第76話 可能性? 出発!
「よし。これでシェリーの件は片付いたね。では一時解散」
今回の主役であるシェリーがシャーリーとマキに連行されていく。
この後シェリーはローナのところへ戻る予定。なので出発までの短い時間一緒に過ごすのだろう。
三人とも笑顔でこれから祝杯を挙げるのかもしれない。
「エマ姉様」
呼ばれたので見るとソニアとソフィアの姉妹が並んで立っていた。
遠目にはソックリと思っていたが並ぶと違いがよく分かる、男気を感じる顔立ち。
この子はDエリアに向かう際に私が救助した探索者で、面と向かって会話をするのは今回が初めてとなる……
──ん? 何だ?
……のだが何処か違和感を覚えたが……飲み込む。
「紹介するなの。妹のソフィアなの」
「ソフィア…なの。エマ……さんには是非ともお礼を……言いたくて、今回の企みに参加した……なの」
照れているとか恥ずかしがっているとか、そんなワケではなさそうなのだが、話し方が何処かおかしい。
「お礼?」
「そう……なの。助けてもらったお礼……を」
「ソフィア」
途中でソニアに遮られた。
「?」
「エマ姉さまなら大丈夫なの、っていうかもう手遅れなの」
「……マジ?」
「マジなの。さっきエマ姉様と」
「……あっ!」
左の掌にグーにした右手をポンと打ち付ける。
「どしたの?」
「エマ姉さま、やり直しを要求しますなの」
へ? 何を?
「ど、どうぞ?」
「では改めて、ソフィアだぜ! 助けてくれてありがとうございましたぜ、なの!」
「……ど、どういたしまして?」
確かに改まった。こっちが「素」かね?
お、そうか。違和感の正体がハッキリしたよ。
こりゃ騙されたってゆーか、
第一印象とは恐ろしい、などと思っていると事情を知らない菜緒・奈菜・ランの三人がこちらを見ながら首を傾げていた。なので軽く「補足」しておく。
「うん。Dエリアに寄る前にふと思い出してね。もしかしたら戻ってきてるかもって。で寄ってみたらビンゴだったんだわさ」
「「「へーー」」」
「で、その後はどお? 体調は戻った?」
「万全の一歩手前ってところだな、なの」
「若いから回復も早いよね」
「それともう一つ、お礼を」
「ん? 何?」
「〈形見〉を届けてくれたお礼だぜ、なの」
形見?
「ぬいぐるみなの」
……そう言えば「圧縮倉庫』の在庫一覧にあったっけ?
「アレは私達の毎年の誕生日に母がプレゼントしてくれた大切なモノなんだ、なの」
「…………」
だから肌身離さずと艦にまで持ち込んでたのか。
「私の艦にも乗せてあるの」
「そうだったの。ならお母さんが貴方を守ってくれたんだね」
艦の外装はメチャクチャだった。奇跡なのか、意図してなのか、それは分からないが不幸中の幸いというか圧縮倉庫は無事だったので失わずに済んだ。
「だからエマさんにはとっても感謝しているぜ、なの」
「どういたしまして」
返事をしてからランに目配せをすると笑顔で頷いていた。
あの時、ランが当たり前の事を私に気付かせてくれた。結果として二人の笑顔を失わずに済んだのだ。
人にはそれぞれ大切な思い出があるだろう。その思い出が形として残っているのは素晴らしいと思うし、羨ましくもある。
だがここで一つ気掛かりが。
今の話からも窺い知れるが、この姉妹は産んでくれた母親の愛情を、今でも忘れずに生きている。それは自分達を立派に育ててくれた父に対しても同様だろう。
思い出を大切にしている、そんな姉妹に「ノリ」でシェリーを紹介してしまった。私としてはシェリーのためと思い行動してしまった。
私の家族はエリーのみ。父や母は物心つく前に亡くなったと聞いているし、結婚はおろか、子供すらいない。
なので親子の関係というものがイマイチ分かっていないのかもしれない。
その点に気付くと今さらながら引け目を感じたのだ。
……まあ多少強引だったかもしれないが強制はしていない。ソニア達も本心は分からないが、表面上は受け入れてくれてたし、今は良しとしよう。
「話は変わるけど、向こうで何があったのか、教えてくれる?」
「……あの時の?」
「そう」
もう一つ。シェリーの件も大事だけどこちらも大事。
勿論「消失」に巻き込まれた時の状況を聞いている。
「……言えないぜ、なの」
「へ?」
ま、まさかの拒否? ハンクに口止めされた?
