【鈍色の雨/第二幕】


「ここまで来れば街の出口はもうすぐよ。とにかく境界さえ越えてしまえば、あいつらだって――」

 言いかけて、リリスはハッと天を仰いだ。

 直後、近くの街灯の一つに雷が落ち、火花と黒煙が上がる。


「旧人類どもを引き連れて、どこに行くつもりだリリス!」

 と、ひときわ高いビルの上から一人の男が飛び降りてきた。


 くすんだ金髪のその青年は、ギザ歯を剥いて凶悪な薄笑いを浮かべながら、手に持つナイフを弄んでいる。

 ああ、こう言っちゃ失礼かもだがコイツは見た目で分かる。これはレキと限りなく似て非なるタイプの直球で凶暴な奴だ。言うなればヒャッハー系だ。


「ヴォルツ……!」

 忌々しげにリリスはその男の名を呼んだ。だが、男の視線は私たちの方へ向けられている。

「下等な人間どもよぉ、分かってんのか? その女はこっちのお仲間、本来はお前らをブチ殺す側の生き物だなんだぜ!」

 ヴォルツが投げたナイフが私めがけて一直線に飛んでくる。……が、次の瞬間には、見えない壁にはじかれるように、キン、と音を立てて地面に落ちていた。


「ええそうね。私たちはニューエイジ。旧人類を殺す新たな人類。けれど私は、人間を傷つける力を持たない出来損ない」


 私たちをかばうように前に出たリリスは、淡いオーラのようなものを身にまとっていた。もしかしてさっきナイフをはじいたのは、彼女の力なのだろうか?


「そのくせ俺たちの力じゃ絶対に殺せない能力持ちと来た。とんだ厄介者だぜ」

「その厄介者がこの街から去るんだもの、感謝してほしいくらいね?」

「困るんだよそれじゃ。こうして人間どもと手を組まれたら面倒くせーからなぁ!!」


 ヴォルツが吼えた。するとそれに応じるように四方の街路それぞれに一対の小型柱ポールが生えたかと思うと、その間に青白い電光を飛び散らせ電流による網状柵フェンスを展開し始めた。我々は、完全にこの広場に閉じこめられるかたちになってしまったのだ。


「誰一人逃がさねーからな。人間はぶち殺す、お前はホームに連れ帰るぜリリスゥ!!」


 ヴォルツは懐から取り出した新たなナイフを両手に構えて、レキに斬りかかっていた。やはり先刻の敵兵のように戦闘力が高そうな人間を優先的に狙っているようだ。

「どうにかして出口までの道を開かないと!」

 そう言って駆けだしたリリスを私たち残り3名が追う。


「くっ、この……っ!」

 だが、リリスは柵の前で立ち止まってしまう。

 どうも防御障壁シールドを張っていれば通り抜けられる……という仕組みではないらしく、薄く障壁に守られた白く細い指でじれったそうに網状の電流をかきむしっていた。


「私はここを出ていかなくちゃいけない……! 裏切るでも、逃げるでもなく、私は私のやり方で、この街を――大事な人を、変えなくちゃいけないのに……!!」

 リリスは迫真の形相でそう口にするも、彼女の行為で事態が好転する気配は無い。


 ――これは、私たちが何かしらの解決策を見つけ出す必要があるイベントでは。

「とぉりゃああああ!!」

 私と同じ推測に達したのであろう、暁が角材でポールの片方を殴りつけていた。が、所詮は木材。金属柱には歯が立たず儚くへし折れてしまった。

「あっちゃあ……やっぱ駄目か。レキさんから鉄パイプ借りてくる?」

「馬鹿、武器が無くなったらどうやって向こうのアイツを止めるんだよ」

「それもそうか。うーん……」


(絶対なにか分かりやすいヒントがあるはずだ……なにか……)

 いわゆる『詰み』には至っていないはずだ。今までの親切な展開ユーザビリティを考えたら、絶対になにかしらの『用意』がされているはず――


 (……見つけた!)

 よくよく周囲を観察してみると、柵を展開しているポールの片方に目立つ傷跡が見つかった。小さなヒビ割れから中の配線が見えているのだ。


 ――ここから中の配線を断ち切れば、電流は止まるのでは。


 と、考えた瞬間。私の頭の中で散らばっていた情報が急速に結びついていく。

 すぐさま振り返ってざっと広場を見渡す。すると噴水近くの地面、銀色に光るモノが目に入った。――先ほどヴォルツが投擲したナイフだ。


 ――見つけた、脱出のカギ!!


