What if / 38年目の初恋

Kensho

第1話 エンジェルロードの先に

流れる雲の切れ間から光輝く一筋の光明がシャモニーホワイト色の校舎の二階を照らしていた。

いかにも私をその二階の窓の光あたる教室に導くかのように。


忘れもしない、それは38年前の私が高校二年生になったばかりの春の出来事だった。その時の出来事が、後の私の人生を大きく変えることになるとは、この時は知る余地もなかった。

私の通っている高校は男女共学の公立高校で、特に勉強に特化した進学校でもなければスポーツに特化した高校でもなかった。ただ九年目を向かえる新設校だったので、何もかもが新しい設備で快適だったし、これからの希望に満ちた学校でもあった。

入学した当時の私もまた希望に満ち溢れ、三年間を過ごすのが楽しみだったが、でも私は子供の頃から内気で仲間と呼べる友達も少なく、目立つ事が嫌で周囲ばかり気にして見ているような性格だったので、一年間で友達を作って楽しく毎日の日々を過ごすという考え方は難しかった。

だから独りで登校しては、いつの間にかクラスの教室の席に着いている目立たない存在の学生だった。ただこのまま三年間を終わらせるのも嫌だったし、何か変われる自分を探そうと決めていた二年生になる特別な朝になった。

この日は新学年の初日で私は誰も居ないグランドを離れ、二階の教室に向かって歩いていた。私のクラスは二年九組で、その教室は階段を上がった直ぐ端の教室が私の新学年のクラスになっていた。今から思えば内向的だった私はクラスの生徒に注目を浴びるのが嫌な性格で、教室の前扉から入ることすら躊躇うほど勇気もなく、自然と後ろ扉を選んでいた。そして私は静かにゆっくりとその重い扉を開けた。

教室には一年生の時の仲間だったのだろう数人の生徒が集まっていてグループを作り、クラスの半数くらいの学生が同じクラスになったことを楽しいそうに集まっては何か話しているようだった。恐らく誰々は何組になったとか情報交換していたのだろう。

私はそのような会話の中に入れずに、黒板に書かれていた自分の席を探そうと視線を黒板に向けた時だった。そして私の視線は目の前のその数人のグループの集まりをあたかも避けるかのように、先ほどグランドから見た一筋の光がこの教室の窓から前方の黒板へと射していた所に注がれていた。

その時だった。

その輝く光の先にはネイビー色の膝丈のボックススカートに、少しフィット感のある同色のベストとラウンドカラーの襟に同色のトリミングされた白いブラウスシャツに、少し淡いスカーフタイの制服を着た数人の女子生徒のグループが集まっていた。当時の公立高校はまだ制服を着ていた時代だった。

そんな女子生徒の集まりの中に、窓から差し込んでいた光の先に、ひと際輝いているひとりの女子生徒を眼にした。それは時間にすれば一瞬の出来事だったと思う。


そして彼女を見た瞬間に突如、私の身体は稲妻に打たれたような強い衝撃が走った。


私にとっては生まれて初めての感覚で言葉に言い表せないものだった。

その光景は教室の中が薄白く霞みがかかったように見えなくなり、私の視線は彼女だけに焦点があっていたように思える。

(同じ高校なのに一度も見掛けたことが無かった。彼女の事は全く知らないのにどうしてこんな気持ちになるのだろう)

暫く私は彼女から目を離すことが出来なかった。すると彼女は何やら私の怪しげな視線を感じ取ったのか、離れた後ろ扉に佇んでいる私の方をチラッと見て目と目が合った。それでも直ぐにまた女子友達らしき仲間達と会話を始めた。

この時、私は彼女の事は何も知らない。当然向こうも私の事は知らないはずだし、彼女から話かけてくることは一切無いと思っていた。

そんな私達が一緒のクラスになったのは何かに導かれていたのだろうか。

(名前はなんて言うんだろう)

(何処から来ているんだろう)

(一年生の時はどのクラスだったんだろう)

後から思えば一瞬でこんな事を探索するのが普通かもしれないが、私の場合は違っていた。違っていたというより、言葉に置き換えることなんか出来なかった。全身がフリーズして暫くそこから動けなかったことを38年経った今でも鮮明に憶えている。時間にしてみればたった数秒の出来事だったに違いない。


その時が私と彼女との最初の出会いだった。


その彼女は身長は155㎝くらいで、はっきり言ってそんなに背は高くなく色白で、ショートヘァーの髪型でボーイッシュな感じの笑顔の素敵な女の子だった。そして満面の笑顔でそんな容姿から想像がつかないほどの大きな声で話していたことを覚えている。その声は私のいる後ろ扉まではっきりと聞き取れるくらいの大きな声だった。

その後クラスの生徒の自己紹介で名前が判明した。彼女の名前は


桜庭安奈(さくらばあんな)


後に色々話が出来て分かった事だが、彼女は二人兄妹で、彼女のことを凄く可愛がっていた仲の良い歳の離れた兄 がいて、そのような中で彼女は自由奔放で真っ直ぐな性格の女の子に育った。その大好きな兄のお陰で彼女にとって明るさの源だったらしい。

そして運命を感じさせるような出会いから、二人の新学期が始まろうとしていた。

そしてこの広い世界にきっと私に相応しい相手がいて、私が変われることを信じていた。

そしてあのエンジェルロードの先にいた彼女に私は知らず知らずのうちに心が引かれていった。

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