第9話 酒は一日二杯まで!

 城塞都市に戻った僕は、難民のまとめ役の情報を得るため、《黒騎士》の認識改ざん能力を使い、各所に潜り込んで情報を集めた。

 うかつに現体制に不満を持ってると思われれば、異端として処分されるからだ。

 口にして言うなら簡単だが、体制への不満を《異端審問官》が取り締まっている以上、《黒騎士》の能力なくしては不可能と言ってよかっただろう。

 

 そして難民が集まっている家屋を突き止め、そこに《黒騎士》の能力で難民に偽装して潜り込んだ。

 そこで見たものは……。

 

「ガーッハッハッハ!」

 

「ワッハッハッハ!」

 

 なんか難民が集まって、陽気に酒飲んでるんですが!

 酒は神聖な神の飲み物。正規市民にだって振る舞われるのは祝い事の席くらいなのに!?

 

「……酒が進んでいないようだな」

 

「あ、はい。こういう席初めてなので……」

 

 酔っ払いたちが騒ぐ中、僕に声をかけてきたのは目立たたない静かな男だった。なお実際酒を飲んだことはないので嘘ではない。

 

「……成人したてか? 酒を飲むのも経験だ。さあ、一杯」

 

 カップに酒が注がれる。怪しまれるわけにはいかない。僕は思い切ってそれを飲み干した。

 

「……ふぅ」

 

 熱いものが喉を下りていく。これが酒の味……!

 

『ん? ずいぶん薄い酒だなあ。人間が飲む酒はこんなものなのかな』

 

『あ、そうなんですか。飲むのは初めてだから基準がわからない……』


 秩序の神と酒の感想について話していると、男は再び酒を勧めてきた。


「なかなかいい飲みっぷりだ。もう一杯いくか」


「あ、はい」


「今日の分はそれで終わりだ。酒は一日二杯まで。 影の神との約束だ」


『健康的だ!』


 秩序の神の言葉が頭に響く中、僕は酒を勧めてくる男性の言葉に気にかかるものがあった。影の神?

 

「あの、ええと……」


「ん? ……ああ、私の名前はシオだ。お前の名は?」


「僕は※※※です」


「そうか、※※※か。いい名前だな」


 これが《黒騎士》の認識改ざん能力。僕についての情報は自動的に隠蔽される。

 それより、どうやって話を切り出そうか……。

 

「あの、先ほど影の神とおっしゃいましたが……」


「そうだぞ、影の神万歳ー!」


 うわ、近くの席にいた酔っ払いが絡んできた!

 

「正規市民だ、英雄だって言っても結局俺たちが生活支えなきゃやっていけないんだよ!

 神の寵愛を欲しいままにする無能どもから、正当な報酬を我々に与える影の神に栄光あれ!」

 

 凄く飲んでる。どうしよう……。困っていると、シオさんが酔っ払いを引き受けてくれた。

 

「飲み過ぎだな。明日の夜分も飲んでしまってるだろう。仕事に差し支えるぞ」


「へっ、このくらい飲んだ内に入らねえさ。……それじゃ、いっちょ行ってくるさ」


「ああ、頼んだぞ」


 そう言うと、酔っ払いは一瞬で表情を切り替えて、影の中に消えた。

 あれは影の神が与える《シャドウスカウト》のクラス能力?

 だけど、難民がそんな戦闘向けのクラスを授かるなんて、聞いたことがない。


「あの、今の人はどこへ……」


「酒の神の神殿へ酒を盗みに行った。……彼は役得で薄める前の酒の原液を飲むから、酔うのが早くて困る」


 盗み……? それは全ての財産が神の物である城塞都市において、その財産を個人で所有しようとする悪徳だ。

 見つかれば《異端審問官》に火刑に処されることは間違いない。

 もはや僕は文明の戦士ではないが、今まで教えられてきた道徳がそれに不快感を示し、思わず口に出してしまった。


「盗みは、いけないことです……」


「ほう、※※※。では今の私たちの境遇が正当なものだと思うか? 先祖の罪を子々孫々まで問われ、蔑まれるこの境遇が」


「シオ、さん……?」


 そこには今までの落ち着いたシオさんの姿はなく、静かな熱をたぎらせた男がそこにいた。


「否、正しいはずがない。故に影の神は我々に密かにクラスチェンジで高度なクラスを授けてくださっている。

 確かに我々の先祖は無能だっただろう、だが今の城塞都市の指導者たちは有能と言えるのか?

