第29話 クレア! 探索者!

 出発ロビーに着いて三十分程。VIP用個室で寛いでいたらクレアがやってきた。


「ご苦労様。これ以降は通常任務に戻るように」


 宇宙港職員に促され部屋から出ると、地上から私達を護衛していた部下数名に敬礼しながら解散を指示していた。


 その姿、なんだか凛々しいぞ。

 お、情報部の敬礼の仕方は探索部のと違うのね。初めて知ったわ。


「お待たせしました。では改めて、よろしくお願いします」


 今のクレアは私服姿。茶色の大きめなブラウスに白のチノパン、ちょっとだけ大きめなベレー帽を被り、右手で私に敬礼をしてきた。

 左手には唯一の荷物であるハンドバッグ。

 中には圧縮された品が色々入っているんだろう、重たそうに見えた。


 よく見ると若干緊張しているようで、仕草が不自然に思える。

 クレアでも緊張するのかと親しみが湧いてくる。するとちょっとだけ弄りたくなってきたが我慢した。


「じゃあ、クレアさんは私の艦に乗ってね」

「了解です」


「外で合流ね」と発着ロビーでランと別れる。

 ドックに入りアルテミスに固定タラップまで艦を延ばさせ私の後にクレアが続く。


 タラップの中程に差し掛かった時、後から「近くで見ると大きい〜」と感嘆の声が聞こえてきたので反射的にお尻を両手で隠す。

 赤い顔してクレアを見ると、どうやら私では無くアルテミスに感動していたみたいで上を見上げ目を輝かせていた。


 フッ……と思いつつそのまま通路から艦内に入ったところで一旦立ち止まる。すると通路の壁面に正方形の穴が開いた。


「クレアさん。決まりでね、ここに荷物を入れてくれる?」


 と指示を出す。勿論自分も買ったお土産を無造作に投げ入れる。


「あ、はい」


 言われた通りに荷物を入れてくれた。これで無事「検閲」が行える。

 因みに荷物以外は艦に入った段階で全身スキャンを人知れず行っており、不審物が見つかれば私に連絡が入る仕組み。

 この検閲は専任探索者であっても例外ではない。

 因みに検閲自体は艦の外装の中で行われるので、不審物が本来の役割を果たしたとしても損害は皆無。


「着いたらちゃんと返しますので」


 と安心させる。


 通路内は等間隔で灯りが点いているが、基本入り口から球体内コックピットまでは真っ暗。

 入口からは終点となる球体コックピットの灯りが点に見えるだけ。

 これから先は基本無重力なので飛んで行くことになる。


 今回はクレア同伴なので通路の幅は普段よりも広くしている。不安そうに中を覗き込んでいるクレアの手を握ると壁面を蹴って一気に球体内コックピットまで飛ぶ。

 すると不安なのか私の手を力強く握り返してきた。

 その仕草に心の中で微笑む。


 考えてみたら探索者になって部外者を艦に乗せるのは初めてのことであり、他に乗せた事例も聞いたことが無い。

 今更ながら「サラの許可無く乗せても良かったのか?」と不安を覚えるが、代理とは言え今は私がBエリアマスター。アルテミスも何も言ってこないので、規律違反には該当していないのだろう。

 いち情報部員でもあるクレアも機密の塊である探索艦に触れる機会は今までなかった筈。当然乗るのは今回が初めてだろう。


 クレアさん、貴方部外者第一号かもよ?


 そう思うともの凄く新鮮に思えた。

 というのも私はBエリアの「新人教育担当」で、今までラン達後輩の指導に当たってきた。

だが私達姉妹とは異なり候補生育成施設を経てきた者は皆「探索艦の乗り方」や「動かし方」の基本を学んだ上で配属されてくるので、艦の中に「一緒に乗り込む」といった行為は今の今まで一度も無かったのだ。



