第6話

あれからも私達は何も変わらなかった

あの時のキスはひょっとして夢だったのかもしれない...と思ってしまうほどに

なんにも...変わらなかった


夏になると着ぐるみショーは一旦休業

かき氷やヨーヨー釣りなどミニ縁日みたいなことをした

私はかき氷屋さん担当


「かき氷、人気だなぁ。凛ちゃん可愛いもんなぁ。凛ちゃん目当てもいるんだろな。

有難い有難いー」


「そうっすね」


「何だ、慧その顔。

ははーん、凛ちゃんの周りに男がいっぱいいるから気に入らないんだろ」


「別にそんなこと...。俺には関係ないですよ」


汗を流しながら笑顔でお客さんと話してる凛を横目で見ながら、暑い夏の日は過ぎていった



縁日の最終日

片付けがなかなか終わらず夜も更けてきた


「凛ちゃん、遅いからもういいよ。後は男達でやっとくから」


「私もやりますよ」


「いいから。今年の夏はよくやってくれたから。なっ、慧」


「はいはい」


「じゃ、お言葉に甘えてお先に失礼します」



凛が帰って行く後ろ姿がいつになく、何かを感じずにいられず、しばらくぼーっと見てしまってた




バイト先からは歩いて15分ほど、暗い道を家に向かってると

後ろから足音が...

ピタリと止まってみるとその足音も止まる


怖い...

一気に早足になると

今度は走ってくる


慌てて私も走ったけどすぐに追いつかれ

腕を掴まれた


「凛...ちゃんって言うんだよね?」


「え?」


振り返ると何処かで見たことある人

確か、いつもかき氷を買いに来てた...


「ねぇ、ちょっと話さない?」


「は、離してください」


ニヤリと不気味に笑ったその人の力が増した


「離して!」


思いっきり腕を振り払って逃げようとしたけどつまづいて転んでしまった


「いたっ」


無言でジリジリと詰め寄ってこられ、再び捕まえられると目をつぶった瞬間


「凛!!」



「慧?」


すごい勢いで走ってきた慧が

その人の胸ぐらを掴んで突き飛ばした



「お前、誰?

凛に触んな」


殴りかかろうとした慧の手を私は咄嗟に掴んで止めた


「大丈夫だから!私は。やめて」


後ずさりながら慌ててその人は去っていった




「止めんなよ。

凛が怖い目をしたのに1発や2発」


「だって、殴ったら慧の手も痛いよ?

そんなの、嫌だもん

慧、何にも悪くないのに痛い思いするのは

...嫌なんだもん」


そう言って大粒の涙を流した凛

どうして、そんなこと言えんだよ

今まで俺...

そんな風に思われたことなかったよ


口を手でおさえ、肩を震わせて泣く彼女を優しく抱きしめ背中をさすった


「ごめんな、もうちょっと早くに来れたら...」


「慧...は、ぅうっ...どうして?」


「お前が先に帰ったのがなんとなぁーく気になってたんだ。

そしたら、凛はもう帰りましたか?って変なやつが裕翔さんに聞きにきたって。

ヤバいんじゃねぇの?って思って追っかけてきた」


「そうだったんだ、ヒック」


「はぁーー、良かった。間に合って」


「ありがとう、慧」


凛は俺の胸に顔を押し当てて

いつまでたっても泣き止まない


「怖かったんだよな

ごめんな

もう大丈夫だからな」

って、何度も何度も囁いた


こんなにも女に優しくしたことなんてなかった

自分でも知らなかった自分を見出されたようだった


凛......

もう泣くなよ...って思いながらも

ガラス玉のように透明な彼女の心を誰にも見られないようにこうやっていつまでも包み込んでいたいと思ってた



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