23 「僕はユユラングをユユラングのまま存続していきたい」


 周囲が静かになると自分の声が周囲によく響いた。それを少し恥ずかしく思ったが顔には出さなかった。


「となると、ユユラングはもう一度皆さんから税を徴収しないといけないわけですが、今年は凶作だと聞いています。そんな中、無理矢理皆さんから税を徴収することは避けたいと思っています」


 今後の方針を口にすると、人だかりの中から安堵の溜め息が多く漏れた。領民は領地がどうなるかより、こっちの方が気になっていたのだろう。


「だけどお金は作らないといけません。クオナ領にお金を借りられないか打診したところ、貸してくれるとのことですがそれは条件付きでした。……僕がクオナ伯の養子になることです」


 隣領の伯爵の顔を思い出しセオドアは一度唇を噛む。

 ラウルは父と同い年で、自分ですら何度も会ったことがある。足が悪いこともあるのか、常に嫌味を言っているような人だ。ユユラングの人間、特に父に嫌味ばかりを言っていて、義理だとばかりに毎年誕生日には本をくれるが、自分は好きではない。


「僕がクオナ伯のところに行けばお金の問題は解決しますが、おそらく僕は謀殺されユユラングの統治権は実質クオナ伯が握ることになるでしょう」


 一旦言葉を区切る。

 気を抜けば視線を地面に落としてしまいそうだったので、拳を握って堪えた。


「それでもいい! 頼むから死んでくれ!」


 次の言葉を言おうと口を開きかけた際、人だかりの中から鋭い声が飛んできた。

 疲弊した表情でこちらを真摯に見詰めている男性だった。一目で農民と分かる程、肌が黒い。

 覚悟はしたつもりだが、面と向かって死ねと言われると心に来るものがある。


「……申し訳ありませんが、僕はクオナ伯の元に行く気はありません。僕だって死にたくありませんから」


 前を向いて喋ると、非難めいた声が上がった。自分でも勝手なことを言っている自覚はある。当然だ。

 でも死にたくない、といった声が何重にもなって聞こえてきた。


「ユユラングがクオナの物になるのは僕だけではなく、皆さんにも不利益があります。 クオナの税率はユユラングとは比べ物にならない程厳しい。そんな人に統治権を握られたら困るのは僕ではないはずです」


 領民の声を押し返すように喋っていると、非難がましい声が見る間に消えていった。

 代わりに聞こえるのは、目を逸らしていたことを突かれた時のような息を飲む声だ。

 それにクオナに住んでいる人達は何代も何代も前から住んでいる人達ばかりだ。そんな人達だから圧政にも耐えられるのであって、ユユラング領民では無理だろう。


「僕はユユラングをユユラングのまま存続していきたい」


 自分で自分に言い聞かすようにもう一度口にする。それを聞いたジャックが鼻を鳴らす。


「んなこと言っても具体策はあんのかよ」


 今度は自分が息を飲む番だった。確実な策があったら聞きたいのはこっちの方だ。

 だけど、父が行っていたことをやり、領主となる人がいれば何かが変わるはずだ。


「っそれは……まだありません。けど、遺品を整理し、山頂に残っている氷を遠くに売り、クオナとの交渉を進めていきます」


 亡くなった人達の殆どには家族がいる。

 幾ら城勤めが高給だからといって、贅沢は控えているはずだ。遺品を整理したところで税を払える額にはならないだろう。

 氷を売る、というのはユユラングがよく行っている政策だ。半島の中で夏に売れる程の氷が残るのは、最北端に位置するユユラング以外存在しない。

 これはユユラングの強力な武器で、最北端の田舎を港町まで押し上げた一品でもある。

 天然の保冷剤の需要は貴族を中心に高い。


「今回クオナにこちらが不利になるような条件を突き付けられたのは、ユユラングに領主と呼べる人がいなかったことが大きいです。だから次は公平な話し合いが出来るはずです」

「セオドア様が伯爵と話をつけられるのですか?」


 真っ先に反応したのは、幼女を胸に抱いた女性だった。涙に濡れた鳶色の瞳がまっすぐに自分を映している。


「……そのつもりでいます」


 顎を引いて応えている途中、ふと頭上から少女の声が聞こえてきた。


「それは」


 びくりと指先が跳ねたが、顔を上げなくても分かる。

 リリヤだ。


「それはお前が領主になるということか?」


 その声は、今まで聞いたリリヤの声の中で一番真剣みを帯びた声だった。

 ずしりと胸に響く声は重たく、試されているかのようだった。

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