第4話 異端審問アゲイン

『うわぁ』


 それが家から出て、外を見た秩序の神の御言葉だった。

 石造りの建物。街の中を流れる無数の水路と渡し船。強固な城壁とそなえつけられた投石器。

 この世界で混沌と戦う城塞都市の一つ。ここが僕の住む城塞都市037だ。

 

『文明の神々とその民を名乗るだけのことはあるね。私が生きていたころより格段に進歩してるよ』


 秩序の神からのありがたい御言葉。なお、口に出さなくても頭で思うだけで秩序の神には聞こえると言われたので、今後はそのようにしていくつもりだ。

 

『アル君。ところで城塞都市の後にある037って何?』


『037とは城塞都市の番号のことです。城塞都市は世界各地に建造されていて、それぞれが混沌の軍勢と戦っています。

 混沌の軍勢が邪魔で頻繁とはいきませんが、城塞都市間での交流もあります』

 

『なるほど。ところで文明の神々って言うけど、主な神々はどんなのかな? ううん、ただの好奇心だけど』


 何か秘めたものがありそうな秩序の神の御言葉。だが神がそのお考えを僕たち人間に全て知らせるはずはない。

 僕にできるのはその疑問に微力を尽くして答えることだろう。


『文明の神々は数多くいますが、主要な神は五柱だと言われています。

 一柱目は日々の糧となる食事。また都市を築く石や、武具となる鉄を産みだし、作業用の巨大なゴーレムすら与える大地の神です』

 

『インフラ担当かー』


『それから当然ですけど、子供を授けてくれる神でもあります』


『うん?』


 え、両親の血液を混ぜた泥を大地の神の神官がこねて子供を作るんだけど、何か変なことを言ったのだろうか。


『……次いってみよう』


『二柱目は、川の神です。浄化された水は渇きを癒し、信徒は生活で汚れた水の浄化の奇跡も授かっています』


『インフラ担当二つ目か。確かに生活には欠かせないね』


『三柱目は軍事全般を司る剣の神。かの神からクラスを授かった者の多くは軍に入り、混沌の軍勢と戦っています。

 僕も信徒で、《聖騎士》のクラスを授かっていますが……』

 

『あ、アル君にクラス授けてるの今は私だから。蘇生させるときにその辺書き換えちゃった……』


『ええっ!?』


『大丈夫大丈夫、剣の神ならきっと許してくれるから』


『そ、そうですね。秩序の神になら……』


『残り二つの主要神は何?』


『残り二つは、一つは《異端審問官》のクラスを授け、混沌に汚染された異端を狩らせる審判の神。

 そしてもう一つは《吟遊詩人》のクラスを授け、人々の心を慰め、そして歴史を語り継ぐ物語の神。どちらも偉大な神です』


『なるほど。警察にプロパガンダか……』


 秩序の神の御言葉は僕にはよくわからなかった。自らの未熟を悔やむのみだ。

 

『ありがとう。よくわかったよ。

 それから、今度は街やそこに住む人々を見て感じた疑問なんだけど、みんな普段着にしてはやけに華美な服着てない?

 女性の服にはフリルたくさんついてるし。素材も上等だし」


『そうですか……? 昔からこんなものだと思うのですけど』


『……ちなみにどうやって作ってるの?』


『美の神の信徒である《ドレス職人》がドレス作成魔法で作ってますけど』


『普通に布とかないの……?』


『え、布ってドレス作成魔法で作った服を加工して作るんですよね』


『発想が逆だ……』


 頭の中で秩序の神が頭を抱える気配がした。

 

『だ、大丈夫ですか……!? 僕たちは何か侵してはならない禁忌に踏み込んでしまったんでしょうか』


『ううん。そんなことはないよ。……ただ、私の生きていたころとはずいぶん遠い時代に来ちゃったと思っただけ』


 その寂しげな声に、僕は何も言うことはできなかった。


『……ごめんごめん。気をつかわせちゃったね。話は変わるけど、混沌の軍勢について知りたいな。

 なんでも土を掘ってるとか言ってたよね』

 

