第3話 《姫騎士》にはならないの?

 数日後。

 

 僕は一人、自宅で食事を取っていた。


 配属されていた部隊が全滅したことから、新たな配属先が決まるまで僕の扱いは保留。

 しばらく自宅で待機というのが軍司令部の指示だった。

 だけど、今僕は何をすればいいんだろう……。


 僕は物心つく前に両親を亡くした。両親は共に戦士であり、勇敢な《聖騎士》と《姫騎士》であった。

 その散りざまの戦いは、《吟遊詩人》に歌われるほどだ。

 両親のことは歌でしか知らないが、誇りに思っている。


 僕の保護者はいなくなったが、両親がともに戦場に出ることは珍しくなく、保護者をなくした者は僕以外にも多くいた。

 幼いころは教育の神の神殿で面倒を見られ、七人の《賢者》と十人の《聖母》に教えを授けられた。

 そして知識と武芸を鍛える中で、僕も父のように《聖騎士》になり、文明の神々と人々のために戦おうと、そう思ったのだ。


『《姫騎士》にはならないの?』


「強いけど、性別限定クラスだから……」


 返答した後で気がつく。この部屋の中には僕以外誰もいない。

 いや、それどころか今の言葉は僕の頭の中から聞こえた。幻聴なんかじゃない。

 何だこれは、混沌魔法による攻撃か!?

 

「落ち着いて。私に害意はないよ」


「嘘をつけ! お前は誰だ。混沌の軍勢だな! 僕は混沌には屈しない。命を惜しむと思うな!」


『違う違う。騒がないで。というか、その混沌の軍勢って何かから聞かせてもらいたいけど、まずは自己紹介からかな。

 私は秩序の神。今の世でなんと伝えられてるかはわからないけどね』


「え……」


 秩序の神。それはかつての神々のまとめ役である偉大な神だ。

 だがそんなはずがない。

 

「秩序の神は混沌の軍勢によって打ち倒されたはずだ。嘘をつくな!」


『その混沌の軍勢が何かはしらないけど、確かに私は一度死んだ。だが蘇った。神だからね』


 頭の中で胸を張る気配がする。

 確かに神なら蘇ってもおかしくはないのか? いや、だが混沌の軍勢の陰謀かもしれない。

 

「……証拠はあるんですか?」


『うーん。そう言われると困るけど……君を蘇生させたことかな。これは私しかできないことだと思うけど』


 その言葉に胸を突かれる。

 今まで目をそらしてきたが、改めて考えれば確かにライトニングボルトで僕は命を失っていたはずだった。

 だが目覚めたとき、体には傷一つなかった。

 そしてこの声は、今思えば僕が死から目覚める前に聞いた声。

 そして蘇生は医療の神すらできない、秩序の神のみの御業。


「疑って申し訳ありませんでした!」


『うん、いいよ。許す』


「なんて寛大な。伝承に歌われる通りだ……」


『……ちょっと気になるんだけど、その伝承って?』


「神々のまとめ役であり、無数の混沌の軍勢と相打ちになって果てたが、世に希望を残したと聞いています。

 他の神々は、あなたの志を継いで、今は文明の神々を名乗り、人々を導いています。

 そう物語の神の信者である《吟遊詩人》が代々語り継いできていますが」

 

『……ふーん。へー。まとめ役で、混沌の軍勢とやらと相打ちで、他の神々は今は文明の神々か。ほー。

 そういうふうになっていると』


 何故だろう。頭の中で秩序の神が額に血管を浮き出させた気がしたけど、神様がそんなはしたないことをするわけないよね。


『……まあ落ち着こう。君からは色々聞いてみたいし。とりあえず、改めて名前を聞いてもいいかな?」


「はい、僕はアル=357です」


『……その357って何? 姓にしちゃおかしいけど』


「姓……? 生まれた期の番号ですが」


『……うん、わかった。そういうことにしよう。

 それから、さっきまで食べていたものは何?』

 

 僕は先ほどまで口をつけていた、緑色のペーストを見た。


「大地の神から配給された食事ですけど」


『それってクリエイトフードの魔法で出す食べ物だよね。

 それを食べるってことは、そんなに食べ物に困ってるの?』

 

「え、他に食べ物なんてあるんですか」


 頭の中で声が沈黙した。

 僕にはうかがい知れないが、神には深遠なお考えがあるのだろう。

 

『……えーと、動物とか食べないの?』


「動物……? え、もしかして生きた肉ですか!?

 そんな、混沌の軍勢じゃないから食べませんよ!」


『……私が生きていたころと色々概念が変わっているのはわかった。

 ちなみに水は?』

 

「都市の中を流れる川の水です。川の神の信徒によって浄化の魔法がかけられています」


『川があるなら魚は取らないの?』


「魚……? 生きた肉なら、川が都市に入る入り口で浄化してますけど」


『……今は肉体ないけど、頭が痛くなってきた』


「だ、大丈夫ですか!? すぐに医療の神の神殿に!」


『いや、それはいいから……大丈夫だから落ち着いて』


 不安だったが、秩序の神がそうおっしゃるのであれば受け入れるしかない。


『私が死んでいた間に状況が色々動いてるみたいだけど、その混沌の軍勢って何?

 私が生きていたころにはなかった言葉だけど……』


「え、そうなんですか……いえ、失礼しました。

 混沌の軍勢といえば、おぞましく邪悪な輩です。一匹見れば千匹は隠れています。

 故に報告書では混沌の軍勢の数は確認数の千倍にします」


『凄く気になってきたけど、もっと具体的に』


「はい! ……ですが、僕も《吟遊詩人》のような物語の神の信徒ではないので詳しくはないのです。

 ですが、放っておくと支配地域をどんどん広げて、僕たちの住む城塞都市に襲い掛かってきます。

 なので定期的に撃退を行っています。

 それから、これは噂なのですが、支配地域では、やつらは何やら土を掘ってるとか。よくわからないことをしてます。

 混沌は野蛮ですね」


『なるほど……』


再び頭の中で秩序の神は沈黙した。

次の言葉が告げられるのを、僕はただ待った。


『そんなに固くならなくてもいいよ。これから長い付き合いになるだろうし。

 ただ一つ言えるのは……私も君も、今の世界を知らなきゃいけないってことだね』

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