「ただ……ご内密の話にしてもらえるなら……教えてもいいぜ、なの」
「……分かった」
皆に目配せをする。すると全員頷いてくれた。
「約束だぜ? これは記録にも残って無かったから父にも言えなかったぜ。だから他人に話すのは初めてだぜ、なの」
目を細めて小声で話す。どうやら違ったらしい。
「もったいぶってないでサッサと話すなの!」
ソニアが微妙に苛立ちだす。
「そう慌てるなって。結構ヤバい内容なんだから」
「ヤバい?」
「ああ。実は着いた時に誰かが……いたんだ」
「「「…………」」」
「誰なの?」
「分からない。正確には探索艦がいた」
「探索……艦」
「ああ。対象の惑星に。識別信号も出さずにいたから「ウチのシマを無断で荒らしてんじゃねえ!」て怒鳴り込もうと近寄ったら……」
「……たら?」
「……基地で目が覚めたぜ、なの」
「「「…………」」」
黙る一同。
ただソニアとソフィア以外の者はそこで何が起きたのかは想像がつく。
「二人とも」
「「?」」
「今の話は誰にも言っちゃダメ」
「何故なの?」
「ソイツはヤバい相手だから。言ったら消されるかもしれない。これはエリアマスターからの忠告」
艦だけでなく存在すら消せる相手。
ソイツがソフィア
だからこそ、下手をしたら「一度ならず二度までも」があり得る。
「……分かったなの」
「……了解だぜ、なの」
察しというか空気が読める姉妹。
「それじゃ父や仲間を心配させたくないから帰るぜ、なの」
役目を終えたとばかりに見事な敬礼を披露する。
「あ、今回のことはまだ内緒ね」
シェリーの件。
「合点承知だ、なの」
「見送ってくるなの」
「あ、私も」
とランも付いて行った。
「それじゃ軽く朝食でも取りに行こうかね」
残った同い年組に声をかける。すると思わぬ方向から声がかかった。
「……ちょっといいかい、な?」
この声は……ノア。そういえばここにいたんだっけ。珍しく? 大人しかったから忘れちまっただよ。
「お、びっくりした! どしたの? 急ぎの用事?」
ノアの頭を撫でながら聞き返す。
「……実は、な。ミアに作って貰ったプロテイン……じゃなくてプログラムを、ね、それをパンスト……じゃなかった、インストしたいんだが、な?」
「ミアから? いいよ」
内容も聞かずにOKを出す。
ノアがやる事はプラスになれど、マイナスの事態にはならないと絶大なる信頼を寄せているから。
「……らっきー、じゃじゃん! では早速、菜奈っ子とクレアの巨峰コンビ、かも〜ん」
呼ばれた二人はキョトンとした表情でお互いを見合う。
「へ? 何故この二人? 何するの?」
「……ちょっとした改造をだが、な。二人のここに施す、ぞっと」
自分の頭を指差す。
「……チップ?」
返答はせずニヤケながら親指立ててグーを突き出す先生。
「……すぐ終わるし〜痛くしないから、ね?」
「やる前に必ず説明をし、本人の承諾を得てから行うこと。それならばよし!」
「……はい、よ。それと、菜緒ラー艦と菜奈っ子艦のAIにもクエスト……じゃなかった、インストしてもいいかい、な?」
「菜緒ラーってマヨラーじゃないんだから。それで艦には何をする?」
「……我が栄光の~Bエリア探索艦と同じ仕様に~、だな」
「個性」の設定か。
「二人ともどうする? 改造後は搭乗者が細かく人格設定しなくちゃならないけど……」
今度は菜緒と菜奈がお互いを見合う。二人とも何度か瞬きをした後にノアを見て頷く。
