第3話 休日1

 任務の翌日はまる一日完全な休日。

 これは一週間のシフトが固定されており初日は「体力作りを兼ねた訓練」で二日目が「探索任務」となり最終日が「休日」となる。そのシフトが二回こなして日曜日、という風に固定されており今日から待望の二連休。


 探索者となって六年経つが今の今まで「イレギュラーな事態」は起こらず平穏そのもの。『目標』に出会うことも無かったので、シフトも崩れたことがない。

 ただ休日が僅か数時間に減った日があった気がするがそれは自業自得……いやいやそれはエリスが主犯で私はそこまで遅くなった覚えはない……よ?


 で現在Bエリアは「特例の二人」を除き、は八組計十六人。

 探索者は姉妹又は兄弟の二人一組のペアが決まりで一人に一艦、専用の艦が与えられている。

 ただ艦があるからといって、探索任務に出るのは「規則」によりペアのどちらか一人と決められており、残りは基地待機がお約束。


 エリアにより在籍人数は異なるが、Bエリアであれば一度に出れるのは最多で八人。

 但し常に最多人数で任務に当たっている訳では無く最低でも1組、控え要員として基地に残している。


 では何故基地内待機をさせているのか?

 それは先程も言ったが「イレギュラーな事態」に備えて。


 宇宙は広大。向かった先で何かが起きても、距離がありすぎために電波SOSは届かない。当たり前だが有事を伝える手段は存在しない。

 その問題を解決してくれるのが、探索者固有のチートな能力である『繋がりリンクシステム』で、どんなに離れていても『艦』を通せばペア同士での「会話」が成り立つという優れもの。


