第7話 異変?


 その後、転送装置を使ってアルテミスがいるドックへ来た。


 探索艦用ドックは全部で十八。

 艦を収めるドックの場所は待機室から近い順に艦籍番号順と決まっているが、どのドックも差は無く形状から機能まで全て同じ。

 差があるとすれば距離があるという点だけ。転送装置が故障でもしない限りは移動に要する時間は皆同じ。


 継ぎ目も突起も何も無い真っ白な壁。唯一通路への扉&簡易タラップ、そしてその扉の脇の壁に備え付けられた転送装置があるだけで「今は」何もない。

 ドックの形状は巨大な長方体をした空間で、その中心にアルテミスが


 探索艦は停止状態では完全な球体型をしているが反重力推進にて移動する場合は卵型と形状を自在に操れる。

 これには理由があり同じ形状の基地を例えに用いれば内部にある設備は全て連結されており移動は実質不可能なのだが、探索艦に関しては全く異なる。

 直径百五十mの半分以上を占めているのは『流体物質』でありその特性上、内部に収められている各機器も任意の位置に移動が可能となっている。

 ただ探索者が乗り込むコックピットは最も安全な艦の中心付近に置かれている。

 よって多少の制約はあるが、どの位置にでも任意の箇所に搭乗口を設けることが可能なのだ。


 ドック内は気密が保たれている為、空気に満たされているが重力制御が働いていないので無重力空間となっている。

 なので自分も壁の転送装置を蹴って艦に向け飛んで行く。


 今は宇宙服の重力制御を切っているので想定したルートから微妙に逸れてしまう。

 だが逸れた先に真っ白な壁面に真っ黒な穴が開けてくれたのでそこから中に乗り込む。

 五十m以上先にある光の点がコックピット。手と足を使って暗いトンネルを抜けた先は直径五mにも満たない球体型のコックピット。


 このコックピットは「特殊」な空間。

 艦同様に広さや形状を変化させられたり、内壁全面がモニターになったりと機能満載。


 因みに艦に指示しない限りコックピット内は基本的に無重力。

 大半の探索者はシートを用意しそこに腰かけて任務に当たるが、私とエリーは浮いている方が性に合うのでシートの類いはし一方向への重力制御の指示もしない。


 この時点で作戦開始まで十五分以上残っていたが、ドックで待機していても仕方ないので真空空間へと出ることにした。


 ドックのハッチを外へ出る。

 このハッチは基地全体を覆っている物質で探索艦の外装と同じ『流体金属』であり、探索部にしか存在しない最重要機密の内の一つ。

 探索艦の外装と同じ、ということは原子一つに至るまで基地AIが「管理』しておりある程度までは形状を変えられる。

(中身は固形物なので探索艦のような変化は不可能)


 宇宙に出て所定の位置へ行こうとする。するとランが後を追うようにドックから出てきたので停止して合流する。

 その位置で二人でくっちゃべっていると「私も混ぜて」と艦が基地のあちらこつらから次々と顔を出して雑談に加わってくる。


 三分前になると全てのモニターが一旦カウントダウンの表示に切り替わった。

 お喋りは終了! とアルの圧力に仕方無し、と決められた位置に艦を移動させ準備を整えてながら時間がくるの待つ。


 今作戦に探索参加する六艦は白色から漆黒色へ、球体からの円錐型に形状を変えた上でドリーと基地を背に横一列となり、それぞれが向かう行き先に先端を向けサラの合図を待つ。



 その列の中央、同じ目標に向かうシャーリー(二十歳/探索者歴三年)とエリス(十八歳/探索者歴一年)は艦一つ分開けて待機。

 二人は帰還するまで臨時のペアを組み行動を共にすることとなる。

 その二艦の両脇には通常探索任務に当たるエマ・マキ(二十歳/探索者歴三年)・ノア(十八歳/探索者歴一年)・ラン(十八歳/探索者歴一年未満)の四人もおり、同じく待機していた。

 この四人は普段通りの単独行動。なのでそれぞれの艦の向きが微妙に異なる。

 残るは控え班と待機組。この者達は艦に搭乗した上で、それぞれのドック内にて成り行きを見守っている。


 一方、サラ主任班長達職員がいる司令室。

 この部屋は基地中心付近にあるにも関わらず余裕を持った高さ広さの空間となっており、部屋の形状は上から見たら『カップケーキ型』をしている。

「美味しそうに丸く膨らんだスポンジの上面」の部分に当たるのが壁面。凡そ120°に渡り綺麗に弧を描いた一枚の巨大なパノラマモニターとなっており、基地の内外の必要な情報や映像、更には探索艦と探索者達の姿や生体情報までもが映し出されている。


