第8話 作戦会議

 森の神との対話から数日が過ぎた。

 

 その間、僕はずっと木材で作られた森の民の住居で寝込んでいた。森の神に意識を向けられたときの衝撃が大きすぎたせいだ。

 

『魂へのダメージは響くからね。ゆっくり休んだ方がいいよ』


『お心づかいありがとうございます、秩序の神。

 だけど、そろそろ動けるみたいです』

 

「お、もう元気になったのか」


 その巨体で足音もさせずに部屋に入り込んできたのは、森の民のまとめ役、《森の賢人》のトレだった。

 彼には色々と世話になった。

 

「気にするな。同盟相手には当然のことだ。ほら、今日の飯だ」


 そう言って彼は黄色い果物を投げ渡してきた。果物。

 大地の神の加護で生み出されたクリエイトフード以外で初めて食べたものだ。

 

『初めて食べた感想はどう?』


『ええと……まずくはないんですけど味が濃いですかね』

 

『クリエイトフード、味が薄いしクセもないからね。それに慣れてるとそう思うかも』


 秩序の神と頭の中で話していると、大量にあった自分の分の果物を素早く食べ終えたトレが、その太く毛深い腕をこちらに向けてきた。

 

「食べないなら俺がもらうぞ」


「食べるってば!」


 慌てて果物を口に運ぶ。濃厚な甘みと酸味……まだこの味には慣れないかもしれない。

 食事が一段落したところで、僕は頭の中の秩序の神に語り掛けた。

 森の神との同盟についてだ。

 

『あれ、聞いてなかったっけ?』


『魂が消し飛びそうで途中で力尽きてました。

 おかげでトレにも同盟を結んだとしか説明できてないんで、色々聞きたそうにしてます』


『目的は当たり前だけど、同盟することでの勢力としての強化。最終的には文明の神々と混沌の軍勢を両方殴れるようになってもらいます。

 アル君とトレはかなり強いけど、もう少し数が欲しいな』

 

「そうだな。戦いになっても森の民は防衛のために全戦力を狩りだすわけにもいかない。兵はいくらでもいる」


 秩序の神のお言葉を伝えたトレの返答がそうだった。

 続けて秩序の神のご意思を伝える。混沌の軍勢で現状に不満を持ち、こちら側に引き抜けそうなのはいないか、と。


「……難しいな。混沌の軍勢は現状皆で協力し合い、心を一つにしている。戦いの中で捕虜を取ることもあるが、役に立ちそうな情報は引き出せなかった」


『獣の神は? 森にも獣いるから、こっそり二股かけてもらうとか』


「勘弁してくれ……。森の神に百度破滅させられてしまう……。それに獣の神を信仰する者も、食用の獣を飼い、あるいは戦闘用の魔獣にまたがって戦う現状に満足しているようだ。引き込めるとは思えない」


 なるほど……。それなら文明の戦士の中から現状に不満を持つものを引き抜けばいいわけだけど、僕には心当たりがあった。

 

『アル君、それは?』


『難民です』

 

 

 *


 難民。それは混沌の軍勢に攻め落とされた他の城塞都市の生き残りとその子孫。

 正式な市民としては認められず、神から守る使命を受けた城塞都市を守れなかった罪深きものたちとして、被差別階級の身分にある。


 陥落した城塞都市から逃れてきた第一世代は元の城塞都市で授かったクラスだが、その子孫となる第二世代以降は《ゴミ掃除》、《水汲み》、《洗濯屋》などの汚れ仕事や単純労働のクラスを基本的に授かることになる。


『なるほど、それは不満がありそうだね。……彼らの現状についてアル君はどう思う?』


「秩序の神にお仕えするまでは改めて考えることはありませんでしたが、今思えば、文明の神々から授かった使命を果たせなかった第一世代はしょうがないと思います。でも、後の世代に嫌がられるクラスを与えるのは、城塞都市の運営のためですよね……?」


 都市の正規市民は戦の役に立つ華々しいクラスばかりを得ようとする。そのため、社会運営上不足するクラスは難民で補われていた。


『そうだろうね。でも、それも十中八九文明の神々が都市運営に口を出して決めたことじゃないかな。神の言うことならアル君はどう思う?』


「……今の僕は秩序の神に仕える者です。そして、今大事なことは難民が現状に不満を持ち、戦力として引き抜けるということです」


「一ついいか? その難民はどのくらいの数がいるんだ?」


「正確な統計を知ることができる地位に僕はいないけど……都市の人口の一,二割くらいかな。

 都市そのものの人口は二千ほどのはず」


 口を挟んできたトレに返答する。秩序の神のお言葉をトレに説明しながらだから忙しい。


「二千しかいないのか! よくその兵力だけで数万の混沌の軍勢と戦えるな。それに雑務に回る人数がそのくらいで都市運営が回るのか?」


「一人で数十を相手取れる戦闘向けの強力なクラスが男女問わず授けられますし、皆が心を一つにして戦っているから。

 それに雑務に回る人間の内、クリエイトフードで食料生産を行う大地の神の信徒など正規市民は別計算だ」


『大地の神の信徒といえば、食料生産がクリエイトフードの魔法でできるからね。別計算とはいえ、他の雑務も魔法で負荷軽減されてるみたいだし。戦闘については人口の多くを兵力につぎ込んでるみたい』


「なるほどな……だがそれなら難民は戦闘向けのクラスではないのだろう? 引き抜いても役に立つのか……?」


 もっともな疑問だった。


「それは……森の神から改めて戦闘向けの加護を授けてもらうわけにはいかないだろうか」


「新たな信徒が増えるのは歓迎だ。難民にその気があるかは……まあお前がうまくやってくれ」


 難しいことを投げられた。いや、僕が言い出したことだし、僕しかやる人間はいないんだけど!


『それじゃあ難民の待遇だけど、どんな感じ? 粗末に扱われて殴られたりするの? 城塞都市にいるときはそんな様子はなかったけど』


「大事な労働力だからそれなりに丁寧に扱われますよ。ただ城塞都市の住人にとって喜びとは、社会貢献とそれを《吟遊詩人》に歌われることです。難民は正規市民からはろくに働かない存在と思われているので……」


「評価基準がいびつな社会だな、城塞都市。放っておいても滅ぶんじゃないか……?」


「否定はしない……」


「まあ俺たち森の民の社会もよそから見ればいびつかもしれないしな。そんなに気にするな」


 トレの巨大な手で背中をバンバンと叩かれる。ち、秩序の神の強力なクラス補正あっても痛いよ!


「話は変わるが、森の神を信じるのなら戦闘向けのクラスと戦場を与えることができるし、すぐに信仰を変えることができなくても俺たち森の民は雑用だって正当な評価をする。雑用向けのクラスも必要な存在だ。バーンと引き抜いてこい。面倒は見てやる」


 わかったよ、とトレに笑いかけ、僕は城塞都市に戻ることを決めた。

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