第75話 大団円?

 突然目が覚めた。

 空中に浮かび上がっている時計の時間はちょうど朝の六時。


「んーー」


 気分がいい。そのままの体勢で軽く伸びをする。


「さてと~今日は忙しくなるぞ~」


 毛布を勢いよく剥がして起き上がろうと手を動かす。


「あん……」


 突然、色っぽい? 声が聞こえ手から生暖かい感触が伝わってくる。


「?」


 ぷにぷに……


「ん……」



 ──なんだこれ?



 似た感触は知っている、が規模が段違い。

 生暖かく、そして掌には収まりきらない未知の弾力。


 RPG定番のスライムでもいるのか? と思い横を向くと、そこには何故かクレア美人の寝顔が。何故にそこに? と思いつつ視線を下げてゆくと……何故か全裸だった。

 そして必然的に目に入る、仰向けにも拘らず崩れを起こさずそびえ立つ立派な山脈に目が釘付けに。その片割れには自分の手が乗っているではないか。


 ぷにぷに……


 クレアとは同室。だがベットは別に用意したし、昨夜出掛ける時には下着の上にナイトガウンを着ていた。なのに今は私の隣で全裸で横たわっている。


 ぷにぷに……


 部屋に戻ってきたところまでは覚えている。さらに寝る前に一人で一杯だけ呑んだ記憶もある。

 だがそれ以降の記憶がサッパリと抜け落ちていた。


 ぷにぷに……



 ──いくら酔っていたとはいえ、をしたなら、良き思い出として残っているだろう。



 ぷにぷに……


 理解出来ず思考が停止してしまう……のだが立派な山脈に伸びている手だけは何故だか動きを止めない。


 ぷにぷに……


 この手は多分、偉大で威厳に満ちた「聖なる山」を、苦難に満ちた行程を制し、初登頂を為した喜び・悲しみ・苦しみをしみじみと噛み締めている最中なのだ。

 そんな感動の場面を誰であろうが邪魔は出来ないし、したくはない。


 ぷにぷにぷにぷに…………



 ──う~ん、なんちゅうぼりゅうむや……でも何でこんな状況に……なったんだ?



 ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに…………



 ──はっ!



 やっとこさ我に返り手を離す。少し名残惜しいが。


 先ずはクレアを観察。若干頬を赤らめてはいるが、立派な山脈を上下させながら気持ち良さそうに軽い寝息を立てている。

 次にクレアとは反対側にあるもう一台の空きベッドに目を向ける。

 これは相部屋にしてもらうために用意して貰ったベッド。部屋の広さの関係から両ベッド共、壁に寄せている。

 そちらは毛布が僅かに捲れており、使用しようとした形跡? が見られた。


 身体を起こすと私も全裸。これはいつものこと。

 他に無さそう。


 何か手掛かりはないかと他に目を向ける。

 寝室の隅にあるテーブルと二脚の椅子。

 テーブルの上には昨夜クレアと飲んだティーセットと、帰ってきてから私がお酒を呑むときに使ったグラスが一つ、残されていた。


 ここでクレアを起こさないよう、ベッドから静かに降りてみる。

 すると床には私の制服と下着が散乱しており、そのクレアが就寝前に着ていた黒色のらんじぇりーとガウンがあった。


 もう一度クレアを見る。

 気持ち良さそうに寝ている場所は。シーツの乱れもない。

 ということはの状況にはならなかった。

 それはそれで残念なのか、それとも良かったのかは別として先にベッドに入ったのはクレアだろう。


 でもでも……もしかしたら……


 両手で頭を抑え必死に思い出そうとするが……何も思い出せない。

 アルテミスにでも聞いてみるかと思ったが、弄られるのが分かっていたので思い止まる。


「ん……おはよう」


 思い出す前にクレアが目を覚ましてしまった。


「あ……おは……よう」


 冷や汗を流しながらなんとか挨拶を返すと、何かを思い出したらしく赤面し出して目を逸らされた。


「えーと……」


 どうしても思い出せない。


「……もう、強引なんだから……」


 さらに顔を真っ赤にして立派な身体、ではなく顔を隠した。



 ──え、え〜と強引って? 何が、でしょう?



