第34話 捕獲1

「……ありゃりゃ」

「う、嘘でしょ⁇」


 二人は顔を見合わせると同時に頭を抱え込みながらしゃがみ込んだ。


「どうしたの二人とも?」


 突然止まった二人に追い付いたクレアが訝し気に覗き込む。


「い、いやね、厄介事がもう一つ増えた」

「……とりあえず「あっち」を先に片付けてから「こっち」に取り掛かるのがいい、かも」

「そうね。「こっち」は後回しにしても良さそうだし」


 頭を突き合わせクレアにも背を向け、二人だけでヒソヒソと内緒話を始めた……が突然エマが首だけをルーシーに向けて聞いてきた。


「隣の惑星には人はいる?」

「最近まではいましたが今は避難していて無人です」

「避難?」

「あちらの海で民間企業が海洋プラントを計画しておりまして、その事前調査が先月から始まったのですが、あの物体……探索艦でしたね、あれの出現と同時期に惑星全体が行き成りあの状態になって以降は無人です。因みに今は(情報部)本部経由で気候制御システムを持ってきて貰うように手配してあります」


 それを聞きまた顔を突き合わせヒソヒソ話を再開。


「行くならあれが収まってからの方が良くない?」

「……激しく同意する、ぞ」

「行くって? あの星に? 何で?」


 クレアがいつの間にか同じ様にしゃがんで小声で話しかけてきた。


「「秘匿事項」」


 教える気は無いらしい。


「…………もしかして「遺跡」があるの?」

「「!」」


 な、何故それを⁉


「貴方達、隠し事出来ないタイプね。フフ、私そういうの


「!」



 クレアの爽やか笑顔にノアが動揺し出す。


「な、何でそこで驚くの?」

「……ライバル出現、だ〜!!」

「らいばる? 何のこと?」


「……なんでもないよ〜ん」


 クレアから顔を背ける。


「え〜と、もういいですか? 隣の惑星、いつ行ってもいいんであの探索艦を何とかして下さい! お願いします‼︎」


 何を暢気にくっちゃべってるんだ! との勢いでルーシーが深々と頭を下げる。その必死な姿を見て、


「よし言質は取ったぞ!」

「へ?」

「仕方ない、先にあいつを何とかするぞー!」

「「おー!」」


 なんとか纏まったようだ。


「でもその前にお昼にするぞー!」

「「おーーーー!」」


「勿論ルーシーのおごりだぞー!」

「「おーーーーーー!」」


 はい? 大丈夫かな〜この人たちで……探索者ってみんなこんなのかしら? と、ルーシーは術中に嵌ったことも知らずに心の中で思った。




 小一時間程度食事を楽しんだ後の十二時過ぎに、やっと恒星の「表面付近」を周回している探索艦? の近くまでやって来た。

 現在の距離は恒星から二百万km。白色卵型にて探索艦? に接近中。


 全方位モニターには巨大で真っ白の恒星が前面視界いっぱいに広がっている。

 その姿はどこまでも続く白い壁そのもの。

 その一部を切り抜くように表示されているポップアップウインドウにはくっきりと真っ黒な球体が映っていた。

 かなり高速で移動しているので、ウインドウもジリジリと横方面へと移動している。


 先程からこちらの所属を明かした上で、レベル3にて話しかけているが恒星の近くということもあり、各通信電波が阻害されており状況は最悪。そのせいか応答が全くない。

 ならばと恒星程度の電磁波では影響を受けない素粒子を使った交信も試みたが結果は同じだった。

 二艦は至近距離にて並走。探索艦? とは距離を保ちながら追いかける。


「もし……もしも奴ならこの時点で反応すると思うんだ」

『……もしかしたらシャーリーの時の様に眠らされているのかも、ね』


 暫く画面を眺めていたが反応が無い。ここまで反応が無いと「奴」でない可能性も考慮しないといけない。ならば早めに行動を起こさないと……


「しょうがない。取り敢えず捕まえよう」




 例の探索艦は恒星の「表面付近」から約五百km上空を秒速約三百kmの速度で滑るように高速移動をしていた。


「接近して捕まえるでいい?」


 ノア先生にアドバイスを貰おう。


『……うん。あれと恒星の間に割り込んで二艦で包み込む感じ? で。その後は一回ルーシーのところまで戻ろう、かね』

「よし! それでいこう!」


 先ずは恒星に近づく。だがただ単に近付くのではない。「目標」は我々から見て「三時方向」に移動しているので、目標に合わせて横方向に移動しながら恒星に近付くことになる。


 宇宙空間では、移動するだけなら希望の速度に達したら出力を落とせば慣性移動でいつかは目標に辿り着ける。ただし高重力下や障害物があれば慣性移動が阻害されてしまうので動かし続けなければならない。

 今回はというと少々条件が異なる。星系の「主」たる恒星の重力圏内に居るモノは、自ら移動しない限りは否応なしに「主」に引き寄せられる。しかも「主」との距離が近ければ近い程「引力」は強く作用する。

 なのでアルテミスとアシ2号は現在、反重力推進装置内にて恒星の「引力」に対し、反作用を行いながら横方向に移動するという、小難しい作業を行いながら探索艦? と合流すべく45°にて接近している。


