初めての体験に心を奪われたようです。
日もすっかり沈み夕食時。私は、レキと二人で町内のファミレスにいた。
相変わらずのレキの奢りでテーブルの上には豪勢な夕食が並んだ。しかし奢られっぱなしの負い目もあって、今の私は料理に手をつけずドリンクをちびちび飲んでいるだけに留めている。
「アレェ、食べないの? あの二人も呼んでもっとニギヤカにやればよかったカナ?」
「奢らせてる負い目が余計に増すからそれはやめて」
RP部の二人とは、サーカス鑑賞を終えた直後に解散していた。
暁から「この後一緒にあのサーカスの感想を熱く語らい合いたい!」という申し出があったのだが、どういうわけかレキが「これから予定もあるからゴメンネ」と丁重にお断りして、その場で解散と相成った。
だがそこでハイおしまいというわけでもなく「でも、感想をまとめたレポートなんかがあると嬉しいカナ? 明日にでも語り合うのに便利だし」というやりとりを経て、実質的に明日また会う約束を取り付けているのだから抜かりが無い。完全にあの部活のOBだか顧問の地位を確立している。怖い。
「ねえ、それよりなんだったのあれ」
「サーカスのコトかい?」
――凄かった。
作り物としてのご都合主義な作りはあったものの、それが気にならないくらい――むしろその仕組みのおかげで快適に、別世界を、物語をこの肌で体験していた。
「あれが、ここでのエンタメの当たり前ってこと?」
「そう。アレはまだだいぶベタな方。まだまだスゴイのや尖ってるヤツはたくさんあるヨ」
事も無げに言いながら、レキはテーブル上のフライドポテトをつまんで口に運ぶ。
少しばかり奇妙な風景もあるものの、基本的にこの島は私の知る現代社会とほとんど変わらない場所、という認識だった。だが、この場所のサーカスという概念に触れ、初めて異次元を感じた気がした。
「しかし可愛いねェ、そんなに心動かされて」
「……顔に出てた?」
普段は感情、特に喜や楽などはそんなに表情に出ないタチだと自分では思っていたが……。
「もっと具体的にさ。サーカスの時の花びら、気付かなかった?」
確かにあのサーカスを出る直前、どこから出たのか花びらが舞っていたような。
「あれはショーに心を奪われたなによりの証。観客が演者に寄せる、気持ちにごまかしの利かないチップやおひねり。あれがこの世界での貨幣として変換されるワケよ」
「それも、ここ特有のルール……というか、物理法則?」
「そ。面白いでショ? くひひ」
嘘偽りのない賛辞を表現できるのは素晴らしいことかもしれないが、体験への感動がそのまま可視化されるのだと思うと、なんか気恥ずかしいな……。
「で、今後の予定としてはあのサーカスをぶん取ろうとおもうわけヨ。それがアンタのデビュー、サーカス旗揚げの第一歩っていうかサ」
何言ってんだコイツ。
「やっぱ実践が一番経験になるし、ついでに元々出来上がってるプロを抱え込めるなら何かと楽だし便利じゃん?」
理屈は理解できるが、実行するとなると話は全く別だ。
「サーカス旗揚げは置いとくとして、あんな凄い人をどうやって仲間に引き入れるつもりなのよ、買収? さすがにそこまでの大金なんて用意できるわけが……」
私の反論にレキはちちち、と指を振る。
「このパークにおける引き抜きルールは至ってシンプル。相手のハートを奪えばいいのサ」
「……恋愛沙汰……?」
よもや命を握るとか物騒な話ではあるまい。
「ンー、その発想はキライじゃないが。実際はもっと単純サ。技芸による決闘。相手を感動させるショーの構築。それによって心が揺らいだならば、それは相手の支配下に『落ちた』ことになる」
「それでも、やっぱり私が成し遂げるのは到底現実的じゃないと思うんですけど」
結局、私ごときではあんな出し物と張り合えるレベルの脚本も人員も仕掛けも用意できるとは思えない。
「いーや、他のヤツらならそうかもしれないですけど。 なにせアンタはアリステラ。それが簡単にできちゃうカモ、ってワケ」
「大層担ぎ上げてくるけど、そもそもアリステラって結局なんなのよ」
「言ったろ? このパークで一番特別な存在。この世界の神たる《
レキは歌を口ずさむように続ける。
「
神聖な存在である《
「で、アリステラなら具体的になにができるっていうの。今のところ、ピンチの時にショボい魔法もどきを一発撃つくらいしかできませんでしたけど?」
「アレはまだ力の扱い方を理解できてなかっただけ。今から学べばアンタは優秀なアリステラになれますとも。そうなりゃアッという間に客の心を掴み取り放題だ」
「まーすごーい」
棒読みのリアクションが口から漏れた。色々説明されたが、今もって輝かしい
「で、話を戻すがあのリリスって女のサーカスを傘下に収めるのが当面の課題だ。これがクリアできりゃアンタはこのパークで十二分にやっていける」
本当にそんな事ができるんだか。というかそもそも、別にこの地で上手くやっていきたいわけではないんですけど。
――でも。
あんなショーの真似事をこの私の手で催せるかもしれないという点には、少しだけ興味が湧いていた。
「そんなに言うなら、勝ち目のあるプランはあるんでしょうね?」
レキは無言でニヤけているだけだ。その沈黙は、肯定と受け取っておこう。
「なら、君の抱えてるプランと、それからアリステラの力の扱い方とやらを教えなさい。なるべく丁寧に分かりやすく」
そう告げると、レキは犬歯を覗かせニッと笑った。心底愉快そうでいて、そのくせ本心など微塵も見えてこない目をした道化の笑みだ。
「エエ、もちろんそのつもりですともオレの理想のアリステラ! それこそがオレがここにいる目的なのだから!」
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