第23話 一人目!

 

 所々に誘導灯が灯っているだけの薄暗い通路。

 遥か先に目的のコックピットの明かりが見えるが、ここからの距離は百四十m先にあるので小さな点としか認識できない。


 基地ホーム時に乗った、人を運ぶのを目的とした輸送船とは大違い。

 あちらはゆったりシートに腰掛けながら窓から宇宙をのんびり眺めたり、退屈させまいと専用アンドロイドが至れり尽くせりの接客をしていたりと、快適そのものだった。


 それに比べ探索艦は分厚い装甲に守られた無機質なコックピット。AIは優秀だが何をするにも私が命令しないとアクションは起こさない。

 今の世はAIが無難に物事を進めてくれる世の中。にも関わらず「人」が決断を下すというシステムに、今では慣れたが初めは「違和感」だらけだった。


 靴底の簡易型反重力装置を使い、銃を構えながらかなりのスピードで明かりを目指して通り抜けてゆく。

 いつもなら時間を掛けて進む通路だが、今回は時間との勝負。

 もの凄い風圧で目を瞑りそうになるが我慢しながらものの数秒で出口である球体コックピット手前に到着。

 そこで一旦止まり息を殺して中の様子を伺う。


 耳を澄ますが物音一つ聞こえてこない。

 銃を構え直し、ゆっくりと中を覗き込む。

 すると特徴のある座席が見え、さらにコンソールやグリップ? とそれを握る赤い手が僅かに見えた。



 ──人がいる……あれ? これ、どっかで見たことあるような? …………え? え⁈ まさか!



 見覚えのある「手」を見て咄嗟にこの宙域に来ていたであろう「妹の方」の顔が思い浮かぶ。すると体が勝手に動き出し、銃を構えるのも忘れて中へ突入していた。

 そこには真っ赤な宇宙服を着て、頭にバンダナを巻いた「シャーリー」がシートにもたれ掛かりながら気を失っていたのだ。



「シャーリー!」



 銃を腰に戻しながら正面に回り込み顔を覗き込む。見れば探していたシャーリーだった。

 と、丁度そこに私が入って来た反対側からノアが乗り込んできた。

 見れば銃の先端が私の頭をロックオンしているではないか!


「ちょ! わ、私よ!」


 射線から逃れようと反射的に前屈みになった時にシャーリーの頭にゴッツン。


「あぅーー!」


 結構痛い。

 目から涙とお星様が溢れてきた。

 しかもぶつけた反動で後方へと飛ばされてしまう。


 シャーリーから遠ざかると、入れ替わる形でノアがシャーリーの前にやって来て状態を確認し始めた。



 ──痛てて〜、ついてないな〜…………でも。



 無事なシャーリーを見て嬉しさが込み上げてきた。



 ──良かった‼︎ やっと一人目!



 そう一人目の仲間。

 この発見はまだ「裏の事情」を知らないエマにとっては、後々に続く「意義のある発見」となる。

 もしこの時期に「仲間」を見付けられなかったら、この後に続く「エマの未来」は回避不能な悲惨な方へと変わっていただろう。

 この再会はそれほど価値のある、そして意義がある発見なのだ。


 そして発見の切っ掛けとなった謎の信号。

 誰の企みで誰が仕組んだのか、知らない。

 彼女も含めて趣旨を知るのはもう少し後の話。



『エマ、乗っ取り完了です』

「ちょっと待って! 現状維持と情報収集を優先」

『了解』


 アルテミスが私のマスター権限を行使し、この艦を一時的に制御下においたとの報告。



 エマは初めに通信をした時に反応がなかったので他エリアの艦だと決めつけていた。

 それは探索部規則でどこにいても、所属エリアのマスターからは応答するようにとプログラミングされているからだ。


 応答がなかったという事は故障か自衛モードになっているかのどちらかしなかいのだが、現在の探索艦では故障はまず有り得ない。

 なので自衛引き篭もりモードに入っているとのだ。


 探査艦が一度自衛モードに突入すると、外部からの交信は一切受け付けなくなる。

 ただし自衛モード中でも筈だった。


 だが直ぐには従わなかった。なので自エリアの艦とは思わなかったのだ。

 ただ結果的に命令が受諾されたが、なぜ従うのが遅れたのかはその時は分からなかった。

 因みに理由を知るのは随分と後になる。



 痛みが収まりシャーリーに近づくと、ノアがシャーリーの体調チェックをしている最中であった。


 さて、確かシャーリーも元は金髪の筈。見た限りでは出撃前と同じ綺麗な茶一色。

 と言う事は隣の星あっちには行っていない?

