第9話 エリアマスター?


 銀色に輝いていた、あの慣れ親しんだ光景とは程遠い、そこらじゅうに穴が開いた状態の基地が暗闇の中を鈍い光を反射させながら漂っていたのだ。

 変わり果てた姿にショックを受けるが同時に疑問も湧いてくる。


 穴が空いた状態の基地の外壁。この外壁は探索艦と同じ流体物質が使われており理論上、破壊するのは不可能とされている。にも拘らず内部にまで被害が及んでいる。

 これは外部からというより、内部で何かが起きて空いた穴と考えた方がしっくりくる。


 もう一つは例え今回のような「穴」が空いたとしても、流体物質の特性を生かせば塞ぐことが可能な筈。

 これらは探索艦を操る探索者にとっては常識であり、主任を始め基地勤務職員も全員承知している。

 にも拘らず対策を講じた様子がどこにも見当たらない。


 流体物質の操作は探索艦では艦AIが、基地は基地メインAIが一括して行っている。

 つまり基地AIがダウンして機能していない。だから情報連結も始まらない。


 基地AIが対応出来ない速さで何かが起きた。それは何なのか……


「ほ、基地ホームがあるってことは……座標間違いではない……ですよね?」


 そこを疑うのは自然な流れ。ただ現在ではAIの誤作動はありえない。百歩譲って誤作動が起きたと仮定しても、四艦同時に同じ間違いを起こすのは天文学的な確率となってしまう。

 なのでその発想は考慮に値しない。


『……ドリーが……ない、ぞ……』

『どういうこっちゃ……』


 更に、更にだ。後方にある筈の「惑星ドリー」の姿がどこにも無いのだ。


『全員周辺探査が終わるまでその場で待機! あと跳躍準備! 一応アルテミスこっちと同調しといて!」


『『『りょ、了解!』』』


 あり得ない状況を目の当たりにし、皆の不安が増しているのがよく分かる。



 一体ここで何が起きたの?

 私達がいない間に何があったの?

 どうして基地があんな穴だらけに?

 何故ドリーがないの?

 エリーやみんなは無事?


 僅かな時間に色んな疑問が湧くと不安も比例して増してゆく。



 まだ探査終わらない?

 いつもより時間かかってない?

 何でこんなことに?

 基地に近づいても大丈夫?

 ここは安全なの?



 今まで感じたことのない焦り、不安、緊張、恐怖が増大していくのが自分でもよく分かる。


 ……だめ、落ち着けエマ……


 努力するがなかなか上手くいかない。

 ここで一旦目を瞑り、大きくゆっくりと深呼吸を数回してみる。

 それからゆっくりと目を開け、もう一度基地を見ながらアルに話しかけた。


(アル、周辺探査はみんなに任せて基地を調べて)

(了解)


 自分を含めた四人の身の安全が最優先。だからこそ先ずは全員で周辺探査を行うことにした。

 とは言え基地の内部がどうなっているのか、仲間達がどうしているのは最も知りたいところ。

 それが確認出来るまでは此処を離れる訳にはいかない。


 皆の気持ちを、そしてをも考慮して調査を指示をした。


 暫く経ってから「内部はどこまで分かる?」と皆が一番気にしているであろう部分を、そして自身の気も落ち着かせるために皆に聞こえるように敢えて声に出して聞いてみた。


「情報連結が行えない為、現状を知るには基地への接近が必須となります。ただ幸か不幸か内部は見た目ほど損傷はしていないようです」


 空間モニターが現れ基地の3D図が表示される。その図は確定している部分と未確定の部分が色分けされていた。さらに未確定箇所の損害予想も分かり易く赤や黄色にて表示されてあった。


「現状ではメインAIが完全停止しているのは疑いない事実で情報連結は絶望的です。その影響で緊急避難的措置で電源もメインが停止しておりサブ電源の二系統もダウン中。唯一稼動しているサブ電源一系統のみで給電中。必然的に電力不足で各種センサー類も停止中。現在の探査を最優先で行っています」


 アルテミスがモードを切り替え皆にも分かりやすい口調で説明してくれた。


『え⁈ メインAIが止まっているということは生命維持機構も止まってませんか?』

「可能性は高いかと」


 生命維持機構とは空調や気密保持、更には医療行為も含まれる。それに気付いたランが狼狽し出した。


『探索艦は⁈ 探索艦はいますか?』

「ここからでは確認出来ません。僚艦AIの応答はありません」


 艦は基地とは別。なので無事であれば応答がある筈。


『……原稿』

「居住区は被害を受けていないと思われます」



 ──原稿で通じるんだ……流石はアルテミス。



(周辺探査、終了)


