S級クラス《聖騎士》に希望通りなった僕が初陣で戦死した件について

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第1話 戦死

「次の者、前へ」


 神殿の中。石造りの床にひざまずき、自分の順番が来るを待っていた僕に、高司祭様から声がかけられた。

 僕は振るえる声で返事を返すと、偉大なる剣の神の像の前まで進み、目を閉じて一心に祈りを捧げた。

 どうか、どうか僕に力を。素晴らしいクラスを……。


「おお、なんということでしょう……」


 祈りの中、高司祭様の声が聞こえた。


「アル=357。そなたには《聖騎士》のクラスが与えられます」


 歓喜とともに、僕はその言葉を受け入れた。




 洗礼の神殿の外に出る。

 先ほどの高司祭様の言葉と、今も体の奥から湧き出てくる力にふわふわと歩みを進める僕に、後ろから声がかけられた。


「よう、アル。お前はクラスどうだった?」


 振り向くと、そこにいたのは同じ第357期生のジャックだった。


「うん。希望通り《聖騎士》だったよ」


「やったな。俺も希望通り《剣聖》だったよ、もっとも、希望が通らないことなんて滅多にないらしいけどな」


「……神々の御心は僕たち人間にはうかがい知れないよ、ジャック」


 ジャックはしまったという顔をして聖印を切り、偉大なる文明の神々への許しを求める祈りを捧げた。


 僕たち第357期生は今年15歳になる。成人した立派な大人だ。

 そして成人した僕たちには神々からクラスが与えられる。

 僕たちが授かったようにそれらは皆栄光に満ちたものであり、クラスに応じた力を得ることができる。


 しかも神々は僕たちの希望を汲んでくださる。

 もちろん例外はあるが、それは神々の深淵なるお考えによるものであろう。

 寛大なる神々は、クラスに不満があるのならば他の神によって新たなるクラスを授かることを許してくださっている。

 おお、偉大なる神々よ。


 日々恵みを与えてくださる神々への祈りを捧げ、顔を上げると遠くに都市の城壁が見えた。

 戦いで崩れた石壁を《ゴーレムマスター》の操る巨大なゴーレムが築きなおし、《ストーンマスター》が強化と整形の魔術で新たに命を吹き込んでいく。


 ここは城塞都市037。

 平野の中、孤高に一つある文明の砦。

 神々が与えし、人間の住まう地であり、混沌の軍勢と戦うための要塞である。



 ちょうど食事の時間を鐘の音が知らせたので、大地神の信徒のクラスである《料理人》が、魔法で生成した配給用の食料を受け取り、ジャックと一緒に食べることにした。


 スプーンでペーストを口に運ぶ。いつもと変わらない落ち着いた味。


「アル。クラスを得たからには、俺たちも戦いにいくんだな。忌まわしき混沌の軍勢との……」


「ああ……」


 この世界には、かつて今より遥かに多くの城塞都市が築かれており、神々の加護を得て人類は繁栄を極めていた。


 だがそこに地の果てからあらわれたのが忌まわしき混沌の軍勢だ。

 やつらは城塞都市を滅ぼし、神々のまとめ主である偉大な秩序の神すら打ち倒した。


 もちろん僕はそのころ生きていないが、物語の神の信徒たる《吟遊詩人》が代々受け継いできた教えだ。

 間違いなどあろうはずがない。


 だが秩序の神の志を受け継いだのが僕たちを導きし文明の神々。

 そして人類も負けてばかりではない。

 神々からクラスを授かり、力を得て、僕らは文明の戦士となり、混沌の軍勢との戦いに赴くのだ。


「明日から軍事訓練だ。お互い頑張ろうな。人類に勝利を。神々に栄光を」


「ああ。勝利と栄光を」


 ジャックと手を握り合い、迫る戦いにお互いの決意をぶつけ合った。




 そしておおよそ一月後。

 僕たち第357期生の多くと監督役であり指揮官の《軍神》からなる軍は、城塞都市近くに生息する混沌の軍勢との戦いに赴いた。

 こちらはおよそ30人。敵の予測される数は1000匹。

 数の差は圧倒的だが臆することはない。

 こちらは《聖騎士》《剣聖》《勇者》からなるS級クラスから構成されており、そして皆が《ホーリーエンチャンター》が聖別した武器防具に身を包んでいる。

 敵の構成はD級クラス《戦士》《蛮族》がメイン。武器はせいぜい骨のこん棒だ。

 数の差は質でひっくり返すことができる。


「前衛部隊、突撃準備」


 指揮を取る《軍神》の命令が聞こえ、僕は《聖騎士》に授けられた神聖乗騎にまたがった。

 神聖乗騎の心臓を温めながら、僕は合図を待った。

 今か、今か……!


「突撃!」


 軍の先頭を《聖騎士》である僕は、同期の《黒騎士》と争って駆けた。

 偉大なる神は車輪を授けられた。

 野蛮な混沌の軍勢は四足の混沌を乗騎にしてじべたを駆けているが、そんなものとはわけが違う。


 混沌の軍勢の前衛を、魔法障壁を張った神聖乗騎とランスでいいように粉砕する。

 そして僕たちが開けた穴に後続の軍が飛び込んでくる。

 視界の隅にジャックが《剣聖》のクラスに授けられた剣技で混沌の軍勢をなぎ倒すのが見えた。


「凄いな。僕も負けてはいられない……!」


 目指すは敵の首魁。僕は敵の軍勢の奥深くに飛び込もうとして……。


 突然敵軍の後方から、無数の光が見えた。


 次の瞬間、全身を引き裂かれるような痛みが走り、僕は地面に倒れこんでいた。

 遅れて轟音が響く。

 敵は精鋭を伏せていた。

 《稲妻の弓手》による混沌魔法。ライトニングボルトだ。

 訓練で聞いたことがある。僕たち文明の神々の信徒の内、金属鎧を着たものを最も多く殺したのが《稲妻の弓手》だと。


「こ、後衛部隊! 反撃の魔法を……いや、防御呪文を!」


 轟音、轟音、轟音。。

 稲妻で部隊がズタズタに引き裂かれていく。

 だが、この程度でやられるわけにはいかない。

 勝利と栄光を神に捧げなければ。


 だがそのとき、さらなる混沌魔法の光が見えた。


 轟音。


 そして、僕の意識は途絶えた。永遠に……。






〇遠征隊報告書


 《剣聖》《勇者》《軍神》からなる英雄32名。忌まわしき混沌の軍勢100万と交戦。

 前線を打ち破り敵本陣に迫るも、卑劣なる混沌魔法によって、指揮官である第341期生の《軍神》以外全て落命。

 神の元に召されし英雄たちに安らぎあれ。


 近年のクラス希望は前衛職に偏っており、第357期生のクラス構成も同様で、バランスが非常に悪かった。

 影の神から授けられる《シャドウスカウト》は不人気でおらず、敵が伏していた混沌の精鋭を把握することができなかった。

 《吟遊詩人》の語る物語は前衛クラスのものに偏重しており、これがクラス希望に影響していると思われる。


 偉大なる神々の御心を疑うつもりなどないが、なぜ希望クラスをそのまま通さず、クラス調整をなさらないのか。

 無能な私は甘んじて裁かれよう。だがこのような犠牲を二度と生み出さぬよう願う。

 (この報告書を提出した直後、報告者である《軍神》は《異端審問官》によって火刑に処された)

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