 ただしこの能力は単に会話が出来るというだけで万能ではない。ではないが探索者にとっては無くてはならないシステム。

 探索者の行動範囲は遠い領域では一千万光年先だったりもする。

 当然だが周囲何十、何百万光年に人がいないなんてことはザラにある訳で、そんなところで「イレギュラーな事態」が起きないとも限らない。


 そんな時にSOSを発せれば基地で待機しているペアにリアルタイムで伝わり、傍にいる待機者や控えのペアに応援要請をすれば仲間を救助に向かわせられる。

 それは常に孤独な任務についている者からすれば、いざという時に駆け付けてくれるという安心感にも繋がる。

 一見無駄に思える待機者や控え要員はその役割りも兼ねている重要なポジションなのだ。


 それと任務に赴く者は基本的に主任が決めている。

 基準は知らないが、今回のようにバラバラだったり「兄姉だけ」とか「弟妹だけ」とか「誰と誰」と指定してくる場合もある。


 これは私の推測だが、実は「その日の気分」で決めている……気がする。


 この推測にはしっかりとした理由がある。

 それは私やエリスが待機組になる回数が非常にから。

 全く、遅い遅いと怒るなら真面目なエリーやアリスを行かせればいいものを。

 当たり易いからって私をストレスの吐口に使わんで欲しいわ。


 まあ愚痴はこれくらいにして今日は休日。

 宇宙空間での人類共通時間は、地球の「なんちゃら天文台」がある場所を基準にしている。

 それとは別に各星系内限定の標準時間も存在する。

 何故別の標準時があるのかといえば、各植民惑星の自転や公転が、人類の母星である太陽系の地球と異なるので。


 植民する惑星はなるだけ地球と似た環境の星系を探すがやはり同じな環境は見つからない。

 とは言え移民初期なら兎も角、今の科学力なら同じ条件にすることは可能だが、そこまでしなくても「基準」を満たす星系は苦せず見つけられる。

 全ての植民惑星を地球と同条件にするのは現実的では無いとの判断から、今でも二種類の標準時を採用している。


 で、今は朝の十時。基地は星系を管轄している地方行政府とは別の、中央政府の下部組織に当たるので宇宙標準時を採用している。なので一日は二十四時間で今日は休日オフ


 休みは基地内で過ごしてもよし、地上に降りてもよしと完全な自由行動。

 申請が通れば探索艦自前の足を使って他星系に観光にも行けれる。


 ベットから身体を起こすと室内が明るくなってゆく。


 時刻は10:03


 急に頭痛に見舞われる。微妙に目の焦点が合わない。

 こりゃ二日酔いだね。


 部屋中が昨日の報告会宴会で呑みまくった影響か、お酒の匂いが充満しており、床には昨日着ていた衣類が散乱している。

 どうやらアルコールが習慣に優ったらしく、今日は珍しく下着を身につけていた。


「薬でも貰いに行う……かな。その前にシャワーだけでも……」


 まだ完全には目が覚めておらず二、三歩歩いてはフラフラ、また二、三本歩でフラフラを繰り返す。

 途中で床に転がっている服に足を引っ掛けて転びそうになったが何とか持ち堪えた。


 余談だが基地内は一部を除き、どこもかしこも1Gが発生している。なので足元には注意が必要。


 やっとのことで寝室に隣接の脱衣所に辿り着く。

 頭痛に耐えながらも下着を脱いでランドリーボックスへ。

 洗濯物はランドリーボックスに投げ込むだけで、自動で洗濯・乾燥・補修。最後は折り畳んで棚へ収納してくれる。


 洗濯だが古代の「水や洗剤で洗う」やり方ではなく、服を一旦分子レベルに分解→(服の成分として)登録されていない物質の除去→再構築や補填をして出来上がり。


「いっ! うっうー、痛〜い……」


 浴室の扉にオデコをぶつけてやっと目が覚めた。


 普段なら湯に浸かるところだが、今は頭痛を何とかしたかったので、シャワーだけで簡単に済ませる。

 その場で前後左右と上から出てくる温風ブロアで全身の水分を取り除いてから脱衣所へ戻る。

 因みにこのブロアはマッサージ効果も兼ねている。お陰で僅かだが体が軽くなった、気がする。


 脱衣所に移動、素っ裸のまま歯を磨く。

 その後に新しい服に着替え、鏡を見ながら身支度を整える。


「そんじゃ行きますかね」


 シャワーのお陰で少しだけ元気を取り戻せた気がする。

 寝室の隣のリビングへ。部屋の入口脇にある『転送装置』を使い、直接医務室受付へ移動する。


 受付に着くと、床から青色の光が出て身体を一瞬だけ覆う。

 この光は患者の身体をスキャンし瞬時に異常を把握、来訪者が診察室に入る前には診断結果まで出ているという仕組みだ。



 余談だか全人類の脳内にはチップが埋め込まれており、心身に深刻なダメージが生じた場合、チップから政府に通達が届き直ぐにサポートが送られる。

 勿論、私達探索者の脳にも同じ物が仕込まれているが、一般人のそれとは仕組みが大分異なる。

 一番の違いはサポートをしているのは政府ではなく『探索艦』。正確には艦AI。私ならばアルテミス。

 アイツが私の体調を二十四時間、監視してくれている。

 何か異常があれば医務に通報、治療の手配をしてくれる。

 因みにだが、今回のような「二日酔い」の症状の場合、戒めの意味で通報はしてくれない。なので自ら対処しなければならない。



 光が収まると診察室の扉が開く。先にある診察室には噂のアンリちゃんが待ち構えていた。


 彼女は生体管理班医務室担当のアンドロイド。

 設定年齢は三十代前半、私よりも背が高く、ボンキュッボンと羨ましい体型をしている。

 第二ボタンまで開け谷間を強調した白のYシャツ、生足の上に黒の革製の短めのタイトスカートで足を組み、白衣をまとって椅子に座って笑顔で座っていた。

 因みに医務担当アンドロイドは、症状によって担当が男性アンドロイド型と入れ替わる。

 男性型は人の良さそうなヨボヨボのお爺さん。


 ルークの好みが全て揃っている……らしい。もしかして主任の仕業?

