第7話 森の神との同盟
僕の言葉に、混沌の戦士は動揺の気配を見せながら問い返してきた。
「秩序の神ははるかな過去に滅ぼされたはずだ」
「神だからこそ蘇ったんだ」
『秩序の神よ。問答をしていると長くなりそうです。
証拠として御力をお見せいただけませんでしょうか』
『……いや、死者蘇生の奇跡は極力使いたくない。死者蘇生が当たり前になった世界がいいものだとは思えないから』
生と死の境がなくなった世界。
それがどのようなものかを考えるには僕には想像力が足りなかったが、それが神の御言葉だというなら従うだけだ。地道にいこう。
「証が必要なら立てよう。だが僕は文明の神々にも混沌の軍勢にも組みするものではない」
「いや、それは……」
「もういい。下がれ。後は俺がやる」
その言葉とともに、頭上から僕の前に何者かが飛び降りてきた。
気配を全く感じ取れなかった……隠密系のクラスか!?
「俺の名はトレ。森の民のまとめ役をしている者だ」
トレと名乗った者は、野太い声でそう言った。
巨大な体、異常に毛深い姿は性別すらわからない。
そしてにじみ出る威圧感……クラスランクはS級以上だろう。
『というかこれ、森の神が前に構想を言ってた《森の賢人》クラスでは……』
『知っておられるのですか、秩序の神!?』
『うん……酒の勢いかと思ったのに本気で実行しちゃったんだ、あの子……』
酒。それは神の飲み物であり、城塞都市では祝い事の席で酒の神の信徒によって振る舞われるものだ。
だが酒の神に仕えることは激務であり、酒の神の信徒は常に顔を赤くして足取りすらおぼつかなくなる。
『それはただのアル中だと思うな。……とにかく、そのトレって子、かなり強いはずだから注意して』
秩序の神の言葉に気を引き締め、僕は気おされないように会話を続けた。
「あらためて名乗りましょう。僕の名前はアル=357。秩序の神に仕える者です」
「丁寧にありがとよ、アル。聞きたいんだが、お前はその髭も入れ墨もない外見からして混沌の軍勢ではないことはわかる。
同胞に対して襲い掛かり、手心も加えず仕留めていたことから、文明の戦士でもないってことも信じようじゃないか」
かつては同胞だった文明の戦士たち。だが今の僕にとっては敵だ。
僕の行動が城塞都市にばれると今後の活動に差し支える。確実に仕留める必要があった。
心の中に苦いものがわき上がったが、それをなんとかこらえた。
そんな僕の様子を、トレは冷静に観察していた。
「……ふん。嘘はついてないようだな。混沌でも文明でもどちらでもないのなら、そうだな、秩序の神に仕えるって言葉も信じてみようじゃないか。」
「ありがとう、トレ。今度はこちらから確認したい。
あなた方は混沌の軍勢でありながら、同じ混沌の軍勢とも戦っているということで間違いないか」
僕のその言葉に、トレは突如として興奮して、胸を両手で叩いた。
くっ、やる気なのか……!?
「ウホッ、ウホッ! ……すまんな。興奮した。俺たちはもはや混沌の軍勢などではない。
やつらも文明の神々と同じく敵だ。
俺たちは森の神に仕える森の民。どちらにも組みしない」
「そうか。無礼を許して欲しい、トレ。
そして僕の願いを聞いて欲しい。
秩序の神と森の神の対談の場を設けて欲しい。同盟の話がある」
*
渋々だが僕の言葉を受け入れたトレによって、僕は森の奥へと招き入れられた。
深い森の中、もはやトレの案内なくして森の外に出ることは叶わないであろう。
そして僕は一本の大木の前に案内された。
森の中には巨大な木が何本もあったが、それらよりはるかに大きい。
そして神聖な気配が漂っている。
「森の神のご神木だ。
ここから俺がお前の魂を森の神の下へと運ぼう。
だが森の民でない者を森の神に引き合わせるのは初めてだ。
怒りに触れて殺されても知らぬぞ」
『はっ。私とアル君が森の神ごときにやられると?』
なんと頼もしい御言葉。
秩序の神に背中を押され、僕はトレに向かって頷いた。
「構わない。やってくれ」
「ではいくぞ。……ウホッ、ウホッ、ウホホ!」
トレの胸を叩く音が耳から染み込んでくる。
そのリズムと胸の鼓動が一つになり、やがて僕は意識を失った。
*
闇の中、目を覚ました。
ここはどこだ。何も見えない!
『落ち着いて、アル君。ここは神の世界。たとえ見えなくとも、私がついているから』
秩序の神の言葉に混乱が収まった。
そうだ、こんなときこそしっかりしなくては。
『ま、ここからの交渉は私がするから、任せといて』
はい、わかりましたっ。
そして僕は何か巨大な存在が近づいてきているのを感じた。
違う、近づいてきているんじゃない、僕たちが近づいていっているんだ。
『……この気配。神か。文明の神々だか混沌の軍勢だかは知らないけど、ついにあたしの下まで攻め入るとはね。
だがただでは死なぬ。生きては帰れぬと知りなさい」
感じたことのない圧迫感。これが神の威圧……!
