幼馴染と復縁しました

飽き性な暇人

第1話

時計の短針が十を回った夜。

 手に持っていたスマートをフォンベッドの上に降ろし、窓に目をやる。

 外には隣の家の二階から光が漏れている。幼馴染の部屋だ。

 この行動にはもう意味がない。ただの癖同然だ。

 そうとわかっていてもこの行動はなかなかやめられない。

 それは幼い頃からの癖というより、アイツとの繋がりが切れるのを恐れているのだろう。いや、もう切れているのを認めたくないのかもしれない。

 今日も家を出るときにすれ違ったが特になんの会話もなかった。

 人は大事なものを失って初めてそれが大事なものとわかる。

 今ではその言葉が身にしみる。


「はぁ……」


 やり場のないため息をつきながら、ベッドに横になり、目をかざす様に手を置く。


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 俺とアイツとの関係は小学二年生のころからである。

 ある日、隣の家に誰かが引っ越してきた。

 母からは父、母、娘の三人家族が引っ越してきたといっていた。

 どんな子なのか気になったが、当時の俺は人見知りだったため、特に何かするということもなかった。

 そんな性格だったためか、学校でも友達は少ない方だった。


 翌日、朝のホームルームの前。

 教室内が騒がしかった。クラスメイトたちがこぞって集まり、話をしていた。

 理由を(こっそり盗み)聞いたところ、「転校生が来るらしいよ」と言った声が多い。

 噂通り、転校生の女の子が来た。その子は明るそうな笑顔をで純粋に可愛かった。

 その子は、俺の隣の席に座ることになった。


 一時間目、郷土学習の時間。

 この小学校ではこの土地の昔ながらのことを学ぶ郷土学習というものがある。

 俺の住んでいる町は海に面し、昔、漁が盛んだったこともあり、モールス信号を学ぶ授業があった。この授業は基本、二人一組で行う。片方が光を出し、もう片方がその信号を解読するというもの。

 俺はこういうマニアックなものが好きだったため、この授業が好きだったが、多くの人はふざけたりして真面目にやっていなかった。しかし、転校生の女の子は俺同様、こういうものが好きなのかふざけずに付き合ってくれた。

 子供は不思議なことにすぐに人と仲良くなる。

 当時の俺も例外ではなかった。

 その日の帰り、俺はその転校生の女の子と一緒に帰ることになった。

 その少女は俺の家の隣の家、昨日引っ越しをしていた家の前で立ち止まった。そしてこう俺に言った。


 ———今日の十時に外を見て


 ———え? なんかあるの?


 ———内緒


 いたずらっぽい顔でそういって、隣の家に帰っていった。

 家、隣なんだ。何か十時にするのかな。

 そう言われた俺はその「秘密」が気になりつつも、今はその言葉を飲み込むことにした。


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 夜の十時。

 俺は外を見ると、隣の家の二階——俺の部屋と向かいの部屋から光が点滅していた。

 よく見るとそれは今日一緒にやったモールス信号だった。


 ———よ・ろ・し・く


 そう伝えているように見えた。


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 翌日、俺に玄関前で転校生の女の子が寄りかかる様にして待っていた。


 ———昨日のわかった?


 そう聞いてきた。

 少し返事を考えるために間を置いたが、すぐに返事をした。


 ———うん。……こちらこそ、よろしく


 少し照れくさかったが、その転校生の少女は嬉しそうに笑顔を向けてくれた。

 こうして俺たちの関係は時間が経つとともに「クラスメイトと転校生」から「幼馴染」へと変わっていった。

 そして、俺の人見知り彼女の影響もあり、だいぶマシになってきた。

 しかし、この関係はちょっとした出来事で崩れてしまった。

 それは、小学五年生のことだった。

 いつも通り、アイツと一緒に帰るために学校の靴箱の方に向うため、階段を折れていると男子生徒の声が聞こえた。


 ———アイツ、気持ち悪りぃんだよなぁ


 そんな俺の悪口が聞こえてくる。

 幼馴染のアイツは俺とは違って人気だ。性格も明るいし、可愛い。

 そんな子が俺みたいなモブと仲がいいのを妬まないやつがいない方がおかしい。

 俺はその悪口から逃げる様に別の階段から靴箱に向かった。

 靴箱に着くと幼馴染はすでに俺を待っていた。


 ———遅いってば


 不満な声だが、嬉しそうにこちらを向く。


 ———……うん。ごめん。


 俺の様子に違和感を覚えたのか、顔を覗き込んでくるが特に何も言わずにそのまま帰ることになった。

 いつもの様に笑顔で楽しそうに話題を振ってくれる。


 ———ねえ


 幼馴染の家の前、俺は彼女の会話を遮る様に話しかけた。

 そしてこんな言葉を投げかけてしまった。


 ———もう一緒に帰るのやめない?


