第3話 夕1

 コーヒーをいただいて、改めて挨拶をしてから店を出る。

 アルバイトへ向かう時のペースとは違い、より軽めの速度で走りながら自宅であるアパートを目指す。

 まま車通りのある道。そこに点々と等間隔で植えられている木々を目で追ったりしながらジョギングをする。

 そのすがらにそういえばと、今夜の食事はどうするかと考えてみる。

 間近になってから考えるのはどうなのかと思うこともある。かといって、下手にこの曜日にはこれ、といったローテーションのようにするのも良くないと思うところがあって、結局こうして日々の食事のメニューは直前になって考えるスタイルのままでいた。

 大方何を用意しても、葵さまはあーだこーだ言いつつも、いつかの時間には食してくれる。しかしながら食事を用意している自分としてはなにかしらのメニューとか、ごはんなのか麺なのかぐらいの方向性を意見してもらえるとどれだけ助かることか。

 とはいえ、その思いは何度か直に葵さまに言ってはいるが届かないので、さてどうしたものかと案を出そうと試みる。

 今朝はパンケーキを食べて、昼はまかないでサンドイッチ。葵さまはいつも通りの生活ならば昼頃は睡眠時間のはずでなしとして。となると今日はまだご飯ものは食べていないから、なにかしらのごはんが良いのかもしれない。

 簡単に考えると、カレーとかチャーハンとかにしようか。もしくはオムライス。

 決めかねているうちにアパート前についてしまったので、一旦家に上がる。

「ただいま帰りました。」

 玄関で声をかけてもなにも返ってこない。今日はまだ寝ているということで。

 部屋に行き、バッグパックから服とエプロンたちを出してハンガーに掛ける。それに消臭スプレーで手入れをしてから、居間へ向かい買い出しのためにエコバッグを棚上から取って家を出る。

 アパートから歩いて五分と経たずして、スーパーへと到着。

 カートとカゴを装備して、改めて夕食とどうしようかと考えながら入り口から野菜コーナーと押し進める。

 先程も考えていた通りのメニューにするか何にするか。

「こんにちは、執事の兄さん。」

 さて、とじゃがいもとにんじんを見つめていると横からぶつかってくる者がいる。

「今は違いますし。なによりその呼び方はやめてください。」

 ぶつかってきた方を見ると誰も居なく、逆を向くと予想通りサトウさんが居た。

 サトウさんは今日もイヤーカフを左右にひとつずつ付けて、制服の上にはジャンパーを着て、私は素行が悪いですよオーラを出しているような雰囲気がある。

 実際なにか悪いような子ではなく、ぱっと見からの金髪による印象が大きいからかもしれない。

「えー、まぁ気にしないでよお兄さん。」

 そう言いながら肩を叩いてくる。

 ご本人が言うこと曰く、字にすると砂糖さんであるらしい。それは嘘か真か。

「実際にそこまで気にはしませんが。今日もスーパーに居てどうしたんですか砂糖さん。」

「んー? 今日もなんとなくヒマでさ。それで今日は何買いに来たのよ。」

 なにも入っていないカゴを見てから訊ねてくる。

「ヒマ、じゃないですよ。なにかあるでしょうやりたいこととか、やることとか。」

「あるけどさ、今はそれはいいの。なに買いに来たのー。」

 カートをがさがさと揺らして邪魔をしてくる。周りのお客さまに迷惑だからやめなさい。

「分かりましたから、静かにしてください。」

「はいはい。」

 あばれるをのやめて、ぶっきらぼうに横に立つ砂糖さん。

「今日はとくになにを作ろうと考えてきたわけじゃないので、困っていたところなんですよね。ご飯ものにしようとは考えているんですが、カレーとかチャーハンとかそういうもので。

 ということで、砂糖さんは今なにが食べたいですか。」

 とりあえずカートを押し進めながらに、砂糖さんに聞いてみる。

「ご飯ものかぁ、いまはなにがいいかな。でも肉は食べたいからそれ系がいいかな。」

 歩いて野菜を見ながら、肉がいいと言い始める砂糖さん。なんか見ているものと違いますけど。

「あーでもマグロがいい。マグロ!」

「砂糖さん、走らないでください。」

 貴重な意見が転々としているなと思いながら、どんどん進んでいく後姿を追いかける。

「やっぱり鉄火丼かネギトロ丼が食べたい。」

「そんなに見られても、砂糖さんに夕飯をごちそうするわけではないですよ。」

「えっ、くれるんじゃないの。なんであたしに聞いてきたの……、お兄さん。」

 笑顔で頷きながら鮮魚コーナーを見ていた顔が、こちらに返るとあからさまに驚愕の表情に変化した。

「いつも言ってますが、ちょうど良い時間になったら帰るようにって言っているでしょう。」

「いやーご飯ぐらいいいじゃん。」

「なにかあったらってことを思うと、適度な時間できっちり帰ってもらいたいですよね。まぁ、あるとすれば、時間が夜でなければいいですけど。」

「ふーん。」

 つまらなそうな返事をしながら、ぽんぽんと刺身とたたきのパックがカゴに入れられていく。これは今日の夕飯はマグロづくしになりそうで。

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