「……でも……案外気持ちいいのね」

「そ、そう?」



 ──そ、それはよございましたわ。おほほほほ。



 とりあえず相槌打っとかねば。

 ここで下手な返答でもしようものなら全てを失ってしまう。


「ええ。エマの言う通り明日から裸で寝るね!」



 ──へ? 裸で寝る? …………おーー全て思い出した。



 昨夜部屋に戻ると薄暗かった。

 私も寝ようと思ったが、酔いが醒めそうだったのでもう一杯だけ一人で飲んだ。

 気分良く千鳥足になったところでベットに向かうと、たまたまクレアが目に入る。


 宣言通り、行儀よく仰向けで寝ているクレア。寝息すら聞こえてこなかったので心配したが、呼吸している様子が見られたのでそのままそっとしておこうとしたのだが……


 何を思ったのか、熟睡していたクレアに「素っ裸の方が気持ちええぞ〜」ってを無理やりいたんだったっけ。

 そしたら途中で起きて泣き出しちゃったんだな~。で、泣き止むまでよしよしと添い寝してたら眠たくなってきた。

 自分のベッドに戻るのも面倒くさいからと寝ながら服を脱いで、そのまま寝ちまったんだな。



 でもまあ、クレアも嬉しそうだし、結果おーらいっつーことで。


 ……え? 良くない? はいごめんなさい……



 と、ここで脳内通話が入った。


(エマよ起きたな?)

(マキ? おはよ! 今起きたところ)

(そろそろ行こか?)

(はいよ。ソニアの方は?)

(順調順調! みんなも集まっとるで)

(よし行くか! 菜奈は?)

(もう直ぐ来ると……お、姉ちゃんと一緒に今来たで!)

(分かった。着替えたら直ぐ行く。ちょっとだけ待ってて)

(あいよ)


