第二章
二 水内春斗の暗躍①
次の日の放課後、俺は一人で行動していた。
鵜久森に良い報告をするために、今日中に演劇部にどのようにねじ込むか、どうやって交渉するかを決めるつもりだった。
そのためにも、演劇部の様子を探る必要がある。だから、今日も俺は演劇部の活動場所へやって来ていた。
今日はB棟にある多目的室だった。これだけの大所帯だと、部室はほとんど使わず、常に広い教室を借りているのだろう。
別に忍び込むつもりでもないので、ノックをして扉を開けた。そこには昨日と同じような目で見てくる部員たちの姿があった。
「今日は練習風景の撮影に来た。スナップだから、自然にしていてくれ」
そう言ってカメラを向けると、部員の多くは引きつったような微笑を浮かべる。
誰だってむすっとした顔で映りたくはない。でも笑うに笑えない。そんな微妙な笑顔だった。
脇島部長はカメラを気にせずに真剣な表情で作業をしていた。
自身の劇もあるが、全体の統括もしているのだろう。これだけの大所帯とは大変なものだ。
カメラを彼女に向ける。これは、俺個人として、彼女が一番見映えのする部員だと判断したからだ。
このスナップは学園祭の放送の際に少しだけ使うもので、それほど重要ではない。だから十分な撮れ高を獲得すると、あとは適当にカメラを回していく。
さて、ここからが本当の仕事だ。部内の状況を探り、こちらが干渉できる部分を見つけなくてはならない。俺は部内を見回した。
ざっと室内を見ると、演劇部は三つのチームに分かれていた。
まずは脇島を中心とする最も大きなチームだ。
ここは恐らく部のメインチーム、運動部でのレギュラーといったところか。張り詰めた空気が漂っており、ここに鵜久森を入れるのは不可能だろう。
次は、窓際にいる一〇人ほどのチームだ。
一、二年生がほとんどであり、一年は空気に飲まれているようだし、二年もきりっとした表情をしている。
最後は八人ほどのチームだ。
ここは全員三年生で構成されているようだ。比較的朗らかな空気で打ち合わせをしている。
たしか四つだと聞いていたが、ここには現在三つしかない。きっと他のところでやっているのだろう。とりあえずはこの三つから考えることにする。
この中なら、一、二年のチームが望ましいか。あるいは最後の学園祭という同じ目標を持つ三年のチームも良さそうだ。
とりあえず、カメラを利用して探りを入れてみることにしよう。俺はメイン以外の二チームに、疑似の取材を試みた。
「少し取材をしたいんだがいいか?」
「あ、うん――これ、流れるの?」
最初に話しかけたのは、一、二年チームにいた二年生だった。ボーっと台本を読んでいたので話しかけやすかったのだ。
「流れるかもしれないし流れないかもしれない。内容だけテロップで使うかもしれない」
「そ、そう。わかった」
流れる可能性がある、だけで十分なのだろう。彼女は少し髪を整えてから、こちらへ向き直った。
「それぞれのチームのことを簡単に説明してくれ」
「……インタビューなのにそんな感じでいいの?」
話し方とかそういう意味だろう。まあ、気になるところか。
「映像ではテロップで入れるから問題ない」
「ああ、ああいう感じのね」
彼女はすぐに納得してくれたようだった。実際、テロップですることはあるが、俺が適当なのは放送する可能性が全くないからであることは内緒だ。
「じゃあ改めて。各チームのことを教えてくれ」
「はい。まずはメインが『湊隊』で、学園祭のトリを飾ります。うちの劇は学校内外から注目されるのですが、その中でも評判が高いのがミナ隊による劇です。ミナ隊に選ばれるために、私たちは三年間がんばっています」
脇島の居たチームだな。ここはまず最初に切るべきだ。
「次に、私のいる『星組』は、一、二年生が中心になって毎年組まれるチームです。宝塚から名前をとったらしくて、場を盛り上げる役割があります。こっちのほうが楽しみと言ってくれる人もいるので、とてもやりがいがあります」
彼女の表情からしても、そのやりがいが伝わってくるようだった。良いムードなのだろう。
最後が『ミルキーウェイ』といって、引退する三年生で組まれるチームです。このチームは毎年名前が変わります。最後に好きなことができるからと、メインを張れる人でもこっちへ来ることもあります。今年も先輩方がとても生き生きとしていて、素晴らしい舞台ができていると思います」
こういうチームは個人的に好みだ。俺が演劇部の三年ならメインよりもこちらに入ることを望むだろうと思った。
考えていたよりもしっかりと説明してくれて、チーム編成のことがよくわかった。使う気がないことが申し訳ないほどだ。
しかし、一つだけ疑問が残った。
「三つ? 四つじゃなかったのか?」
「ああ、えっと……もう一つ、三年生の一人芝居があります」
話づらそうにする女子部員。俺はカメラを止めた。
「これで好きに話せるぞ」
「ええっ!? いいよ。まあ、いろいろあるんだって」
露骨に困っている女子部員を俺は淡々と詰める。
「放送するわけじゃないから、話してくれ」
「撮らないんだったら話す理由もないじゃない」
女子部員は呆れるように笑う。まあその通りである。
「なんだ? 三年生の悪口にでもなるのか?」
「内部事情だからさ。せめて三年生に訊いてよ」
なるほど、ではそうさせてもらおう。
彼女に礼を言い、俺はミルキーウェイのほうへと移動する。黙ってカメラを向けていると、カメラをかわすような動きをする女がいた。今撮られるべきは自分じゃない、と気を遣ったのだろう。