 敗戦を重ねる彼らこそが無能という言葉にはふさわしい!」

 

「敗戦を重ねるって、そうなんですか……?」


「知らないのか? 物語の神の《吟遊詩人》は指導者たちに都合のいいことしか言わない。

 最近でも新たに成人した正規市民の多くが混沌の軍勢との戦いで命を落とし、あるいは森に資源調達にいった先で全滅した」

 

 すいません、それ両方とも僕関わってます。

 

『というか、後者を全滅させたのアル君だよね』


 言わないでください、秩序の神。

 そして僕が秩序の神と言葉を交わしている間にも、シオさんの演説は続いていた。


「そして城塞都市は戦で勝利したことはあっても、城塞都市を混沌から取り戻した、あるいは新たな城塞都市を築いたというのは《吟遊詩人》の歌にすらない。

 影の神とそのクラスがもたらす偵察能力をないがしろにし、無謀な突撃しかしない今の指導者たちでは混沌の軍勢には勝てない!

 我々こそが城塞都市の新たな指導者となり、文明の神々に勝利を捧げるのだ!」

 

 シオさんのその言葉に、周りで飲んでいた難民たちが次々にそうだそうだと賛同の声を上げる。

 

「※※※、君もそう思ってくれるよな」


「もちろんです、シオさん!」


「ありがとう。みんな、計画の決行は近い。それまで気づかれないように変わらぬ日々を過ごすんだぞ」



 *


 難民たちのところから一人自宅に戻った後、僕は留守の間に《水汲み》の難民が留守にしてる間に水瓶に入れてくれていた水を飲み、酔いを覚ましていた。

 城塞都市は思ったより追い込まれている。そして難民は僕の関与なしでも独自に決起するようだが、どうしたものか。今からでも謎の黒騎士として協力した方がいいのだろうか。

 

『ちょっと待ってみようか』


 城塞都市は追い込まれているかもしれないが、これで倒れるほど軟弱とも思えない。それが秩序の神のお言葉だった。

 その言葉に従い、ひとまず今日は寝ることにした。この寝床の支度も、留守の間に難民がしてくれたものだったが……。


 *


 数日後、先日と同じ家屋に難民たちが集まっていた。

 だが、今日は皆、酒のカップを持っていない。そして誰もが強く緊張していた。

 

 そして難民たちの前にシオさんが進み出てきて、口を開いた。

 

「……決行の日は来た。この城塞都市の統治はふさわしい者の手に取り戻される。

 私たち影の神から戦闘用のクラスを授かったものが先陣を切る。

 どれだけ強かろうが、不意打ちの前には無力ということを教えてやろう」

 

「ほう、教えてもらおうか」


 その言葉とともに、家屋の入り口が打ち破られ、何か重いものが投げ込まれた。

 人間だ。それも先日、酒の神の神殿に盗みに入った酔っ払いだ。

 無数の傷があり、すでに絶命している。

 

 そして十数人の人影が入り口から押し入ってきた。

 誰もが純白の衣に身を包んでいる。それは審判の神に仕える《異端審問官》の戦闘装束だった。

 

「ば、馬鹿な……どうしてここが!?」


「お前たちの存在は前からつかんでいた。泳がせていただけだ。

 ……罪深き難民にも息抜きも必要だろうという秩序の神々の慈悲をないがしろにした罪は重い」


「くっ……私が食い止める。みんな逃げろ」


 シオさんが《異端審問官》に向かって飛び出す。そして他の難民たちも逃げ出そうとした。

 だが《異端審問官》が剣の鞘で床を突くと、そこから無数の鎖が出現した。

 突撃したシオさんも、逃げ出そうとした者も、《シャドウスカウト》の力で影に隠れようとした者も含めて鎖で全員捕縛されていた。

 

「抵抗は許可しない。……お前たちは指導者の無能が敗戦を招くと言っていたようだが、それは違う。

 お前たちのように秩序の戦士の結束を乱す者こそが敗戦の原因となる。自らの罪を知れ」

 