 後で行っていないか聞いてみよう。


 ノアによる触診チェック中も目を覚ます気配がなかった。

 呼吸も安定しているようで、見た目には何処にも異常は無さそう。


「……多分大丈夫、だぞ。少し衰弱してるっぽい、が。ずっと眠らされてたみたいだ、な」


 やっとノア先生の診察が終わったようだ。


「……とりあえず基地に連れて行こう、か」

「そうね。アル、この艦も基地に一緒に連れて帰れる?」

『問題ありません。既に制御系も掌握しています』

「了解。シャーリーはとりあえず私の艦に連れて行く。ノアは自分の艦に戻って」


「……大丈夫、か?」


 瞬きせずに真っ直ぐ私を見つめている。


「一応隔離しとく。それならいいでしょ?」

「……シャーリーの事じゃない、ぞ。エマ、だぞ」

「私? 今は調子いいけど?」


 ノアに微笑む。

 先程の件を心配してくれているんだろう。

 なので頭を軽く撫でる。


「……分かった、ぞ」


 それでも表情は硬いままだった。


「でも見つかって良かったわ」


 シャーリーをお姫様抱っこしながら笑顔で引き返す。

 ノアも私を見届けてから自艦へ戻っていった。


(アル、この艦はどういう状態だった?)


 帰りはゆっくり飛びながら現状を聞いてみる。


(強制介入を受けた痕跡がありました。それにより艦は自衛モードに強制変更。シャーリーは艦AIの搭乗員保全プログラムの作動により、強制冬眠モードに入っていたようです)

(強制介入⁇ ということはサラが⁇)

(いえ。主任の場合なら「命令」になるので、必ずログが残ります)


 そうよね〜サラは基地にいたし。

 ってゆーかログがない?


(もしかして……「あの方」?)

(いえ、シャーリーは「適合者」どころか「覚醒」すらしていません。介入に対する艦の反応、痕跡が残らない侵入の仕方。予想で申し訳ないのですが、レベル5からの命令ではないかと)


(レベル5! って……いるの?)

(には数名いるはずです)

(5って凄いの⁇)

(「凄いの?」の定義がわからないのですが……)

(…………)

(…………)

(ま、いいわ。シャーリーをお願いね。一通りの検査後は一応隔離ね)

(お預かりします)



 レベル5なんて興味がない。ただ聞いてみただけー。



(あと艦AIの解析もね。経緯が分かれば嬉しんだけど)

(基地に戻ってからでいいですか?)

(任せる。「検閲」も忘れずにね)

(了解)