 ──そう言えばあの時も……



 ラーナに促され、初めて艦に入った時の懐かしい記憶が蘇る。


 球体内コックピットに到着。クレアから手を離す。

 すると一瞬慌てたが、流石情報部と思える動きで無重力に対応し出す。

 私はその間にアルテミスが用意してくれた宇宙服に着替えることにする。


「クレアさん、着替えるのでちょっとそこで待っててね」

「はい……えーと向こう向いてましょうか?」


 お互い体がゆっくりと回転しているため、相手を見ずに会話をしている。


「別にいいよ。私は気にしないから。同性だしね」


 と遠慮なく脱ぎ出す。

「温泉好き」は人目を気にしていたら温泉は楽しめない。同性に裸を見られたくらいでは動じないし慣れている。

まあクレアが「ソッチ系」の持ち主で、鼻息荒くこちらを見ていたら話は別だが。


 私が服を脱ぐのを回転しながらボーと眺めていたが、素っ裸になったところで我に返り赤面しながら顔を背けた。どうやらソッチ系ではなさそうだ。

 僅かな時間で着替え終えいつもの定位置へ。

 クレアには簡易シートを用意しそこへ座らせた。


 艦に乗り込むまではコックピットの直ぐ脇に寛ぎ空間でも作りそこにいて貰おうとも思ったけど、初乗りで一人にさせるのは心細いかなと思っての対応。

 ここに来てクレアへの対応に変化が生じたのは、彼女がアルテミス探索艦に忌諱感を感じた素振りが見られなかったから。寧ろ探索艦に興味津々といった様子で目を輝かせていたのを見てしまったから。

 相棒を無機質な「物」と割り切って接しられたら私としてもいい気分はしないし、警戒感丸出しにされても困ってしまう。

 それらの素振りが一切見られなかったクレアは、私の中での評価は数段良くなった。良くなったからにはそれなりの対応をしないと失礼に当たる。


 まあ任務抜きでクレアがいい人なら「アルテミスの湯」へのご招待も考えてあげようかね。


 さてと……


「アル、そろそろ出発。ランと合流ね」

「了解です」


 お、ちゃんと普通モードで話してるね。

 さり気無くクレアを見ると……私を不安そうに見つめていた。



 ──んーー美人さんのその表情……よし!



(アル、全方位モニターON)

(はいよ〜)


 一瞬でコックピットが暗くなる。

「ヒッ」とクレアから僅かに声が漏れる。

 直後、球体壁面にドック内風景が映し出された。

 現在は流体ハッチに潜る寸前で正面の壁が凹む様子が映っていた。


 そしてそのまま流体ハッチを抜けると……


「ふぁぁぁぁ……綺麗〜〜」


 フィーリングが同じな様で感動してくれた。

 やっと不安顔から笑顔に変わってくれた。



 宇宙港の灯り。

 忙しなく動き回る宇宙船の灯り。

 星々の光。

 更に足元には惑星ラングの青々とした海と街並みが鮮やかに見える。

 右も左なく、上も下なく、前も後ろもない、全てが同じ。

 この風景を誰にも気兼ねなく見れるのは探索者の特権。

 因みに現在の球体内コックピットに発光物が無いのでかなり暗い。



 同じタイミングで隣のドックから出てきたシャルロットが近づいてきた。


『お待たせしました〜』


 ニコニコ顔のランが空間モニターに現れる。


『あれ? そこにしたんですか〜?』

「うん、初乗りだしね。予定よりかなり早いけど今日はもう帰ろうか」

『しょうがないですね』

「ところでランは何を買ったの?」

『勿論ケーキです! 買い占めてきました!』


 と雑談している内に跳躍可能ポイントに到着。そのまま跳躍して帰った。

 因みに跳躍中は全方位モニターはオフにした。

 だってほぼ半分は真っ白、半分は真っ黒で何も面白くないから。


 距離が近かったせいか、一分も掛からず跳躍が終了。

 跳躍に関わる推進装置は長距離移動用の船には漏れなく積まれる程の一般的な技術で特に珍しくも無い。なので性能の差はないと思っていたのだが、クレアの「凄い静かで、全く振動も衝撃もない……」との呟きを聞いて考えを改める。



 ──アル、褒められてるよ?



