第2話 はじめての異端審問
稲妻の閃光に飲み込まれた後、長い間、あるいはわずかな間、僕は暗闇の中を漂っていた。
そこで、誰かの声を聞いた気がした。
『この戦■■■体で、■も状態■■く、■力が■いのは彼■す■。
よ■、決■ま■■。■■■■加護■』
何を言っているのかはよく聞き取れない。
だが、その声とともに体をむしばんでいた苦痛が消えていくのを感じた。
そして僕は、ゆっくりと目を覚ました。
*
「……あ」
土の上に起き上がる。
ここは、僕はどうして……。
記憶をたどる。そうだ、僕は仲間とともに混沌の軍勢との戦いに来て……。
慌てて当たりを見回す。
もはや敵軍も味方の軍の姿もない。
どちらが勝利したにせよ、すでに全軍引き上げてしまったのだろう。
気絶していた僕が見つからなかったのは幸運だったのか不運だったのか。
いや、今生きているこそこそが文明の神々の加護なのだろう。
僕は短く祈りを捧げると、かたわらに転がっていた神聖乗騎の様子を見る。
拍車をかけると神聖乗騎は二つの車輪を回転させ、うなりを上げた。幸いにもまだ動くようだ。
さらなる幸運に神々への感謝を深めると、僕は城塞都市へと戻ることへした。
*
城塞都市まで戻ると、門番をしていた《守護者》たちに呼び止められた。
所属と名前を述べよと言われたのでその通りに名乗ると、ちょっとした騒ぎになった。
それに戸惑いながら、同じ部隊のみんなは今どうしているのかと聞くと、彼らは一瞬顔を見合わせ、今は生存報告をしてゆっくり休みなさいと、優しい声で言ったのだった。
*
軍の司令部まで来ると、狭い部屋に通された。
テーブルが一つに椅子が一つ。
椅子に座り、しばらく待っていると、きっちりした衣服を着た短い黒髪の女性が入ってきた。
年齢は二十ほどだろうか。
「アル=357。私はリタ=351。今回君から聞き取りをさせてもらうことになった」
「はい。あの、すいません、同じ部隊のみんなは……」
「……言葉を飾らずに言う。……全滅した」
「そんな……」
仲間の運命はこれまでのことですでにだいたい察せてしまっていた。
だけど全滅だなんて……。
あの部隊には、僕と同期の357期生の内、軍に所属した者の半数以上が配属されていた。
都市運営にたずさわるクラスを授かる者も決して少なくないが、やはり戦場に出るクラスが人気がある。
小さなころから一緒に遊び、学んできた同期の友の多くが死んでしまったということになる。
ああ、神々よ、何故このような過酷な運命を授けられるのか。
「心痛察する。この戦いで散ったものに神々の慈悲があらんことを……。
……だが、君には聞かなければならないことがある。
改めて名乗る。私はリタ=351。《異端審問官》だ」
「い、《異端審問官》!?」
《異端審問官》、それは審判の神の信徒であり、神々に背くものを裁く権限を授けられている。
何故、それが僕の前に……!
「そんなに緊張しないでいい。形式上のものだ。
先ほど部隊は全滅したと言ったが、正確には指揮官の《軍神》のみ生き残っていた。
そして彼は異端として裁かれた。私が裁いた。
その指揮下にいた君にも審問をする義務がある。
彼から何か異端の教えを受けたことはないか」
「いいえ、そんなことは……!」
とっさには信じられない。
指揮官である《軍神》は、訓練のとき厳しくも暖かかった。
だけどそれは、かりそめの姿であり、真の姿はおぞましい邪悪だったのだろうか。
いや、そうに違いない!
「部隊が全滅したのも、やつの仕業だったんでしょうか」
「その判断は私には下せない。軍を司る剣の神殿が判断を下すだろう」
「一体どんな理由で異端として裁かれたんですか」
「教えたくない。聞けば耳と心が汚れることになる」
「……それでも教えてください。僕の同期の仲間たちをどう殺したか、僕は知らなければならない……!」
その言葉に、リタさんはため息をついて渋々ながら口を開いた。
「……この内容は口外厳禁。《軍神》は、神の御心に疑いを持った。
今回の戦いの敗因は斥候系クラスの不在にある。
クラスを授かるものの希望通りに授けているから、不人気な斥候系クラスがいないのだと。
決して許してはいけないことだ」
「そんな……」
神々のお考えに疑いを持つことなど、確かに許されることではない。
だが彼は配属時に、僕たち357期生のクラス構成を聞いて顔を曇らせていなかっただろうか。
僕のような一兵士にはわからないが、指揮を執る者として勝利と栄光と、そして生存のために悩んでいたとすれば……。
黙り込んでしまった僕に、リタさんは穏やかに声をかけてきた。
「アル=357。君は疲れている。ゆっくりと休むといい」
感情を感じさせない表情ながら、リタさんの声と瞳には慈愛が込められていた。
だが、それでも僕は言った。言ってしまった。
「……だけど、もしも《軍神》の言ったことが正しくて、僕たちがもっとクラスについて考えた上で授かっていれば……」
頭の中に声が響いた気がした。馬鹿、言うな、と。
しかしもう遅い。リタさんはすでに雰囲気を一変させていた。
「クラスを授けるのは授けられる者の希望こそあれ神々のご意思。
それに疑いを持つのは異端。しょせん異端の部下は異端か。
我が剣が汝の罪を試し、裁く。審判を受けるがいい」
リタさんが虚空から、《異端審問官》の証である炎の剣を取り出し、僕に斬りかかってきた。
審判者である《異端審問官》の剣は文明の神々が与えたクラスの加護を打ち破る。
当然僕の《聖騎士》の加護も例外ではない。
僕はそのまま愚かな失言によって火刑に処される、そのはずだった。
「私の異端審問が効かない……!?」
そう、リタさんの炎の剣は、僕の体に触れたとたんジュッと音を立ててしまった。
「こんなことは初めて……だが伝承にある。罪を犯していないものは裁くことができないと。
……つまり、あなたは潔白ということか。疑ってすまなかった」
リタさんがひざまずき、頭を下げた。
「あ、頭を上げてください!」
「いえ、無実の者を裁こうとした罪は裁かれなければいけない。
罪を償うために私こそ火刑にふさわしい」
「やーめーてー!」
そう言って自らの喉に炎の剣をあてようとするリタさんを必死に取り押さえた僕だったが、そのとき頭の中で小さくため息が聞こえた気がした。
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