「クレア、朝風呂に行こ!」

「え? あ、うん」


 急ぎ着替えて待ち合わせ場所へ。

 因みに昨日の宴会時に寝ていたクレアはこの後に何が起こるかは知らない。



 待ち合わせ場所には想定外の人集りが。見ればラーナと主任以外のこの基地にいる全員が集まっていたのだ。

 何故Cエリアの人達が? と思っているとにタイミングよく菜奈が寄ってきたので聞いてみると、


「実は主任が……どうせならみんな……連れてけって……勝手に連絡網……回した」


 と済まなそうに? 言ってきた。


「へ? あっそう。総勢三十名近いけど、全員入れる広さなのかね?」


 主任専用と本人が言っていた。

 この基地に主任は一人。なので大して広く無い気がするけど。


「どうだろ……主任に聞く?」

「うん、お願い」

「…………「大丈夫じゃ〜」……だって」

「そうなんだ? 分かった」


 CはBは造りが似ている。なので広大な風呂を造れるスペースがあるとは思えないのだが……


「お、やっと来たの〜」

「おはようございます! お姉様!」

「おはようなの! エマ姉様!」


 ランとソニアのコンビが抱きついてきた。

 今回は来るのが分かっていたので上手く受け止めた。だがその二人の影に潜んでいた伏兵には気付けれなかった。


「……ノアちゃん、とうじょーう、だぞ」


 声が聞こえた時には視界は真っ暗。

 顔にはぷにぷにとした心地良い弾力が。


「く、くるじー」「「きゃー」」


 先の二人はノアに押し潰される形となり叫び声を上げるが、意地でも離れようとはしない。

 なので三人の体重が前方からのし掛かる。


 と後方に蹌踉よろめこうとしたところ、今度は背後から誰かがタックル? いや抱きつかれた。

 これは誰だか直ぐ分かった。


「エマさん! おはようございます!」


 予想通り、元気な声のシャーリー。

 前後から容赦なく圧迫される。


「み、みんな、一旦離れて! エマが壊れちゃう!」


 クレアが叫ぶ。その声で皆が一斉に離れる。


「はあはあ、死ぬかと思ったよ」

「大丈夫?」

「あんがとクレア。まだ大丈夫」

「まだって……」


「これはルールが必要かもね」


 菜緒が呆れ顔で近づいてきた。


「る、ルール? 何それ」

「貴方を守るためのルール」

「……早急に頼むわ」

「分かった」

「は〜〜朝から疲れる……ん?」


 視線を感じたので後ろを振り向くとシャーリーの後方にいたシェリーが難しい顔でこちらを見ていた。


「…………あなたもしたい?」

「はい? 私が?」

「しょうがないな〜いらっしゃい!」


 シェリーに向け手を広げて待つ。


「い、いや我は……」

「ほれ、早く」

「何故私が⁇」


「「「「いいな〜」」」」


 ポツリと呟きが聞こえる。私の周りの四人が羨ましそうに指を咥えていた。


「らしくないの〜。シェリーや、何照れとんの?」

「何⁈ 私は照れてなどいない!」


 お? 珍しく動揺してる、てか初めてかもしれない。


「ほならエマのことが嫌いなん?」

「お、お姉様……ま、まさかエマさんの事が……嫌いなのですか?」

「エマ姉様可哀そう……」

「エマ……ちゃん」

「お姉様……」

「……エマ、よ。私がついている、ぞ」


 口元を両手で隠し後退りながら涙目で訴えるシャーリー。

 それと同調する様にいつものメンバーが私に寄り添い始めた。


 先程から一種異様な雰囲気? に気付いて遠巻きに成り行きを見守っていた者達も同様な反応。

 気付けばシェリーの周りには綺麗な空き空間が。


「そ、そんな事は断じてない! むしろ尊敬している! 皆、何故そんな反応をするんだ?」


 周りに訴えかけるが誰一人として口を開く者はいない。目を合わせようとする者すらもいなかった。

 その周りの者達はといえば……完全に噂好きの近所のおばさんモードで皆、横目でシェリーをチラチラ見ながらヒソヒソ話に華を咲かせていた。


「わ、私がおかしいのか? ……この私が?」

「シェリーや、只のスキンシップやろ? ホンマ固いやっちゃな」

「マキ、いいって。仕方ないから今回だけは許そう! だが次は許さないからね。いくらシェリー貴方でも先輩として厳しく指導し直すわよ? いいわね?」

「…………」

「さてみんなお待たせ。風呂に行くぞ~!」

「「「おーーーー!」」」

「菜奈、案内宜しく!」

「がってん……しょうち」



 号令一つでシェリーに向けられていた全員のジト目が笑顔に変わると、ワイワイガヤガヤと菜奈の後をついていく。


「許して貰えて良かったの。次は失敗せぇへんようにな?」


 青褪めた顔で悩むシェリーの肩をポンと叩く。


「私が……間違っているのか……」

「それはシェリー次第ちゃう?」

「わ、私……次第?」

「さ、行こか〜」