 話を終えると丁度、球体コックピットに着いた。通ってきた通路が閉じられたのと同時に球体内に別の穴が開く。

 シャーリーを抱えたまま潜り込むと、基地の医務室にあるのと同種の簡易カプセル型治療台が浮かんでいた。


 近付くと蓋が自動で開く。


 治療台の真上に連れて行きそこで手を離してから浮いている状態で宇宙服を脱がすと、ゆっくりと治療台へと体が下がっていく。

 体が収まり蓋が閉まると簡易検査が始まった。

 基地に着いたら本格的な精密検査を行う予定。それまでの「繫ぎ」でチェックだけはしておく。


 シャーリーを残し球体コックピットへと戻り定位置に着いてからノアを呼び出す。

 現れた空間モニターには既に自艦に戻り、いつもの「机」で湯呑みで何かを飲んでいるノアの姿が。


「やっと一人目ね。この調子でみんな見つかるといいね♪」


 すると湯呑みを置き、こちらを真っ直ぐに見ながらノアが口を開いた。


『……地上で何が起こった?』


 いつもとは違い真剣な眼差し。どこか怒っているようにも感じる。


「どこまで見れてた?」


 真剣な顔つきで逆に質問する。

 するともう一つモニターが現れ、静止軌道上から撮っていたであろう映像が流れ始めた。


『……「遺跡」に進入出来なくて……隣の建物に……入って……』


 映像そのままを説明を説明してゆく。

 映像には私のものであろう、各種バイタル数値も表示されていた。


 建物に入ったところから画像が少しだけ粗くなる。

 可視光のみで覗けば物に遮られて全く見通せないが、探索艦の機器を使えば赤外線は勿論、自然界で飛び回っている電磁波や素粒子の反射率や吸収率、さらに透過率等から総合的に判断、補正をかけて表示することが可能で、この程度の障害なら問題無く見通せてしまう。


『……椅子に手をかけた……ところで、暫く動かなくなった』


 確かに微動だにしていない。

 バイタルにも変化は見られない。


『……そして、倒れた』


 崩れ落ちる様に倒れる。バイタル的には単に寝ているようにも思える。


 あれ? 頭部保護シールドが作動していないよ?

 頭はぶつけてはいなかったのね。


 倒れてから2〜3秒後に画像がフッと途切れる。

 多分この時点でノアが動いたのだろう。


『……何で倒れた?』


 表情を変えずに問い詰めてくる。


「……ごめん」

『……何が「ごめん」なんだ?』

「…………」

『エマは私に「フォローして」と言った』

「……うん」

『「フォロー」とは倒れたら起こすだけのことなのか?』

「…………」


 ノアの表情が崩れて、怒り顔に変わっていく。


『本当にそれだけでいいのか?』


 声が震えだし、今にも泣き出しそうだ。


 俯き、一つ一つ言葉を選びながら話す。


「……ううん。本当はね……怖いよ。でもね、もし、ノアやみんなを巻き込んで……もし、何かあったら……私は……そんなの耐えられない」


 自分の声に力がないのが良く分かる。


『……分かった』


 と言って腕で涙を拭いながら「次から「遺跡」に行く時は、私が必ず同行する、ぞ!」と盛大に宣言した。


「え⁈」

『基地(ホーム)で「ただいま」を言うまで、離れない、ぞ!』

「…………」

『もちろん「遺跡」の中までついていく、ぞ!』

「そ、それは」


『……これは私の意思で決めたことだ、ぞ! 何かあっても「後悔」は私が引き受ける、ぞ! 今から「エマ遺跡単独立入禁止令」を発動させた、ぞ! 破った場合は、一生口聞かないから、な!』


 椅子から立ち上がり、胸を張り私を指差して宣言をする。

 先程よりは和らいでいるが怒り顔は継続中。


 ノアにそう言って貰って正直嬉しかったし、それと同時にまだ自分の中に仲間に対して遠慮があったことが情けなく思えた。


「……分かった。今からノアは「遺跡探検隊副隊長」よ! 脱退は許さないからね!」


『‼︎ ……サーイエッサー! だぞ!』


 探検隊が結成されたようだ。

 




 探検隊? が基地に戻るとマキとランが「何で起こさないのか」と大騒ぎしていた。


 いやいや前日にちゃんとメール説明しといたでしょうに、起きない君達が悪いんでしょ?


 一応念の為、出発前にハナちゃんとシャルロットに伝言と「留守番」をお願いした。

 勿論行先も教えてある。

 二人は邪魔はすまいとその言い付けを律儀に守ってくれていたのだ。


 基地に戻った際の情報連結によりシャーリー救出の一報は入っているので、アルテミスがドックに入ると二人はブーたれながらもシャーリーを出迎えに来てくれた。


 シャーリーは基地に着くまでには強制冬眠モードから解放されていたが、まだ精密検査が残っているため敢えて起こさずに寝たままの状態を維持していた。


 予定では小一時間くらいで終わるので、その間にみんなで昼食を済ませた。


 昼食はお弁当のオニギリが山ほど残っていたので、職員食堂で食べることにした。その際に例のおばちゃんにオカズをつくって貰った。



 考えてみたら、ノアは何でオニギリをこんなに大量に作って貰ったんだろう?