 まあ他人に迷惑かけてるワケじゃないしどうでもいいか……


 診察室の中は白基調で殺風景。

 カプセル型の診察兼治療用ベッドと椅子がいくつか置いてあるだけだ。


 診察室に入るなり「あら? 今日は珍しく患者さんが多いわね〜」と言われた。

 私のように二日酔い同僚がいたのだと容易に想像がついた。


 私が口を開こうとしたら「あなたも二日酔いに効く薬を?」と予想通りの問い掛けがきた。


 ──もう知っているくせに〜


「ええ」

「痛いのがいい〜? 痛くないのがいい〜?」

「痛くないやつ」

「即効性がある鼻腔びくう吸入にしましょうね〜?」


 鼻腔吸入とは鼻に器具を当て、霧状薬剤を吸い込むタイプだ。痛みはなく即効性があり、二日酔い程度なら遅くとも1分以内で症状が治まる良薬。


 ……え? 何故知ってるのかって? ……フッ。


 顔を上げて鼻を見せ承諾の了承の意思を示めす。

 すると壁が20cm×20cmほど消え、そこから吸入器がトレーに乗って出てきた。


 優雅に受け取り、エマの鼻に優しく添える。


「は〜い、いくわよ〜♡」


 絶妙なタイミングで鼻に吹き掛ける。

 ひんやりとしたミストを吸い込むと肺が一瞬だけ熱くなった気がする。

 その際にクシャミが出そうになるが必死で我慢した。

 クシャミを我慢しているうちに今度は全身が熱くなりフワッとした感覚に包まれたが、二十秒くらいで頭の痛みがスーと消えると熱気も治った。


 効き目が早い。


「うん、治った!」


 むず痒い鼻を拭きなが笑みでお礼をした。


「良かった〜あまり飲みすぎないでね。義務だから言うけど、あなた達探索者は生体強化処置が出来ないんだから、辛かったら直ぐに来なさいね〜」


 優しく説教される。これはいつものこと。



 ◇


 ここで「生体強化」と「脳内チップ」の説明を少々。


 この時代の者は生まれて直ぐに漏れなく生体改造を受け、病気・怪我等への耐性強化が施される。

 そのおかげでお酒などのアルコールも数時間で分解されるので今の私のような二日酔いは起こらない。


 また怪我に対しても重要な器官を守ろうと生命維持作用が起こるので死に難くなっている。

 またバイオ技術が発達した恩恵で、どんな生体パーツでも一週間以内に培養によって作られるので、欠損が起きても元の身体に戻れる。


 ただし探索者候補となり得る双子はにより、DNAや記憶に手を加えるといった生体強化や、生体パーツの移植等は厳禁となっている。


 脳内にあるチップも同様で全人類漏れなく入れられており、サイズは1mm以下。所謂マイクロサイズで人類の『電脳化』に一役買っている。


 勿論、探索者の脳にも入っているが、一般人の物とは比較にならない高性能なナノサイズのマイクロチップが入っており、愚痴にもあったが『艦』が常時探索者の生体異常監視を行なっている。

 これはとある事情で生体強化が受けれない探索者を怪我や病気から守るため。

 人類が燃料を燃やしてでしか地球圏から出る手段なが無かった時代の医療行為しか受けれない「弱い身体」である探索者だが、実は人類にとって、とても貴重な存在であるための処置である。