 基地の「外側」の探査がこのタイミングで終了。


「どう? 何か発見できた?」

「不確定要素は発見できませんでした」


 不確定要素とは想定外な事柄。つまり「外」は安全だと。


『なら接近しても?』

「はい。それと基地内部ですが僅かながら判明しました」

「基地の各AIの状態は?」


 先ずはAI。これが「生きているか」で今後の対応が決まる。


「メインAIが完全にダウンしています。その影響でセーフティモードが作動、同時に電力不足が発生した為、サブAIと制御系が緊急避難的に隔離され強制停止となっています。サブAIの内、幾つかは即時再起動可能で再起動すれば基地機能の部分的回復、及び内部の様子もある程度は判明すると思われます」


 艦とは異なり基地は細かな機器が集まった、言わば巨大な集合体。それらを統括しているのがメインAI。

 サブAIはメインAIを項目別にサポートしており、メインAIの代わりに各機器に指示を出している。

 またメインAIがメンテナンス等で停止した場合も想定し、サブAIが担当部分の代役を兼ねるように構築されてある。


 今回、最重要であるメインAIから反応が返ってこなかった。反応が無い、つまり絶望的な状況。

 だか幸か不幸かサブAIは難を逃れたらしく、復帰さえ出来れば基地機能が回復する。


 モニターがもう一つ現れ、メインAIを頂点としたツリー型の系統図が表示される。

 今はごく一部を除き、ほぼ全てのAIの項目が暗い。


「今すぐ再起動出来る?」

「可能ですが一度強制停止したAIの再起動には有資格者の承認が必要です」

「承認?」

「はい。管理権限者エリアマスターの承認です」

「何それ? サラよね?」

「はい。Bエリア主任の承認が必要です」

「だからサラ?」

「そうです」



 どうしよう……サラは何処にいるか分からない。



『……サラ以外、は?』


 ノアが俯きながら呟く。


「探索部本部長を含むレベル4以上の権限者。つまり主任クラスか本部長のどちらかの承認が必要です」


「…………」


 皆黙り込んでしまう。我々探索者は基本レベル3で権利がない。


「それ以外ではサラ主任が有事の際の「権限委譲者」を第三位まで設定していますので、その者への委譲後であれば可能です」


『だ、誰や?』


 マキがシートから身を乗り出し食い入るように聞いてきた。


「第一位がアリス。第二位がローナ」

「「「…………」」」


 残念ながら二人とも今、この場にはいない。


「第三位がエマ」


「え⁈ 私⁈ 何故に?」


 思わず声が出る。対照的に皆の表情は明るくなる。


『らっきーやん。やったれー!』

『何とかなりそうですね♪』

『……エマ早く!』


「ど、どうすればいいの?」

「承諾するだけです」

「……分かった」


 今は他に選択肢がない。


「手続き前にもう二つ程。一つはメインAIが復旧するまでは、メインの代わりにサブAIを統括する役目としてエマの探査艦AIが充てがわれます。つまり「私」です。もう一つは、エマよりも上位者が復帰し、その者が権限移譲を受諾した場合、エマの意向に拘らず強制的に権限が委譲されます。またサラ主任が復権を望まれた場合も同様です」

「分かった。早速お願い」


「ではエマ、Bエリア全権限の委譲を承諾されますか?」

「承諾します」


「……承認されました……Bエリアマスターはエマとなりました。それではご要望のBエリア基地各AIの再起動を開始します……再起動確認。想定範囲内は問題なく起動開始……」


