第13話
俺はオーディションに合格し、劇団Xへの入団を許可された。
すぐに稽古が始まり、残り少なくなった大学生活にもほとんど行けない日が続いた
久しぶりに大学に行った日
中庭で凛の姿を見つけた
「凛!」
「慧ー!」
嬉しそうに走ってくる笑顔にこっちまで顔が緩む
「凛、バイトうまくいってるか?」
「まぁ何とかやってるよ」
「今日は?」
「今日はお休み」
「じゃあ、時間ある?これから」
「うん、あるよ。もう帰るとこだから」
「帰んの?
帰る時は危ないから俺と帰るんだろ?」
「クスクス、もう大丈夫だよー
あれから、何もないよ。
慧は心配症なんだから」
「お前はいつまでたっても、危なっかしいんだよ」
「はいはい。っで、どこ行くの?」
「ちょっと話したいことあるんだ。飲みに行こ」
「いいよー」
馴染みのお店に入るとまだ早い時間だからか、いつもの学生達の姿はなく
静かな店内の角の席に座った
「話って...?」
「俺、Xに入れることになったんだ」
「X...?すごーい!慧、バンドやるの?」
「はぁ?笑。ちげえーよ
そっちのXじゃないわ。
劇団X。凛にはわかんないだろうなぁー」
「馬鹿にしてー。わかんないけど...笑」
「俺が憧れてた俳優さんが何人もそこにいるんだ。同じ舞台に立てるなんて、夢のようなことだから、まだ信じられないよ」
「夢が現実になったんだ!」
「まだまだだけどな。
舞台に立てるだけ、セリフも全くないけど」
「慧..良かったね
やっぱり、私の目に狂いはない!」
「凛、いつそんなこと言った?
それは俺が言ったんだろー」
「ハハ、ごめーん」
「慧の舞台、観に行くね」
「いや、まだ来ないで
ちゃんと、センターに立てるようになった時に観てほしい」
「...そっか...わかった」
夕方から、飲み始めた俺達は時間を忘れて
話した。
笑いあったり、言い合いになったり、
まだ、見えない夢の先の話をしたり
「凛、そろそろ眠いんだろ?」
「んー?大丈夫よー」
「お前の大丈夫は大丈夫じゃねぇの
帰んぞ」
「はぁーい」
並んで歩いてると指先が触れ合い、どちらからともなく、繋がれた手
あれだけ、弾んでいた会話もカチリと電源がoffになったように止まってしまった
お互いの掌の温もりがただ、愛おしくて、
言葉はいらなかった
凛の部屋が見えてくると彼女は急に足を止めて握ってた手を解いた
...途端、凛は俺の背中に顔を押し付けるようにピタリとくっついた
「凛?」
「......」
遠慮がちに腰に添えられた手を両手でグッと引っ張って前に回して握りしめた
「どした?」
「少しだけいいから...こうしてていい?」
「いいよ」
「慧?」
「んー?」
「私のお話の中で泣いてしまったのってどのお話だったの?」
「それは......
明日卒業式で言うよ」
「......わかった」
「凛?
酔った?」
「酔ってない...って言ったら?
このままずーっとこうしてたい言ったら?
慧..困る?」
「凛...」
「嘘嘘ー、かなり酔ってる。
恥ずかしいからこっち向かないで
お願いね」
そう言うと彼女の温もりが背中から消えた
冷たい風が一瞬にして凛の身体の感触を消してしまった
慌てて振り返ると凛は後ろ足でゆっくり歩いてる
「もうー、こっち向かないでって言ったでしょー」
「うるさいなぁ」
「慧、いつか、舞台観に行くね!」
「あー、必ずな!」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
「バイバイ、慧」
「おー、明日な」
大きく手を振って背を向けた小さな後ろ姿が月明かりに照らされながら闇の中へ吸い込まれていくような気がして
いたたまれない気持ちになった
切ない...、
きっと、この気持ちはそういう言葉で表すんだろうってその時初めて思ったんだ
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