まずはお友達を作るべきのようです。
高等部校舎の最上階、屋上前の扉の前に私はいた。
すぐに入って(いや、屋上だし「出る」なのか?)いいモノか、ノックでもするべきなのか? と少し悩んだが、とりあえずドアノブを回してみる。
鍵はかかっていなかったようで、ガチャリ、と思いのほか大きめの音がして、重めの扉がわずかに軋む音を立てながら小さく開く。
……と、扉の向こうで何やらバタバタと慌ただしい人の気配がしたような気がした。
そっと扉の隙間から覗き込む。人の姿は見えない。
「勇谷さん、真友さん」
声をかけてみるが、返事は無い。
「……部活動について聞きたいことがあるんだけど」
「なに!? 入部希望!!?」
「あ、おい馬鹿!!」
屋上に備え付けられていたベンチの下から小さな人影が転がり出てきたかと思うと、それを追いかけるように、給水塔の陰からもう一人が姿を現した。
「こんにちは、僕は部長の
「ああもう先生や風紀委員とかの回し者の可能性とかも考えろよ……前それでどやされただろうが……」
(本当にいた……)
とりあえず、私は探していた人物たちと出会うことができたようだ。
***
時を遡るほど30分ほど前。生徒の数もまばらになった放課後の教室で、私はまだ自分の席でぼんやりとしていた。
(「放課後に迎えに来る」とは言ってたけど。そういや待ち合わせ場所を聞いてなかった……)
放課後に行く場所……というかそもそも帰宅するべき場所も分からない以上、レキだけが頼みの綱だというのに、とんだうっかりだ。
だが、確かあいつと連絡できるメッセージアプリがあったはず、と思い至りスマホを起動させる。
――と。そもそもの発端となったソシャゲ『グリモア・オブ・アリステイル』のアイコンが目に入った。
『あのソシャゲはプレイしてるかい、グリアリ。ちゃんとガチャ結果くらいはチェックしときなよー』
別れ際にレキに言われたことを思い出し、なんとなくスマホのソシャゲを起動してみる。短いロード時間とタイトル画面を経て、すぐさま開くメニュー画面。チュートリアルの一環なのだろうか、キャラ確認のアイコンが光っている。
(これを選択しろ、と?)
誘導に従いアイコンをタップすると、初回のガチャで引いたキャラたちが並ぶリストが開いた。
★★★ [魔剣士] アル・レキーノ
こいつにばかり目を取られていて、他のキャラを見ていなかったな……どれどれ。
★★★★★ [吸血大公]モーナーク=ドラクリア=ロートヴェルト
★★★★ [幼き騎士たちの長] 加賀美 ルイ
★★★★ [死なずの人造姫] リリス
★★★ [電刃の狂鬼] ヴォルツ
★★★ [闇の一族に灯る若き光明] 海咲 枢
★★ [トンチキ発明販売人] ティロス
★★ [小さな宵の歌姫鳥] 小夜啼鳥
★ [RP部・部長] 勇谷 暁
★ [RP部・副部長] 真友 月夜
世界観も画風もまるっきり違う、まとまりの無いキャラクターの顔アイコンがずらずらとリストに並ぶ。複数作品のコラボ系ゲームらしいから当然といえば当然なのだが。
「ガチャの結果、どんなもんだった?」
「!!」
急に声をかけられてビクリと身体が跳ねた。
スマホから顔を上げると、目の前の席に座ったレキが、私のスマホを覗き込んでいた。――気付けば周囲に生徒の気配は無く、静まり返った教室に私とレキの二人きりになっている。
「よく知らないキャラばっかりで、なにも分からない」
一応、最高レアまで満遍なく含まれているという点では好運、なのだろうか。いやでも最近の初回ガチャなんてのはそれくらいのボーナスが付くのが当たり前か。
「実はサ……あんたがガチャで引いたキャラな、みんなこの島にいるんだゼ」
「へぇ」
勿体ぶってそう切り出したレキに、自分でもびっくりするくらい薄いリアクションが出た。しかし、すでに不可思議な体験をいくつか経験したし、なにより目の前に推しキャラがこうして実在している以上、今更驚くことでもない。
「で、そのリストにいる奴らは、すでにアンタと縁が結ばれてるってワケ。出会えば確実に心強い味方になる」
「この場所で生きていくために重要なキーキャラだ、と」
有用な人物がこうして知らされるというのは実にゲーム的だがありがたい措置かもしれない。互いに得しないような人間関係をわざわざ築くようなリスクと手間が減る。
「そんなワケで、さっそく会いに行ってみまショー! ちょうどこの学校の生徒もリストに含まれてるみたいだし?」
「え? 今すぐ?」
「暇デショ? ならこういう人脈確保イベントはこなしておかなきゃ~」
暇もなにも、レキが行き先を示してくれない限り私は帰る場所にすら困るのだ。つまり――拒否権など端から無い。
***
――で、今に至るわけだ。
「総合的演劇行為研究部、通称
先ほど暁と名乗ったその小柄な部長さんは、セーラーの上着にショートパンツという校内でも珍しいファッションで、中性的な外見も手伝って女生徒のようにも低学年の男子生徒にも見える。
「……星海、とわ、です。高等部、二年」