 シャルロットの位置も確認。いつもと同じく隣にいた。

 二艦はそのまま基地への帰還ルートに入る。

 そこにノアからの通信が。


『……随分早かった、な。何かあったの、か?』


 珍しく音声のみ。


「うん。ちょっとお客さん連れて来たんでね」

『……客? ……何ーー? 情報部、だぁーー? 情報部が何しに来やがったーー、んだ?』


 情報連結のデータを見たのだろう。何故かべらんめー口調に変わる。


『……名前はクレア、か』

「は、はい。貴方があのノアさんですか?」


 流石は情報部。事前調査は済んでいるようで。


『……おう、私が天下無敵のノアちゃん、だぁ。手土産はあるんだろう、なぁ⁇』

「も、勿論!」

『……歓迎する、よ〜ん♪』


 あらら、ノアのご機嫌ゲージは手土産で変わるのね……


『……今ちょっと手が離せない、ぞ。勝手に入ってくれ、な』


 はいはい……勝手に入りますよっと。




「凄ーい! ここが基地なのね!」


 艦外へと出たクレアはドック内を「飛び」ながら体いっぱいに喜びを表現していた。

 彼女を見ていると昔の自分と重なる部分が多く、自然とこちらも笑顔へと変わる。



 でもそんなに嬉しいのかね〜

 基地なんて無機質っぽくて面白味は無いと思うけどな〜……

 これってもしかして「基地萌え」ってやつか?



 重力制御装置を身に付けていないクレアの手を握り扉の前のタラップに着地する。



 そのままタラップにある転送装置を使い待機室へ。

 待機室には宇宙服を着たままのランが待っていた。

 君、最近行動が早いよね。精進の成果かな?


「先ずは着替えますか」


 という事でランとクレアを引き連れ居住区へと移動する。



 居住区は一か所に纏めてられており探索者エリア、主任・職員エリア、来賓用エリアと大まかには分かれてはいるが、特にエリア毎の仕切りは設けられてはいない。

 外見上の違いも扉の色とネームプレートの文字くらいで作りはほぼ同じ。


 クレアには来賓用の個室を割り当てようと思っていたのだが、当人がどうしても探索者用個室に「固執」したので予備の部屋を宛がった。

 因みにエリアマスターの部屋以外は空き部屋が用意されている。特に探索者用はいつ増員されても受け入れられるようにと多めに確保してある。


 部屋の構造は特別なものはなく、広めのリビングと寝室、風呂とトイレと一般的な部屋と変わりはない。

 備え付けの機器類も難しい物はない……と思うがこちらに関してはちょいと自信がない。

 というのも私達姉妹は幼少時から「政府の養育施設」で育ったために一般の家庭で使うような「汎用機器」とは無縁であった。

 その後、成人と同時に基地ここに連れてこられたが、基地も養育施設同様汎用機器とは無縁だったので、一般人がどのような環境で暮らしているのか、未だに分からないのだ。



「部屋の使い方は分かる?」


 一緒に室内を見て回りながら聞いてみる。


「見たところ大丈夫……」


 流石情報部。コクコクと頷きながら答えている。


「もし分からないことがあったら遠慮なく聞いて。それとそこのロッカーに預かった荷物が入ってると思うから後で確かめて。もし無いものがあったら「検閲」で弾かれてると思うから、残念だけど滞在中は諦めてね。ここから帰るときには返すから」

「多分大丈夫。正規装備品は出先で借りることになっているので。今回は衣類くらいだし」


「…………」


 真顔のクレアの目を正面からジッと見つめる。


「何か?」

「固い」

「固い? 何が、ですか?」


 何を言われているのか分からずキョトンとしている。


「ここに来た以上、ここのやり方に従って貰います。貴方は今から遠慮禁止。言いたいことがあるなら遠慮せずに言うこと。ラングにいた時みたいに普通にしてなさい。これは「エリアマスター」からの命令です!」