 移動に使用している反重力システムの特性として、出力を高めると繊細な重力調整が難しくなる。とはいえアルテミス達が全てやってくれているので、私達達搭乗員は見ているだけなのだが。


 恒星にかなり近いた。

 全方位モニターは可視光のみを用いれば上下前後左右全て真っ白。恒星がない方まで真っ白なのはそれだけ恒星が巨大な証。

 そこに若干の補正をかけると、惑星一個分くらいの大きさの「気体の泡」がそこら中でユックリと不規則に波打っている様に見えてくる。さらに至る箇所で超高温の気体が波打っているのが見てとれた。

 そんな地獄の様な環境に艦は向かって行く。



 表面付近から約五百kmまで来た。

 斜め下方、恒星との間に真っ黒な球体の形が「肉眼」でもはっきりと見える距離まで詰めた。


 この位置からもう一度通信を試みる。

 すると……シャーリーの時と同じ「ピコピコ信号」が発せられ始めた。


「これは……あの時と同じ……」

『……という事は「仲間」で確定だ、な』

「何? どういうこと? エマ?」

「今、あの艦から「謎の信号」が出てるの。この「信号」はうちのエリアの艦特有のものらしい」


 前回シャーリー救出後にアルテミスが基地で「シャーリー艦」を調べた際に、通常の探索艦には無いプログラムが発見された。

 作動条件や目的などはハッキリとは分からないが、アルテミスを含めた他の四人の艦にも同様の設定がしてある事までは突き止めた。


 ……もしやBエリア所属艦は全て同様のプログラムが入れてあるのではないかと?


 答えは目の前の探索艦を捕獲すればほぼ確定する。


「という訳なのよ。これでますます逃げられなくなったわさ」

「考え様によっては良かったんじゃない? お陰で仲間が見つかったんだから」

「そうなんだけどね……中にいるのがあいつだったら……」

「そんなに嫌な奴なの? 誰?」

「…………ワイズかロイズ」

「わいず? ろいず? 誰? 他エリアの探索者? じゃないよね?」

「へ? うん。Bエリア所属の未成年探索者よ」

「ん〜〜? 私が貰ったデータにはそんな人いなかったよ?」

「…………クレア。Bエリア所属の探索者は何人?」

「八組十六名、でしょ? 名前、全部言えるわよ? 候補生も含めてね♩」


「どういうこと?」


 部外者は知らない? 形式上は探索者。但し未成年なので艦には乗れない。だから?

 そう言えば奴らは成人後は「育成施設」に通わずに探索者になるのが決定している。そんな特例は私達姉妹だけかと思っていたが。


『……なんか匂う、な』

「? 分かんないけど、そんなに嫌な奴なら私がエマを守るわよ? その為にここにいるんだから、ね?」

「……そうね。今考えてもしょうがないか。先ずはこいつを何とかしようかね」

『……分かった、ぞ。アシ2号、アルちゃん、私の思惑通りに、な』

『了解デス』「了解」


 そうこうしている内に黒い球体の鼻先へと辿り着く。

 相対速度はここで0になった。

 この時点で反重力炉を一時停止させる。


 現在、300km/s超の極限状態。アシ艦とアル艦が挟む形でピッタリ寄り添い、黒球体探索艦の数m先の「頭」を抑えている状態だ。

 その間にも恒星から噴き出した真っ白で一千万度以上あるプラズマ風が行手を何度か遮るが、三艦は何事も無く突き抜けていく。

 全方位モニター周囲は映像処理をしないとほぼ全周囲真っ白。人が立ち入って良い領域ではない事が良く分かる。

 いくら艦には全くのノーダメージとはいえ、あまり長居はしたくない場所だ。

 なので早速作業を開始した。


 黒色球体の前にいるアシ艦とアル艦の「接合」が始まる。

 次にユックリと、そして速やかに黒球体を包み込む。

 その様子を三人は無言で見守る。


 超高速での作業。表面からはプラズマの塊のフレア風。直ぐそばまで近づく高温の水素の波。

 ここに彗星や隕石が突っ込んできたら恒星の引力に即座に持ってかれる。

 水素の海に落ちでもしたら探し出すのが大変だ。



 人類史上、今まで恒星の表面付近でこんな「捕物帳」をした者はいなかっただろう。多分これからも。

 ましてやここにいる探索艦自体、こんな使い方を想定して造られた訳ではない。

 三人は知らないが、探索艦を発案・設計・製造をした者のが今でも生きているからこその成せる技。



 一分もかからず全て包み終えると、巨大な一つの球体に。ここで反重力炉を再稼働させ恒星の引力圏から一気に脱出。ルーシーがいる惑星近傍まで「僅か数秒」で移動した。


『……ここまでは予定通り、だ。この後は前回と同じパターンでいく、かい?』

「そうね。突入するか」

「突入って? 向こうの艦に乗り移るってこと?」

「そう」


 腰の「お守りアイテム」を取り、構えてみせる。


「おー銃だ! 探索部って銃を持ってたの?」

「うんん、ないよ。最近作ったの」


 クレアに手渡す。

 すると慣れた手つきで構えたり眺めたりしていた。


「情報部ではこういうのはあるの?」

「勿論! 護衛任務の時とかに使うかな。非殺傷系のヤツだけど。ただ実際の荒事の時はアンドロイドかロボットが真っ先に突っ込むから、私は目標に向けて撃ったことは一度もないけれどね」

