第13話静かな森大作戦④

「じゃあ食後はcoffeeで決まりだね」

「……!? う、うん!」


 倉敷くんが私に合わせてくれた……優しい! いやでも笑ってるな、普通に冗談として受け取られたらしい。まぁそれはそれで良いけれどもね!


「お客様、ご注文はお決まりですか?」

「あ、絵里香さん」


 倉敷くんに注目して気づかなかったけど、テーブルの横にはこのお店のオーナー——絵里香さんが立っていた。お水を持ってきてくれたらしい。


「楽しそうね栞里ちゃん。こちらがお友達の?」

「う、うん。私の恩人でクラスメイトの倉敷藤之助くん。倉敷くん、この人が前話した、このお店をやってる絵里香さん」

「あ、はっ初めまして」


 絵里香さんがまず私の前にお水の入ったコップを置くと、続いて倉敷くんの方にお水を……お水を……——、


「へぇ……、あなたが……。初めまして倉敷くん。私はこのお店のオーナー兼、栞里ちゃんの『姉貴分』、……そう『姉貴分』! の宮本みやもと 絵里香えりかです。いつも私の『妹分』である栞里ちゃんがお世話になっております」


 なんかめっちゃ威嚇してるぅ!? 一部分すごく強調して睨んでるよぉ!? な、なんで!?

 絵里香さんはすごく美人だけど、切れ長の目のせいで私とは違った目の怖さがあるのに!


「……、…………」


 あぁ! ちょっと待って倉敷くんが、倉敷くんがすごく動揺してる! すごい冷や汗かいてなんか小刻みに震えてるよ! さながら蛇に睨まれたカエルのようにー! やめて絵里香さん、修羅場を潜り抜けてきたヤンキーのように倉敷くんを睨みつけないで!


「あ、は……はっはい……よよよろしくお願いしまっす……!」


 倉敷くんが意を決して挨拶すると、絵里香さんはニコリと笑い、倉敷くんの前にもお水の入ったコップを置く。


「ふむ、私に睨まれても逃げずに挨拶を返したか……一先ずは合格ね」

「な……何かに合格したみたいですね……俺……——」


 ぐったりした倉敷くんが、半ば白目を向いて放心している。

 まぁ絵里香さんの眼力はすごいからね……。このお店で絵里香さんをナンパした人が、あの目に凄まれて何人泣いて帰ったことか……。さすが倉敷くんだよ。


「えっ絵里香さん、私のお友達に変なことしないで」

「ごめんね栞里ちゃん。でも栞里ちゃんの為にもこの試験は必須科目で……」

「私の知らないところで何かが選考されてる!?」


 私の姉貴分はカフェのオーナーで且つ何かの試験官も副業されているようです。

 とりあえずオーダーを済ませ、絵里香さんをこの場から離れさせた私は倉敷くんに声をかけると、


「あ、あぁ神泉さん……変なところを見せてごめんね」

「むしろこちらこそ、身内が変なことをしてごめんなさい……」


 倉敷くんが汗を拭きつつ、なんとか意識を持ち直したようだった。


「いやぁハハハ、それにしてもすごい人だったね。コワ……迫力のある人だったよ」

「素直に怖いって言って良いんだよ……」


 先ほどのことを思い出した倉敷くんが、笑顔ながらも若干震えていた。トラウマ植えつけてしまってごめんね……。


「いやでも、神泉さんの身内なんだ。そりゃあ本当の妹のように可愛がっている子が男を連れてるの見たら、友達だとしても心配になるのもわかる。きっと俺に妹がいたら同じ反応する自信あるもん」

「倉敷くん……」


 倉敷くーーーん! 私のハートは今キュンキュンだよぉ! なんて理解のある人なの……あんな怖い思いさせられても、相手の肩を持つなんて……。優しさの権化かな?

 しかし、キュンキュンするほど真顔になるのが私の悪い癖だ。せっかく倉敷くんが私の為に絵里香さんのことまでフォローしてくれて嬉しいのに、これじゃあ何も伝わらない。ちゃんと伝えたい、せめて少しでも伝えたい。頑張れ、頑張れ私!


「倉敷くん、絵里香さんのこと悪く思わないでくれてありがとう。やっぱり倉敷くんはや……やっ……、ふぅ……、やや、優しい! ……ね」


 言えたぁ! ちゃんとかはわからないけど、噛み噛みだったけど優しいって私の気持ちは言えた。ふぅ、耳が熱い……。


「え!? あっアハハ! ありがと神泉さん」

「——……うん」


 ……。

 ……——。

 …………————沈黙になっちゃった、なんでどうしよう! いや私が照れに照れて褒めたあと、恥ずかしさのあまり俯いちゃったからなんですけどね! 傍から見たら会話拒否みたいなもんですもんね!

 チラと視線だけ上げ倉敷くんを見ると、なんだか倉敷くんも俯いている。やっぱりさっきの絵里香さんのダメージが尾を引いているのかな。

 心配して見ていると、倉敷くんが不意に顔を上げ、目が合ってしまい、


「……ッ!?」


 咄嗟にまた俯いてしまう。さっきまで普通に話せるようになっていたのに、またなんだか急に恥ずかしくなって来てしまった。ドキドキすると途端にダメになってしまう。

 すると、どこからかグゥ……と音がなる。音の先——倉敷くんの方を見ると、ハニかんだ笑顔を浮かべて恥ずかしそうにしている。

 

「お、お腹減ったなぁ俺。実は料理が楽しみすぎて、今朝から何も食べずに来たんだよ」


 へへへと笑う倉敷くん、可愛すぎか? 尊すぎて直視できないんだが!?

 でもそれほど楽しみにしていてくれたのは素直に嬉しい。空腹は最大の調味料って言うしね。


「そ、そろそろサラダくらいは来るんじゃないかな」


 ニヤけ顔を隠すため、俯きながら時間を確認する。いつもの感じでは、前菜などの簡単な料理はすぐに提供されていた。

 するとこちらに近寄る足音が聞こえる。予想通りである。しかし、


「絵里香さん、もう私たちお腹ペコペコだよ……ゔ!?」

「ど、どうしたの神泉さん!?」


 料理を迎え入れようと顔を上げた私の目は大きく見開き、口はあんぐり開けたまま固まってしまう。そんな私に心配の声をあげる倉敷くんだが、今はそれどころではない。

 ……いや、正直私より倉敷くんが心配である。何せ……——。


「お、お兄ちゃん……——」

「……え? お兄……ちゃん?」


 倉敷くんの顔が錆びたガラクタロボットのように、ギギギと音を立ててその人物を見やる。

 サラダを持った男の名は神泉康太。——つまり私のお兄ちゃんは、笑顔こそ浮かべているが明らかにドス黒いオーラを滲ませ、


「こちら前菜のサラダでございま……す!」


 私と瓜二つな三白眼の目で、倉敷くんを思いっきり睨みつけたのであった。


 あ、倉敷くんが白目剥いて痙攣してる……。

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