第64話:舞踏会 6

 ムーディーな音楽に、それに合わせて華麗にダンスを踊る貴族達。さっきまでの騒ぎがまるでなかったかのように、ホールはすっかり賑やかさを取り戻している。

 そんなホールを横目に、俺は人のいないバルコニーでひとり佇んでいた。


 セザール様は、当主様と一緒に城の人達と色々話をしている。

 何せスールが殺されそうになったのだ。ルクスリアさんちはもう社交どころじゃないだろう。俺もできれば同行して妹の安否を確かめたかったが、今の俺は謎の令嬢X。セザール様の同行者と言えど、ルクスリアさんちの事情に顔を突っ込むには赤の他人すぎた。

 何より、クリスが大丈夫だと言ってくれたのが大きい。

 大丈夫の担保が「ジャックがついているから」というのが兄としてはいささか不満だったが、スールがホールから消えたと言った瞬間に脇目もふらず探しに行こうとし(その前に軽く説教はしたが)、無事妹を暗殺者から救い出したところは、敵(?)ながらあっぱれと認めざるを得ない。今はあいつに任せるのが一番だろう。なんなら俺と踊ったことから生えたであろう誤解が解ければいいと思う。


 そんな思いで大事な妹のことを託し、やることもないのでボッチでいる(知らない人にダンスに誘われたけどそれは断った。鼻の下伸ばしている野郎と踊ってたまるか!)俺はと言えば。


「はあああああ……」


 バルコニーの手すりにもたれかかりながら、クソデカ溜息をついていた。


「いいとこねー……」


 いや、別に何かでかい活躍がしたかったとか、そういうわけじゃない(まあ俺もオトコノコなので、そういう気持ちが全くないって言ったら嘘になるけど)。

 だが、妹は無事、俺も無事、ヨシ!という気分になるには、俺自身があまりにも事態に関与できていないのがアンニュイな気持ちにさせた。

 ……いや、関与できないだけならまだいい。

 それどころか……。


「俺は事態を悪くしただけなんじゃないか。とでも言いたげな背中だな」

「うおっ!?」


 急に背後から聞こえてきた声に、淑女らしからぬリアクションをしてしまった。


「こ、このお助けキャラみたいな声は!?」

「喧嘩を売っているなら買うぞ」


 びっくりしてバクバクうるさい胸を押さえながら振り向く。

 そこにはやはりというかなんというか、頼れる新キャラことリティア=アウア司教が、しかめっ面の礼服スキンで立っていた。

 さすが国宝級のイケメン(五人目)。タキシードが似合うこと似合う事。

 じゃなくて。


「え、なんでお前ここにいんの?」

「なんでとはご挨拶だな。生家のつてを使って見に来てやったというのに」

「……なんで?」

「助言した手前、お前にドジを踏まれると僕にも非が出てくるからな。後押しした責任もあるが……まあ要するにおせっかいだ。ありがたく思えよ」


 そう言いながら、司教は腕を組んで胸を張る。

 偉そうな態度だけど、普通にありがたいので感謝しかない。


「ありがとな」

「素直でよろしい」


 ストレートにその思いを伝えれば、素直じゃない反応が返された。


「……それにしても、妹の方が暗殺されそうになるとはな」


 遅れての参戦ながら、しっかりと事態は把握しているらしい。

 俺の隣に移動し、手すりに背中を預けた司教は、やれやれと言わんばかりの口調で零した。


「現状だとお前個人じゃなくお前と妹の両方に世界のヘイトが向きそうだとは思っていたが、まさか配役を挿げ替えてまで凶行を起こそうとするとはな。しかも犯人をお前に押しつけるように仕向けるとは。邪魔者はまとめて排除した方が良いだろうという発想は実に合理的だ。世界もなかなかやるじゃないか」

「褒めるな褒めるな」


 こっちはめちゃくちゃ心臓に悪かったんだぞ。

 まあ、妹に飛び火するのはこれが初めてじゃないからまだ冷静でいられたけど。

 それでもびっくりはしたっていうか、忘れたころにぶちこまないでほしい。第二王子の所業自体は忘れてないけど、あれが本来俺の方に降りかかる災難だったってことは今の今まで綺麗にすっぽぬけていたのだ。だって一年前にあの一回きりだぞ……。


「まさかフレールイベントが二回も妹の方で起きるとは……」


 心の中の呟きを、つい口に出してしまう。

 途端、「は?」と氷のような声が隣から聞こえてきた。


「二回?」

「あ、うん。二回目。第二王子がフレールを殺そうとするイベントがあったんだけど、その対象が妹になったことがあってさ」

「…………」


 簡単に説明するとめちゃくちゃ剣呑な顔をされた。

 あれ?もしかしてなんかまずいこと言った?

