第11話 神々の会談
あれから数週間の時が流れた。
先日の戦いで、城塞都市は全滅とまではいかなかったものの精鋭部隊に多くの死傷者を出し、戦う力を大きく失った。
一方で混沌の軍勢も《嵐の司祭》を失ったことで決め手を失い、兵糧の問題から撤退していた。
どちらも再度戦う体勢を整えるまでは時間がかかる。
そこで秩序の神が話し合いの席を呼びかけたのだった。
*
『神々の会議場か。ここを使うのも久しぶりだな』
秩序の神によって、僕と森の神、そして影の神はその場所に招かれた。
もっとも僕にとってその場所はただ光溢れる空間にしか思えず、神々の姿もおぼろげな影にしか見えなかったが。
そして会議場にさらに二つの人影が現れた。
一つはこの空間でもなお光り輝いていることがわかる。そしてもう一つは他の影より一回りも二回りも大きかった。
『光の神にこんぼうの神か。混沌の軍勢からはあなたたち二柱かな』
『ああ。呼びかけがあったときは驚いたぞ。秩序の神が本当に蘇ってるとはな』
『そう驚かれることにも慣れたよ。それで、建設的な意見を期待してもいいのかな?』
『それは秩序の神や文明の神々の話次第だな。ほら、やつらも来たぞ』
光り輝く人影……おそらく光の神の言葉とともに、会議場にさらに二つの影が現れた。
姿に特徴はなかったが、どちらからも重苦しい雰囲気が漂っていた。
『文明の神々からは大地の神に審判の神ね。妥当な人選だけど、あんたたちがいると空気が重くなっていけないわ』
『ほざけ、森の神。……秩序の神よ、言いたいことはありますが、この場を設けていただいて感謝します』
文明の二柱の神は、影の神の方をわずかに見た後、秩序の神に向かって礼をした。
なお影の神はそしらぬ様子だった。
『さて、これで三陣営揃ったね。それじゃあ話し合いを始めようか』
『ああ。それで話し合いを持ちかけた秩序の神よ。あなたは何を求めるのか』
『文明と混沌の神々の停戦。あ、もちろん私たちとも。
そして各陣営の及び行き過ぎた社会政策の方向転換。これを私は提案します』
『……秩序の神よ、一つの戦で勝ったからといって調子に乗るな。
我ら混沌の軍勢は世界にあふれかえるほどいるのだ。
文明の神々と秩序の神、二つの陣営を滅ぼすことは不可能ではない』
威圧感のこもった光の神の言葉を、秩序の神は軽く受け流した。
『私もそう簡単に負ける気はないけど、混沌の軍勢の問題点はそこじゃないでしょ。
人口があふれるほどいるせいで、世界の資源を消費しきりそうになっている。
私たちに勝っても、それじゃあ先がないのわかってるでしょ。
出生数ちょっとは調整しようよ……』
『だって、豊穣の神は怖いからそういうこと言いづらいし……』
おい。
いきなり情けなくなった光の神であった。
神々もこんな風でいいのか……?
『そういえば豊穣の神はこの場に来ないでいいの?』
『彼女なら、私は感情的になって議論の席には向いてないからパス、とのことだ。
ただ人口が増えると信者が増えて嬉しいという豊穣の神の意見には、我々もうなずけるところがある』
『信者に信仰されると嬉しいのはわかるけど、環境維持できない数産むのやめようよ……』
そこで今まで黙っていた巨漢の影、こんぼうの神が口を挟んできた。
『だが秩序の神よ。休戦と言うが、その結果戦がなくなれば、俺は信者にどうやって勇者の証を与えればよいのだ。
戦こそが我が信徒に誉れを与えるのだ』
『正確な数はわからないけど、今回戦場になった城塞都市の他にも世界各地に城塞都市があるんだよね。
今回戦場になった城塞都市の番号は037だっけ。
でもどうせこのまま進めば全部の城塞都市落すのにそんなに時間かからないでしょ。
影の神が抜けてぼろぼろだし』
そう、世界全体の城塞都市から、影の神の神託を受けて影の神の信徒が脱出し、近くの森へと身を寄せていた。
その結果、各地の城塞都市の機能は大きく低下していると影の神の信徒から報告を受けていた。
『確かにあと残りの都市は十くらいか……影の神も抜けたならまあ陥落させるのに十年はかからないだろうなあ……。
……それなら停戦も戦の終わりが少し早くなるくらいだ。考えなくもない」
『おい、こんぼうの!?』
焦った声を出す光の神。しかしこんぼうの神は冷静に言葉を返した。
『光の。軍事担当として言わせてもらうが、このままでは戦争がなくなり、誉れある死もなくなる。
そうなれば人口増加は一気に速度を増すぞ。
その結果として、人口を削るために身内で戦争して、誉れなき死を作るのはごめんだ』
『むう、しかし……』
光の神とこんぼうの神、二柱の混沌の神々は周りそっちのけで話し込みはじめてしまった。
それを見て、秩序の神はこれまで発言していなかった大地の神と審判の神、文明の神々へと矛先を向けた。
『文明の神々としては、私の意見に何か言いたいことはあるかな?』
『……停戦ではなく、休戦なら飲んでもよい
混沌の軍勢は意見をまとめるのに揉めてるようだし、休戦期間にじっくりと話し合ってもらって、改めてそれから再交渉といかないか』
大地の神のその言葉を聞いて、不意に影の神が声を上げた。
『あ、文明の神々は休戦期間の間に社会体制を構築しなおして、戦争の準備を整える気だぞ。
今も雑用クラスの見直しや、大地の神の神殿で次の世代の人間を大量生産してるからな』
『影の神! この裏切り者め!』
『はっ、お前たちの扱いが悪いのが悪いのよ』
怒りの声を上げる文明の二柱の神と、それをさらりと受け流す影の神。
そして光の神は内輪での話し合いをやめて、呆れた声を出した。
『文明の神々よ。人間を生産するのはちょっとどうなんだ……?
