聞きたいことは山積みのようです。

 転校生につきものであろう「休み時間突入と同時に、他生徒たちからの質問攻め」といったイベントが発生することなく、幸いにも私は昼休みと同時にスムーズに校舎を抜け出すことができた。


「よっ、勉学に励んでいるかい」


 人影を探していると背後から声をかけられた。……目当ての人物、アル・レキーノだった。今回は真っ赤なパーカーにジーンズ姿で、普段もとい公式衣装に比べれば、いくらかこの場に馴染む格好になっていった。


「ハイ、授業頑張ったご褒美をドーゾ」

 ぽん、と手渡されたビニール袋には焼きそばパンとコーヒー牛乳が入っていた。

「弁当も飯買う金も持ち合わせてなかっただろーから、差し入れ」

「……そりゃどーも」

 実際、昼食の入手手段については困っていたところだし、私は大人しく厚意(だと信じたい)に甘えることにした。


「それより。君に聞きたいことは山ほどあるんだけど」

「ホイホイ、なんでもどーぞォ」

 幸いなことに、どうやら今回は妙な約束事は必要ないらしい。


「この場所はなんなの」

「アリステイルパーク内、六道市エリア、六道学園の高等部校舎裏。社会の授業で習わなかった?」

「ごく浅い話だけ。ここが巨大テーマパークで、ここの生徒もみんな将来的にはエンタメに従事するとかなんとか。でも知りたいのはそこじゃない」

「じゃ、知りたいコトはこれから習うんじゃないですかネ。勉学頑張ってー」

 ニコニコしながらレキはひらひらと手を振る。どう見ても励ましというより煽っているようにしか見えない。

「やめてよね! もういい年齢だし、高校はとっくの昔にもう出てるんですけど私!」

「そんな姿で言われても説得力ないんだどォ」

「セーラー服のこと? こんなの誰かのお仕着せよ。私の意思で着たわけじゃ……」

「チッチッチ。鏡を見てからモノを言いな」


 レキに言われ、手鏡……なんてしゃれたモノを携帯していない私はさっとスマホを取り出した。ミラーモードを開くまでもなくスリープ状態の暗い画面に映り込んだのは、言われてみれば十代相応にみえなくもない肌艶や顔立ちと、なにより学生時代の無精と中二病の結晶だった日本人形のように伸ばしっぱなしの長い黒髪。――確かに十代の自分に巻き戻ったように見えなくもない。

 が、しかしそれは若返りを実感できる劇的な変化というわけでもなく、基本的な体格が大きく変わったわけでも、なにより精神面がこれっぽっちも変化していない以上、やはり「いい年齢した大人がコスプレしている」感が拭えない。


「若返ってる、の、か……?」

 眉間に皺を寄せ首を傾げる私にレキはうんうんと頷く。

「だってェ、アプリにも入力したでショ17歳って」

「いやアレ入力年齢の制限が……」

 というか、仮にあそこに入力した年齢になってしまうという話であれば、どうやっても成人年齢の維持は不可能では。なんたる理不尽。

「とにかく! デートの約束は果たしたんだし、元の場所に帰して。まさかあの落下空間から助けたら後はサポート対象外、なんて話じゃないでしょう?」

「そりゃあ、今後しばらくはまだまだとわの望み通りに手厚くサポートしますけどォ。……帰りたいの?」

「当たり前でしょう。二度目の学校生活を無邪気にエンジョイできるほど陽キャじゃないんだよ私は」

「アレェ~? 最近の異世界転移者ってのは元の世界に帰ることなんて微塵も考えないって聞いてたんだけどナ」

 と、困ったように腕組みするレキ。なんなんだその偏った知識は。


「だいたい、約束はまだ果たされてないし。あの舞台は予行練習。よってノーカン。次に会う時はちゃんとデートしよ、ネ?」

「はぁっ!?」

「だってあんなオチじゃ不完全燃焼じゃん、お互い」

「悪かったわね、あの程度しかできないヘボいスペックで」

「イヤイヤ、アレはしゃーなし、とわが悪い訳じゃない。だってルール把握も手札も足りてなかったモン。つまりはチュートリアル、なんなら負けイベ」

 初手から負けイベぶちこまれるとか、クソゲ臭しかしないんですけど。

「あれは楽しい理想のデートのための第一歩。これからアンタにはこの世界について、自分の力についてたーっぷり学んで最高のヒロインになってもらうのサ」

 私に反論する余地も与えず、レキは私の肩を抱くともう片方の腕を天にかざす大仰なポーズで声高に告げた。まるで私には見えない観客に高らかに宣言するように。


「このパークで一番特別な選ばれし存在、《アリステラ》!! アンタは、その資格と才能があるってワケだ!」

「だから、それになれと……?」

「もちろん! そうすりゃこのテーマパークが最っ高に楽しめるって寸法さ! そのためにも、その在り方や力の使い方をしっかり学ばなくちゃネ?」


 ――ピンチを助ける対価はデート一回。ただしその『理想のデート』のために異世界に連れ込まれたうえ、そこで望み通りの教育を施される、と。とんだ悪魔の契約だ。


「放課後迎えに来る。そっから修行開始と行こうじゃありませんか」


 推しに肩を抱かれ耳元で逢瀬の約束を囁かれる。その筋の淑女にとっては最高のシチュエーションなのだろうが、私の気分は暗澹あんたんとしていくばかりだった。


***


「いい時間だナ。じゃ、そろそろ行くわ。じゃ残りの授業頑張って」

「ん、ちょっと待って。君こそ勉学はどうしてるのさ」

「ンー? もう学校は卒業済み。ほらオレ19だし? 高校課程は卒業済み、社会人社会人。マジで」


 くっ、そうだった。こいつは時折見せる幼稚な言動と20歳未満ということでギリギリ「少年」にカテゴライズされているような微妙な年齢のキャラだった。そもそもよく考えてみれば今の服装だってここの制服ですらない。


「というわけでェ、合法的にアナタのための資金源兼保護者としてサポートさせてもらいますとも!」

(ほ、保護者……こいつが?)


「デキる彼氏に養ってもらえるなんて幸せ☆」などとスイーツでお花畑な思考ができれば幸せだったのかもしれないが、生憎とそこまで夢力というか女子力が高いわけではない。

 ――これは、いわゆる『ヒモ』の立場だ。その事実が重くのしかかってくる。


「心配しなさんナ。早く立派なアリステラになれば、金も地位も全く心配なくなるからサ!」

 そんな私の心を見透しているようなレキの言葉が、私の良心とプライドにチクチク刺さってくる。


「ア、そうそう」

 と、この場を立ち去ろうとしていたレキが足を止め私を振り返る。

「あのソシャゲはプレイしてるかい、グリアリ。ちゃんとガチャ結果くらいはチェックしときなよー。推し以外の手札も把握しとかなきゃ、満足に勝てないゼ~」


 と告げると、さっさと駆けていってしまった。


 ……なんなんだ、その最後のアドバイス???

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