 迫力に押されて冷や汗を流していると、司教は苛立たしげに頭を掻いた。


「お前ら兄妹はなあ……。そういう重要なことはちゃんと言え、ちゃんと!以前にも似た事例があったと知っていたら、まかり間違ってもお前が変装して舞踏会に乗りこむ案に是を出さなかったぞ」

「ご、ごめん……」

「まったく……。妹は妹で無防備になったというし、さっさとクリストフ王子とくっつくなりあのさわやか貴族と駆け落ちするなりして終止符を打て。そろいもそろって危機管理意識がなさすぎてひやひやするぞ」

「はい……」


 よっぽど腹に据えかねたのか、結構ガチでお説教された。

 やらかした自覚があるので、正論だとわかっていてもダメージがでかい。思わずしゅんとなっていると、横から今度は呆れたような、でも温かみのある溜息が聞こえてきた。


「大方、自分の行動が全部裏目に出たなどと思っているんだろう」

「うっ」


 大正解。

 ちょっと察しがよすぎて怖い。


「結果だけ見れば、まあその通りだろうな。他の客に話を聞いた範囲で察するなら、お前が第二王子と踊り始めたことで『原型』の造詣がある妹の方が動揺し、ホールから抜け出したというのが可能性としては一番近いからな」

「ううっ」

「お前が現れなければ、妹の方はひとりにはならなかっただろう」

「うう……っ」

「――――とはいえ、それもまた結果論だ」

「……え?」


 容赦なく刺してくる言葉に胸を押さえていた俺は、不意に声のトーンを変えた司教の方を見た。


「妹の方が着飾ったお前の正体を看破するのなんて、お前にとっては想定外のできことだろう?」

「それは、まあ……」

「予想外のできごとに対して何か思うのは、結局たらればの話だ。それに、暗殺者が舞踏会に紛れこんでいた以上、仮に正体がばれず妹の方が舞踏会中ひとりにならなかったとしても、別の方法で殺されかけただろう」

「……えっと、慰めてくれてる?」

「なんだ。珍しく察しがいいじゃないか」


 ひょっとしてと思いながらおずおずと聞けば、司教は満足げに笑った。


「次に生かすために反省するのは大いに結構だがな。事態を悪くしただけなんじゃないかとうじうじふさぎ込むだけなのは合理的じゃない。楽観とお気楽さがお前の取り柄なんだから、こんな時こそその長所を生かしてさっさと立ち直れ」

「うーん一言多い!でもありがとう!」


 あと楽観とお気楽って同じこと言っているよな!

 ストレートに能天気だと言われた気がするが、おかげでだいぶ気分が楽になったのでよしとしよう。本当にお助けキャラすぎるなこいつ。第一部からいてほしかった。

 妹にあれこれ言えないゲーム脳な発想をしつつ、改めて司教の方を見る。


 …………ん?

 やたらとシリアスな顔してない?


「……だからこそ、女神はお前に託したんだろうな」

「なんだって?」

「いや、ただの推論だ。気にするな」


 小声で何か言ったようだが、あっさりとはぐらかされてしまった。

 気になる……。でも絶対教えてくれないよな……。

 唇を尖らせていると、司教がおもむろにポケットに手を入れた。


 取り出されたのは、銀のロザリオがついたペンダント。

 RPGで大事なアイテムとして出てきそうなそれを持った手を、司教はなぜか俺の方に向けてくる。パードゥン?


「やる。持っておけ」

「えっ、なんで?」


 普通に疑問の声が出た。

 いや、マジでなんで?そんなフラグあったか?


「いいから持っておけ。これは亡くなった母の形見でな。何かの役に立つだろう」

「いやおっも!?なんでそんな重たい背景のもんを急に渡すの!?」


 マジでなんで!?

 クエスチョンマークが乱舞するが、当の司教はどこ吹く風。混乱する俺の手に無理やり銀のロザリオがついたペンダント(大事なアイテム)を握らせると、用事は済んだとばかりにバルコニーの手すりから離れた。

 えっ、このまま帰るの!?

 お得意の説明は!?


「何に使ってほしいか説明すると、いらんノイズが入りそうだからな」

「マジかよ……」

「一応言っておくが、それが原因で第一王子と揉めそうになったら即座に廃棄しろ。僕を挟んで痴話喧嘩なんかされたらたまったものじゃないかなら」

「簡単に捨てるにはアイテムのフレーバーテキストが激重なんだが!?」

「気にするな」

「俺が気にするわ!!」


 いやもう、なんなんだよ急に!

 お前は親切な助言キャラじゃなかったのか!?


「まあ、ヒントだけなら構わないか」


 俺のガチ困惑を見かねたのか、司教はやれやれとばかりに肩をすくめて。


「同情する人間がもう一人くらいいてもいいだろうと思ってな」

「……パードゥン?」

「そういうことだ。がんばって第一王子をたらしこめよ」

「言い方ァ!」


 っていうかもうちょっとヒントプリーズ!

 縋るような気持ちで去りゆく背中を追いかけようとしたが、その足は途中で止まる。


 なぜなら。


「こんなところにいたのか、フレール」


 クリスがバルコニーにやってきたからだ。


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