「……んじゃ、菜緒ラーの了解も得た事だし基地の設備借りる、よ~ん。では二人とも、かも〜ん」
さっさと転送装置へ向かっていくノアの後を二人は慌ててついて行った。
立ち去る三人を、いや菜奈を心配そうに見送る菜緒。
「大丈夫かしら」
「艦に関しては基本システムに変わりはないと思うから安心して。それとチップはクレアについてはハード部分は既に改造済み。ソフトの分野はミアが戻ってきたらやって貰う予定だったし、多分ノアがミアにお願いしてプログラム組んで貰ったんじゃないかな」
「そうじゃなくて……」
「?」
「菜奈に何をするのかしら?」
「……さあ?」
「さあ……ってもう。私の菜奈に変なことしないかしら……」
「子供じゃないんだし、自分で判断出来るから大丈夫だって! 全く心配性なお姉ちゃんだな〜」
「だからそうじゃなくて……ってそりゃ心配でしょ? 妹なんだから!」
「あらあら〜本当にそれだけ〜なのかな〜?」
「な、なによ⁈」
「私の菜奈って……もしかしてシェリーと同じ、いやそれ以上のシスコン?」
「そ、そうよ! し、シスコンで何がいけないの?」
顔を真っ赤にし、両手をバタつかせて抗議してきた。
「あらあら、そんなにハッキリ肯定されたら弄れないわさ」
「何よ弄るって!」
「そんなに怒んないの。いやね〜菜奈はお姉ちゃんがそばにいていーなーってね」
「あ……ごめん」
「何も謝ることないよ?」
ホント、だいぶ前に割り切れたから。ふふふ。
「ちょっと無神経だった」
「そんなことない。でもね……私から菜緒に一つだけお願いがあるの」
気付かれない範囲で「つぶらな瞳」を菜緒に向ける。
「な、なに……かしら?」
私から目が離せなくなったようだ。しかも顔赤くしちゃって。
「エリ姉が帰ってくるまで菜緒のこと……お姉ちゃんって呼んでも……いい?」
「うっ……お姉ちゃん……うーーーーいいいい、いいわよ。私で良ければ」
「菜奈と同じ扱いしてくれる?」
「ど、努力する」
「わーーい、やったーー!」
と菜緒の首に抱きつく。
「もう……しょうがない子ね」
「さて、人数減っちゃけど朝食に行こ? 菜緒姉?」
「う、うん」
満更ではない顔。取り敢えず姉一人ゲットだぜ!
そのまま職員食堂に向かうが生憎と満席だった。仕方無しと娯楽街の「ドカッチェ」風のお店に向かうとこちらは開店休業状態。
気兼ねなくモーニングセットを食べながら今後の計画について話し合う。
因みにいつもならばこういう状況には必ず乱入者がいるが、今回は事前に「真面目な話し合い」をすると
「次に向かうのはAエリア基地?」
「うん、残りはAエリアのみ。(サラは)連絡がつかないって言ってたし、どうなっているか想像もつかないわ」
「実はね昨日、主任達からそこそこの情報はもらえたの」
「そうなの?」
「ええ。その情報から大きく二通りのパターンが考えられる」
難しい顔で話を続ける菜緒。クロワッサンを食べながら説明に聞き入る。
「二通りをそれぞれA・Bに分けるとして、まずAから。Aは「既に敵側に制圧されている」場合」
「制圧というと?」
「所謂ハッキング。この場合、さらに二通りのパターンに枝分かれする」
「どんな風に?」
「一つは単にAIが乗っ取られてしまい、探索者や職員の意志が反映されていない状態。所謂軟禁状態」
「…………」
「二つ目はAIが機能停止、又は生命維持機能関連以外の機器が停止している状態。この場合は探索者以外、特に基地職員の洗脳の可能性まであり得る」