 ま、それは置いといて、おばちゃんはここを一人で切り盛りしているはずなのに「コンブ〜手伝って〜」とか「マグロー何処行ったー!」とかいつも叫んでいる。


 なんかのパフォーマンスなのだろうか……

 それともそれを設定した誰かの趣味なのか……


 そんなおばちゃんを見てふと思った。



 ──このおばちゃんも基地復旧に参加したのよね……

 しかもあの格好で……



 想像しただけで吹き出しそうになる。


「「「?」」」


 そんな私を三人が不思議そうな顔で見ていた。



 チン



 突然奇妙な音が基地内に響き渡る。

 ノア以外はキョロキョロ周りを見渡す。


「解凍ガ終了シマシタデス」


 その声はアシ2号。

 へ? なんの解凍⁇


「……どうやら例の「異物」のプロテクトが外れたようだ、ぞ」


 梅のオニギリを茶碗に入れ、お茶漬け風にして啜りながら食べているノアが教えてくれた。


「お〜、で中はどんなん?」

「……まだプロテクトが外れただけだ、ぞ。次は解析」

「なら「解凍」じゃなくて「解除」とかでないんかい?」

「……これは私の分野じゃない、の。ミアの得意分野」


 マキのツッコミはスルーしてお茶漬けを食べ続ける。


「ならまだ時間はかかるよね?」

「……そうだ、な」

「急がなくていいからウイルスだけは気をつけてね」


 再度念を押しておく。


「……努力はする、ぞ。ただダメそうなら凍結する、ぞ」

「うん、それでいい。無理はしないでね。その時はミアの楽しみに取っとこ」


「私、ミアとはあまり話したことがないんですが……そっち方面に強いんですか?」


 ランの疑問に私とマキの目が点になる。


「そっか。ランは知らんのか〜」

「? そんなに有名? なんですか?」


 キョトンとしてみんなを順番に見回すラン。


「フフフ」

「……フ」

「ん〜、ウチのエリアの艦AIってみんな「個性的」でしょ?」

「はい、って他は違うんですか?」

「そっか。ラン達はノア達より少しだけ後にやって来たんだったっけか。うんそう、ミア達が来るまでは統一っていうか、他エリアと同じで「普通」だったの」

「で、こいつらが来た早々「……つまらん、ぜよ」とか言い出しおってな。一時間くらいでウチのエリア全部の艦AIのプログラム書き換えな。サラにごっつ怒られとったわ」

「そうそう、艦AIってブラックボックスで機密の塊なんだけどね。それをいとも簡単にね。で、書き換えが終わったあとに「……ふっ」とか言いながら餡蜜食べてたっけ」

「……あの後、ミアは整備班長からは「師匠」と呼ばれる存在になった、ぜ」


 ランはみんなが笑いながら話していたのを、ポカーンと口を開けて聞いていた。


「因みにこの事は他エリアには「秘密」ね」

「は、はい……」

「そういえばあの後ノアもサラに怒られてなかったっけ?」

「……あれは、若気の至りだ、ぜ」

「て、まだ10代やん」

「……気にする、な」

「何やらかしたんや?」

「……ミアの……いや秘密、や」


「「プッ」」


 エマとランが吹き出す。

 以前マキが構って欲しくて言った言葉だ。


 あの時のノアは、確か他の事に集中していて聞いていなかったんじゃなかったの?


「な? 何や?」


 どうやら吹き出した理由が分かっていないらしい。



「皆様、シャーリーの検査が終了しました」


 アルテミスからの報告。


「異常なし?」

「今のところは。覚醒してからいくつか確認事項があります。もう少々お待ち下さい」

「確認? どれくらい時間かかる?」

「直ぐ終わりますが……今すぐ行いますか?」


 みんなの顔を見渡す。

 三人とも無言で頷く。


「じゃあよろしく。これから会いに行く」

「了解。それまでには終わらせておきます」


 立ち上がるとみんなも一斉に立ち上がる。


「「「ご馳走さまでした」」」


「はいよ〜」


 おばちゃんの威勢の良い声が厨房から返って来た。

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