「そうやって我々に敗戦の原因を押し付け、結束を固めるつもりか……!」


「……最後に贖罪の言葉がなかったのは残念だ。さらばだ」


 その瞬間、僕は自らを捕らえていたはずの鎖をふりほどき、《異端審問官》に向かって飛び出していた。

 先頭の指揮官を狙って放った剣閃は、《異端審問官》の炎の剣で惜しくも受け止められていた。

 

 「……難民じゃない。いや、お前は《黒騎士》……!?」

 

 《黒騎士》の認識改ざん能力はこちらが攻撃に移ると、完全ではないが効果を失ってしまう。

 だがこの状況ではもはや問題にはならない。

 《黒騎士》の鋼の刃が炎の剣を両断し、指揮官を切り伏せる。

 

 《異端審問官》の能力は文明の神々からクラスを授かった者に対して一方的な強さを持つが、それ以外には無力だ。

 秩序の神からクラスを授かった僕には何の効果もない。


 混乱している敵を、クラスの相性優位と秩序の神から授かったことによるクラス性能の差で苦もなくなぎ倒す

 だが、倒れた敵に向かって振り下ろそうとした刃が、ふと止まった。

 相手が知った顔だったからだ。

 

「……リタさん?」


「その声は、アル……? どうして……」


 今僕が殺そうとしていた相手は、かつて僕を異端審問し、それから知恵を貸してもらったことのあるリタさんだった。

 いや、戦場で出会えば知り合いだって敵だ。戸惑ってる場合じゃ……

 

「今だっ!」


「うわっ!?」


 躊躇していた隙を突かれ、《異端審問官》の生き残りに体当たりで吹き飛ばされた。

 ダメージはないが体勢を崩すことは免れない。


「逃げるぞ、リタ!」


「で、でも……」


「我々には裏切り者がいることを報告する義務がある!」


「……はい」


 そして体勢を立て直す間に残った《異端審問官》たちには撤退されてしまった。

 ……いや、僕が迷ったせいだ。今からでも追えば……。

 

『待って、アル君。今はもっとやるべきことがある』


 秩序の神のお言葉で我に返る。そうだ、今やることは……。

 僕は剣を収め、床に膝をついていたシオさんに向かって手を差し出した。

 

「立てますか?」


「あ、ああ……君は一体何者なんだ」


「僕はアル。秩序の神に仕える者です。文明の神々は僕にとっても敵だ。

 そして僕はあなたたちに新しい居場所と栄誉ある戦場を用意できる。僕の手を取る気はありますか?」


「……何もわからないが、選択の余地はなさそうだな。みんな、今すぐ家族を連れてこの城塞都市を脱出するぞ!」


 そして僕たちは城塞都市の門を破り、この日難民数百人が城塞都市から森へと旅立った。



 *


 一月の時間が流れた。

 

 難民たちは森の民の一員となり、影の神から授かったクラスの力を使い、自ら居場所を作っていた。

 そして、難民たちについてきたものが、もう一柱いた。


『そっか、影の神。あんたまで森に来ちゃったか』


『私の民が移住するのであればついてこざるを得ないよ。まさか追い返すとは言わないだろうね?』


 そう、文明の神々の一人、影の神までもが森へと移住してきていた。

 今は森の神とお話になっているが、この神々の会話空間にいると、ちょっと気を抜けば魂が砕けそうになるんですが……。


『追い返すなんて、戦力になるなら歓迎よ。……で、都市の正規市民にもあんたの信者いるみたいだけど、そっちはどうする気?』


『ああ、君の許可が下りるのを待っていたんだ。すぐに神託を出して森に呼ぼう。……かわいい信者たちが正当な評価をされないことにはここ数百年ずっと腹が立っていてね』


『数百年って、城塞都市ができてからずっとじゃない。前々から思っていたけど、すぐ行動しないところは秩序の神そっくりね』


『……さすがにあそこまでひどくはないぞ。機会が来るのを待っていただけだ』


『へー、ふーん……』


『あ、あの、秩序の神よ。今お話に参加されるとこじれそうですので、なにとぞ……』

 

『私だって今更そんな軽口に腹立てたりしないよ。……それより森の神に影の神。これで状況が動くね』


『そうだな、秩序の神よ。私の信者たちが城塞都市から抜けることで、城塞都市の偵察能力は激減する。

 今後の戦闘で敗戦することで、混沌の軍勢にそのことが知られたときが始まりだ』

 

 城塞都市の終わりのな。

 影の神が言ったその日は、そう遠からず訪れようとしていた。

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