「……探索者以外?」
「ウチの主任が「探索者の洗脳は考慮しなくてよい」と」
「天探女主任が?」
「ええ。根拠は言わなかったけど「探索者は」と限定していたので多分「
「…………」
「ただ洗脳しなくても、探索者の意思に関係無く操る手段はいくらでもあるし」
「あるの? 例えば?」
「比較的簡単なのは『脅迫』の類。相手の弱みにつけこむだけで充分な効果が期待できるし、人相手には有効な手段。まあどのパターンもこちらにとっては迂闊に身動きが取れないという点は同じ。我々だけでは対処は不可能」
「ハッキングは専門外。知識ないもんね」
「一人を除いてね」
「一人? ……あーミアか。でもノアと
「そう、
「うん」
二次被害を出さないためにも。
「私個人としてはハッキングは間違いなく行われたと思ってる。なのでAパターンのどちらかでしょう」
「根拠は?」
「二つ。一つは本部発の連絡艦の存在。もう一つはエリアマスターの人柄」
「エリアマスター……アトラス主任?」
「そう。まず連絡艦は基地近傍で消息を断ったのは確実」
「どうして近傍だと?」
「今回の連絡艦は臨時便。ここにも来たけど先触れ無しの来訪だった」
「…………」
「探索部で運用している探索艦以外の艦はAIや運動性能、さらに装甲に至るまで一般で使われているモノと比べものにならないくらい、かなり高性能にしてあるのよ」
「それは知ってる。私も少し前に基地に配置してあった艦を弄ったから」
「なら分かるわよね。先ず跳躍中の
「うん。確か「作用・反作用の法則」だっけ?」
「正解。残るは通常空間で調査艦程度の運動性能なら何隻来ようが難なく躱せてしまうので調査艦も除外する」
「……うん」
そうなんだ? 調査艦が実際に動いてるとこ見ていないし、スペックも知らないから何とも言えない。
だだ調査艦が基地のそばをウロチョロしてたら大問題に発展しそうな気がする。そう思えば調査艦はシロか。
「残るは高性能でいつくるか分からない艦を、回避する暇を与えないほど素早く対処しうる存在と言えば……」
「……整合部?」
「それも無い。サラ主任曰く「整合部は中立の立場でこちらから手を出さない限りは関与してこない」と言っていた」
「……なら残るは」
「そうご存じの探索艦。探索艦ならドックで待機してればいいし識別信号も偽装の必要は無し。さらに運動性能から外装の強度に至るまで雲泥の差。これが一番シックリくる」
「探索艦が……味方が?」
「そう。ただアトラス主任がそんな決断を下すとは思えない」
「何故? 理由は」
「立場と信頼」
「?」
「「探索者の纏め役」という立場。さらに他の主任達がアトラス主任を全く疑っていない」
そう言えばサラもアトラスのついては何も言っていななかった。
「私は直接お会いする機会も、お話しする機会にも恵まれなかった。だから私にはアトラス主任を信用する根拠がない。逆に交流がある他の主任達のアトラス主任に対する姿勢、そしてあの「長」すら栄光あるAエリアマスターを任せているのを鑑みるに、少なくとも部や仲間を裏切るような性格の持ち主ではないと思う」
整然と根拠を示せる菜緒。流石は主任代理。
「だが現実として連絡艦は戻らなかった。やり過ごすとか誤魔化したりはせず、誰にでも分かる形で「抵抗の意思」を示してきた」
「……抵抗?」
「そう、今回というか今現在は「抵抗」と捉えてる」
どう違うの?