 首に腕を回され連行されていった。



≪こんな三文芝居で上手くいくのかしら≫



 やり取りを観察していた菜緒が、最後に転送装置へと向かっていった。




 転送装置から出ると井草の香りが。見れば明らかに脱衣所と思われる広い空間だった。

 正面にはどこかの艦内で見たことがある、温泉マークの絵柄に重なるように描かれた「ゆ」と表示されている赤い暖簾が掛かっている浴場へのガラス張りの扉が。

 右側の壁面には四段×十列の脱衣棚、左側には十人分の化粧スペースが並んでいる。


 さらに浴場入口の左側には大型でガラス扉の保冷棚があり、中には白、ピンク、茶、黄色の液体が入った瓶が並べて置かれてあった。

 外から瓶を見ると全ての瓶に「牛のマーク」の刻印されており、中身は定番の牛乳だと直ぐに分かった。


 後は部屋中央にマッサージチェアーが一台と古代さながらの床置き扇風機と一セット、置かれてあった。


 脱ぐ前に浴室も確かめておこうと、暖簾をかき分け今時珍しい手動扉を開ける。するとモワッとした熱気と湯気に襲われた。

 熱気に負けずに中を覗き込むと、正面には直径三十m程はあろうか、古代ローマ風呂を感じさせる総大理石製の円形の浴槽と、その浴槽を囲むように壁面に対して洗い場が並べて設置してあった。


 そしてこの浴場で一番目を引かれたのは浴槽中央に鎮座している、水瓶を肩に担ぎお湯を注いでいる「誰かさんソックリ」な裸石像。

 そのモデルとなった者をつい最近、治療用カプセルでじっくりと観察していた者から言わせて貰えれば、頭の先から爪先まで寸分たがわず正確に再現している。

 今は灰色だが着色すれば本人と見分けがつかない。それ程に完成度が高かった。


 しかし、本人に気付かれずにどうやって調べたんだ?

 まあ、二人の関係に口を挟む気は無いのでそこは華麗にスルーしよう。


 改めて周りを確認するが特に異常はなさそう。

 この広さなら全員ゆったりと入れそうだ。


「みんな問題なさそう!」


 声を掛けると三十名近い女性達が一斉に服を脱ぎ始める。

 うん、絶景かなかな〜とニヤケはせずに、得意の早脱ぎで一番に浴室へ駆け込み体を洗い始めた。

 髪は後で洗うからタオルで纏めるだけにし、一番に湯船に飛び込むダイブ



 ──あーまーしゃーないか。



 入った瞬間に分かったけど、天探女あめのさぐめ主任が言っていたように温泉ではなく、純度の高い水を温めているだけね。まあ温泉好きでもない限りはただの湯で満足なんだろう。

 温泉でないのは残念だけど、雰囲気はかなり良いので許す。


 裸石像の台座近くで腰を落とし、首まで湯に浸かりながら一人まったりしていると、キャッキャと楽しそうな笑い声が洗い場のあちらこちらから聞こえてくる。中には叫び声を上げてる人も。


 そんな声を小鳥のさえずり感覚で聴いていたら、私と同じく頭にタオルを巻いた菜緒が手で前を上手く隠しながら? 正面からやって来ると隣にチョポンと座った。


 えーーとあんたの立派すぎる身体では、そんな華奢な手では隠し切れずに色んな所がチラチラ見えちゃってるよ?


「ふーー」


 隣から至福の溜息が聞こえる。


「菜緒さんや」

「うん? 何?」

「あんた、探索者の中で一番色っぺーかもね」

「は、はいーー?」

「そんな声裏返さなくても。いやね、全く隠そうともしないどこかの誰かさんとは大違いだな〜てね」


 恥じらいとチラリズムは相乗効果を生む。そこに色気が加われば最強かもしれない。

 ただしそこに「欲」が加わると全てが台無しに。その良い例がコイツとアイツ。


「そんな人いるの?」

「一人ね。今度教えてあげる」


 色気はあるが恥じらいもチラリズムもない、同性に対しても見せつけくる奴。

 とはいえ私も隠そうとは思わない。だからといって見せつけようとも思わないので同類では無い。


「わらわも知っておるのじゃ!」

「私も〜」


「「へ?」」


 突然、聞いた事のある声が聞こえ、辺りを見渡すが周りには誰もいない。


「ここじゃ!」


 振り向くと石像の後ろ側にこれまた立派な身体を一切隠さずに胸を張りながら近づく天探女と、和かに笑顔を振り撒きながら近づいてくるラーナが目に入る。

 主任は見た目には元気そうだ。


「お、一人いたよ」

「……成程」


 頷く菜緒。


「そろそろ来るんじゃないかな~って思ってた。ま、一緒に入ろ」

「やったのじゃ!」

「それじゃ~遠慮なく~」


 私の隣にラーナ。菜緒の隣に天探女が腰かける。


「しかし……絶景かな~~。これなら強制イベントとして毎週解放しても良いかもの~」


 口振りは穏やか。だが視線は忙しなく動き回る。元気な理由はそれでかいな……


「ここもう一人って……うちの主任ではないわよね?」

「うん。追々分かると思うよ」


(エマ姉様~。もう直ぐソフィアが到着なの~)


