28 「どこの誰だった?」

 自分が厨房に入ると、使用人達の視線が一斉にこちらに集中した。

 女性がたくさんいるところは苦手だ。この瞳はいつも何かを探している。

 鍋をかき混ぜていた一人の女中が、知らせるようにアニーに顔を向けた。どうやらアニーは奥の水場にいたようで、自分が来たことに気付いていないようだった。

 アニーがこちらに来るまでの間、それとなく視線を厨房に滑らせる。晩御飯に肉は使われていないようで、少しだけ肩を落とした。

 なんだかんだで昼食を食べ損ねているので、がっつり食べたい気分だったが仕方ない。

 そのまま視線を巡らせていると、台所の壁に白髪の人形が飾らせていることに気がつく。


 あっと思った。

 そういえば厨房にはこの人形があったことを思い出す。あの人形は、領の食べ物が尽きませんように、と初代の頃から直し直し飾られている守り人形だと聞いたことがある。

 それはリリヤのように白髪で、リリヤのように黒いローブを着て、フードを被っていた。

 初めてリリヤを見た時、どこかで見たような気がしたのは、この人形があったからだ。

 もしかしたらこの人形は、初代から子孫に向けたちょっとした遊び心なのかもしれない。リリヤが初代からの幽霊である証拠はここにもあったのだと気付く。

 と、他の使用人に鍋を任せ、金髪の女中がエプロンで手を拭いながらこちらに駆け寄ってくる。


「セオドア様、どうかされましたか?」

「少し聞きたいことがあるんだ。早馬のことなんだけど」


 金髪の女中に用件を伝えると、それまでちらちらとこちらの様子を窺っていた瞳から好奇の色が消えた。


「早馬、ですか?」

「そう。ちょっといい?」


 厨房は人の目が多く不確かな話をするには向かない。それに嫌だ。

 そう判断し視線を向けてアニーを廊下に誘い、自分も廊下に出ることにした。


「はい」


 アニーも頷き外に出る。

 廊下のすぐ近くには窓がある為、風が前髪を揺らした。髪の長いアニーはメイドキャップに全ての髪を納められない。風に煽られた髪を鬱陶しそうに耳にかけていた。


「早馬がどうかされましたか? どこかに出しますか?」

「いや、そうじゃないんだ」


 自分が否定すると金髪の女性が不思議そうに首を傾げた。


「アレックスから聞いたんだけど、父上達が難波したって話を使者から聞いたのはアニーなんだって?」

「そうです。昼過ぎに窺いました」


 首を縦に振り、アニーは答えてくれた。


「どこの誰だった?」


 目を見ながら質問する。

 アニーは一度見た風景を、家で難なく描き起こせるくらい記憶力がいい。彼女の言葉は信頼できる。


「遺体が流れ着いた漁村の方が紋章院に連絡してくれたらしいので、そこの方だそうです」


 紋章院とは貴族が掲げる紋章を統括している王家直属の機関だ。こんな北の地になぜ紋章院が、と疑問に思っていたのが顔に出ていたのだろう。

 アニーは補足するように付け足してくれた。


「遺体の腰に、ユユラング家の紋章が刻まれた短剣が吊るされていたそうです。上等な服を着た使者でしたから、この報せは本当だろうと……。その短剣、後で持って参りましょうか?」


 昨日の状況をすらすらと教えてくれるアニーの話には、殺害を示すような怪しい言葉は出てこなかった。


「お願いできるかな」


 頷いたものの、内心は疑惑でいっぱいだった。

 リリヤが嘘を付いたとは思えない。それだけにこの話は非の打ち所がない作り話のような気がしてくる。


「分かりました。では夕食の時に。……あっ、夕食はどちらで食べますか?」


 ふとアニーが尋ねてくる。

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