「と少ない情報から今回の騒動はAエリアの意思ではなく「外部勢力による行為」と私は結論付けた」
「……なるほど」
「でこのまま先へ進めば所属探索者総数である二十組計四十名……つまり探索艦四十艦が敵となり私達の到着を今か今かと待ち受けている、と思われる」
「それってB・C・Dエリアの全艦合わせた数とほぼ同数……」
Bエリアは計十八艦。Cは計十四艦。Dは計十艦。合わせて四十二。
「ええ」
その通り、と無言で頷く。
「どちらにしてもAエリア所属の者は「人質」には変わりない」
「人質か。厄介よね」
「いや厄介なのはBのパターン。こちらは正直私にはどう対処すればいいのか想像がつかない」
「どうって。無理そうなら素直に引き上げよう。それこそ本部に駆け込んでもいいし」
「そうね。部の一大事だし、上に判断を仰ぎましょう」
「残るは……想像したくはないけど貴方の基地と同じ状態」
「……全てが、または一部が「消えて」しまった」
「ええ。でもその場合も二つのパターンが」
「自然現象によるものか……もしくは意図して消されたか。後者だと近付くのすら危険だよね」
「後者と分かった段階で一時撤退」
「意義なし」
「最後に可能性は0に等しいけど、Aエリア自体が探索部から離脱した……」
「それはないっしょ!」
「または部下である探索者が反乱を……」
「さらにあり得ない!」
「そうよね。短期的には有りだけど、中長期的には得られる物が何もない。それこそ整合部を呼び寄せることになりかねないしね。そんなこと、あそこの主任が選択するとは思えないし見逃さない筈。なにせ探索部で一番老巧で優秀な人みたいだし」
「あ、昔一回だけ会ったことあるよ」
「どんな人だった?」
「『はい、ご苦労様。ゆっくりしてきなさい』としか話せなかったからよく分かんない」
「それだけ?」
「ん? うん。とっても真面目そうなおじ様だったよ?」
「何事も……無かった?」
「ん? 何が?」
妙に突っかかってくるね。
「え? い、いやなんでもない。ということはあの噂は嘘……?」
噂、とは?
「ま、まあそれは置いといて……メンバーだけど、エマが纏めてくれたBエリアメンバーの情報を見たんだけど、正直出会ったばかりだし私では判断しかねるの。だからエマが決めて」
「……いいの?」
「迷った場合、直感に頼った方がいい。それにあくまでも私の推測となるけど、今回みたいな大規模な戦闘は暫くは起きない気がする」
「何故?」
「主任達やラーナさんの言動からそう判断した。それに予想に反して戦闘が起こりそうな場合、相手をしないでサッサと逃げればいい。私達は自身の身を守れば良いだけだし身軽だから」
「……そうね」
「判断に迷った場合は一度
「基地なら仲間もいるし安全だよね」
「ただし」
「?」
「今後貴方は決して独断専行はしないこと。必ず随伴艦を複数連れて行くこと。例えどんな状況になったとしても。理由は解るわよね?」
「私も含め、誰も犠牲にしないため?」
「理解しているようだからこれ以上は言わない。今後何が起こるかも分からないしクレアは勿論の事、極力菜奈も連れていくこと」
「菜奈を? 何故?」
「一番の理由は……菜奈はね、天探女主任から特殊能力を授かっているの」
「特殊能力? エスパー?」
「いえ。超能力とかじゃない。詳しく言えば、先程使った「人形」を操る能力の他に、AIの情報を簡単に
「へ~~凄い。まるでどこかのレベル5みたい」
「私もそう思う。本人曰く「友達……感覚?」らしい。まあ「人形」に関してはうちの主任みたいに何体も、って訳にはいかないけどね。だから必要に応じて菜奈のその能力を使って頂戴」
「分かった」
「全く、あの人ったら私の菜奈を変な風に弄くって……」
「ま、その程度なら許してあげれば? ミアノアの領域にまで入り込まなくて済んだんだから」
「……なんか呼んだ、かい?」
「へ? あ、ノア! もう終わったの?」
「……いえ~~い」
ノアが私の真後ろでピースをしながら立っていた。いつの間に……
「ちょうど良かった。……ノア、貴方にやってもらいたいことがあるの」
食後のコーヒーを飲み干した菜緒が何故かお怒り気味? でノアに話しかける。
「……なんじゃ~? 菜緒ラー、よ」
「Aエリアに向かうメンバー全艦を、我々以外にはエマ艦……アルテミスに見えるようにして欲しいの」
「……なぜ、じゃ?」
「向こうの状況が分からないから」