 ソニアから脳内通信。


(了解~。菜奈~、案内と操作よろしく)


「分かった」

「う、うぉ! ビックリした!」


 耳元で声が。

 慌てて振り向けば相変わらずの無表情の奈菜の顔が間近に。こちらは姉とは違い立派な身体を隠そうともしない。さらに前屈みの状態なので立派な山脈のボリュームが倍増している。


 それにしても姉妹揃って体型だと思ってはいたが、脱ぐとさらにけしからんことがよく分かった。

 しかも細部にわたり姉と色艶いろつやまで全く同じときている。


 残念ながら我姉妹とは雲泥の差が。いやあり過ぎる。

 それが分かりクレアで散々味わった敗北感がまたヒシヒシと湧き起こるが一つだけ私との共通点を見つけて平常心でいられた。


 その共通点とは色気。

 マリマキもそうだが私達には色気はない。体型が優劣を決めるのではない。

 それを菜奈が気付かせてくれた。


(マキ、ソフィアがもう直ぐ到着~)


 捻くれている場合じゃないのを思い出す。


(了解)

(日頃の鬱憤うっぷん、存分に晴らしてね〜)

(おう! 任せとき!)


「さてと……主任が都合良く現れてくれたから協力してね」


 ちょいと予定変更。


「勿論なのじゃ! してどのように?」

「う~んとね~…………」

「ほうほう、落とせばいいのじゃな?」

「うん、で上げる予定なんで。何とかなるでしょ!」

「任せるのじゃ! 落とすのは得意なのじゃ!」


 二人してニヤけているとマキがシェリーを連れてくる。

 シェリーがそばまで来ると主任は立ち上がり、立派な身体を見せ付けるが如く、胸を張りながら上から目線で口を開いた。


「そなたの今回の働き、見事じゃった。奴らの弱点を突き、艦の性能を十二分に発揮した良い戦術であった」

「当然の事をしたまで。特に称賛には値しないかと」


 怯むことなく、そして誇らずに返答する。


「しかし、いくつか欠点があるようじゃの」

「欠点?」


 片眉がピクリと反応。


「そうじゃ」

「我に欠点? あれば是非教えてほしい!」

「良かろう! 一番はその身体じゃ!」

「私の体?」


 外野を含めた皆の視線がシェリーの引き締まった裸体に集まる。


「極限まで鍛え抜かれた肢体。それでは将来、嫁の貰い手が無く、ここにおる「行かず後家」のようにだなーなななな!」

「誰のせいだと思っているんですか?」


 落とす絶好のタイミングで菜緒が乱入。


「い、いやの? 其方があまりにも仕事熱心だからの~のののの!」

「だ・か・ら~誰のせい?」


 まさかのまじギレ?


「わ、分かった、悪かったのじゃ……ではなくての、そんな腹筋が数えられるほど鍛えた体ではお主を好いてくれる者など早々おらぬぞ? それともお主はこやつの様に女が良いのかえ?」