 だけど僕もそれ以上は知らず、詳しい知り合いもいない……あ、そうだ。

 彼女なら知ってるんじゃないだろうか。

 

『この前審問を受けた《異端審問官》のリタさんはどうでしょうか。きっと混沌の軍勢について詳しいことを知ってるに違いない』


『いや、うーん……そういうことを《異端審問官》に聞くとアル君が異端扱いされない?』


『この前の審問で異端認定されなかったから大丈夫ですよ』


『いや、あれは、《異端審問官》の異端審問は文明の神々からクラスを与えられた人間にのみ効くもので、アル君のクラスは文明の神々のものから私が与えたものに切り替わっていたから大丈夫だっただけなんだけど……』


 そうだったのか。

 

『でも僕は異端じゃないし。異端審問を受けても異端と認定されないなら大丈夫ですよ』


『……アル君。発想が柔軟なのか硬直してるのかわからない』


 小声でつぶやかれた秩序の神の言葉はよく聞こえなかったが、僕は神のお役に立てると張り切っていた。



 *

 

「混沌の軍勢について知りたい? この異端!」

 

 即座に抜き放たれた異端を裁く炎の剣が、僕に触れた瞬間にかき消える。

 

 異端審問官の詰め所を訪れ、リタさんに話しかけた途端にこれだった。


「また異端ではなかった……。アル、あなたは紛らわしい」


「すいません……」


 リタさんはしょんぼりとした様子だった。


「混沌の軍勢については、異端たちが無数の説を残している。

 どれもおぞましいものばかり。やめた方がいい」

 

「でも……それでも混沌の軍勢との戦いには必要なんです!」


 熱意を込めて語りかける。その心が通じたか、リタさんは僕の願いに応えてくれるようだった。

 

「例えば、何について知りたい? 私も知識があるとは限らないが、まずはそれを言ってくれないと」


「そうですね……そういえば、混沌って自分の支配地域で土を掘ってるって聞きますけど、本当なんですか?」


 その言葉を口に出した途端、場の空気が変わった。

 

「リタ、さん……?」


「アル、それは本当におぞましい知識……あなたには核心を突く才能がある」


「いや、そんな……」


「ほめてないから」


 そう言うと、リタさんはため息をついて話し出した。


「かつて私が火刑に処した、異端に堕ちた大地の神の神官の研究によると、混沌の軍勢が土を掘っているのは、農業とやらをしているらしい」


「農業……? なんですか、その邪悪な言葉は……」


「土の中に混沌の軍勢の食べ物の欠片を入れると、それが何倍にも膨れ上がるとか……大地の神以外で食物を生み出す禁忌の知識……」


「なんておぞましい!」


『あ、農業ってことは豊穣の神かー。なるほどー』


頭の中で秩序の神の声が聞こえたが、今の僕には禁断の知識によって与えられた衝撃で、それどころではなかった。


「これ以上は更なる禁断の知識となる。アル、君にそれを聞く勇気はある?」


「……お願いします」


「……わかった。

 かつての《異端審問官》が焚書にした禁断の書物によると、偉大なる大地の神は0から一を生み出す御業を持っているが、混沌の軍勢は一を十に増やす禁忌の術を持っていたという。

 農業、それは大地の神を冒涜するおぞましい術。

 それが混沌の軍勢の膨大な数を支えている……」

 

「なんてやつらだ……!」


『いや、農業そんなに悪くないからね?』


「アル。あなたが異端でないことはわかっているが、この知識を漏らすことは許されない。なぜなら……」


「人の手に余る知識こそが、人を異端に堕とすからでね……」


『聞こえていますかー? もしもーし』


握りしめた拳に汗がにじむ。リタさんは僕を信じて禁忌の知識を教えてくれたんだ。その信頼を裏切ることはできない。


「わかっていればいい。アル、この知識が君の戦いの役に立たんことを」


「はい……!」


『あー、もういいです……。……でも次にすることは決まったかな。実際に混沌の軍勢を見に行ってみよう』

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