閑話2 城塞都市、滅びるべくして滅ぶ
生活を支える難民の脱出により、城塞都市はかつてない混乱を迎えていた。
難民の脱出で不足した人材を埋めようにも。《水汲み》や《ゴミ掃除》がいくら必要なクラスだからとはいえ、昨日まで《聖騎士》や《軍神》をやっていた兵士たちがクラスチェンジに納得するはずがない。
クラスを与える成人年齢を引き下げ、まだクラスチェンジを迎えてなかった子供たちを雑用担当にすることでかろうじて都市運営を回していたが、それは子供たちの新規兵力が数年期待できなくなることと、兵力の不足と社会不安の増大を招いていた。
そして城塞都市にある石造りの大きな建物。竪琴の紋様が刻まれた《吟遊詩人》の集会場。
そこに《吟遊詩人》たちが集まっていた。
「難民に続いて。影の民の信徒が城塞都市を抜け出しただと!?」
一際年配の男。当代の《吟遊詩人》の長が叫びをあげた。
「大声を出さないでくださいよ。でも、確かにそうです。
城塞都市の外に出ても行く当てなどあるはずがないのに……」
長に向かって、若い女性、《吟遊詩人》の新入りが疑問を発した。
「何を言う。城塞都市の外に出たというのなら、行く先など決まっている。混沌の軍勢の元だ。
……そう、最近の敗戦も、影の神の信徒のやつらや難民のせいに違いない。
やつらは混沌の軍勢に以前から通じていたのだ!」
「そんな、なんてことだ……! それじゃあ私たちは一体どうしたらいいんですか」
長に向かってその場にいる《吟遊詩人》たちが次々に声を上げる。
だが長は落ち着くように言った。
「大丈夫だ、何も問題はない。影の民の信徒に難民という獅子身中の虫はいなくなった。
ならば後は勝利するだけだ。違うか」
長はその言葉が染みわたり、その場にいる《吟遊詩人》たちが落ち着くまで待つと、初めて笑みを見せた。
「わかったようだな。ならば俺たちのすることは一つ。
影の神の信徒と難民の悪辣さと、それに負けず勇敢に戦う文明の戦士たちの姿を歌で示せばいい!」
《吟遊詩人》の語る歌には魔力が込められており、士気を高める作用と興奮作用がある。
そのような歌を歌えば、今は混乱している城塞都市も心を一つに戦いに立ち向かうだろう。
「そうと決まれば、まずはこの前の森への伐採での敗戦からだな。
影の民と難民、そして混沌の軍勢の邪悪な策に、それでも最後まで抗った勇士たちの姿を歌おうではないか
俺の頭の中にいくらでも彼らの雄姿が溢れてくるぞ。みんなもそうだろう!」
雄姿など《吟遊詩人》の妄想である。そんな神託を物語の神は下していない。だがそれが歌われる以上、城塞都市では真実となる
だが力をみなぎらせる長に対して、新入りが慎重に言葉を発した。
「ですが先の敗戦については上層部から歌うことを止められていたのでは……」
「フン! 上層部のくだらん敗戦の隠蔽だ。
俺たちが死した彼らの姿を歌わねば、誰が報われる。誰が後を引き継ぐというのか。
それに今、俺たちを止める《異端審問官》たちは戦いに敗北し、体勢の立て直しや難民がいなくなったことでの城塞都市での混乱に手いっぱいだ。俺たちに構っている場合ではない。
今がチャンスなんだよ! 俺たちが歌で城塞都市を支えるんだ!」
力強い長の言葉、暴走を止める恐るべき《異端審問官》もいない。ならば物語の神の名の下に、《吟遊詩人》たちの答えは決まった。
「長! やってやりましょう!」
「おう、今から最高の歌を作るぞ!」
こうして《吟遊詩人》たちの歌によって城塞都市の士気は上がった。
だが高まる士気が、城塞都市の態勢の歪みから目を逸らさせ、結果敗北が目の前に迫っていることは《吟遊詩人》たちには知る由もなかった。
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