「異物」の検査をノアにお願いしているが、未だ結果を残せていない。
いくら「メカには強い」とはいえプログラム関連ともなるとノアには難しいかもしれない。
先生は一瞬考える素振りを見せてから答えた。
「…………なるほど、の〜。だがな、私ではプログラムの改変を完璧には……」
「寝言を言ってないで今すぐ
と間髪入れずに怒られた。なんか我が子にお母さんが躾をしているみたいな怒り方だわさ。
「……うっ、ちょっと怖い、ぞ? 何故、に?」
「…………」
訳がわからず怯えるノアを睨む菜緒。
ノアちゃんたら結構図太い神経の持ち主と思っていただけに、今の様子はとっても新鮮に思える。
片やお怒りモードの美人さんは何で急に怒りだしたのか想像付かない。
「……え、えまーー」
泣きながら私に抱きついてきた。
そんなノアの頭を抱きしめながらフォローする。
「よしよし泣かない。それで菜緒が言ったことは出来る?」
「……たぶん、かも」
「ならお願い」
「……努力はする、ぞ」
「ノアなら出来る! ノアにしか出来ない! みんなの為によろしく!」
「……し、仕方ない、なー」
泣き顔が照れ顔に。機嫌が直ったようだ。
因みに私は何故そうするのか聞いていない。
まあ大体は想像がつくけどね。
折角来たのにトンボ帰りしていく先生。ちょっと可哀そう。
後でいっぱいスキンシップしてあげないとね。サービスサービス!
「全く……何を考えているのかしら」
こちらの不機嫌はまだ収まっていない。
というかノアには厳しいのね。
もしかしてミアにも厳しいのかしら?
知り合いらしいし昔、何かあったのかしらね?
「それとAエリアの確認が終わったら次は「遺跡」周り?」
一瞬で気持ちを切り替え尋ねてくる。
「うん。その前に一度基地に戻るかも」
「何で?」
「全員でぞろぞろ行ってもしょうがないし。護衛として二~三人来てもらえれば」
「そう? なら任せる。でも私も連れて行ってね」
「分かった」
「で、帰還させるメンバーは?」
「…………シャーリーにする」
「いいのね?」
「それが一番現実的かな」
「私もそう思う」
同意してくれたので安堵する。
シャーリーを選んだのにはいくつか理由がある。
まずここにいるメンバーで一番戦闘力が高いのはシャーリーだろう。
しかも先の戦闘を最初から最後まで最前線で戦い抜いた経験がありかなりレベルアップしている筈。
その際に艦に蓄積されたデータは膨大で、既に皆の艦と共有がなされている。
その貴重なデータは今後大いに役立つことだろう。
だが残念なことに操っている者の能力の
技術的には勿論可能だが「
ただ仮に
特に姉であるシェリーの能力は私の目には人外レベルに映るほど。
いやもしかしたら何かタネが……やはりあの
今度それとなく探りを入れてみるか。
脇道に逸れたが戦闘力以外に選んだ理由もある。
それはラーナと波風立てずに上手くやれそうなのはシャーリーのみ。マキでは怯えが先立つし、合流したばかりのソニアでは思うような連携は期待できない。
それともう一つシャーリーを選んだ最大の理由。それは姉のシェリーの存在。
我々に取って最大の弱点となり得るBエリア基地と惑星ドリー。
奴らにとってどれ程の価値があるかは分からないけど、我々は奴らから防衛しなければならない。
やっとのことで基地の防衛機構が始動し出したとはいっても、実際に戦闘が終了するまで当然不安は付き纏う。
だがシャーリーがいれば基地がもし襲われたらまず自衛を行い、防衛線が破られそうな時は、この二人のみ無事解禁となった
あのシェリーの正確なら妹を見捨てず、例えローナの意志に反しようとも絶対に駆けつけてくれるだろう。
彼女と行動を共にしているローナもシェリーの性格は把握している。そのことも含め、色々とバレるのを承知の上でシェリーを寄こしてくれて。そしてラーナへの帰還指示とそのらーなからの同伴者の要請。
シャーリーを選択したのも必然……の気がする。
そう思うとこのタイミングでシェリーだけを「見せた」のには何か訳があるはず。
リンやミアを正面には出さずに「秘密」にしているのを考慮すれば猶更疑いが深まる。
まあ基地はこれで良い筈。
残りの懸念は話が全く上がって来ないアリス&エリスとルイス&ルークの四人。
サラは『残りは全員無事』と言っていた。その情報はローナから仕入れたのだろう。
ってことは残りはローナ達と行動を共にしている?