つまり、取材を受ける余裕のある部員ということだ。
「インタビューをしたいんだが」
「わ、私?」
「ああ。ミルキーウェイのアピールをしてくれ」
俺は問答無用でカメラを向けた。彼女はたどたどしく、自分たちのチームの舞台について話し始めた。当然、使う予定などない。
彼女の気が済むまで話を聞くと、俺はさっきのことを尋ねてみることにした。
「ありがとう。インタビューはこれで終わりだが、演劇部のことで少し質問があるんだ」
「何?」
緊張から解かれた女子部員は、気を緩めているため、なんでも話してくれそうだった。
俺はカメラを切ってから質問した。
「一人芝居をする三年生とは、なんで一緒にやらないんだ?」
「……ああ、
その三年の名は大空築希というらしい。いかにも呆れているように見えた。
「しょうがない?」
「うん。あの人は一匹狼だから」
一匹狼、か。なかなか興味を引くフレーズだ。
「嫌われているのか?」
「私は別に嫌いじゃないけど」
「それなら、このチームに入るって話になりそうなものだがな」
「うーん……」
気まずそうな顔をする女子部員。罪悪感だろうか。
「本当なら出ないはずだったんだけど、急に出ることになったから、かな」
「どうして?」
「紗枝が――部長が反対しててね」
脇島部長が紗枝という名だったか。その大空という三年は、脇島との確執により、出演が危ぶまれたらしい。
「部長はそんな権限があるのか?」
「大空さんにも問題があるのよ。よく呼び出されるし、それで演劇部が活動休止になりそうになったこともあるから。だから顧問に、絶対に大空は出さない、って訴えてたの」
「呼び出し?」
「いわゆる、不良、ってやつ」
「ああ……」
素行不良の女子に対し、真面目な脇島部長が怒ったわけか。まあ、しかたあるまい。
「それで、うちのチームにも入れなかったんだけど、演劇部には三年生が全員出演するって伝統があって、顧問がそれにかたくなだったから、結果的に大空は一人芝居をすることになったの」
「なるほどな」
不良生徒の一人芝居か。これもなかなかネタになりそうな事案である。
鵜久森となんとか組み合わせられないだろうか。そんなことを思い浮かんだ。
「その人は、部活にも消極的なのか?」
「ううん。部活には熱心で、演技も上手だと思うよ。問題さえ起こさなかったら、メインで主役だってあり得たかも」
「そうか」
孤高の天才。そんな誇張と言われそうな文句を並べつつ、一人で戦う者同士に手を組ませる。これは面白そうだ。
「その大空はどこに居るんだ?」
「いつも陽明舎の外で練習してるけど」
「ありがとう」
俺は軽く礼を言うと、颯爽とカメラをもって教室を出ていった。
○
学園祭を前に、校内は色めいている。全く放課後だとは思えないほど人が行きかい、自分たちの目的に没頭している。それだけ、湊高校の学園祭を一年の目標としている生徒が多いのだろう。
「湊」という字は「港」と同じで船着き場を表してはいるが、どちらかというと「港町」を指す意味合いが強いらしい。
水辺の町というのは昔から栄えており、人が多く集まる場所だった。湊という名は、活発で色んな種類の人間がいるこの学校によく合った名前だと思う。
俺はB棟を出て、陽明舎へと向かっていた。昨日とは違い、カメラを持っているため一苦労だ。
普段なら離れ小島のような陽明舎も、今は人の活気で溢れている。
まず、俺は陽明舎を一周してみた。すると、様々な部が活動しているのに、そいつは一人で本を見ながらぶつぶつ言っていたためすぐにわかった。
昨日も見たやつだ。こいつが大空築希だろう。
綺麗というよりは個性的な顔で、どこか怖い印象を与える。それは、ぼさっとした茶髪のせいでもあるが、目つきの悪さが大きいだろう。彼女はその目が特徴的だと言えそうだ。
スタイルが良く「個性派女優」という呼び名が似あう女。良い役者だ。俺にとってもな。
「お前が演劇部の大空か」
「っ……」
キッと睨み、小さく舌打ちをする。間違いなさそうだった。
「学園祭で一人芝居をする。間違いないな?」
「話し方のなってないやつだな。一年だろ、お前」
「そういうのを気にするほうには見えないが、気にするのか?」
大空は睨む目を本に落としてから、首を左右に振った。
「まあいい。取材に来たんだが、少しいいか?」
「あんた、制送部か」
俺は頷く。大空はチラッと一度こちらを向くが、すぐにまた本に視線を戻した。
「あたしはいらない。演劇部の取材であたしんとこに来たのならお門違いもいいとこだ」
「だろうな。しかし、俺としてはあんたのような個性的なやつのほうが撮りたいんだ」
俺はカメラを向ける。それでも、大空は笑顔一つ見せなかった。大したものだ。
「撮るなよ」
「じゃあカメラはやめよう。話だけでも聞かせてくれ」
俺は素直にカメラを止めた。もう十分だからだ。
「どんな芝居をするんだ?」
「ただの自己満だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「裏方とかはどうなってるんだ?」
「舞台効果は部内で何とかしてくれる。衣装は被服部に頼んでる」
「なるほどな」
あくまでも塩対応。こいつと、いかにも真面目そうな鵜久森を組み合わせるのは難しいだろう。だからこそ面白い。だからこそやりがいがある。
「じゃあ、邪魔したな。また来る」
「――また?」
もう用は済んだ。後は策を練るだけだった。
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