 この「貴重な存在」の意味について、当の探索者達は全く知らない。

 だが一部の「価値を知っている者」には何を犠牲にしても守らなければならない存在。

 チップだけでなく、最高レベルの機器を与え、法によって様々な方面から見守っていることを探索者達は知らない。


 ◇



「ありがとね。ところで地上に降りたいんだけどいいかな?」


 そろそろ趣味で集めているキラキラ光る石を収納する宝箱を新調したかった。その為に地上に向かいたい。

 地上の都市には専門店があり通販取り寄せも出来る。

 ただこの手の物は実際に手に取って確かめてから購入したい。


「いいわよ。それじゃこれ飲んでね〜」


 と再度壁からトレーに乗った10ccくらいの透明な液体が入った小さなカップが出てくると私の前まで音もなく浮いて移動してきた。

 それを受け取り一気に飲み干す。毎度の事だがとっても苦い。


「うげーー、これ、(味)なんとかならないの?」


 飲む度に同じ質問をする。そして顔を青くし涙目になる。

 これら全ては毎回の「お約束事」だ。


「我慢してね〜。飲まないと地上には降りられないでしょ〜」


 こちらも毎回同じ返答かも知れない。嫌な顔をせずニコニコ顔で言われると文句を言い返せない。



 探索者は、地上に降りる(場合はまた違う)のに精神を安定させる作用がある薬を飲まなければならない。

 理由は後に分かるが、この基地に籍を置いている探索者特有の事情により。



「そりゃ分かるけど……苦すぎーー」

「個人差があるのかしら? ルークは嬉しそうに飲むわよ〜」


 あの変態め。全員の意見が揃えば要望が通るかもしれないのに! 今度こそは遠慮なくいじってやる! ……と心の中で悪魔に呼びかけながら地上への転送ルームへと向かう。



 地上への転送ルームは体育館くらいの広さで、中央には蓋が開いている透明なカプセル型の寝台容器が複数整然と並べられており、中には柔らかそうなベッドが設置してある。


 ルーム内には男女1人ずつの担当アンドロイドが常駐している。

 中をを見回すとカプセルのいくつかは蓋が閉まっており、誰かが使用中のようだった。

 因みに蓋が閉まっているのは中に人がいるから。人がいるということは使用中。

 さらに地上に降りている時の「本体」は見た目まんまの爆睡中。

 なのでプライバシー保護の観点から使用中の蓋は半透明になっているので分かりやすい。


 因みにこの部屋は「転送」と名がついているが、実際には「精神」を送るだけで身体を地上へ送る訳ではない。



「ドリーで買い物がしたいんだけど、いい?」


 二人を交互に見ながら依頼する。


「大丈夫ですよ。すぐに行かれますか?」


 女性型アンドロイドが聞き返してきた。


「うん! お願い!」

「了解しました。それではこちらへどうぞ」


 カプセルへと案内される。

 本日利用するカプセルに着き「よ〜いしょっと」と少し高めのベットに横になり目を閉じた。


「それでは蓋を閉めます。行ってらっしゃい」


 男性型アンドロイドが蓋の傍で機器を操作しながらお辞儀で見送ってくれる。

 蓋がゆっくり音もなく閉じると、枕元辺りから「シュー」と何かを噴霧している音が。すると意識が遠退いた。




 ・・・・・・




 目を覚ますと体に重力を感じる。吸い込む空気には潮の香りがする。

 目を開けると周りは真っ暗。

 ベッドから体を起こし「んー」と両手を上げ背伸びをすると室内が明るくなる。

 正面には壁に鏡が掛かっており自分の姿が見える。

 その場で両手両足を軽く動かし違和感が無いかを確かる。


 ──よしに異常なし!


 どうやら無事到着したようだ。


「よし! 行きますか」


 ベットから降りて服を着る。鏡の前に戻り髪と服装のチェックをする。チェックしながら脳内通話を行う。


(アル聞こえる?)

(な〜に〜?)


 即返答があった。


(分身体この身体の制御よろしくね。これから買い物行ってくる)

(行ってらっしゃ〜い。お土産よろよろ〜)

(……何がいいの)

(甘いお菓子系〜)

(……そんなのどうするの?)