特に心配なのはエリス。シャーリーが最後に叫び声を聞いてから行方不明のまま。
全員五体満足、無事でいてくれれば良いが……
そして私達移動組。もし戦闘になった場合、ある程度までの敵ならばミア&ノアが開発してくれた新武装が数の不足を補ってくれるだろうし、それでも形勢不利になった時には躊躇うことなくその場から逃げれば良い。
逃げる際に使用する跳躍装置の性能はどの艦も同一。
どこを終着点にしているかはその艦にしか分からないし追撃は不可能。
ラーナ達とは違い守るものが無い分、身が軽い。
だから我々の
まあどちらも敵が調査艦ならば心配はいらないが、同じ探索艦の場合は必ずどちらか、又は双方に被害が出るのは免れない。
そして先日見た整合部の派手派手な艦。アレに関しては名前以外の情報が無いのでどう対処したら良いのか分からない。出来れば、というか絶対に出会いたくはない。
整合部の情報を持っているサラがいないので猶更だ。
戦闘時の記録を見たが、もし調査艦と同レベルならば一言「蹂躙しろ」とサラなら言っただろう。だが実際には「あの艦には手を出すな」と念を押していた。
「ねえ、整合部への対処は?」
「サラ主任が言っていたけど基本無視で行く」
「サラは何と?」
「『向こうから手を出してくることはない。だがお前たちの前に立ち塞がる様な
躊躇……せず?
「まあ例の
「探索者特権……お! あの有名な一文ね~」
<探索者の生命・身体を害する者、自由を害する者、又はその恐れがある者を、探索者が実力を持って排除するに当たり、相手がいかなる者・組織であろうとも探索者及び所属組織はいかなる罪にも問われない>
「だったっけ?」
「正解。この一文があるからこそ我々の立場は保障されている」
「誰かのお蔭なんだけどその誰かさん達に命狙われてる。なんか複雑だわ~」
「考えてみたらそうよね。罪に問わないってだけで、誰かが補助するとか助けるとかそんな類は一切書かれてはいない。まるで「自らの自由は自らで勝ち取れ」って感じかしら」
「でも今ならこの文の意味が解る」
「そうね。私でも解る」
お互いに見つめ合い無言で頷く。
「よし! ほんじゃ行きますか、よろしくね、菜緒姉!」
「こちらこそ! エマ」
立ち上がると笑顔にて力強い握手を交わした。
本日十三時にCエリア基地を出発すると全員に通達を出しそれぞれ準備に取り掛かって貰う。
私は初めにシャーリーと対面にて決定事項を説明した。その説明を顔色一つ変えずに終始聞いていたが、話し終えた直後にいきなり抱き着つかれお口に軽いキスをされた。だが直ぐに離れると背筋を伸ばし見事な敬礼をしてくる。
そして、
「無事、帰還して下さい! ラーナさんと二人で待っています!」
と言うとその場から立ち去った。
次にラーナのところへ。
説明を終えた瞬間に目にも止まらぬ速さでいつもの熱ーいキスをしてきた。
今回は敢えてそれを受け止める。
普段との違いを感じたのか、ラーナはいつもの強引さではなく自然なタッチに変えてくれたので、僅かな間、二人だけの時間を堪能する。
因みにこれは別れの挨拶とお互い割り切っているので襲われる心配はしていない。
「エマちゃ~ん、決して無理はしちゃダメだよ~」
「おう分かってるって! ラーたんも暴走しちゃダメだぞ? 帰ったらシャーリーに確かめるからね!」
「了解~」
最後は天探女主任。独特な雰囲気の彼女の部屋に一人で赴く。
「主任~遊びに来たよ~。紅茶飲ませて~」
「おお~? よう来たの~。一人かえ~?」
「色々聞きたい事があるので一人だよ」
「難しい話はせんぞ~」
「違うって」
「ならばなんぞ~?」
「サラのプライベートを教えて~」
