第4話 休日2


 小さな港町からは整備された道が続く。

 地平線から全ての姿を現した太陽が周囲の草原を照らす中を速度を上げる。

 程なくT字の交差点に辿り着くとそこを右折。今度は陽の光を背に浴びながら進む。

「貸し切り状態」の道を二十分ほど進むとやっと首都外縁部に到着した。

 ここからは暫く住宅街が続く。ここまで来るとチラホラと人を見掛けるようになる。




 この星の人口は約百五十万人。

 この惑星はまとまった陸地が少ない為にどうしても特定の箇所に人が集まり易く、この首都がある場所だけでも総人口の半数が暮らしている。


 限られた土地に人が集まる。

 それだけ聞けば人でごった返しているイメージを思い浮かべるかもしれないが、この惑星の人口は百五十万人。

 大陸とは呼べないがかなりの大きさの陸地は存在している。

 その陸地全てが「転送装置網」で隅々まで行き渡っており移動手段には苦労しない。

 なので人口密度はかなり低く余裕を持って暮らして行ける。


 ここドリーは植民惑星しては比較的新しい部類に入る。

 にも拘らずBエリア内では人口は一番多い。


 通常、入植希望の移民受け入れの募集をかけても、この人数に達するまでには数十年単位の時間が掛る。だがここドリーに関しては十年も掛かっていない。

 人口を増やす手っ取り早い手段は高待遇の提示。簡単に言えば高額報酬又は楽な労働のどちらかを入植の条件として提示すれば100%失敗しない。


 だがドリーに関しては待遇の提示は一切なく、逆に「条件と制限」が発表される。

 その「条件と制限」が一部の者の目にとまり、僅か数年で当初の目標人数に達してしまい今では入植自体が停止されている。




 速度を落とし目的の店を目指して進む。

 この辺りはまだ長閑な住宅街。このまま先に進めば人で賑わう繁華街に出るが目的のお店は住宅街の一画に店舗を構えている。

 この頃にはお日様がだいぶ上に。

 この星の一日は約二十時間。

 そろそろお店が開き始める時間。


 先ずはアンティーク専門店に向かう。

 馴染みには程遠いが何度か利用しているお店で、赤いレンガ造りの二階建ての一階が店舗。店の隣が駐機場になっており、今回もそこにエアバイクを止めた。


 木でできた自動ドアから中へ入る。薄暗い暖色系のダウンライトを使った隠れ家風のコンセプトで、商品だけを浮かび上がらせるような工夫がされてある店内。

 そこには一組の若いアベックしかおらず、オルゴールの音だけが静かに心地よく響いていた。


 このお店は木製品が専門で、アクセサリー類の小物から大物だと家具であるベッドまで扱っている手作りをモートーにしたお店。

 手作りだから当然一点もの。値段も良心的で老若男女を問わず人気が高い。


 目的の収納箱は店の奥にある棚にあった。

 何種類か見て、気になったものを手に取って確かめてみる。

 三段の引き出し式と、二段で蓋が上部後方にスライドして開くタイプの二つが候補に残った。


 収める予定のキラキラ石の大きさを考える……スライド式に決定!

 アンドロイド店員に支払いと一旦自宅(地上の隠れ家経由で基地)へ送ることとなる。


 うん! 満足いく物が手に入った!


 ホクホク顔で店を出るとそのままエアバイクの所へ。

 ……次は何処に行こう? お菓子屋さん?

 などと考えながらバイクに手を掛けようとしたところ、お尻に変な感触が……



「このお尻の形、触り心地、理想な弾力は……エマのお姉さ〜ん!」

「!!!!!!」


 声とおぞましい感触に声にならない叫び声を上げ、その場から飛びのく。そして急いで振り返る。

 バイクの脇で幸福の絶頂を噛みしめている少年変態がいた。


「なななななにしてるんだーーーー‼」


 少年変態の顔を蹴り上げるようと右足を使ったローキックをお見舞いする。すると今回は珍しくクリーンヒットし、二m程吹き飛んで顔面スライディングした後にピクピクと痙攣していた。


