第6話 人を集めよう

 混沌の軍勢の村から文明の神々の城塞都市へ。

 幽霊騎士の力で透明化して進みながら、僕は秩序の神と今後について相談していた。


『世界と戦うって話ですけど、具体的にこれからどうするんでしょうか?』


『方針からだけど、まず私たちは文明の神々と混沌の軍勢の争いを止める。

 そして両陣営と対話の舞台を作り出す。

 だけど、争っている両陣営も今のままだと矛の納めどころがない。

 両方を叩いて厭戦気分を作る。

 それからもう一つは、私たちの勢力としての強化。

 アルくんには私が新たにクラスを授ける。

 秩序の神々が与えるクラスの平均ランクがS級なら、SSS級と言っていいほどの力を与える』


  SSS級……! それなら、世界全てが敵になってもやれるかもしれない。


『だけど、単身では限界がある。人を集めて勢力を築くことが必要だね』


『なるほど。つまり城塞都市に戻って秩序の神の御言葉を告げて、人を集めれば!』


 しかし、はやる僕を秩序の神は優しくいさめた。


『ううん、それは駄目。文明の神々との全面戦争になる。

 今はやるべきことはこそこそと動き回って戦力を整えること』


『せ、聖騎士らしくない……』


『では秩序の神の名のもとに言います。こそこそしなさい』


『はい、わかりました!』


『素直でよろしい』


 秩序の神のくすくす笑う声が頭の中に響いた。


 でも城塞都市の文明の神々を信じる人間を勧誘することが駄目なら、混沌の軍勢からだろうか。

 正直、彼らの内情がつかめないのでなんとも言えない……。


『それについては一つ案がある。

 アル君、さっき《神の眼》の視力強化を全開にして四方を観察してもらったよね』


 そう、確認したところ、混沌の軍勢は四方八方あちこちに村を作っていた。

 頭ではわかってはいたつもりだったがおそろしい数だった。


『彼らは数が強みで、その人口を支えるために文明の神々の陣営を侵略して、農業のための土地を奪っているんだろうね。

 そして、農業のために土地を奪うにしろ、文明の神々の勢力が活動するにせよ、どちらからも真っ先に狙われる場所がある』

 

 そこをこちらに引き込む、そう言って秩序の神は詳細について話し出した。



 *


 数日後。

 

 地響きがする。

 《ゴーレムマスター》が操る複数の巨大なストーンゴーレムの足音だ。

 ゴーレムの動きは鈍いが、歩幅が大きい分、移動速度は見た目ほど遅くはならなかった。


 ゴーレムに合わせて、四十名ほどの文明の戦士たちが行軍をしていた。

 後方で車輪のついた乗騎にまたがっていた、指揮官である《大将軍》のもとに、その陰からにじみ出るように黒ずくめの人物が現れた。

 影の神の信徒である《シャドウスカウト》だ。

 

「先行偵察の結果を報告します。目的地である森の伐採地点では現在待ち伏せは確認できませんでした」


「ご苦労。引き続き周辺警戒を続けろ」


 《大将軍》の命令に従い、《シャドウスカウト》は再び影に潜み消えた。

 

 城塞都市の生活に木材は欠かせない。ある程度は火の神の信徒である《炎魔人》たちの魔法でどうにかなるが、燃料や紙の原料、武器防具など様々なことに必要だ。

 そのために混沌の軍勢の領域である森まで攻め込み、木々を伐採して撤退する。

 危険だが必要な任務だ。

 

 部隊の真ん中では、木材や各種物資を積むために車輪の神の信徒である《チャリオットマスター》が作った巨大な自走式荷車が進んでいる。

 そして遠征先で魔法一つで食料を生み出せる、クリエイトフードを使う《料理人》。

 医療の神に仕える《神医》。

 そしてもちろん混沌の軍勢と戦うための《剣聖》や《勇者》、《姫騎士》たち。

 部隊の備えは万全だった。

 

