47 「君はどうして僕の上に座ってるの?」
肖像画に描かれた先祖には、天寿を全うした者が少ないと聞いたことがある。父や兄の例もある。
だからそれが爵位を貰った者の宿命なのだろうと思っていたし、今更言われることでもないと思っていた。
「分かってるよ」
頷いて返事をし、棚に服をしまっていく。
「……ならいいんだが」
不服げに少女は呟き、ふいと窓際へ進んでいく。
定位置に戻り領の景色を眺めながら、いつものように歌を口ずさみ始めたのが分かった。何度聴いても歌詞を理解できない歌を聞きながら、自分も椅子に座って紙と向かい合った。
明日ラウルと会った時、何をどう進めていくか、思い付く限りのことを並べていき、対策を練っていく。
夏のせいで日が沈まないことが、今は有り難く思えた。リリヤが口ずさむ歌を聞きながら部屋で肉料理を食べ、予想はしていたが帰って来ない従者の帰りを待った。
先程までは有り難いと思っていた外の明るさも、時が経つ毎に、炎の熱によって徐々に溶けていく蝋燭になったような気分を味わわせてくれた。
溜め息をつく回数も増え、湯浴びをして部屋に戻ってきてからも、やっぱりまた溜め息をついた。
いつぞや自分のことを弁えていると言った幽霊の姿は、部屋の中にはもう見えなかった。脇腹に違和感はないので、領内の散歩でも始めたのだろう。
気を遣って貰う予定もないので、部屋に誰も居ないことの方が寂しかったし、見ないようにしていた不安を自覚してしまうきっかけになった。
やれることはやった。
自分がクオナを潰すというのも間違ったことではないはずだ。
それなのに、胸の中を追い立てるこの気持ちの正体はなんだと言うのだろう。
「……お休み」
こういう時はさっさと寝てしまった方が楽な時もある。
寝ることが一番の薬だと笑っていた英雄の物語を思い出し、誰に言うでもなく就寝の挨拶を口にした。
眠っている最中、誰かが自分を叩き起こしてくれることを期待したが、どうやらそれは叶わなかったらしい。
眠りに落ちる前か最中か、外が僅かに賑やかだったような気がしたからつい期待してしまったが、違っていたようだ。
目を覚ました朝に見る天井が、こんなにも憎らしく映ったことは初めてだった。
目を覚ました瞬間、今日の空は曇っているな、と思うことがある。そういう日は決まって体が重い。今もそうだ。
曇りの日にだけ動ける悪い笑みを浮かべた妖精が、晴れの日の憂さ晴らしをしに人間の体の上に座っているからだ、と本に書いてあった。
そうなんだろう、とつい最近まで自分も思っていた。でも本当は幽霊が体の上に座っているからじゃないかと、思い直していた。
「お早う」
目を開けるなり視界に飛び込んできたフードを被った少女に声をかけられた。
寝る前はいなかった幽霊も、朝には傍に居てくれるようだが、少し極端ではないかと思う。
「…………お早う」
起きがけでうまく回らない頭の言うままに挨拶を返した。
不機嫌極まりない声になってしまったが、リリヤは何も言わなかった。
小さい頃、肉料理ばかりを食べていた自分を見ていた時の父親のように目を細めた少女は、自分の上に座ったまま続ける。
「起きたばかりで悪いんだが、少し聞きたいことがあるんだ」
物理的な苦しさを全く感じない奇妙な状況に、頭はどんどん冷静になっていく。
こんな状況が前もあったような気がする。
「僕もあるんだけど、先に聞いてもいい?」
「うん」
「君はどうして僕の上に座ってるの?」
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