷いて返す。天王寺の表情はそっと陰る。



「その時に、自分自身が制作側に回れば良いってことに気づいたんだ。そうして俺は制送部に入った。


 最初に放送される日の前日、俺は必死に妹へ呼びかけた。ひたすら番組を見てくれってな。そして翌日に聞き耳を立てていると、ちゃんと俺たちの作った番組を見てくれていたんだ。


 だから、俺は妹が興味深く見られるような番組にしたいと思った。それで話をしてくれるかもしれないからな。


 そして、出てくる人間に興味を持ってほしいと思った。妹は家族もそれ以外も全部拒絶しているから、人とつながるきっかけになるかもしれない。だからよりドラマチックな環境と、主人公にふさわしい人間を求めていた」



 入学して今まで色々とやってきた。その中で、今回こそはと思った相手こそが鵜久森葵だったのだ。



「鵜久森に声を掛けたのも、櫻子の――妹のためだった。お前のあがきが、妹の心に響くと思った。共感できると思った。


 だから、俺は鵜久森に諦めてほしくないんだ。妙なものまで背負わせるようで悪いが、これが俺の理由だ」



 部活をする理由、人を利用する理由。その全てがここに集約されていた。これが俺の罪の全てだった。



 鵜久森を見ると、その表情は穏やかなものになっていた。



「……なんだか、納得した。私、なんで水内くんが私に声を掛けたのか、ずっと不思議だったの」



 鵜久森はそれを嬉しそうに言う。なぜ納得するのだろう。なぜ嬉しそうなのだろう。俺にはわからなかった。それでも俺は、鵜久森の変化に心底ホッとしていた。



「私、やっぱり舞台に立つよ」


「葵先輩……」



 天王寺の表情も明るくなる。



「がんばるよ。妹さんのためにも、ね」



 そう言って笑う。体は弱いけれど、強い鵜久森がそこに居た。





「さっきは驚きました」



 外へ出ると、天王寺が開口一番にそう言った。確かに、鵜久森が「死ぬ」という言葉を発した瞬間、俺も心臓が止まるかと思ったものだ。



「そうだな」


「葵先輩のことじゃないですよ。さっきのことです」


「ん?」



 天王寺が呆れたように笑った。ムカつく表情だった。



「葵先輩のお母さんとお話をしているときに、入ってくるとは思いませんでした。先輩方と同じような感じで話すのではないかとヒヤヒヤしましたよ、私は」



 天王寺は、改めて鵜久森の母親と体調の話をしていた。そこで、俺も訊きたいことがあったから、普通に入っただけのことだった。



「別に敬語を話せないわけじゃない。学校外で必要とあれば使うさ」


「……それはキャラ的に中途半端で良くないのではないでしょうか」


「どんな指摘だ」



 こいつは俺にどうあってほしいんだ。まったく。



「さあ、後は舞台づくりですね」


「大空も捕まえなきゃな」



 やらなければならないことは多々ある。それでも、鵜久森が前向きになってくれたことで、俺たちもなんとかなる気がしてきていた。



 残り時間は少ない。でも鵜久森に比べれば、俺たちは動いていられる。あとは作戦を練って、成功へと導くだけだった。



「……それにしても」



 天王寺が俺を見て微笑む。さっきの腹立たしい感じとは違い、かなりお嬢様寄りの表情だ。



「水内くんの秘密を知っちゃった気分です」



 何かと思えば、櫻子の話だった。やっぱり外に出すべきだったのだろうか。



「別に秘密にしちゃいないさ。言う必要がなかっただけだ」


「ふふふ、私も葵先輩と同じで、なんだか納得しちゃったんですよ」



 またそれか。俺は見せつけるようにため息をつく。



「なぜ妹の話で納得につながるんだ」


「水内くんって強引で、利用できるものは利用しようって言い方をしますけど、なんだかんだで人情的で優しいじゃないですか。


 どっちが水内くんなのかなって思うことがあるんですけど、妹さんのお話を聞いていると、やっぱり優しい人だって思いました。葵先輩が同じことを思ったのかはわかりませんけどね」



 天王寺は子どもを褒めるような顔をして言う。腹が立つので、俺はそれを否定した。



「俺は優しくなんかない。てか、運転手を待たせているんだろう? 早く行くぞ」


「はぁい」



 これは、本当に弱みを握られたような気分だ。俺は表情を見せないように、車へと急いだ。

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