最初のレクチャーと作戦会議が始まるようです。

「さァて、とわちゃん。舞台演劇に必要な要素は分かるかい?」

「脚本と役者と……後は道具や装置と、それを扱う人がいっぱい?」

 レキの問いに私はたどたどしく答える。演劇について浅く知識はあるものの、鑑賞経験はごく僅かだし、まして携わった経験など無いのだから。


「ま、大体合ってるネ。場所や装置、道具や裏方に関しては今は考えなくていい。今回は向こうが持ってるのを利用させてもらうから」

 そう言いながら、レキはテーブルの中央にすっかり数を減らした山盛り(だった)ポテトフライの大皿を持ってくる。


「敵方の役者は……主役格ネームドが二人とモブがいっぱい」

 ポテトを大皿の端に寄せて、レキは皿の中央にサラダボウルから野菜を少々と大きなローストビーフ二枚を取り分けた。

「こっちからはオレと、それからあの学生二人。あいつらは良い人材だゼ、いろんな意味で扱いやすいから」

 と、次はミニパン二つと細く切り分けたマルゲリータピザを一切れ乗せる。


「さて、後は何が足りない?」

 ずい、と一通りの料理を取り分けた大皿が私の眼前に差し出される。「足りない」というのは演劇の話が、皿の上の料理の話か。


「メインディッシュ、と脚本……?」

「正解~」

 ほぼ丸のままの目玉焼き乗せハンバーグが大皿の中心にどん、と乗せられた。肉汁と黄身混じりのソースがサラダを伝い皿の方々へと垂れていく。


「舞台の花形、それでいて脚本ソースでいかようにも舞台を動かし好きなように味付けできる、それがアリステラの力だ」

「兼業なんて果てしなく荷が重いわ……」

 字描きの端くれである以上、脚本はどうにかできるかもしれないが。私に役者の適性なんて微塵もあるとは思えない。


「アンタが思ってるよりはずっと楽サ。向こうが世界観とルールを用意してくれてるんだ。アンタはそれを解釈し、自分好みにいじくって『遊べ』ばいい。よくあるロールプレイングゲームさ。やったことない?」

「ないわけじゃないけど」

 そう話ながらもレキが「食え」とばかりに大皿をこちらにぐいぐい寄せてくるので、その圧力と空腹に屈して、仕方なく私はフォークを手にして食事を始める。


「でもそれじゃあ今日のサーカス鑑賞と何も変わらない。こっちがお客様として楽しむだけで、向こうの心なんて動かせないじゃないの」


「やり方はいろいろある。演出や展開で『向こうの想定を大きく裏切ってみせる』、あるいは『向こうの事情や感情をピンポイントで揺さぶる』とかネ」

「それでもやっぱり色々足りてないのでは」

 なにが相手の『想定外』で『ピンポイントな揺さぶり』になるのか。それを推測するだけの情報が圧倒的に足りていないじゃないか。

「そう言うだろうと思って。はいコレ」


 おもむろにレキがテーブル上に差し出したのは、【鈍色の雨】のタイトルとリリスらの姿が印刷された薄いブックレットだった。


「あのサーカスの紹介パンフレット? そんなのどこで」

「大抵サーカスの入口に置いてあるんだけど、気付きませんでした?」

 気付けるはずもない。入場時なんてこの地のサーカスに無知だったこともあり周囲を細かに気にする余裕など全く無かったのだから仕方ない。

「なんなら事後物販としてネット通販も完備。この手の資料の入手は容易なんですよココはネ」

「ふーん……」


 などというレキの話を適当に聞き流しながら、私はパンフレットをパラパラとめくっていた。

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