だが僕の信じる神様は、不敵に笑った?
『文明? 混沌? ははっ、この私を忘れたというのかい。森の神』
目の前の存在が動揺する気配がした。
『……ゲッ、秩序の神! 馬鹿な、あんたは確かに殺したはず!』
『蘇ったんだよ。これでもあなたたちを生み出した神だからね』
『くっ、油断していた……それで、かつてのお礼参りにでも来たってわけ?』
『まさか。私を殺したのも私が生み出したあなたたちの決断。それを恨みに思う気はないよ』
『そうよね。あんたはそうやって口うるさいくせに何もしようとしない神だった。全くもって腹立たしい!』
『ちょっとイラッとはしてるけどね』
『……あ、あんたが怒ったって怖くないんだから!』
『まあそれは置いといて。……正直、あなたが他の神々全部敵に回して、一柱で戦ってる姿を見ると、ちょっと怒るどころじゃなくて……』
『同情するなぁ!』
目の前の存在は、あまりにも巨大なのに人間と同じように感情を出していた。
これが、神というものなのか……?
僕の戸惑いをよそに二柱の神の会話は続いていた。
『それで、なんで獣の神にまで愛想つかされてるの?
森にも獣いっぱいいるから仲良かったのに』
『あんな豊穣の神になびいた男はどうでもいい』
秩序の神が地雷を踏んだ気配がした。
わー、僕、男女の関係なんてわかんないやー。
『よく考えたら何もしないあんたの話なんか聞いても意味なかったわね。帰って』
『いや、双方にとってお得な話を持ってきたんだけど』
『知らないわよ、帰って』
『そうやってすぐ感情的になるのよくないと思うな』
『へー、だから?』
取りつく島もなかった。
その様子に、僕は思わず口を挟んでいた。
『発言をお許しください。森の神よ。今の世界の状況をなんとかするには、あなたのお力が必要なのです』
森の神の意識が僕に向けられるのを感じた。
今まで森の神は、僕なんて少しも意識していなかった。
だがわずかに意識を向けられただけで、僕の魂は消し飛びそうになっていた。
『人間が、不敬な。引っ込んでいなさい』
『……うちの信者に何してるのかな? いっそのことここで勝負して決着つけとく?』
『信者……? 何、秩序の神ってば、全加護をそいつに突っ込んでない? 唯一の信者ってこと? ひどい、秩序の神も落ちたものね』
『上等。私を笑ったのも許さないが、私の信者を笑ったのも許さん』
森の神のあざけりの笑いに、秩序の神は怒りで応えた。
あの、お二方とも、もうちょっと感情を抑えてくださらないと、僕の魂が粉々になりそうなんですが……。
だが不意に、森の神は笑いを止めた
『しばらく見ない内に愉快になったものね、秩序の神。全てを平等に愛していたあんたがお気に入りを作るなんて……』
『……なんのことかな』
『ふふっ、いいわ。あんたの話、聞いてあげる。昔より堕落したあんたとなら少しは面白くなりそう』
『……私は面白くないけど、いいよ、話をするね』
た、助かった、なんとかお二方の争いは収まったようだ……。
そして秩序の神は森の神に現状の確認も含めて話を始めた
『混沌の軍勢は世界について脅威だ。そのままにしておけば、際限なく開墾を続け、世界中の森をなくすまで止まらないだろうからね』
『そうね、豊穣の神の加護で出生率も上がってるし、ほんと際限がないのよ、あいつら……』
『それに周囲を探索系クラスで少し観察しただけだけど、昔よりはるかに森が減っているよね。
混沌の軍勢だけでなく、資源として文明の神々からも狙われてきた結果かな。
森がなくなれば、森林資源がなくなることからこの世界に住む人々は戻ることのできない打撃を受けるだろう。それは避けたい』
『それで、何がしたいの? 神々の主であり、何もしてこなかった秩序の神としては』
『私は混沌の軍勢と文明の神々を両方ぶん殴って止めたい。そのためには森の神とその民の力もいる』
『そして両方を止めてたら、また昔みたいに口うるさく言って私たちを止めるばっかりになるの?』
『ううん。世界がここまで変わってしまった以上、世界と私たちにとって新しい形を模索していくことになると思うよ。
そして信用してもしなくてもいいけど、あなたには私に協力するしかないんじゃないかな。
このままだと森の神と一緒に森の民も滅び去る。
神々が信者を見捨てられるはずがない。だから今まで頑張ってきたんでしょう?』
『……ふん』
考え込む気配。わずかな間を置いて、森の神は答えを出した。
『いいわ、その同盟、乗ってあげようじゃない。
……だけど、もし裏切ったら、あんたには勝てなくても、あんたの信者の魂を何をどうやっても破滅させてあげるから、忘れないことね!』
えっ……。
『いいよ、アル君の魂を賭ける!』
いや、あの、勝手に魂を賭けられても。いえ、光栄ではあるんですが……。
僕の戸惑いをよそに、ここに秩序の神と森の神の同盟が成立した。
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