第14話静かな森大作戦⑤
「な、なんでお兄ちゃんがここにいるの。今日休みじゃなかったの?」
キッとお兄ちゃんを睨みながら言うと、お兄ちゃんは腕を組みこちらを見やる。
「急遽出勤にしたんだよ。……この前から怪しいとは思ってたんだ。スマホを見る度にお前一喜一憂してるし、普段俺のバイトのシフトなんて気にしないお前が確認してきたりな。まさかとは思ってたが、まさかこんな、こんな……」
お兄ちゃんがワナワナと震えながら倉敷くんの方を見やる。目には涙を浮かべ、勢いよく倉敷くんを指さすと、
「こんな軟弱そうなもやし野郎を彼氏に選ぶとは……許しません、許しませんよお兄ちゃんはぁ!」
「ななな、何言ってんのお兄ちゃん!? 倉敷くんはただの友達で、かかか彼氏なんかじゃ……、ねぇ倉敷くん!?」
「ただの……なんかじゃ……——」
「倉敷くん!?」
倉敷くんが俯いてなんかボソボソ言ってる!? よく聞こえないけどなんかマズイこと言ったっぽいどうしよう、とにかく弁明を!
「ちちち違うの倉敷くん、あのえと、言葉のあやで、私なんかが彼女に見られたら倉敷くんがかわいそうって思って……」
「……!? そ、そんなことは、神泉さんだったら俺は……——!」
「え、そんなことは?」
「あ、いやその……」
私の言葉に倉敷くんが立ち上がって反応し、目が合う。
そんなことは……なんだろう、倉敷くんがそのまま黙って固まってしまっている。何を言いたかったんだろう。すごく気になるのに……固まったままの倉敷くんとずっと目が合っていてそれどころじゃない!
なんだか倉敷くんの顔も赤くなっているように見えるけど、見上げるように目が合っているから、電球の明かりが逆光して倉敷くんの顔色がよくわからない!
うぅ気になる、でもそれどころじゃないし、倉敷くんの瞳に吸い込まれそうだし、どどどどうしよ……——、
「……ウォッホン!」
「「——……!?」」
ビクンッと、私と倉敷くんがお兄ちゃんの咳払いに跳ね上がる。
今お兄ちゃんのこと完全に忘れてたぁ……。そして今のビックリでなに考えてたかも吹っ飛んじゃったじゃん、なんだったっけ?
「あ〜とにかくだ、俺は——」
「お、お兄さん!」
「……お兄さ——!?」
突然倉敷くんに呼ばれ、お兄ちゃんも一瞬肩を跳ねさせる。
「あの、僕の名前は倉敷藤之助と申します。し……栞里さんとはクラスメイトで、この度僕のとある失敗により栞里さんに迷惑をかけてしまい、本日はその謝罪も込めてご飯をご馳走する約束で馳せ参じました。ど、どうかご容赦願えないでしょうか?」
倉敷くんがお兄ちゃんに深々と頭を下げている。やっぱり倉敷くんは誠実な人だ。私との約束を守るため、失礼極まりないこのお兄ちゃんに弁明をしている。
……でも、私はそんな事をさせたくてこのお店を選んだわけじゃない。倉敷くんと美味しいご飯を食べたいから……楽しくデートしたいから、私は絵里香さんのお店を選んだんだ。私の好きなこのお店を、倉敷くんにも好きになってもらいたいから。
だから私は、そんなお兄ちゃんにだんだん腹が立ってきた訳で。
「お、おう。そうか、いやそういう理由なら……——」
「お兄ちゃん!」
「ん、どうした栞里。そういう事だったら別にだな」
さっきのお兄ちゃんと同じ目つきをしながら立ち上がり、
「お兄ちゃん、サイッテー! 大っ嫌い!」
「——!!???」
雷に打たれでもしたかのように、お兄ちゃんはハニワのような表情を浮かべ、
「し、栞里……?」
「倉敷くんにこんな事させて……もう話しかけないで!」
「————!!??!?」
ムンクの叫びよろしく、そのままお兄ちゃんは動かなくなってしまった。
すると、奥から絵里香さんが出てきて、
「何事かと思ったら、あ〜……ごめんね栞里ちゃん、今日康太の出勤許しちゃって。今日はコイツもう上がらせるから」
どうやら私の叫びにビックリして、厨房から出てきたようだ。
「絵里香さんは悪くない。お兄ちゃんがひどいだけ」
私の追撃にお兄ちゃんの頬がさらにゲッソリしていくのが見て取れる。そのまま反省しなさい!