 基地の「穴」が空いている部分からチラホラと光が漏れ始める。

 そして空間モニターに表示されたAI系統のツリー図に、復旧を果たしたサブAIの項目が順次明るくなっていく。

 明るさが変化したのは現時点で全体の六割程度。内、項目が「明るくなった」のと「暗くなった」割合が半々。

 項目が明るくなったのは無事に復帰を果たしたAIで、逆に暗くなったのは何かしらの原因を抱えて復帰出来ないAIを示している。


『とりあえず内部の状況が知りたいですね』

「そうね。でももうちょっとだけ待って」


 自分が発する声にも先程までとは違った緊張が感じられる。

 そこにアルテミスからの報告が。


「サブ電源二系統復帰」

「気密保持区域の空調再稼動」

「各種センサー回復」

「稼働可能なアンドロイド及びロボット再起動完了」


「自動修復プログラム始動」


 自動修復プログラムが動き出したのは素直に嬉しい。これで時間は掛かるが資材圧縮在庫が尽きない限り基地は元の姿を取り戻すだろう。


「動けるアンドロイドとロボットは何体?」

「アンドロイドが百八十二体、ロボットは百五十五機です」


 基地の「現状」を考えると思っていたよりも多い。


「なら四……いえ、五割は修復関連に回して。二割をセンサーが働かない箇所の現状確認に、残りをみんなの捜索に充てて」

「修復優先順位は?」

「気密保持区域の拡充。次は各種通信・センサー類。えーとドックは……ほとんど大丈夫ね。ある程度目処がたったら、メイン系の復旧を試みて」


 メインAIが復旧しないと「何が起きたか」が全く分からない。何故なら「記録」はメインAIの管轄だから。


 一方、新たな問題が判明したのは電源系統。サブ電源一炉ではメイン電源の1/5の出力しかなく、全てのサブ電源がフル稼動しても使えない装置が多い。


『エマさん、近づいてみませんか?』


 ランの逸る声が聞こえた。どうやらモニターの数値を見入ってしまっていたようだ。

 自分はやる事があるが皆はただ待機しているだけ。

 こんな時こそ仲間の心情も考えないと。


「まだ基地のセンサーは回復してないけど……分かった。等間隔で基地に接近してみましょう。ルートを送るね」


 アルテミスがエマが考えそうなルートを空間モニターにて数パターン表示してくれた。

 その内の一つを指で示して各自に送る。

 今いる位置から見て基地を中心にエマが0時、ノアが三時、マキが六時、ランが九時の方角から接近・通過することとした。

 基地には上下左右は無いので、出来るだけ全方位からカバーするためだ。

 ただ接近とは言っても百kmは離れているので、目視では基地から漏れる灯りくらいしか認識は出来ないが。


「観測しながら一度通過して反対側で合流しましょう。アルは基地復旧で負荷が掛かって処理速度が若干落ちてるからみんなでカバーお願いね」


 アルテミスの機体の観測機器を他艦のAIが操作させたた上で情報を送受信・処理をさせる。

 無言でアルに合図を送ると艦が白色卵型に変わり動き出す、とそばの三艦も同時に移動を開始した。

 見ると三人も私と同じく無言で各々の前に基地が映っているモニターを見守っていた。


 ここに戻ってきてから、三人の顔はずっとモニターに出しているが、はっきり言って見るのが辛い……



 私はどうなのだろう。

 今どんな顔をしているの?

 エリーならこんな時どうする?

 あの間延び呑気な話し方をする声を今すぐ聴きたい……



 程なく基地を通り越す。

 その間も四人は基地が映っているモニターに釘付けだ。



「基地内に複数の生体反応を確認。特定中」



 突然の報告。その報告に皆が反応を示す。どうやら復旧した何処かのセンサーが感知したらしい。


『……誰だか分かるか?』

「主任を確認……あとは基地職員です」

『ほ、他に……いませんか?』

「見つかりません。基地内にはいない模様」

『いないって……艦もそうやけどどこへ……行ったのや』


 サラ達を発見出来たのは素直に嬉しい。けど仲間達はどこ?


「探索艦は?」

「ドックは全てからです」


 断言した。

 いない……の? 何故?


『……サラ達はどこで何をしてる?』


 動揺している私の代わりにノアが聞いてくれた。


「司令室は……半壊……いました! 司令室脇のエマージェンシールームにて全員倒れています!」

『生きてるんやな?』

「今は」

『今はって……やばい状況なのですか⁉︎』

「先程まで部屋の酸素濃度が低下していました。どこか怪我をしており……かなりの出血が確認できます」

「至急捜索に回しているアンドロイド全員を向かわせて!」

「既に手配済みです。現場到着まで最短七分」

「な、七分⁈」

「メイン電源が完全に喪失しており、その影響で転送系統を管理しているサブAIが使えず転送装置が使用不能状態です。また至る所で通路に崩壊が発生しており迂回を余儀なくされています」