「ハア、ハア、ハア、なんて事すんだ!」


 肩で息をしながら、両手でお尻を抑えながら二、三歩距離を取る。


「あ〜痛い〜相変わらずいい蹴りなんだな〜」


 少年は頭を振りながら軽い口調で立ち上がる。

 この少年にアイコンが立たないのはエマも良く知っているやつだから。


 そう、探索者仲間で最年少のロイズ(十六才)だ。


「やっぱり君か! 全くもう! 何度言ったら分かるんだ!」


「いや〜これは俺が悪いわけではなく……姉さんのお尻が悪いんだな〜」


 学生服の埃を払いながらニコニコしている。


「チョームカつく! そんな言い訳けしない! 今度はリミット外すして蹴るからね!」


「いや〜それはそれでちょっと困るんだな〜」


 『リミット外す』との単語に僅かに怯むが、悪びれた様子は微塵も感じられない。


 このロイズは兄共々未成年の学生。本来であれば未成年は探索者に成れないという決まりがあるが、コイツら兄弟は特例としてBエリアの探索者として正式に登録されている。

 但し学生でもあるので、サラは学校を無事に卒業し成人(十七歳)を迎えるまでは探索者の活動及び艦との接触は禁止していいる為に、日々学生として過ごしている。

 当然だがコイツも探索者なので私と同じ扱いとなっており、目の前にいるコイツの体も同じくバイオロイド。


 この兄弟の家庭環境は少々ややこしい。

 幼少時に探索者の素質が発覚し本来なら卒業後に探索者育成施設に進む予定だったが『兄弟の素行の問題』で学校及び両親が「早く引き取って欲しい」と涙ながらに嘆願したとのことで、探索部が引き取った、らしい。


 探索部の歴史は三十年程だが、このようなケースは初めてらし困惑したらしい。

 だが探索者として「素行の問題」さえなければ今すぐにでも探索者として活躍出来る実力と能力を持ち合わせており育成施設で預かったとしてもやれることが無い。

 ならば成人を迎えるまで何処かの基地で預かって貰ったらどうかとの判断からBエリアウチへの配属が決まった、らしい。

 なぜBエリアだったかと言えば「全ての条件」を兼ね備えているのはBエリアだけだった、とのこと。

 サラも拒否せずに受け入れたので今の形に



 この兄弟の素行の問題。


 弟のロイズは所謂「尻フェチ」で自分好みのお尻の形をした女性を見ると、先程の様な「身体が勝手に反応」してしまうらしい。それ以上の行為に及ぶことは無いとはいえ、される方としてはたまったものではない。

 因みにBエリア基地には職員も含めて女性は二十人以上いるが被害に遭っているのは私だけ。そっくりな体型のエリーには興味を示さないし皆の前では無害を装っている。

 さらに地上でも大人しく被害者は私だけ。なので『被害者の会』を創ろうにも賛同が得られない。

 サラも「未成年だし大目に見てやれ」と他人事。

 エマにとっては、迷惑千万な存在なのだ。



「あんた今日、学校は?」


 腕を組んで横目で睨む。


「今日はもう終わったんだな〜」


 頭の後ろで腕を組んでストレッチをしながら答える。欲求が満たされたらか、襲ってくる雰囲気は感じられない。



 ──卒業したら覚えとけ! みっちり鍛えシゴいてやるからな!



