第10話 嵐の戦い

 あれから数か月の時が過ぎた。

 

 兵士としての影の民の信徒を失うことで偵察能力をなくし、雑用を行う難民を失ったことで城塞都市は内外ともに弱体化が進んでいた。

 

 そして城塞都市周辺の領土に侵略してくる混沌の軍勢に対して、《吟遊詩人》の扇動で熱狂する城塞都市は幾度も撃退の兵を出したが、偵察能力の不足から待ち伏せを受け、敗戦を重ねていた。

 

 城塞都市もはや恐れるに足らず。そう踏んだ混沌の軍勢は各地から数万の兵を集め、もはや二千足らずの城塞都市を包囲しようとしていた。

 

「……と、そこまでが偵察結果になる」


 森の民の家屋。そこで僕たちは仲間となった影の民の信徒から報告を受けていた。

 難民であった影の民の信徒も、城塞都市では兵士を務めていた元正規市民から指導を受けて、その技量をめきめき向上させ、偵察部隊の一員として欠かせないものとなっていた。


 しかし、この状況で城塞都市はどのように対応するだろうか。

 

「籠城しかないな。混沌の軍勢が腹を満たす農作物は、生産量はともかく持ち運びに限度がある。

 耐えしのいで撤退を待つ方向だろう」

 

 それは長年混沌の軍勢と戦い、彼らについて詳しいトレの言葉だった。

 城塞都市には大地の神の力で魔力を付与された強固な石造りの防壁や、備え付けのバリスタや投石器、それに都市防衛用の巨大ゴーレムがあった。

 確かに防御に回れば数万の兵といえどしのぎきれるだろう。


「だが、混沌の軍勢もそれも承知の上だ。我々の先祖は籠城した上で混沌の軍勢の策によって壊滅した。

 敵の《嵐の司祭》による大嵐の招来だ」

 

 過去に混沌の軍勢によって祖先の城塞都市を滅ぼされた、元難民のシオの言葉。

 それは他の城塞都市の滅びを伝える貴重な知識であった。

 

「大嵐によって城塞都市を流れる川を氾濫させ、都市を内側から侵食する。

 そして嵐は稲妻の呪文の使用も容易にする。

 川の氾濫で城塞都市が都市機能を失ったところで一気に攻め込む。それが混沌の軍勢のやり方だ」


 なるほど。合理的な攻め方だ。

 そしてシオさんは、僕たちの今後の行動について疑問を発した。

 

「このまま城塞都市が滅びるのを見ているだけでは駄目なのか?

 我々はその後、城塞都市との戦いで弱った混沌の軍勢と戦うだけでいいのではないか」

 

 その当然の疑問について、僕は首を横に振った。

 

「城塞都市は弱らせる必要がありますが、生き残ってもらいます。

 今後、混沌の軍勢と会談を持つとき、彼らが勢力として残っていた方がやりやすい。

 ……つまり、今後僕たちがやるべきことは、混沌の軍勢から城塞都市が攻め落とされることを防ぐことになります」

 

 

 *


 そして僕たちは兵を出した。

 森の民を率いる《森の賢人》のトレ。そして後方支援として森の薬草を自在に操る《森の薬師》の部隊。

 偵察部隊として影の神の信徒の《シャドウスカウト》たち。

 そして僕。

 軍の規模で混沌の軍勢はおろか城塞都市にも劣る以上、必要なのは少数精鋭。投入すべき場所と機会を間違えなければ、戦局を動かすことは十分可能だろう。

 

 僕たちはまず、混沌の軍勢と城塞都市のどちらにも気づかれないように戦場の端に布陣した。

 戦場では、すでに嵐が吹き荒れており、幸いにも敵に気づかれないという目的は果たせた。

 だが問題もあった。

 

「嵐が邪魔で《神の眼》でも戦場を見通せない……」


 秩序の神から与えられた偵察用クラス、視力を強化する《神の眼》にも限界があった。

 不甲斐ない。秩序の神よ、お許しください。

 

「なんでもあなたにやらせては他の者の存在意義がなくなるというもの。

 偵察は私たちにお任せを」

 

 その言葉とともに、シオたち《シャドウスカウト》が戦場の各所に散っていった。

 無事に戻ってくればいいんだが……。

 

 不安に焦る僕の背中を、トレがその太く力強い手で叩いた。

 

「慣れないかもしれないが、これも上に立つものの務めだ。

 部下を信じてやれ」

 

 わかったけど、力が強すぎて背中痛いよ!