「む? サラの何が知りたいのじゃ?」
「サラの……恥ずかしいひ・み・つ~♡」
「おお! それならば星の数ほど知っておるぞ!」
「私も知ってること教えてあげる~」
「そうかそうか! ホレそんなところで突っ立っとらんで早よここに座らんか!」
とりあえず元気が出たみたい。出来れば整合部とかの話が聞きたかったけど、それよりこの人の「元気」がない姿は見るに耐えられない。
それに菜緒菜奈までいなくなったら寂しいだろうし。
基地の防衛機構だが、菜緒が不在になるとのことで探索艦の改造を優先した。なので予定よりも若干遅れはしたが出発時刻までには終える予定。これで菜緒も心置きなく出掛けられるだろう。
そしてノアに依頼した「偽装」の件も無事終了。
これで全ての準備が整った。
「ではローナにくれぐれもよろしくって伝えてね」
「確かに承った。エリー殿は必ず我がお救いする。エマ殿も我が妹、そして
「ふふ、任せときなさいって。そのためにもあなたは絶対に無事に帰ってこないとね」
「承知した!」
ローナが
「ソフィア、ハンク主任よろしく!」
「了解したぜ! なの!」
変わらず見事な敬礼を披露をしてから帰ってゆく。
因みにこの「よろしく」は口裏合わせのお願い。
今回ソフィアを呼んだ「真の要件」はハンクには教えていない。言える内容ではないので最初から偽装した。
ただハンクも探索部のエリアマスターを任せられるほどの人材であり、生半可な
そこで菜緒の提案を採用し意表を突く作戦に出た。
第一弾はエリアマスターである天探女からソニア経由でのメール。
内容は、
<イレギュラーな事態は収まった。なのでソニア達は予定通り移動する。なので明日の早朝に情報交換の目的でこちらに使いを寄越して欲しい>
とだけ。
なにせ艦を送れば「情報連結」にて「
さらに
ただ誰を送るかで悩んだ。
自基地の防衛準備は道半ばなところに戦闘は「予定通り」に後へと延びたとのこと。
猶予が出来たとはいえ、それでも心情としては連携が取り易いペアは手元に残しておきたい。
人選で悩みだした直後、ソニアから「今度はエマがソフィアが(動けるのであれば)会って(消失時の)話を聞きたがっている」と言ってきた。
そのソフィアは病み上がりの状態で跳躍移動程度は問題ないまでに体力は回復していたが、耐Gを伴う防衛訓練にはまだ早いとの判断で筋トレを中心とした訓練をさせていた。
ハンクとしては娘を救ってくれた恩人でもあるエマの希望を無碍には出来ない。
イレギュラーな戦闘も終わり「予定通り」と言っているので、大規模な戦闘は当分起きない。
そこで指名されたのがソフィア。こんな経緯で平和裏に派遣が決まったのだ。
「ラーたん、シャーリー。基地とドリーを頼むぞ!」
「任せて~」「了解です!」
笑顔の二人を見送る。
二人だけでは大変だと思うけど……あ、ワイズもいるか。でも艦無し。まあ見張りくらいはできるっしょ……
「みんな位置に着いた?」
「おう!」
「はい!」
「……いつでもいいよ~ん」
「はいなの!」
この四人は普段通り。緊張した様子は見られない。
「菜緒姉、菜奈、忘れ物ない?」
「準備KO!」
「エマちゃん……いつでもいいよ」
この二人が加わったことにより気分が引き締まった……気がする。
頼りにしてるからね!
「最後にクレア」
隣にいるクレアが無言で頷く。
私も頷く。
「よし! 向こうでは何が待ち受けているか分からないけど……前に進むのみ! GOーー!」
一抹の不安を抱えつつ合図を出すと、横並びで待機していた艦達が一斉に跳躍を開始した。
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