「私達よりはかよっぽどましか……クレア、一緒に行ってくれる?」


 少し上目遣いに遠慮がちに聞いてみた。


「いいよ! 任せろ!」


 和かに微笑んでいる


「ごめん。面倒ごとに巻き込んで」

「アハハ、何遠慮してんのよ! エマ自分で言ってたでしょ? 「遠慮禁止」って」

「そうなんだけど……あなたは……」


 言い終える前にクレアが抱きついてきた。


「それ以上は言わないで。今、貴方達の側にいられて凄い幸せなの」

「…………」

「私達の所にも護衛の通達がきた時、不思議に思うかもしれないけれど、貴方は私の所に必ず来てくれるって自信があった。ただいつ来るか分からなかったから、宇宙港で毎日待機して。そうしたら貴方がやっと来た。あの時は任務の話抜きにして嬉しかったんだ」

「…………」

「あの時は内心、ワクワクとドキドキで絶対に連れて行って貰うにはどうしたらいいかばかり考えて、失礼な態度とって……ごめんなさい」


 話の途中からクレアの背中に手を回し優しく抱き締める。


「基地でノアちゃんが「これで仲間だぞ」って言ってくれた時は凄い嬉しかった」

「あっ、あれは……」



「……いつまでもくっつく、な‼︎」



 突然、私とクレアの間にノアが体を割り込ませて無理やり引き離し、そのまま私に抱きついてきた。


 そう言えば、接合してたんだっけ? こっちに来れるんだよね。


「え? あーごめんなさい」


 赤い顔をしてクレアが離れた。


「ごめんごめん。放ったらかしにして」


 お詫びにノアを持ち上げて思い切り抱き締める。無重力だからとても軽い。


「あうぅぅぅぅ……」


 すると純情な先生は耳まで真っ赤になってしまう。


「クレアがね、ノアに「仲間だぞ」って言って貰えて嬉しかったって」


 耳元で囁く。


「……ううう、みんなずるい、ぞ!」


 腕の中でノアがもがく。


「ノア、こんな時は素直に喜べばいいの」


 するとクレアがノアの後ろから抱きついて、私とは反対の耳に囁いた。


「ノアちゃん、よろしくね♡」


「‼︎」


 頭から湯気を出して逝ってしまった。


「え? ノア? 大丈夫?」

「ちょっとやり過ぎたかしら、ね?」


 顔を見合わせ苦笑いする。


「皆様、アマリ先生ヲ持テ遊バナイデ下サイデス。コウ見エテモ先生ハマダオ子チャマナノデスカラ」

「あれ? 漫画ではかなり過激な内容じゃなかったっけ?」

「先生方ハ「ソッチ系」ニハ「天賦ノ才」ヲ発揮サレマスガ、リアルノ方ハマダマダナノデスデス……デス」


 とりあえず、ノアはアルテミスに任せよう。


「アル、ノアを休ませといて」

「了解」


 球体内コックピットに穴が開く。先には簡易カプセルがある。そこにノアを寝せて戻る。


「その銃はクレアに預けとく」

「あいよ! で、弾は?」

「今はスタン弾になってる。宇宙服着てる探索者相手だと頭しか効果は無いし、運が悪ければ保護シールドで弾かれるかも」

「了解」

「帰ったらクレア専用の武器をノアに作って貰うかね」

「楽しみ」

「先頭任せても?」

「勿論」

「相手が男か知らない奴なら迷わず撃って」

「過激だな〜OK」

「限りなく低いけど、探索者では無い可能性があるから」

「? そうなの」

「今度説明する。じゃあ、穴開けるぞ」

「いつでもどうぞ!」

「3、2、1、GO‼︎」



 今回はシャーリーの時のような「間」もなく、開通命令が「すんなり」受け入れられた。

 なので通路の先に明かりが見えている。

 クレアを先頭にシャーリーの時と同じ要領で一気に球体内コックピット手前まで飛ぶ。私は三m後方を飛んで行く。

 クレアは私を待ってから突入するかと思っていたが、素早い身のこなしでそのまま中へ入ってしまう。


 一呼吸分遅れて到着すると、中でクレアが浮いているだけで「何も」無かった。


「誰もいない? どういうこと?」

「探索艦って確か「契約した探索者」がいないと動かせないんじゃなかったっけ?」


 流石情報部……いや元候補生。 

 確かにクレアの言う通り。ただし例外はあるが……

 とりあえずAIを動かしてみよう。


「この艦のAIに告げる。貴方の所属と搭乗者となる探索者氏名を述べよ」


 エリアマスターとして問い掛ける。


 すると真っ白な全方位モニターに、小さく文字が浮かび上がってきた。



『緊急脱出済要救助』と……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る