(エマ用の飴〜)

(……分かったわよ〜ぷんぷん)


 口調が明らかに違う。

 こいつめ〜と何か納得はいかないが「飴」の意味は分かっているので強くは言い返せない


「イーだ! 全く!」


 口に出して文句を言うが返答はなかった。


 折角だしついでに自分の好きなお菓子でも買っとこうかなっと。


 靴を履き玄関へと向かう。

 体がいつもより軽く感じる。

 アルがをしてくれているから。



 この義体は探索者本人の細胞から作られたの『バイオロイド』で探索者は「分身体」と読んでいる。

 はエマ専用のバイオロイ。ここ「惑星ドリー」にいつでも使えるように常駐させてある。

 また用の無い時は基地AIと星系AIが連携して管理・操作している。

 各AIの役割りだが、基地AIは日常や艦AIから集めた本人の行動や思考パターンをデータ化し星系AIに送っており、そのデータを基にドリー首都に置かれてある「星系AI」がメンテナンスや、本人が関わっていない日常をサポートしている。


 何故そこまでするのかといえば、星系AIが本人になり代わりそこで生活している様に見せ掛けておけば、辻褄合わせが必要な場面に出会しても誰にも疑われなくて済む。

 つまり近所の住人に怪しまれない工夫をしているのだ。

 そのお陰で今回の様に本人が突然操作を始めても、他の人間には全く気付かれることなく安心して行動出来る。


 余談だがこの世界のバイオロイドは生命体として扱われていない。というのも「操作される」のを前提としている為、初めから『自我』は存在していないのだ。

 また機械仕掛けのアンドロイドとは異なり、扱うには高度な技術力と様々な制約が付きまとう。


 さらに探索部が扱うバイオロイドは探索者達は知らないが一般用のそれとは異なっている。

 一番の違いは探索者が操る場合は自分が乗っている探索艦のAIをでないと操作が出来ない。


 この探索部特有のバイオロイドシステムは超貴重な探索者の身を、害意や天災・事故等から守る為、そして気軽に地上へと遊びに行けられるようにと考案されたもの。


 このシステムを使わないで本人が地上に降りることは勿論可能だが、その場合はそれなりの護衛を回さなくてはならない。さらに護衛がそばにいることにより探索者の自由も制限されてしまう。