 ラーナの肩に手を置く。


「うふふ」


 満面の笑みのラーナ。


「我はノーマルだ。しかもそのような話、戦いとは関係なかろう」


 真面目に返答するシェリー。

 菜緒のお陰で不穏な空気に。


「フッ、そう思うか?」


 不敵に笑う主任。


「違うのか⁈」


 シェリーが素直に聞き返す。

 この辺りは性格なのか真面目に聞き返している。


「……違うのかえ?」


 何故か菜奈に聞いている。


「はい? ……知らない」


 無表情で首を傾げる菜奈。


「「「…………」」」


 一同、首を傾げる。

 ここにいるメンバーは主任も含めて異性とお付き合いしたことがない。なので誰も正解を知らない。


「…………お主はどんなタイプが好みなのじゃ?」


 話題をすり替えた。


「欠点を教授して貰えるという話では?」

「焦るでない! わらわの問いに答えるのじゃ!」


「……正義感に満ち溢れ、心身共に極限まで己を鍛え抜けた者」


「は、はいー? も、もちっとだ、な〜分かりやすく、の〜教えてはくれぬ、か?」


 先程までの勢いは何処へやら。情けない声で聞き返す。

 そこにマキ通訳が口を挟む。


「要は自分と同じで心身共に鍛えとる奴、でええやんな?」

「その通り。この平和な時世、その様な者には未だ出会ったことはない。もしいるのなら是非にお目にかかりたいのだが」


「一人、知ってるなの~」


 やっとソニアの出番が。


「ほ、ほーー? い、いるのか? そんな奇特な者が?」


 ん? あからさまに雰囲気が変わった?

 いや情報通りで喜ばしい反応だけど、この様子は普段とはキャラが違い過ぎて不安になってくる。


「お姉様! 良かったですね!」


 シャーリーが笑顔で握り拳を作って見せる。


 ナイスな援護射撃。

 因みにマキの指示で、裏表の無いシャーリーには事情を教えていない。


「いるの~。でもシェリーさんには教えてあげないなの~」


 え? 何故に? もしかしてアドリブ始めた?


「べ、別に教えてもらわなくて結構だ」


 誰から見ても無理しているのがバレバレなご様子。


「そうなの~? シェリーさんとは歳が離れてるからやっぱり釣り合わないかも~なの」

「…………因みにいくつだ?」

「三十八歳~なの」

「!」


 完全に固まるシェリー。

 うん、ここまでは菜奈が集めてくれた情報通り。


「ほ、ほ~~~~とりあえず容姿を見るだけでも」

「ダメなの‼︎」


 いきなり拒否。ソッポを向いてしまう。


「な、何故だ⁈」

「さっきエマ姉様を悲しませたからなの~」

「な、なんだと⁉︎」


「エマ姉様にごめんなさいして、しっかりと抱きしめて貰って仲直りしてからなの~」


「「え?」」


 シェリーだけでなく私までもが反応してしまった。

 当初描いたシナリオからかなり逸脱しかけたが、やっと筋書き通りに向かい始めた矢先にソニアのアドリブ。

 だがここで乗らなければ後が続かない。

 もうこうなったら野となれ山となれ!

 こういう場合は先に開き直ったもの勝ち!

 先手必勝!