絵里香さんがお兄ちゃんの首根っこを掴んでバックヤードへと引き下がっていく。
とりあえずは一難去ったけど、倉敷くんには悪い事をしたなぁ。——……そういえば、私の怒った顔を見られてしまったんだった。やばい、あの目つきを見られてしまったらもう……!
先ほどからずっと黙っている倉敷くんの方を恐る恐る見やると、倉敷くんも驚いたように目を見開いていた。
「し、神泉さん……」
「あっあの倉敷くん! そのこれは、あぁいやそんな事より、今回は本当にごめ」
「神泉さんも、怒る事あるんだ!」
「……え?」
倉敷くんの予想外の反応に、私は目が点になってしまう。
「神泉さんてすごく穏やかな人だったから、なんというか、すごくレアな表情を見れて嬉しいっていうか」
穏やか? 私が?
私がポカンとしていると、それを見て何か感じたのか、倉敷くんがアタフタしだし、
「いっいやごめん! 怒ってるところを見て嬉しいなんて、言われた側は気持ちよくないよね。ちょっと配慮が足りなかったよ、ごめん」
「え、あのそうじゃなくてね、私の怒った顔、怖くなかったの?」
絶対怖いはず。あれを見て怖くない人なんている訳ない。
私の質問に、倉敷くんは不思議そうな表情を浮かべて、
「いや、怖かったよ?」
ですよねー。あぁ、私の恋は終わった……もう完全にダメだこれ。泣きそう、どうしよう。せっかく今日は楽しい日になると思ったのに、まさかの失恋日になるとは……。
言われた瞬間、もう倉敷くんの顔は見れなかった。私は力なく椅子に腰掛け俯く。鼻の頭がツーンとしてくる。これは涙が込み上げてくる合図だ。ただでさえ怒った顔を見られたのに、泣き顔まで見られるなんて……。
私が絶望に駆られ目に涙を溜め始めると、「でもね」と倉敷くんが話を続け、
「でも、怒って怖くない人なんているの?」
と、不思議そうな声で聞いてくる。
「きっと俺が怒ったって怖い自信あるよ! 神泉さんも俺に二度と近寄りたくないほど怖いよきっと! ……それにさ」
倉敷くんが少しおチャラけた声音でそう言うと、深く深呼吸し、
「神泉さん、俺のために怒ってくれたんだろう? 俺のために怒ってくれるって、実はすごい事だと思うんだ。俺そんな事してもらったの初めてで……。だから本当はこんな事言うの不謹慎なんだろうけど、神泉さん、その……ありがとう」
倉敷くんの言葉に、私の涙腺は崩壊してしまった。
「……え!? 神泉さんもしかして泣いて……え!? どどどどうしようなんか俺ひどい事言って……!?」
「ち、ちが、違うの倉敷くん!」
涙が次から次へと溢れてくる。止まらないものは仕方ないので、私は嗚咽混じりに倉敷くんの名前を呼び、
「そ、そんな事言ってもらえるなんて、思っていなくて……。私嬉しくて……」
倉敷くんの前で泣くのはこれで二度目だ。我ながらよく泣く女である。そして……——、
「え、えと……はいコレ、ハンカチ」
こうしてハンカチを貸してくれるのも、二度目だね。
「ありがとう、倉敷くん」
久しぶり借りた倉敷くんのハンカチは、以前と違ってもう知っている匂いだった。
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