 パノラマモニターと対する形で班長専用操作デスクが縦二列で並び、最後方に主任専用の『椅子』が配置されている。

 また主任席の左右から後方の壁面には数枚の扉が。後方隅には行き来用の転送装置。反対側の隅には仕切りの無いレストルームが併設されている。


 現在、正面壁面パノラマモニターの中央には目標である星系及び惑星のデータ、及び任務に参加する探索者全員が映っている。

 そしてそれは探索艦内の球体壁面モニターも同様。それぞれがいる空間を背景に参加者全員の顔が映った小窓で並んでいる。



「全員準備はいいか‼」


 サラの声と同時にカウントが0となる。

 いつもと同じ、だがいつもとは異なる雰囲気に珍しく全員の視線がサラに集まる。そして次の言葉を言おうとしたタイミングで『ん? 何故お前達がそこにいる?』とサラ以外の呟きが聞こえた。


「「「?」」」


 声の主は真紅の宇宙服を纏ったシェリー。

 常識人である彼女は普段から分別を弁えた行動を心掛けており、今のように他人の発言を遮るといった「空気を読まない行為」をするような性格ではない。

 ただその性格のせいか他の者とは異なり、サラやローナに対しても畏怖といった感情を抱いていない。なのでこうした「凡ミス」をたまに仕出かす。


 皆が横目でシェリー(が映ったモニター)を見る。すると彼女の瞳は普段よりも大きく見開かれていた。

 シェリーは正面を向いているが視線は右側。特段指定していなければその位置には若い同僚たちの顔が並んでいる筈。

 皆がシェリーと同じく自艦球体モニター内で同じ方向に視線を向ける。そこには……


『『『…………あ!』』』


 モニターには左側から自分を除いた探索者達の顔が小窓にて艦籍番号順で映っている。いつもならば一番右端には艦席番号十六であるランがいる……いるのだが今日はランの右には続きがいた。

 そこには見慣れた顔ではあるが、ここにいる筈の無い二つの顔。

 ワイズとロイズの兄弟が探索者専用宇宙服を着てニコニコ笑顔で探索艦に乗っていたのだ。


 反射的にサラを見る。サラはいつも通り、いや青筋立ててプルプルしている。

 怒っている。その理由は自分の発言を遮られたから。あの兄弟が勝手に乗り込んだから……いやそれは有り得ない。主任サラの許可が無ければ艦には乗れないし作戦にも参加出来ないのだから。


 そんな事を考えている間にも兄妹達は探索者達と会話が盛り上がっていたが、シェリーの疑問には答える気が無いらしくワザとらしく話題を逸らしている。

 因みに私とエリスは関わりたくないからとアリスとローナ姉妹はそれこそ「空気を読んでいる」のではなから会話に参加していない。


『コホン』


 ローナが皆に聞こえる程度の小さな咳払いをする。すると一瞬に場が静まり返る。

 皆の視線がローナに向けられると、彼女の目線はサラに向けられていた。

 先程の兄弟の時と同じくサラを見る。そこにはシェリーを睨んでいるサラがいた。



 ──あの兄弟まで待機させている……と言うことは先発隊が不測の事態に遭遇する可能性が高いってことだよね? 救援要請が入り次第、待機組は応援又は即時追加派遣するつもり?



 事前説明ブリーフィング時に待機組のワイズ&ロイズペアに関しての説明は一切なかった。

 そして何故ここにいるかの説明も今だにしていない。



 ──気にし過ぎ?



 他の者達は普段と変わらずリラックスしている者、逆にいつもとは違う雰囲気を察してか緊張感を漂わせている者と皆の表情は様々だ。


 皆が座っているシートだが、個々の趣味趣向を反映させた座席を用意しているが機能的には差は無い。何故ないかと言えばAI「座る以外の機能」を必要としていないから。

 なのだが何人かのシートは違和感を感じる仕様にしている。


 先ずシェリーとシャーリーの姉妹だが、古代に流行したコテコテのロボットアニメ風コックピットに座り両手にグリップらしきものを握っていた。



 ──いつも思うけど前後にしか動かせないそのグリップ? は何の役に立ってるの? ぷりーずてぃーちみー。



 そして特異なのはミアノア姉妹。彼女達は球体内コックピットに古代のスチール机と重役椅子を持ち込み、本業そっちのけでペンを片手にお絵描きをしてた。



 ──まあ……どいつもこいつも普段と変わりないか。



 皆を見て気分が和らぐ。


「野郎ども気張る必要はない! やるべきことをやるだけだ! そしてお前達は一人ではない、十八人で一つのチームだ! いいか、何かあったら直ぐに報告を入れろ!」


 ここに来て凄い気迫。いつものサラではない。怒りで我を忘れたのかな?