 ……それにしても、僕が人の上に立つ身か。

 

『秩序の神、つまり私の直属の信徒だからね。……不安?』


『いえ、随分と遠くに来てしまったと思っただけです。

 ……信じて、待ちます』

 

 そして、僕にとってはとても長い時間が流れた。

 

 

 *

 

「遅くなって申し訳ない……」

 

 トレたち《シャドウスカウト》が戻ってきた。

 だが、その数を減らし、戻ってきたものも無傷な者は少ない。

 

「すぐに《森の薬師》の治療を!」


「いえ、まずは報告を……。倒れた者の犠牲を無駄にしないためにも……!

 嵐を招く儀式魔術をしている《嵐の司祭》の陣を見つけました。

 やつらを叩き、この嵐を払えば混沌の軍勢も兵を退くでしょう」

 

「わかった、だから治療を……!」


「もう一つ! 城塞都市が兵を出しました。

 熟練兵からなる精鋭部隊で、《嵐の司祭》の陣を狙っているようです」

 

「つまり、現地ではちあわせになる?」


「いえ、陽動に引っかかって明後日の方向に進んでいます。

 このままでは伏兵に引っかかって包囲されるかと。

 騎士系のクラスやチャリオットも、地面が雨でぬかるみになって突破力を殺されているので」

 

 城塞都市が弱り過ぎても今後に響く。全滅される前にこっちで《嵐の司祭》をなんとかしろってことか。

 手間がかかるな、くそっ。

 

『アル君、困ったときこそ余裕を持つこと』


 ……はい。秩序の神。

 

「……悪いけど、もうひと働きしてもらう。治療の後で先導してくれ、《嵐の司祭》の陣に僕とトレで突っ込む」

 

 

 *


 嵐の中を僕たちは走った。

 今の僕のクラスは《聖騎士》。嵐によるぬかるみで神聖乗騎は使えないが、それでも総合力は一番高い。

 《シャドウスカウト》たちが命と引き換えに見つけ出した、混沌の軍勢に見つからない経路で、《嵐の司祭》の陣に向かって両の足で駆けた。

 一直線とはいかない。それでは他の敵に見つかって拘束され、かえって時間がかかる。遠回りに思えても敵に見つからないことを優先して移動し、そしてたどり着いた。

 

 陣の内と外を隔てる柵を切り倒し、儀式魔術を行う《嵐の司祭》たちと、それを守る無数の混沌の軍勢の兵の前に立つ。

 

「僕の名はアル=357。秩序の神の信徒なり。明日の平和のため、君たちにはここで死んでもらう!」


 僕の名乗りに、混沌の戦士たちも応える。

 

「よく吼えた! わずかな数で乗り込んで来るとは見事。勇者よ、貴様らの死を戦の誉れとしてくれる!」


 僕とトレは敵陣の真っただ中に飛び込んだ。

 数では劣っても、クラスの性能では僕たちが勝る。

 迫る敵を切り伏せ、蹴り付け、盾で殴り飛ばす。だがどれだけ倒そうが敵は引かない。

 

「こんぼうの神の名の元に死を恐れるな! 死は誉れなり! 我ら死して地を潤さん!」


 《クラブマスター》の猛撃を受け止めることはできない。魔獣の骨を使ったその一撃は、盾ごしでも手をしびれさせる。

 城塞都市での教えを元に、《クラブマスター》の一撃を払い、周囲の他の混沌の軍勢にぶつける。

 

 《クラブマスター》だけではない。ここには混沌の軍勢の精鋭が集まっていた。嵐の神の信徒嵐の戦士、獣の神の信徒ベルセルク、そして指揮官である光の神の信徒光輝なる指導者。それら全てを打ち倒し、僕は《嵐の司祭》に剣を向けた。


「見事だ勇者よ……。だがたとえ、今日千人の戦士が死のうが明日には万人の子が生まれる。

 最後に勝つのは我ら混沌の軍勢だ!」

 

 それが彼らの最後の言葉だった。

 

「……トレ、生きてるかい」


「まあな……知ってたか。俺は随分とタフなんだ」


 敵の山を押しのけて出てきたトレに知ってるよと言い、僕自身と彼に治癒呪文をかけた。

 《聖騎士》のレベルの低い治癒呪文では、《森の薬師》の治療効果に及ばないが、味方の陣まではこれでなんとかもつだろう。

 

 最後に勝つのは混沌の軍勢だと《嵐の司祭》は言った。だが違う。

 勝つのはみんな……混沌の軍勢も、秩序の戦士も含めたみんなだ


 《嵐の司祭》が倒されることで儀式魔術は破れ、早くも風と雨は収まりはじめていた。

 秩序の神よ、舞台は整えました。

 文明の戦士は弱まり、混沌の軍勢も今は兵を退くしかない。

 両者が弱まった今こそ、あなたが敷く新たな秩序を。

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