 卒業後の新人研修は私の担当。復讐の機会はいくらでも作れるし。

 バイクに跨り電源を入れ、足を話してスタンバイ状態に。


「あ、そうだ、この街で美味しいお菓子を売ってるお店知ってる?」

「調べればいいんでない?」

「君は普段からここにいるでしょ? 実際に食べた者に聞くのが一番じゃん?」

「それもそうか。でどんなのが好みなんだな?」

「甘いの全般」


 無い胸を張って答える。


「おいらの好みはそれ」


 私のお尻に視線をホールド。


「もういっちょ逝っとく〜?」


 片足をフラフラと上げてみせ威嚇する


「じょ、冗談なんだな」


 両手を前に突き出して慌てて否定。


「南地区にあるポロっていうお店が若いやつらに人気があるな。俺には甘すぎるんだな」


 と言い地図データーを送ってきた。

 ここからならのんびり進んでも十五分くらいの距離。

 この距離なら行ってみようという気が起きる。


「ありがとさん。あ、ワイズは今どこにいるの?」

「知りたい?」


 ニヤケながら横目でコチラを見てくる。


「……まあいい。私がここに来たことは言わないでよ」


 と言い終わると同時にアクセルを回して走り出す。


「了解です」という言葉とニヤケ顔? で手を振る姿が一瞬だけ見えた。



 ──素直な返事のあの顔。嫌な予感しかしない……



 次の目的地への途中で探索者権限を行使し、アルを介した周辺捜査をかけた。

 目的は「ワイズ」の居場所。

 そこまでして出来れば、と言うか絶対に会いたくない奴。ロイズもそうだがアイツらは時と場所を選ばない。


 選んでも嫌だけど……


 今日は気分良く買い物がしたかった。出だしは最高だったのに……全くついてない。

 そして検索は一瞬で終わった。

 空間モニターを呼び出して検索結果を表示する。

 えーとワイズの居場所は……基地の自室か。なら安心。

 小さくガッツポーズをすると少しだけメンタルが回復した。



 目的の地区に入る。

 左右を見渡すと小洒落たお店が多くなってきた。

 そのせいか若者の比率が上がってゆく。

 この辺りは商業地区に入っており、高くても3階建てで多くが店舗兼住居の一階建ての建物が大半を占めていた。

 この区画ブロックの店舗は服や靴、カバンや小物を扱っている店が多いみたい。

 次回の休暇プランの参考にするのに、気になったお店にチェックを入れておく。


 通りには家族連れも多くなってきた。

 両親と両手を繋いで嬉しそうに歩いている双子のファミリーが偶然視界に止まる。

 それを横目で追ってしまう。

 特に知り合いという訳ではないのだが……


 突然バイクのスピードが落ちた。

 正面には白と黒の看板に「ポロ」との文字が。

 店には結構頻繁に人が出入りをしている。

 それを見て期待が膨らむ。



「おう? エマでない?」



 背後から突然声がかけられた。一瞬「奴か?」と身構えたが、そもそも女性の声で奴は基地ホームにいる。


「ドウした~?」


 キラキラ金髪が眩しい。お人形さんのような無邪気な笑顔のエリス。今日は歳相応なカジュアルな服装をしている。

 実はエリスとは非常に仲が良い。Bエリアの探索者の中で一番と言っても良い。私からみれは後輩でもあり妹的な存在。

 エリスは誰に対しても気軽に接しられるとてもフレンドリー明朗活発な女の子。真面目で『委員長的なタイプの女の子』の性格のアリスとは正反対な性格をしている。


「い、いやね、さっきロイズとカチ会っちゃったんだな」

「ありゃりゃ。それは災難デシタナ」

「ホント、天災級だわ」


 エリスも同情し「あたしゃ疲れたよ」といった雰囲気で、二人一緒に肩を落す。


「そ、そうニャ! ワイズは?」


 周りをキョロキョロ警戒し出したエリス。

 そう考えるのは当然な反応。何故当然なのか? と言えば、ワイズの存在はから。


「上、にいるから大丈夫」


 と人差し指でを指差すとエリスの表情が晴れてゆく。

 同じ悩みを持った二人は顔を見合わせて「は〜」とため息を一つ付くと同時に苦笑いした。


「ところでエマはこんなとこでドシタノ~?」

「うん、非常食のオヤツの買い出し。もしかしてエリスも?」

「いえ〜すデス」

「一人で? もう買っちゃった? 良かったら一緒に入らない?」

「ぐどたいみんグ~」


 と右手を高らかに上げたのですかさずハイタッチを交わして肩を並べて店に入って行く。



 店内は夢の空間だった。

 若い女性客がいっぱいだ。

 みんな目を輝かせて忙しなく走り回っている。

 全ての商品に試食があり、口に入れれば幸せが広まる。

 私とエリスもみんなと同じで自然と笑顔になっていた。


 いっぱい買った。いや買いすぎちった。

 エリスは私の倍近く買っていた。

 アリスにもあげるんだと言っていた。

 私はお隣のザックさんの分も買った。

 買った物を送る指示をしてから一緒に店を出る。


 お店を出た直後にエリスから紙袋を渡された。その袋の中に入っていたのはまん丸ボールの小さなチョコ。これがまた超ウマでエリーにお土産で買って行こうと売り場に戻ったが、残念ながらそのチョコだけが売り切れだった。

 まあいくつか残っているし足りなければ次に来た時に買おう!


 店を出発する頃には日が傾いていた。

 エリスとは店で分かれて自宅へ向かう。

 帰りは結構な速度で進むが何事も起きずに二十分程で到着。

 家に入ると、今日買った全ての物が宅配ボックスに届いていた。


 地上での宅配は有線転送なので瞬時に届く。

 これを基地にには、一旦地上の集積基地(物資などを地上から本部基地へ輸送機で送る場所)へ送り、そこで検閲を経てから輸送船にて持ち込む。

 輸送船は一日一便。到着時間は宇宙標準時の0時丁度。

 なので現物を拝めるのは早くて明日目覚めてから。


 基地ホームに戻るのにまだ少し早い。

 リビングから庭に目を向けると以前訪れた時には無かったガーデンチェアとテーブルがあった。


「ここでお茶でもしますか……」


 アンティークボックスを一旦置き、キッチンに向かいお湯を沸かす。

 お湯は今では大変珍しい、昔ながらのガス式。

 湧くまでの時間を使いティーセットを持ってリビングから庭へ出る。

 庭と言っても境界となる仕切りはない。玄関とは逆方向で草原と遠くに山脈が見えている。


 真っ白なテーブルに真っ白なティーセットを置く。

 すると「ピー」とお湯が沸いたと音で知らせてくる。


「はいはい。今行きますよ〜」


 駆け足でお湯を取りに戻る。

 庭に戻りティーポットにお湯を注ぐ。

 お湯を注ぐ音以外は風の音と波の音しか聞こえない。

 早いもので空はオレンジ色の夕方になりつつある。


 椅子に座り紅茶を飲む。


 ──今日は楽しかった。あのお菓子専門店また行こっと♪


 お店の様子を思い出す。

 色々なお菓子と共に客やエリスの笑顔が思い浮かぶ。

 ザックさんとのやり取りも。

 そして偶然見かけたあの双子のファミリー。


 カチャン。


 小さな音をさせティーカップが置かれる。

 背もたれに寄り掛かるとギギーと音を音がする。

 そこで目を瞑ってからゆっくりと深呼吸。


「私達、頑張らないと……ね」


 無意識の内に呟いた言葉。誰に言うわけでもなく口から出てしまった。

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