「エリアマスター? エマさんが?」

「はい、今は私がエリアマスターです」


 探索部発行の証明書をクレアの前にモニターで見せた。


「た、確かにBエリアの管理権限者……」

「貴方、ラングにいた時のあれが「地」でしょ? 違う?」

「えーと、分かります?」

「ええ、それと私のことは「エマ」と呼ぶこと。私も「クレア」って呼ばせて貰うから」

「分かった……エマ」

「OKクレア。それと悪いけど基地以外では私のレベルは三でお願いね。あとエリアマスターってのも秘密よ。もし「意図的に」漏らした場合は……罰を受けて貰う」

「ば、罰?」

「そう、見てる方もされる方も、とぉーーても楽しい罰よ♡」


 クレアは引き気味に怯えていた。

 てか本当は罰なんて考えてないよ。


「あと食事は特に用事がない限りは、みんなで時間決めて一緒に食べてる。声かけるから是非来てね。重要区画以外に立ち入り禁止制限は設けてないけど、プライベート空間である個人居住部屋は、本人の許可なく入った場合は……とてもまずい事になるから絶対にしないこと」


 既に転送装置の設定を弄ってあるのでクレアは重要区画には間違っても立ち入れない。もっと言えばエリアマスターとノア以外は入れない設定にしてある。


「……はい」


 コクコクと頷く。


「間違っても駄目よ? いくら私でも助けてあげられないからね」


 これは本当のこと。

 死にはしないけど、救い出せるのは部屋の主だけだ。

 だからあの四人は私の部屋だけには押し入ってはこない。

 どうなるかを知っているから。


「あと開かない扉の部屋にも無理に入っちゃダメ。職員食堂は無料でいつでも利用可能。えーとこれくらいかな。分からないことはある?」

「正直、探索部の基地には来たこと無いし、分からないことだらけね」

「それもそうか。残りのマキとシャーリーの二人はまだ帰っていないし、クレアの紹介は夕食の時にするから」

「はい、よろしく」


 手を差し出してきた。


「こちらこそ! 期待してるぞ?」


 明らかに分かるような含み笑いをしながら握手をするとぎこちない笑顔を返してきた。

 部屋を出て直ぐにランに連絡を取る。


(ラン?)

(はいお姉様)

(ちょっとノアの所へ行ってくる。クレアが困っていたら面倒みてあげて)

(ガッテン承知です!)

(任せた。よろしくね~)


 近場の転送装置にゆっくりと向かう。



 ──ランやノアの存在を知っていた。なら基地に配属されている探索者や職員の数は把握済み。さらに今現在、基地にも違和感なく受け入れた。つまりここで「何があったか」を知っている、と。



 彼女の言う通り、私以外は眼中にない?

 それとも「事後」の情報収集が目的?


 いや違う気がする……


 ラングを旅立つ際に探索艦を見たときのクレアの眼差し。

 あれは私が幻の茶葉を見つけた時と同じ「憧れ」の眼差し、にみえた。



 ──まあ情報部員プロ相手に色々考えても無駄か……



 さて、ノアにお土産買ってきたこと伝えとかないと。どこにいるのかな……

 ん? プールにいる……どしたの? まあ行ってみるか。


 娯楽施設街にあるプール場に着いた。

 ここには二十五mプールと隣には一段高い台の上に直径四m程の円形の温水ジャグジーが併設してある。

 靴を脱いで中に入るとムワッとした空気が身体に纏わりつくき汗が出てくる。

 若干不快になりながらもプールを見渡すが誰もいなかった。

 歩みを進めながら周囲を見回す。


 あっ、いたいた!


 ジャグジーの中で気持ちよさそうに仰向けで寝ていた。

 ジャグジーの枠の縁に汗をかいたグラスが置いてあり、中のジュースが半分程減っていた。

 何処か休暇を満喫中、ってな感じ。

 プールの背景変えましょうか?


 近づいて顔を覗き込む。

 寝てる……

 可愛い寝顔♡

 起こすの可哀想だな〜


 そうだ! 私も入ろっと!


 そそくさと更衣室へ向かう。更衣室にて圧縮倉庫から自分の水着を取り寄せる。


 音も無く水着が届く。

 む? 何かちょっと違うような……

 いやいや大分違うぞ?


 出てきた水着を広げてみたら……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る