 その護衛だが通常は専門の部署に依頼するのだが、ここ「ドリー」だけは特別で専門の部署が存在していない。

 この事実を知っているのは主任と職員のみで探索者達は知らない。


 因みにプライベートはお互いに干渉しないという暗黙の取り決めがあり、探索者はお互いの住処の場所は知らない。


 エマだが地上の活動拠点として首都から近い港町近傍で、民家や建物が無い、海辺に面した場所を希望した。

 本人曰く、その様な場所で生活するのが夢だったとのこと。


 惑星ドリーの総人口は百三十万。土地は幾らでも余っている。

 その提案は承認され、候補地選定を経てセーフハウスとして建設された。

 それが今いるこの場所。



 扉を開け玄関へ。

 白く大きな両開きの扉を開けると、眩しい光景に目が眩む。


 反射的に手で光を遮ってからゆっくり目を開けると、正面には太陽が水平線から顔を出した直後で、青や紫がかったキラキラと輝く海が目の前一面に広がっていた。


 今日は基地とドリーとの時差が大きい。

 因みにドリーの一日は約20時間。何日か経てば一時的にだが時間が揃う。


 顔を出している太陽の手前には漁船が一つ、港町方面へのんびりと移動していた。漁船の周りには鳥がおこぼれを狙って一緒に飛んでいる。


 玄関から一歩外に出る。

 心地良いそよ風が顔を撫でる。

 両手を思いっきり広げて背伸びをしながら呟く。


「ん〜気持ちいい〜、やっぱ海ってサイコ〜」


 海に向け数歩前へ。

 背後には庭付きの小さな木造の家。

 隣の家は遥か遠くに。

 海からここまでは上り坂。家がある場所は高台。

 空を見上げると主星からの光を反射している基地が見える。


「私」がいる場所だ。


 水平線から太陽が顔を出したばかりの朝焼け。

 空は気持ちいい程の晴天。

 もう少し暖かくなれば泳げるようになるかも。


 いつも思うが、ここを選んで良かったと心から思う。


 家のガレージにあるエアバイクの所へ。

 今回は転送装置は使わずに移動しよう。


 エアバイクは前後にプロペラがあり、ペラが回転することにより文字通り「浮いて」移動する。

 さらに完全自動制御フルオートなので揺れも無く、目を瞑り手を離しても転倒することはないと運動が苦手な私でも安心して乗れる。

 まあこの擬態と同じくアルが補助してくれているのは言うまでもない。


 跨ると生体認証を経て電源が入るとペラが回り出しスタンバイ状態に移行する。

 そこで両足を浮かすと機体が浮いた。

 この状態になるとバイクの上で踊ったとしても転倒はしない。

 後は思考で命令するだけ。

 目的地と開店時間を思い浮かべる。

 するとハンドルにあるモニター表示が切替り、走行を開始した。


 結わいてある髪が心地よく靡く。

 穏やかな気温で過ごし易い。

 まだ時間があるので歩くよりは幾分か早い、のんびりモードで進む。

 横から朝日を受けながら、地面丸出しの誰もいない下り坂を街へと進んだ。



 十五分くらいで小さな港町に到着。

 港に近付くと一隻の漁船が陸に近付いて来る。

 その漁船には十人ほどの人の姿が。

 とはいえ「人」は一人か二人。大半はアンドロイド。



 この時代は基本的に人は希望する職業につける。

 どこの職場も大半はアンドロイドが働いており、人が全くいない職場もあるが「ここで働きたい」と言えば政府は断らない。

 ただし商売の対象となる客もまた「人」であり、その客が全く来ないような商売だと許可は下りない。

 ただ下りないからと言って起業は妨げられない。単に政府からの無償の援助が受けれないだけであり、有償だったり自己資本での起業は認められている。


 特に第一次産業のような食料となる生物を扱う産業は自動プラントが完備されており、昔ながらの純粋な漁業は必要がないのだか、中には海で元気に育った天然魚が食べたいという人がおり、一定のニーズがあるとのことで、案外許可が下りやすいと以前誰かが教えてくれた。



 その漁船がこちらに近付くとそのまま並走し始めた。

 入港ルートとは違う行動に首を傾げていると、


「おう? エマちゃんじゃねーか! お出掛けかい?」


 と、声が聞こえた。


 振り向くと、中年のおじさんが船の上で戦利品がギッシリと詰まったカゴを持ちながらこちらを見ていかつい笑顔を振り撒いていた。


 すかさず、のおじさんにアイコンが立つ。


(三件隣のザックさん。既婚者。子供2人。日頃から夫婦揃ってエマを気にかけてくれている。先日も奥さんから深海魚を頂いた)


 と最低限の注釈が出る。

 この注釈情報はアルテミスから。

 警告表示も無かったので遠慮なく「地」で接する。


「おはようザックさん! 今日はどうだった?」

「おうよ、今日も大漁だがな!」


 満足そうな笑顔のザックさん。


「よかった! でもあまり無理はしないでね! 可愛い奥さんと子供を悲しませちゃダメよ!」

「ガハハハ大丈夫だ! いくら昔ながらの漁でも安全装置は付いてるからな!」

「余りか無茶しちゃダメだよ! あ、そうそう! 貰った魚美味しかったよー! ありがとね!」


 親指を立ててグーを突き出す。


「あたりめーだ、俺が獲った魚だぞ!」



 ──そりゃそうだ。ところでその魚はいま何処にあるんだろう? あたしの所には届いてないぞ?



「それよりこんな早くにどこに行くんだ〜? でーとか?」


 一瞬固まる。それは禁句。


「ま、まぁそんなところ……かな」


 片眉をピクピクさせ愛想笑いを作って見せる。


「そっ、そうか、色々と頑張ってこいな、ガハハハ」


 私の笑顔? を見て引き気味に笑ってから作業へと戻ると速度を上げて逃げてゆく。


「色々とってなによ……」


 とアヒル口で呟くとこちらも速度を上げてゆく。


 漁港の脇を通るとみんなが手を振って挨拶してくれる。この様子だと基地AIはいい仕事をしてくれているようだね。

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