「シェリー……いらっしゃい!」


 立ち上がりシェリーに向け両手を広げて待ち受ける。


「は~~~~い♡」


 脇から物凄い勢いで何かに襲われた。

 数m吹っ飛ぶがお湯がクッションとなり怪我もなく済んだ。

 直ぐに起き上がり、その者の頭に目掛けフルスイングで脳天チョップをくらわす。


「あんたじゃなーーい!」

「いい、痛~~いの~」


 お湯の中でラーナがバシャバシャとのたうち回る。


「はあはあ、やり直し! シェリーかもーん!」


「お姉様~~~~!」

「エマ姉様~~~~!」

「エマさ~~~~ん!」

「……私も~~~~、かな?」


 今度は四方から襲われ、耐え切れずに水没。


「だーーーー退けーーーー!」


 四人がお星様に。


「はあはあはあはあ、こ、これで最後! も、もうやんないからね!」


 髪の毛をワカメにし、目を血走らせ息を荒げながらシェリーにもう一度だけ両手を広げてみせた。


 戸惑うシェリー。

 このような経験は生まれて初めてで想定外な出来事。しかも動揺直後でもあり、実はかなりパニくっていたのだ。


「ホレ行け! 皆が模範示してくれたやろ? あんな感じでええから」

「ほ、本当にアレでいいのか?」

「そうや! 早う行かんとエマの体力が持たんぞ!」


「……えーーい、ままよ!」


 既に正常な判断が出来ないらしくマキの口車に乗って突撃を開始。

 対してエマは素っ裸のシェリーが目を光らせたかと思うと、お湯を物ともせずこちらに向け勢いよく突進してくるのを見て「あ、ヤバ……死んだかも」と心の中で死を覚悟をしたが、前の五人奴らとは違いとても優しく抱き着かれ戸惑いを覚えてしまう。


 覚悟とは真逆の衝撃に一瞬で落ち着きを取り戻すと、こんな時でも相手を気遣うシェリーを見直す。

 そして疑いもせずに皆を信じて突撃してきたシェリーが愛おしく思えてくると、無意識に頭を撫でていた。


 その様子を見ていた仲間たち。特にBエリアの者達は「あのシェリーが」ヨシヨシと頭を撫でられている光景に驚愕するばかり。


 シェリーに声を掛けるとスーと離れてくれた。見れば放心状態? のようで一点を見つめたまま動けない様子。

 そこにシャーリーが近寄り声を掛けると一瞬でいつもの凛々しい姿へと戻る。


 何かを悟った表情でこちらに向き直ると無言で頭を下げてきた。

 その途端、周りから拍手が巻き起こる。

 Cエリアの面々が、段差や湯に浸かりながらこちらを見て拍手喝采を送っていた。


「主任がおっしゃりたかったのはこれでしたか」


 と晴れ晴れとした表情で天探女に頭を下げた。


「う、うむ。そうなのじゃ。分かってもらえたかの~」


「「「ブーーーー」」」


 ギャラリーから主任に対して大ブーイングが巻き起こる。


「お主ら! やかましいのじゃ!」


「「「ブーーーー」」」


 当分止みそうにはない。


「約束なの~。お風呂出たら紹介してあげる~なの」


 シェリーの手を握り笑顔を送った。


「あ、ああ。よろしく頼む」

「頼まれましたなの~」


 笑顔の二人。

 だいぶ逸れたが思惑通りに収まった。


「よし、最後の「締め」だ! 皆の衆、準備は良いか?」

「「「おー!」」」


「にゅーよーくーへ行きたいかー!」

「「「おーー!」」」


「それでは始めーー!」


「「キャーーーー」」



「うう……エマさん、責任とって下さいね……」

「(ピクピク)」

「はあはあ、これであなた達姉妹は正式に我々の仲間よ!」

「はあはあ、良かったの! シャーリーにシェリーや!」


 ひと仕事終えた仲間達が満足そうに健闘を讃え合っていた。

 そこにクレアも混じっているし。


 とここで視線を感じて見ると菜奈が物寂しそうに私を見ていた。


(菜奈はまた今度ね)

(……分かった)


 菜奈はもう少し変われたらね。

 今はまだちょっと早いかな?


 離れた場所で参加せず眺めていた菜緒は一人思う。


 《やっぱりBエリアの探索者ってまともな人はいないのね》


 と……




 着替え終え、Cエリアの面々と別れた後、お客様と会うため、主要メンバーを引き連れ貴賓室へと向かう。


 扉を抜けるとそこにはDエリアの主任であるハンクと娘でもあるソフィアが座って待っていた。


「ハンク主任、お待たせしました」


 敬礼をしながら挨拶をすると驚いた表情で口を開いた。


「お、どうしたその髪は?」

「イメチェンです」


 理由は言えないので誤魔化す。


「そうか。ところでサラはいないのか?」

「少々用事がありまして、一人本部へ」

「そうか。ところで今日呼び出された理由を聞いてもいいか? ソニアに「用事があるから来てくれ」と言われたから来たんだが。まさかここの主任に呼び出された、という訳ではあるまい?」