 ダメだ、まだ焦っている。

 こんな事、冷静ならすぐに分かるのに。


 モニターには確かに該当するサブAIが消灯していた。


「治療系統は? 装置は無事?」

「そちらは損傷もなく、既に動作確認済みです」


 今はアルテミスに任せるしかない。


『やっぱり内部突入した方が……』


 ランが訴えるような眼差しでこちらを見ている。



 やっぱり中に行きたいよね。

 どうする? 私も助けに行きたい衝動にかられる。

 でも……今は私が責任者……



「ダメ……何故こんな状況になったのすら分からないのにあなたたちまで危険に晒す訳にはいかない。それに今、中に入っても私達には何も出来ないでしょ?」

『そうやな。みんなどっかに行っちまっていないし』


 マキが同意してくれたので少しホッとする。


『そうですね……アルさん、主任達の状況が分かり次第教えて下さいね』

「了解しました」


 アルテミスが少しだけ優しく答えてくれた、気がした。






 サラと班長達の救助はアルテミスに任せて、今は合流地点で各艦が得た情報の精査を皆で行っている。

 サラ達の状態は不明だが、取り敢えずは命に別状はなく復旧した医務室にて治療を開始しているとのこと。

 これで不安が一つ解消された。

 だがなぜこんな事態になったのか、手掛かりが無さ過ぎて対応に行き詰まっていた。


『……みんなどこに行ったんだ、ぞ』


 やっとノアの口調が普段通りになった。普段から感情の起伏を殆ど見せない彼女だが、今回は流石に動揺していたのだろう。基地の惨状を見てから普段以上に口数がいた。

 だがそれも元に戻っている。他の二人もそれぞれの姉の居所が分からずに不安だろうが、動揺は収まったようで言動に余裕が見られ始めた。

 まあ状況は依然不明だけどサラ達を発見出来たことは素直に嬉しい。それはみんなも同じな筈。


繋がりリンクも相変わらず通じんしな』

『それも気掛かりですがドリーはどうなったのでしょうか』

「そうね。我々よりもドリーの方がもっと深刻だよね」


 そう惑星が一つ、跡形もなく消え去った。

 そこで暮らしていた人々共々、初めからそこには存在していなかったかの如く。

 基地とは異なり惑星という誤魔化しようがない大きさのモノを消し去るとなると何かしらの痕跡が残ると思うが探査の結果、異常一つ見付けられなかった。


『ま、今は考えてもしゃーないか』


 マキが目を瞑り首を回しながら呟く。


「アル」

「なんでしょうか?」

基地ホームのこと……何か分かった?」

「途中経過で良ければ」

「お願い」


「まず基地ですが穴が空いている部分は爆発によるものではなく「消失」によるものかと」

「……消失? ……消えたってこと?」

「はい言葉通り綺麗サッパリ。状況判断となるので確定情報ではありませんが、表現は合っているかと」

『その部分だけ突然無くなった、という解釈でいいのですね?』

「はい。一番合う表現は「気体液体固体問わず、全てを含めたが切り取られた」ですね」


 どの様な原理かは分からないが、もし自分がいる場所が突然消えて無くなるなんて事を目撃したらパニックでは済まないだろう。


『……ドリーも同じ、かも』

「はい。規模は段違いですが」


「そんなのどう対処したらいいのよ……」


 誰もが思う事を口にしてしまう。


『ま、まあそれこそ今考えてもしゃーないやろ?』

『そ、そうですよエマさん。なるようにしかなりません』


 情けない……後輩に気を遣わせてしまった。


「ゴメン」


 喉から声を絞り出して謝る。


『……エマ?』

「……何?」

『……お腹空いた、ぞ』


 そういえばそろそろ夕食の時間。


「みんなゴメン!」


 全てが後手後手、情けない。私だけが戻っていない。


「アル、サラ達の状態は?」

「現在医務室にて治療を開始しています。全員意識はありませんが、生命活動に支障がないレベルで落ち着いています」

「了解、そっちはアルに丸投げする! よって今夜の我々は艦内待機とします。全員、今から一時間後に私のところに集合し一緒に夕食を取りましょう! それまではシャワーでも浴びてさっぱりする事!」


『『『了解』』』


 三人に笑顔が戻った。


 うん、私がしょげていてはダメだ。でもいいから元気な姿を見せないと!


 とりあえず今、我々にやれる事はない。

 本当は今すぐにでも他エリアや探索部本部に通報なり応援なりを乞うため向かうべきだと思うが、その為にこのメンバーを分けるのは、今の私の精神状態では耐えられない。

 ましてやサラ達を置いてゆけない。

 それにまだ戻っていないエリスとシャーリーも心配。

 もしかしたら今、戻って来るかもしれない。その時に私達がいなければ、私達と同じく慌てまくるに違いない。


 手は四人分しかない。当然出来ることも限られている。

 ならいっそのこと開き直ろう!


 まずはサラ達を助ける。

 次に基地の復旧。

 仲間の捜索と救援要請はその後だ。


 今は探索者達が艦から降りていないことを祈るばかり。

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