とりあえずこちらで正式名扱いされているその名前と学年を名乗る。少しぎくしゃくしてしまったが、不審がられないだろうか。
「とわちゃんか! ほら月夜も挨拶!」
「RP部のヒラ部員だか副部長だかの
もう一人の学生くんは本当に特徴の無い、黒髪学ラン姿のどこにでもいそうな少年だった。が、賑やかな相方との対比もあってかしっかり落ち着いた、そしてどこか苦労人の印象がある。
「それで星海さん、だったか。なんでまたこんなドマイナーな非公認部活なんか訪ねてきたワケ」
と、月夜くんの方から至って当然の質問が飛んできたが、明確な答えも用意していなかった私は、しどろもどろになってしまう。
「えと、と、友達に、話を聞いて……」
……初対面の人間との会話は本当にキツイ。このコミュニケーション作業を代わりにやってくれそうなレキはというと、「忘れ物しちゃっタ! 取ってくるから先行ってて」とかなんとか言って、来る途中でどっかに消えて戻ってくる気配が無いし。
人脈確保なんて簡単に言ってくれるが、一体どうしろというのだ。接点がほぼ無かった人たちに急に「お友達になってほしい」は流石に不審すぎるだろう。
「あ、あの、ごめんなさい変だよね。ただちょっと興味があっただけで、あ、いや、でも冷やかしとかそういう意味じゃなく――」
バタン! と大きな音を立て、急に屋上の出入口扉が開いた。そこから顔を出したのは、レキだった。
「オッ、こんなとこにいたのかヨとわちゃーん! もう、今日は勉強のためにサーカスを観に行くっていったジャン!」
何言ってんだ私をここに差し向けたのは他ならぬお前だろう、と反論する間も無くレキは我々の輪に駆け寄ってきて白々しくまくしたてる。
「んー? そこの二人は誰? もしかしてお友達? 転校初日なのにやるねぇ」
「え、転校生なんだとわちゃん!」
暁はいっそう目を輝かせて私の顔を見てきた。
「そそ。だからちょっと変なトコあっても許してやってネ。色々興味はあるんだけど、まだここの勝手よく分かってないみたいでサ!」
「はあ、さいですか……」
と、さっきまで怪訝そうだった月夜もある程度は納得したような様子を見せる。こうも上手くフォローを入れてくれるなら、最初からいてくれればよかったのに……と心の中で感謝よりも恨み言が先に出てきてしまう。
「そだ。せっかくのご縁だしサーカス鑑賞、一緒に来るかい? 入場料はお兄さんが奢るヨ?」
「ほ、本当ですか!? 月夜やったぜ、今日の部活内容決定じゃん!」
「オイさすがに初対面でそれは厚かましいんじゃ……」
「いーのいーの、これからこの子がお世話になるかもしれないし。部費の先払い的な?」
待て、非常にスムーズな流れで私をここに入部させるような展開になっている。いや接点を作るという意味ではベストな展開かもしれないけど! 私にも選択権や心の準備というものが!!
「ほ……本当に? 新入部員を預けてくれるだけでなく、さらには部費まで出してくれると……!」
そんなレキの提案に、暁は感極まったように目を潤ませていた。あ、駄目だコレ完全に懐柔されてるわ。
「OB……!! いえ特別顧問と呼ばせてください!!」
RP部部長の、まさかの土下座だった。
いやこの部活動に所属した試しが無いどころか、この学校を出ているかさえ怪しい初対面の人間をOBや顧問として崇めていいものなのか?
「いや名前すら知らん人だし、そもそもこの部活に所属してたこともない人間を、OB扱いしてどーする!!」
と、まだ部外者である手前口に出せなかった全てを月夜くんが全て代弁してくれていた。ありがとう月夜。あなたとは良い友達になれそうだよ……。
「くひひ、聞いていた以上に面白いねえ、この部活。これからの学校生活楽しくなりそうジャン?」
「そ、そうね……」
これはもう完全に「まだ部活のことよく分からないし、せめて入部を考える時間が欲しい」なんて言えない空気だ。
「で、どうするお二人さん。一緒に来る?」
なんて二人に尋ねつつも、レキの目線は私に向けられている。……私に、最後の一押しをやらせるつもりらしい。自然な流れながらなんと周到な。
「あ、あの。良かったら、ご一緒に。なんか今日は色々お騒がせしちゃったみたいだし」
「行く! 行きます! あ、でも君が来て迷惑だったとかそんなの全然ないからね! むしろ部員が増えるというだけでも嬉しいよ!」
「すみません、ご厚意に甘えさせてもらいます。……というか、こいつの監視もしとかなきゃマズイんで」
「し、失礼な! 初対面相手にも別に粗相したりはしないぞ!」
「すでに舞い上がって礼儀ってモンが限界までガバガバだろうが! これ以上トラブルの種をまき散らされるとこっちも迷惑なんだからな!」
暁と月夜、二人の息の合った漫才をなんだか微笑ましく感じながらも、レキの用意した筋書きに支配されつつある私たちがこれからどうなってしまうのか、全く予測も覚悟もできない不安が静かに胸を満たしていた。
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