▼訪問者
まず、手近にある障子をそっと開けてみた。中は暖かく、見れば火鉢がある。薬缶がしゅんしゅんと湯気をあげ、その奥には幾つもの黒塗りのお椀があった。
「すみません」
今にも、はいはいと誰かが出てきそうな雰囲気だ。けれど予想に反し、応えるものはいない。再度呼びかけたが、何も返ってはこなかった。広い座敷に、薬缶が蒸気を吹き出す音だけが響く。
所用があって、今は別の所にいるのだろうか。明らかにこの座敷は無人ではありえない。準備している最中に、ほんのちょっと出ているだけという方がしっくりくる。
とりあえず、ここ以外の座敷も見て回ることにした。
次に入ったのは、子供部屋らしい座敷だった。始めにいた座敷と少し似ているが、こちらの部屋の主は男の子だろう。開けた瞬間すぐ、足元に散らばるメンコを踏みそうになる。書棚があるがほとんど本は無く、空っぽの部分には小箱や石、駒などが場所を占めており、机の上には地球儀が転がっていた。
またその次は、女性の支度部屋らしき座敷だった。姿見や鏡台が置かれ、帯やら小袖やらが畳の上に広げられたままになっている。ついさっきまで誰かがここにいて、どれにしようか選んでいた様子のまま、放置されたような有様だった。微かに、花のような香りが漂う。
今までとは打って変わって、ここは何処も明かりがついており、どの部屋にも確かな生活感があった。廊下の脇に並ぶ部屋は順に覗いていったが、どれもたった今、開ける瞬間までは人がいたような雰囲気なのだ。
しかし、障子を開ければそこに人影はない。
おかしい。この屋敷の人間は皆、どこに集まっているのだろう。姿はおろか、声や足音も聞いていない。
最後の部屋もやはり誰もおらず、怪訝に思いながらも廊下へと出た。先は突き当りになり、左右にまた通路が伸びている。随分と広い屋敷らしい。
行くしかないかと思った時、背後からカラカラと引き戸が開く音がした。
「え?」
振り返り、唖然となった。
廊下の奥、そこは自分がさっき襖を開けて入ってきた場所のはずだった。けれど、今は摺りガラスの引き戸が嵌っており、そこが半分以上開いている。
始め、引き戸の向こうは自分が辿ってきたのと同じ、真っ暗な回廊に思えた。
しかし、その闇はぬぅっとこちら側へと入り込んでくる。丈は、天井に付きそうなほど高い。
それがこちらに向かって足を踏み出し、大きく床がきしんだ途端、弾かれたように駆け出した。
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