 そしてそのまま部隊は森の中へと進み、目標地点まで進んだ。

 欲を言えばもう少し森の奥まで踏み込みたかったが、そうすれば迷いの森の魔法に囚われる。

 そうなれば出口のない中、混沌魔法、花粉地獄に一方的に攻められ、皆が涙と鼻水にまみれて息絶えることになるだろう。

 深入りはやめ、部隊は警戒陣形を組んだ上で木々の伐採に入った。

 敵襲に備えるため、全員ではないが前衛クラスたちが文明の神々から授けられた力で木々を伐採していく。

 《剣聖》の剣技が複数の木々をまとめてなぎ倒した。大木が倒れる音が辺りに響く。

 

 《大将軍》の顔からは緊張が隠せなかった。

 森は敵地であり、また森に住む混沌の軍勢は、混沌の軍勢同士で争うという話だ。

 彼からすればまさに混沌の地に足を踏み入れた気分だっただろう。


 そしてそのときが来た。

 《シャドウスカウト》が再び影から飛び出した。

 

「敵襲、来ます!」


「よし、戦闘開始!」


 森の中から無数の矢が飛び出し、部隊を襲う。森に住む混沌の軍勢からの弓による攻撃だ。

 だが文明の戦士たちはそれを耐えしのいだ。《大将軍》の指揮が部隊を一つの生き物のように動かす。

 前衛クラスが矢を剣で斬り払い、時間を稼いだ隙に大地の神に仕える術士である《ストーンマスター》が呪文を唱える。

 地響きを立てて地面から石の壁がせりあがり、部隊を矢から防ぐ防壁となった。ストーンウォールの呪文だ。

 

 だが石の壁は部隊を完全に覆い隠してはいない。ところどころに穴があった。

 その穴を狙って混沌の軍勢から、先ほどを上回る矢が放たれる。

 

 だがそれは罠だ。

 

 防壁の穴から前衛系クラスが飛び出す。ある者は矢を切り払い、またはある者は祝福された防具で受けながら、傷つくことを恐れずに立ち向かう。

 防壁の穴は隙ではなく、前衛系クラスが飛び出すための武器だったのだ。

 

 文明の戦士たちが混沌の軍勢と近接戦闘に入った。もはや矢を射かけるどころではない。

 そしてS級クラスを平均とする文明の戦士たちの戦闘力は、C級、高くてもB級の《森の戦士》や《森の狩人》たちを圧倒できる。

 この戦闘は決まった。そう《大将軍》は思っただろう。

 

 そこで『僕』は《大将軍》に背後から斬りかかった。

 

 

 *

 

 《大将軍》が警戒していなかった味方からの攻撃に、驚愕を顔に張り付けて崩れ落ちる。

 いや、僕は味方などではない。もはや僕は文明の戦士ではない。

 

 今の僕のクラスは秩序の神から授かった《黒騎士》だった。

 

 《黒騎士》、それは通常ではS級の騎士系クラス。

 その武芸へのクラス補正と、装甲が施された神聖乗騎による突撃は強力の一言だが、さらに秘められた能力があった。

 それは認識を阻害して集団に紛れ込む能力。集団行動では使いにくいクラスだったが、単独で紛れ込むなら極めて優秀だ。

 

 なおこの能力をいたずらに使うことは城塞都市では厳禁にされている。

 異性の浴場にこの能力を使って紛れ込み、それがばれて大騒動になった歌を城塞都市の人間は誰もが一度は聞いたことがあるだろう。


 《大将軍》が倒れたことで混乱状態に陥った後衛部隊を、敵対行為を取ったことでもはや認識阻害が切れてしまった僕はかたっぱしから斬り捨てて回った。

 

 そしてその次は、事態を把握できずに敵陣で立ちすくむ前衛クラスたちだった。

 秩序の神から授けられたクラスの力は凄まじく、経験で劣る僕ですら彼らを圧倒することができた。

 そして勝負は決した。

 

 

 *


「……お前は何者だ。文明の戦士ではないのか」


 混沌の軍勢の一人からの声。今まで雑音にしか聞こえなかったそれが、今は正しく言葉として僕の耳に聞こえていた。

 

『私の翻訳の加護だね』

 

 そう、秩序の神の加護! なんてすばらしい!

 いや、今はそれどころではない。

 

 僕は初めての混沌の軍勢との会話に緊張しながらも、なんとか友好的な表情を浮かべて、声をかけてきた混沌の戦士に返答をした。

 

「僕は秩序の神に仕えるものだ。森の神に拝謁したく参上した」

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