第2話 昼

 走り続けて予定の通りに三十分。着いたところにアルバイト先である個人経営の喫茶店が現れる。赤いレンガのある外観と木製の入り口の扉とか、そういういかにもな雰囲気のある佇まいのお店。

「おはようございます。」

 店に入るとよく聞くベルの音は鳴らずに自動ドアが静かに開く。

「絵野さん、おはようございます。」

「おはよう、ヒスイくん。」

 そのままバッグヤードに向かうと先輩の絵野さんが書類に記入をしている。

 右に数字が縦に延々と並んで、最後に合計個数と金額が記載されているもの。

「今日も頼んだよ、うん。」

「まかせてください。」

 笑顔の絵野さんからの声にテキトウなガッツで応えながら、簡単な仕切りで分けられた更衣室で着替える。汗はかいていないけど念のために制汗スプレーもしておく。

 制服の白シャツとエプロン姿になって更衣室を抜けると、先程までの書類はなくなって座ったままの絵野さんが私を待っていた。

「さてお店の方に行こうか。」

「はい。」

 促されて一緒にカウンターの方へ出ると、マスターの清さんが入り口のところにいた。

「おはようございます、清さん。」

「おはよう香登君。理座そろそろ時間だから看板を立ててくるよ。」

「分かったわ、父さん。」

 そう言って清さんは店前へ出ると、看板を立て直して本日のおすすめを書き始めている。

「それじゃ今日も気楽にやりましょうね。」

「えぇ、今日もいちにち頑張りましょう。」

 準備のされているカウンターキッチンでふたりで声を掛け合って開店に臨んだ。

 そうして店内で構えていても、平日ということもありほとんど常連のお客さんが来店していた。

 その間、実際これといって自分がやることはない。やれることは呼ばれたら注文を取りに行くことと軽食の用意。それに会計のレジ操作ぐらいのもの。

 絵野さんはコーヒーカップや皿の手入れ。ちょっとした掃除など。

 清さんはコーヒーの注文が入るまではその日の新聞を確認していたり、そうでなければ読書か週刊の模型造り。

 こうしてここでアルバイトを始めてしばらくしても独特の流れでこれで良いのかと、なんとなく思ってしまう。特段自分が居る理由が見い出せないでいる。

 清さんは、『これでいいんだ。香登くん、キミが居るだけでまた違ってくるものなんだよ。』と言ってはくれるが……。

「兄ちゃん注文いいかい。」

「ただいま伺います。」

 考えるのをやめて注文を聞きに行くと、本日のおすすめになっているハムチーズサンドイッチとカフェオレが入った。

「兄ちゃんもなかなか雰囲気に合ってきたんじゃないか、店がもっと良くなった様に思うよ。」

「あ、ありがとうございます?」

「そう思うだろう、キンチさん。やっぱり若いあんちゃんも居ないといけないと思ってたからな。

 それに仕事も出来るときもんだからね。」

 注文するのに私を呼んだお客は常連のきんちさんと呼ばれている方。その言葉に応えて清さんも満足そうに頷いて、私のことを自慢する。

「まったく良い男を探してきたね、ヨっちゃんは。」

 そうしてキンチさんが私の背を叩く。

「サンドイッチよろしくな、兄ちゃん。」

「えぇ、まかせてください! マスターカフェオレを。」

 キンチさんの声に応えてキッチンへと向かってサンドイッチの準備にチーズとハムを取り出して作り始める。

 その間に清さんはカフェオレを淹れる準備をしている。

 先程考えていたことが、全く馬鹿のようなことではないかと思えてならない気分になった。

 仕事とは、自分とは。なにか常に求められている理由があってそこに居なければならないという考えが先程までの自分の内にはあった。それが清さんの言葉で変わったような気がする。

まだ、そんな気がしているというだけだが。

「お待たせいたしました。」

 こちらご注文のカフェオレとハムチーズサンドイッチになります。


「うん、時間だ。」

「お疲れ様、ヒスイくん。」

「お疲れ様です。絵野さん、マスター。」

 ふたりに挨拶をしてから、裏の更衣室へと向かい着替えてまた戻る。

「はい、今日のおまけだ香登君飲んでくれ。」

「いただきます。」

 着替えを入れたバッグパックを椅子に置いて、その隣へ座りカップを受け取る。

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