 この言葉が俺たちの関係を変えてしまった。

 さっきまでの楽しげに話していた笑顔が顔から消え、少し俯いていた。

 俺は彼女の顔を覗き見ることさえもできずに、返事を待った。

 何もいうこともなく、自分の家に歩いて入っていく彼女。

 俺はその後ろ姿を見ていることしかできなかった。

 彼女の立っていたところを見ると、地面のコンクリートにシミが残っていった。

 これは仕方ないことだった。このころはそう自分に言い聞かせることしかできなかった。

 俺に彼女はふさわしくない。

 当時の俺はそう思うことしか、できなかった。

 でも、本当は気づいていた。

 彼女の耳に俺の陰口が耳に入らないわけがない。それなのに俺とずっと仲良くしてくれていた。

 俺がしたことは彼女の好意を踏みにじる行為だったと。

 今でも思う。自分のことしか考えていない俺自身のことが気持ち悪い、と。

 隣のいつもの窓から点滅する光が見えることはなかった。

 それ以来、俺と彼女との間に会話が生まれることはなかった。今でも学校の登校時間、最寄駅が同じなので、毎日朝に顔を合わせているが会話はない。

 たった一度さえも。


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 今日は学園祭だ。

 俺が通っている学校は男子校だ。女子に飢えた男子校生にとって学園祭はいわば、オアシスの様なものだ。

 なので、学園祭中歩いていると大体女子高生とここの男子生徒が話しているのを見る。いわゆるナンパをされているのだ。

 この学校には近くに女子校があるため、そこに通っている女子高生はよくくるらしい。アイツもあそこの学校に通ってるらしいのでもしかしたらくるかもしれない。

 正直、微妙な心境だ。今更どういう顔で会えばいいのかわからない、が、かといって会いたくないわけではないのだが。と言ってもやはりあまりこの学園祭には来て欲しくない。

 構内ではクラスや部活の出し物で騒がしくなる。

 たまに飢えた男子が喜びそうないかがわしい出し物(マッサージ店)が出たりするが、流石にそれは学校側が対応している様だ。

 俺たちはカジノ(健全)をやることになり、客が勝ったらお菓子、負けたら何もなし。単純明快なルールだ。

 そして各自で担当する時間が決まっていて、俺はじゃんけんに負けて十時開始の学園祭で、十時からの担当となってしまった。

 正直、荷が重い。


 俺の担当の時間がやってきて、数ペアの客の相手をした。その客全員が近所の女子校の制服をまとっていたので、客が来るたびに少しドキッとする。

 もう少しで俺の担当時間が終わる。あと相手できても一ペアだろう。

 おそらく、アイツが来ることはないだろう。若干、安心しつつも少し残念でもある。

 そのあとは自由時間だ。

 俺は特に学園祭で何かあるわけどもないのですぐに帰るつもりだ。


「なあ、この後一緒に回んね」


 と、俺と同じ時間を担当しているクラスメイトに誘われる。

 その顔はなんかニヤついている。

 ……コイツ、ナンパ目的だな。


「お前、昨日女子に話しかけるとか恐ろしくてできないとかいってなかったか?」


「甘いな。ちゃんと見てたか、さっきの俺の完璧なムーブ」


 そういえば、さっき相手をした女子高生の客にLINE聞いてたな。

 そりゃ、あの状況で断りづらいだろ。このまま行かせたら玉砕しそうだな。

 少し助言してやるか。


「俺は用事あるからいい。お前なら一人でも大丈夫だ。頑張ってこい」


 と、嘘に嘘を重ねる。

 まじで頑張れ。

 そんな話をしていると俺たちの最後の客となるであろう女子高生三人組が談笑しながら入ってきた。例の近所の女子校の制服を着ていた。

 その中になんか見たことがある顔があった。

 毎朝見る顔、幼馴染の顔だった。

 俺は思わず、目を見開いて彼女を見てしまう。

 きっと間抜けな顔をしていただろう。

 その視線に気づいたのか、俺の方を向いた。

 俺の顔を見ると少し驚いた様な顔をした。が、すぐに視線を逸らした。

 ……そうだよな。

 他人にはわからない様に若干落ち込む。


「何ぼーっとしてんだよ。早くやるぞ」


 そう言いながらクラスメイトはテキパキ、デレデレしながらテーブルまで連れてくる。

 そしてトランプをすることになった。

 俺は彼女と対面する様な形で座ることになった。

 気まずい。

 取る順番はクラスメート→女子高生A→女子高生B→幼馴染→俺の順番だ。俺のカードを彼女が取ることになる。

 気まずい。

 最初の手札を見ると、中にジョーカーが入っていた。

 マズイ。

 ゲームが始まると、すぐに談笑が始まった。

 お互いに気まずいのか、小学校、中学校と社交的で人気だった彼女でさえも話に合わせて少し笑うだけ。俺ももちろんそんな感じ。

 彼女が俺のカードを撮るときは俺と目を合わせたくないのか、俺の顔を見ずにすぐに取る。だからなのか、俺が持っているジョーかを全然引いてくれない。

 そのたびに焦りと心に傷を負う。

 そんな机の半分だけ、なんとも言えない空気の中、ゲームが進んでいった。

 そして終盤、一度もジョーカーが取られることはなく、俺と彼女だけが残ってしまった。

 今までで一何気まずい空気が流れるとともに、緊張感が漂う。