私たちだって数を増やそうと思えば、キャベツ畑からいくらでも生産できるが、さすがにそれは自重してるっていうのに……』
キャベツ畑ってなんだろう。でも混沌の軍勢がそれをしないのは、単純に今でも数が多すぎるだけな気がする。
そんな僕の感想をよそに、大地の神は反論をしていた。
『強力な戦闘用クラスを男女問わず与えることで女性の社会進出が進んだ。
それによる出生率の低下の対策としての人間の製造システムだ。全ては必然だ。
何もおかしくはない!』
『それを必然と言うなら最初から歪んでいるんだよ。
社会が戦闘特化しすぎているからそうなる』
『……他人ごとながら耳が痛いな。だが今この場で意見をまとめた方がいいのは理解した。
しかし秩序の神よ。我々が和平してもその先はどうするのだ。
私たち混沌の軍勢としては、今の人口だと拡張政策しないと詰む。
そして出生制限するにしても効果が出るのまだ先だ。それをどうすると?』
光の神のその疑問に、秩序の神は静かな声で答えた。
『秩序の神としての私の力でこの世界を拡張する。新たな平野、新たな森。新たなる魔獣といった戦うべき相手。
新しい世界を生みだすことができる』
その言葉に、神々たちも動揺を隠せなかった。
『世界の拡張だと、そんなことが……』
『こういう無体なことができる神なのよ、こいつ……』
『……ああ、思い出してきたぞ。だが、基本的に世界を見ているだけで何もしない秩序の神がこうも動くとは……』
『あ、今ひいきの信者ができたみたいだから。そのせいじゃない?』
その場の神々の視線が僕に集中した。秩序の神が盾になってくれなければ、その視線だけで僕の魂は文字通り貫かれてしまっていたかもしれない。
『……なるほど、秩序の神が堕落したというならそれもいい。そちらの方がやりやすい。
だが世界を拡張し続けることができるなら、混沌の軍勢は今のままの世界を開拓する社会システムでもいいのでは?
混沌の軍勢としては、開拓地が別にあるなら城塞都市を無視しても構わない』
『いや、私の力も有限だから無限に拡張はできない』
『他の神からしたら無限みたいなものだ。
限界が来るのは遠い先のことだろう。拡張できなくなってから考えたらいいのでは』
『いや、限界迎えてからじゃ、もう私も仲裁できないでしょ』
いけない。神々の話し合いがまたまともらなくなってきた。
そこで、文明の神々から、審判の神が声を上げた。
『よろしいか。このまま話していてもらちがあきますまい。
我々は文明の神々から競争の神を派遣する用意がある。
古き神々の掟にのっとり、信者から代表を選出し、ルールある決闘で決着をつけてはいかがか』
その言葉に真っ先に賛同したのはこんぼうの神だった。
『よいだろう。誉れある戦いにて勝負をつけようではないか!』
『おい、こんぼうの!』
『光の。どうせ長々と話していても決着がつかんのだ。ここはきっぱり決めようではないか。
競争の神が出て話が決まったのなら、豊穣の神も文句は言わんだろう』
光の神はまだぐちぐち言っているようだったが、それでも引き下がったようだった。
混沌の軍勢はこれで意見がまとまった。文明の神々は言い出した側なので最初からまとまっている。
後は秩序の神だけ。
『……アル君。任せてもいいかな』
『勝ってこいと、一言だけお命じください、我が神よ』
『よろしい。ならば勝ちなさい、我が騎士よ』
こうして決闘が決まった。
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