「はい、その前にお忙しい中、お越しいただき申し訳ありません」

「構わん。基地の改造も無事済んだ。今は他エリアの情報が欲しかったので丁度良かった」

「そうですか? それで今日お越しいただいたのは、実は主任の熱烈なファンが居りまして」

「ファン? 俺はそんなに有名なのか? しかし誰だそんな面白そうな奴は」

「はい。今回Cエリア防衛戦の英雄です」


「ほう……英雄。どいつだ?」


 立ち上がり、順に見回す。

 ハンクは元々かなりの立端で二m近い身長。あのルイス兄弟よりも背が高い。

 しかも制服の上からでも分かる、かなりのな体型。


 Bエリアのメンバーを一人づつ確認するように移動してゆきシェリーの前で足が止まる。

 シェリーはこの部屋に入りハンクを見るなり、柄にもなくソワソワしていたが、ハンクと目が合った途端、真っ赤になり俯いてしまう。


「お前が……英雄か!」


 確信したのかハンクが皆の後方にいたシェリーに歩み寄る。周りの者達は道を開け成り行きを黙って見守ることにした。


「は、はい。い、いや。英雄などでは……ない……」


 初めて見るしおらしい態度。


「ほう……謙遜か! 素晴らしい!」

「い、いえ。謙遜などではなく」

「今度、Dエリアに遊びに来い! その時に今回の活躍の話を紅茶でも飲みながらじっくりと聞かせてくれ!」

「は、はい! 喜んで!」


 うんうん、いい話だなや。

 でもね、時間もないしそろそろ終わりにしようかね。


「ソニアとソフィア、シェリーはどうだった?」

「合格なの〜」

「いいと思うぜ〜なの」


 二人からOKを貰えた。なのでネタバレに移る。


「シェリー、改めて紹介するね。この二人はDエリア所属の探索者でハンク主任の愛娘であるソニアとソフィア」

「よろしく〜なの」

「よろしく〜なのだぜ〜」

「あ、ああ。こちらこそ」

「で、シェリー。主任はどう?」

「そ、そんな、本人の前で……どうとか、失礼であろう」


 顔を赤らめモジモジとしている。


「菜奈、もういいよ。ご苦労様」

「りょうかい」


 返事をした途端にハンク主任の容姿が一瞬で変わり女性型アンドロイドへと戻った。


「あ、あれ……?」


 以前まででは考えられない反応・表情でシェリーが困惑し出す。


「シェリー、あなたを騙すような事してごめんね。ここにいたのはソニアの艦AIにあるハンク主任の情報を元に菜奈が創り出した人形」

「に、人形……だと?」

「そう。そしてわざわざソフィアにここに来てもらったのはソニアと一緒にあなたを見極めて貰うため」

「見極め? 一体どういう意味なのだ?」

「あなたがハンク主任に相応しいかどうかを」

「…………」

「あなたはどう? 主任を見て?」

「い、いや素晴らしい…… いやそうではなく、今はそんな時では」

「答えなさいシェリー! これはエリアマスターとして質問しているのよ?」

「うっ……」

「貴方もそろそろ変わらなければならない。他人の為とか妹の為とかではなく、自分の人生の為に」

「我が人生……」

「そう。もうシスコンは卒業してこれからは自分中心に生きて行って欲しいわ。でないとシャーリーもいつまで経ってもお姉ちゃんから離れられないでしょ?」

「そういうものなのか?」

「そういうものなの! で、あなたは主任をどう思いますか?」

「素晴らしい方かと!」

「素直でよろし! 事が片付いた暁には私が責任を持ってハンク主任との間を取り持ってあげる」

「ほ、本当か⁈」

「武士に二言はない!」

「分かった! 感謝する!」

「おう! 任せろ!」


 なんとか大団円を迎えられた。めでたしめでたし。



 そんな三文芝居を離れた場所から見ていた菜緒は思った。


 《なんで丸く収まるのか不思議だわ》


 と……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る