「いいか! 探索者のを忘れるな! ……では作戦開始‼︎」



 サラの合図と同時に六艦は基地から跳躍して行った……







「跳躍、終了、目標到着」


 跳躍開始から数十分で目標領域に到着。直後アルから報告が入る。


 さてさて、先程の待機室でのローナの雰囲気が少し気になるけど……やることやってサッサと帰ろう。

 気持ちを切り替え目の前の空間モニターを見る。


「……座標、ズレてる」

「……はい?」


 報告に思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


(何者? システムに介入…………完了)


「へ?」


 何が起きたのか分からず言葉に詰まる。


「アル、どーした? どーゆーこと?」

「…………作戦……支障なし、任務続行」

「アル、どしたの? 説明して

「問題ないよ。任務続行するね。目的座標に再跳躍開始〜」

「ちょ、跳躍⁇」


 身体に軽いG重力が掛かる。

 アルテミスの発言もそうだが跳躍にGを感じた。こんなことは初めて。


「アルテミスちゃん……どうしたのかな?」


 問い掛ける、が今度は返事をしなかった。

 暫し考える。


(エリ姉?)


 基地ホームにて待機している姉を呼び出す。


(はいな〜)

(アルが少しおかしいの)

(……はい?)

(だ〜か〜ら〜)

(どんな風に〜?)

(跳躍座標を間違えた)


(……はい?)


 その言葉はさっき言ったし今も聞いたばかり。


(ちょ、ちょっと待っててね〜)


 そこで繋がりリンクが一旦途切れる、と同時に目標に到着。


(目的区域に到着〜。これより周辺探査を開始しま〜す)


 今度は大丈夫そう。座標も……合っている。

 ん? なんかさっきから違和感が……


 真っ白であった球体内コックピットの全方位モニターをONにする。

 すると、目前に二重惑星が現れた。

 現場の映像と会議室で見た映像が一致して安堵する。


 二つの惑星とも過酷な環境。完全防御していないと降りるのも儘ならないだろう。


(エマ~)

(はいよ)


 エリーからの通話だ。


(今、整備班長に聞いたんだけど〜気のせいだって〜)


 はい? 気のせい?


(いや待って! 跳躍間違いって有り得るの?)

(大丈夫よ〜気にしない〜)


 えーーまじっすか?


 エリーからの通話を繋いだままアルに先程の状況を説明を促す。


(ひ・み・つ~じゃなくて禁則事項に抵触〜)

(…………)


 流石のエリーも言葉を失う。


(ちょっ、ちょっと待っててね)


 エリーの口調が変わるとまたまた通話が切れた。

 こんな時こそ落ち着かなければ、とドリーで買ったお菓子を取り出す。そうあのブルーベリー。

 二、三個取り出して口の中へ放り込む。


 あーまーいーぜー!


 少し持ち直した。ブルーベリーの神さま感謝します。


 エリーからの連絡を待っている間もアルによる惑星探査は続いている。一定の速度で大気圏外から地上の観測をしており、刻一刻とデータが蓄積されていく。


(探査終了〜)(エマ?)


 ほぼ同時だったが一瞬迷ったのちエリーを優先した。


(はい?)

(主任から。そのまま任務続行せよと)


 サラが? 何その返答? 何か隠している。そんな直感が働く。


(了解。今スピリットチャージして落ち着いたから大丈夫)


 取り敢えず姉を安心させる。

 その間に横目でモニターの数値報告を見て、外れと確認。


(とりあえず今外れの第一目標の探査終了。次に向かうね)

(了解。急がなくていいから〜何かあったら連絡してね〜)


 私の声色から安心したのかエリーの口調が元に戻った。


(報告していい? 探査終了〜残念だけど外れだよ〜)


「分かった。次に向かう」


 声色は変わっていないけどその口調……あんた誰? 何で(口調が)変わっちゃったの? 何かいや〜んな予感がする。




 第二目標はエリスが担当する筈だった区域。今回は私に回ってきたので今向かっている。


(ねえ、アル)

(な〜に?)

(さっき介入がどうって言ってたけど)

(……)

(……ま、いいや)


(大丈夫ですよ……)


 へ? 大丈夫? 何が?