 俺が後ろでカードをシャッフルし、彼女の方に差し出す。

 もう二人しか残っていないのですぐにカードを引くわけにもいかず、ゲームが始まった以来、初めて俺と目が合う。

 まともに真正面から彼女の顔わ見るのは小学校以来だ。

 その顔は小学校の時とは少し違う大人っぽい感じ、でも変わらない優しそうな顔をしていた。間違いなくあの三人の中で一番可愛い。

 しかし、俺に向けられたその目は何かに怯える様な目をしていた。

 そして、彼女は俺のカードを引く。


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 隣のクラスメートは他の二人とLINEを交換し始める。

 ゲームは俺が結局最後までジョーカーを持ち続けて終わった。

 しかし、俺たちは何をするでもなくそのまま座っていた。

 側から見たら、トランプに負けてものすごいショックを受けている人だと思われるかもしれない。

 そしてその時間も終わり、彼女たちは教室を出て行った。


「なあ、お前あの一番可愛かった子と何かあったのか? すごい空気だったぞ」


 これで終わりでいいのだろうか。話すチャンスなんていくらでもあった。


「あ、わかったぞ。あの子、元カノだろ」


 今でもまだ話をするチャンスはある。このチャンスをみすみす逃していいのか?


「喧嘩して別れたんだったら、謝った方がいいぞ。まあ、俺彼女いたことないけど、ってお前どこ行くんだよ!」


 俺は考えるのをやめ、急いで彼女を捕まえに行った。

 廊下は学園祭が始まったばかりだというのに、人で溢れかえっていた。

 彼女を見つけるために人混みから頭を出して辺りを見渡すと、彼女が人混みに飲まれて前の二人と距離が離れているのを見つける。

 俺は人と人との隙間をかいくぐり、彼女が行ったであろう方向に走っていく。

 そして彼女の右手を捕まえてこっちに引き寄せた。


「ちょっとこっちきて」


 そう行って人混みから流れるために人気のないところまで移動する。

 はぐれない様に右手はつないだまま移動した。

 とりあえず、人気のない廊下まで連れ出した。


「手、ちょっと硬く握りすぎだから」


「あ、ごめん」


 俺は彼女の右手から手を離す。

 若干、彼女に右手が赤くなっていた。確かに少し強く握りすぎていたのかもしれない。

 そして再び静寂が流れる。

 正直、俺はこの学園祭に彼女がくるのが嬉しくない。

 俺が会いたくないからではない。むしろ会えたことは嬉しい。

 俺は独占欲が強いのだろう。

 だが、せっかく学園祭に来たのに帰れというのはあまりに自分勝手な気がする。

 だから俺はその両方の条件に叶う様にこう言った。


「俺と回らないか?」


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 学園祭終え、俺は彼女と帰路につく。

 彼女は俺の誘いを快諾してくれた。一緒にいた二人の友達には適当に言い訳したらしい。その後、LINEも交換した。

 しばらく学園祭を二人で楽しんで、今に至る。家が隣だから別々に変える必要もないし、そんなこと言える様な雰囲気じゃないし。

 もう、この時には普通に話せる様になったいたのでそうする理由もない。

 彼女の家の前に着く。


「じゃあね」


 彼女は俺に短く、そう言って家のドアに手をかける。

 小学生の時はなんて言ってたっけ。

 俺はこの数年間行われていない、けど俺はずっと続けてしまっていることを思い出す。


「十時」


 俺は彼女に短くそう言った。そして彼女の顔を見ずに自分の家の方に歩き出した。(歩いて十歩)


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 夜の十時、俺は部屋を暗くしてライトを持つ。

 昔の記憶を思い出しながら、昔使っていて今も大事にとっておいたライトを点滅させる。

 見てくれているだろうか。『十時』だけでちゃんと伝わっただろうか。

 そんな不安を抱えつつも何か返答を待つ。

 するとベッドの上においたスマホが光り出した。暗闇だからやけにその明るさが眩しい。

 見ると、LINEの通知が来ていた。


「もう気にしてないからいいよ」


「これからはこっちで」


 そんなメッセージが届いていた。


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 翌日の朝、昨日よりも冷え込んでいた。

 学校に登校するために玄関を出ると、玄関のところに寄りかかっている女子高生が見える。


「遅い」


 少し俺にそう言ってバッグで俺に軽く当てる。


「ごめん」


 そう言って俺たちは一緒に同じバス停に向かった。


<エピローグ>

 このままだと彼女が風邪を引きそうなので早く家を出て先に待つ様にしていると対抗してきてどんどん登校時間が早くなっていきました。

 学園祭に来た理由を尋ねたところ、最初は行く気は無かったけど誘われたということと、行けば俺に会えるかももいう期待もあり、来たらしい。

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