 私は


「ってェ~……てがビリビリしやがるゼ。鉄パイプは選択ミスったかァ?」

「よく言うぜ、武器伝いに電気流したってちっとも動きが鈍りゃしねえ。テメーみたいな奴が一番面倒くせえ」

「そりゃどーも! くひひひひ!」


 男二人がヒリつく空気で激しく武器を交わし、比喩でもなんでもなく火花――というかスパーク飛び散らせ激しい剣戟を繰り広げている。その横をすり抜け、私はナイフを拾いに走っていた。

 周囲の空気も雨粒伝いに帯電しているのか、微妙に全身がピリピリして痛痒くて気持ち悪い。だが、その程度で私を止められはしないのだ。


 ……よし、拾ったっ!


「チョロチョロうるせえなクソアマ!」

「ひゃうっ!?」


 ヴォルツの遠隔攻撃か、立ち上がった私のすぐ背後に落雷が落ちた。だがそれ以上の追撃は無いようで、私は振り返らずに一心不乱にリリスたちの元へ駆け戻る。


「どいて! これなら、どうにかできるかもしれない!」


 ひび割れたポールの前に立ち、ナイフを振りかざした。一瞬、感電のリスクが頭をよぎったが、手に握るゴム製のグリップを信じてひび割れに一気に刃を突きこんだ。


 ぶちぶちと配線が切れる感触とともに、ポール間の電流が乱れ、そして消えた。やった、予想通り……!


「グッジョブ、とわちゃん!」

「ここまで大した事できてなかったから、これくらい役に立たないとね。……レキ、そっちはもういい、行こう!!」

「あいヨー」

 さっき見た激戦の姿からは信じられないくらい気が抜ける返事をして、レキはさっさと敵前逃亡をかましてこちらに向かってくる。

「テメッ……! 逃げるんじゃねえ!!」

 それを追いかけようとしたヴォルツがばちんっ、と弾かれ大きく後退した。どうやらリリスの力による妨害のようだ。


「さよなら、ヴォルツ。もう無能なお姫様の世話なんてしなくてよくなるわ」

「ふざけんな! テメーはいつもそうやって俺を都合よく――!」

 リリスの捨て台詞にヴォルツは何事か喚いていたが、、遠ざかる私たちにその全てを聞き取ることはできなかった。


***


 しばらく行くとコンクリートの街路が途切れ、広々とした荒野が視界の前に広がった。いつの間にか雨は止み、分厚い雲間から差す光が大地をかすかに照らしだしていた。

「この街の境界さえ越えてしまえば、追っ手はほとんどやって来れなくなる。……おめでとう。これであなたたちは自由の身よ。向こうに見えるゲートをくぐれば近くに駐留している解放軍に保護してもらえると思うわ」

 とリリスに示された先には鉄条の長く続くフェンスと、その出入口――それはちょうど、このアトラクションの入口と同じ形状の金属のゲートだった――が見えた。どうやらそこが終着点のようだ。


「リリスさんは、これからどうするの?」

 心配そうに暁が訪ねる。

「私もいずれ解放軍にお世話になるだろうけど……別のコネを頼らなくちゃ。だから、あなたたちとはここでお別れ」

 少し寂しげな笑みを浮かべ彼女は私たちに小さく手を振った。

「……うん、さよなら。こう言うのは変かもしれないけど。とても楽しかったよ」

「じゃ、そろそろ行こうぜ暁。ここで立ち話してたらお互い危険、だろ?」

 と、名残惜しそうな暁の手を引いて月夜は出口ゲートを目指す。そのやりとりだけで、すでに物語のラストシーンの風情たっぷりだ。一方、私とレキはといえば、ただ先行く二人の後を付いていくだけだったが、一つの物語を見届けた達成感のようなモノが私の胸を満たしていた。


「――」


 ゲートをくぐる直前、ふと最後に一度だけ振り返ると、雨の上がった澄んだ空気の中、どこからやってきたのか色とりどりの花びらが風に舞ってリリスの元へと運ばれていくのが見えたのだった。

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