(第二目的区域に到着したよ。周辺探索を開始するね)


 無言で頷く。

 跳躍中は消して真っ白にしている全方位モニターをつけると一瞬で球体内コックピットが暗くなると同時に眼前には二重惑星が映る。


 目標となる惑星は比較的平坦な陸地が多くあり、大陸一つ分くらいありそうな平坦で広大な草原が宇宙からでも良く見える。

 もう一方の星は海が大半で陸地は殆ど見当たらない。海面が主星からの光を反射しておりキラキラと目映ゆく輝いていた。


「綺麗〜」


 水の惑星もそうだが、目標の草原惑星にも見惚れてしまう。

 画像をズームすると、風で草原に波が起きているのが良く見える。

 もう一方の星の海も同じで波の波紋がどこまでも、どこまでも続いている。


 特に価値が無さそうな無人の星系。なのに。さらに明らかに人が手を加えて綺麗に整備している惑星は見た事が無い。 


 ふと紅茶が飲みたくなった。

 こんな素敵なところでノンビリ出来たら……


(降りる? いいよ)


 アルが囁いた。


「いいの?」


(あなたなら……大丈夫)


 艦が草原に向けゆっくりと降下を始めた。

 地上に着くまでに大気の構成や生物の情報を集める。特に問題はなさそう。

 反重力が僅かに音と草原に波を起こしながら、草原の真ん中に着陸する。

 外までの通路が開き暖かい風が入り込む。

 その通路に足から滑り込み外へ出た。


 目の前はどこまでも続く草原。

 たまに吹く風が草原に波を起こす。

 ここで背伸びをしながら深呼吸をしてみる。


 すると艦の外装に穴が開き、ソーサーと紅茶が入ったティーカップが出てきた。

「ありがと」と一言だけ礼を言ってそれを受け取ると、遮る物が何もない草原に向き直り一口紅茶を飲む。


 うんうんいいよ。ここ凄く落ち着く。何か別世界みたい。

 紅茶を一気に飲み干す。



 ──ん? 今何か光ったような……。



 目を凝らして見るが何も見えない。


(ねえ、あっちに何かある?)


 アルテミスにティーカップを返しながら聞いてみた。


(質問の意味が分からない)

(今、向こうで何か光らなかった?)

(何にもないよ?)

(……そう。そう言えばさっきから口調が変わってない?)

(モード変更が行われました)

(? 何それ。私許可していないよ?)

(気にしない、問題ないから)

(……そう)


 気になりますです、はい。

 それよりさっきの「光」の方が気になる。


(ねえ、ここには生命体はいる?)

(大気圏外から調べた時には人を含めた所謂動物と呼ばれている生命体はいなかったけど?)


 何だろう。生命体でなければ鉱物?

 先程光が見えた位置に戻り同じ方角を見てみると……やはりキラっと何かが光っている。


 ちょっと調べてみっか!


 エアバイクを出してもらい、それに跨る。

 方向だけを指示し出発する。

 アルが何も言ってこ止めないので危険はないはず。

 そこそこのスピードで走り抜ける。

 10分ほど走ると屋根に所々穴が空いた木造建築物があった。

 随分前から誰も手を加えていないようで、内部は屋根から差し込んでいる太陽の光が床を照らしていた。


 人がいない星に建築物。

 以前ここに人類が住んでいた?

 にしては他に痕跡が見当たらない。

 木の床に上がる。

 歩くたびにミシミシと音を立てる。

 落下している屋根の破片を避けながら建物中央付近に近づく。

 中央には壊れた屋根の隙間から真っ直ぐ漏れている光のカーテンが見えた。


 その光の手前で立ち止まる。


 不思議となんの感情も湧かない。

 下艦してこの場に立っていることにも、ちっとも疑問に思えない。



 まるで此処に導かれたように……



 そして無意識に光の中に手を伸ばす。



 光と手が交差したその瞬間、視界が真っ白に。

 自分が立っているのか、浮いているのかも分からない。

 何も聞こえない……いやかすかに話し声が聞こえる。

 声がする方を見ると少し先で二人の少女が向かい合い何かを話しているのが見えた。

 何を話しているかは分からない。

 笑顔の少女は身体から光を発しながら泣いている少女に何かを語りかけている。

 少女達に近付き聞こうとしたが何を言っているのか、私には理解出来なかった。


 その少女の顔を見ると……



 ──わ、私⁈



 私……に見えるけど何か違う……


 そこで意識が途切れた……

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