第59話:舞踏会 1

 オリエンス国の貴族令嬢は、大体十六才で社交界デビューを果たす。

 大体というのは法律とかそういうのできっちり決まっているからじゃなく、年上の男性女性に交じっても恥ずかしくないマナーやダンスを学ぶのに最低十六年はかけろという暗黙の了解的なやつだ。細かい年齢関係なく、年頃の貴族令嬢は出ないとまずいパーティーとかあるからね。

 だから自信がある子はもっと早くからどんどんパーティーに出るし、自信がなかったりそういうのが嫌だったりする子はギリギリまで粘る。

 かくいう私、スール・ルクスリアは後者。

 なぜなら、前世でゲームオタクだったころの記憶を持っているのだ。パーティーとかなにそれ無理無理!って感じ。ドレスを着てお上品に踊るより、ゲーセンのリズムゲーで汗をかきながらステップを踏む方が性に合っている。いや、リズムゲーめちゃくちゃ好きってわけじゃないんだけど。


 でも、この世は郷に入っては郷に従え。

 いつまでもいやいやむりむりもできない。

 なので、今のお父様からダンスを習いなさいと言われれば頷くしかない。ほぼ毎日のようにダンスレッスンや礼儀作法のお稽古があっても、逆らうことなんてできないのだ。

 えっ、お前、最初からそんなことしていたっけって?

 もちろんしてない。

 ここ最近は諸事情あって叩き込まれている最中なのだ。おかげで足が痛い。

 なんでいきなり叩き込まれ始めたかと言われれば、細かい年齢に関係なく、貴族令嬢なら出ておかないとまずい舞踏会が開かれることになったからである。




「この子は私の娘だ。さあスール、ご挨拶なさい」

「はじめまして、スール・ルクスリアと申します。どうぞよろしくお願いいたしますわ」


 令嬢スマイルを貼りつけて、そんなテンプレを繰り返すこと十数回。


「これで大体挨拶は済んだかな。あとは自由にしてなさい、スール」

「はい、わかりました」

「でもダンスが始まったら、ちゃんと参加しにいくんだよ」

「ええ、承知していますわお父様」


 やっとお父様から解放された私は、外面はお行儀よく、でも心の中で盛大に胸を撫で下ろしながらそそくさと離れる。そしてだだっ広いホールの壁際についたところで(途中でジュースが入ったグラスをもらうのを忘れない。だって喉が乾いたから)、今まで我慢していた溜息をついた。


「疲れた…………」


 めちゃくちゃ疲れた。大事なことなので二回言う。

 ここぞとばかりに色んな人と対面させられた気がする。

 こんな時こそお兄ちゃんが傍にいてくれたら嬉しいけど、あいにくと今日は自分んちの使用人は連れてきちゃいけないことになっている。代わりに私達の世話を焼いてくれるのは、お城勤めの使用人さん達だ。


 心細さを紛らわすように溜息をついた後、白ぶどう味のジュースを飲みつつ、目の前の光景に視線を向ける。


 手前には豪華な軽食や飲み物が入ったグラスが置かれたテーブル。

 その奥には、絢爛豪華という四文字熟語が似合うきらびやかなホールに、ホールに負けないくらい着飾った貴族たち。中世ヨーロッパ風の世界が舞台のゲームで見るパーティーのテンプレみたいな光景が、私の目の前に広がっていた。


 パーティーのテーマはお誕生日祝い。

 第一王子ジャン=クリストフ・スペルビアの十八才の誕生日を祝して、国を上げてお祝いしているのだ。王家の息子は十八才にならないと盛大に誕生日を祝わないというしきたりになっているので、そりゃあもう色んなところに気合が入っていた。

 そしてそれは、お祝いする側にも同じことが言える。王族の誕生日をお祝いするため、そしてあわよくばなかなか接触する機会がない王子様に顔を覚えてもらうため、オリエンス王国の貴族たちはこぞってお城に集っていた。


 貴族令嬢なら出ておかないとまずいというのはそういうこと。

 貴族であっても(あっちから出向いたりあっちが呼んできたりしない限り)なかなか接触できない……すなわち異性との出会いがない王子様に、いい子を見つけてもらうというのが、このパーティー(正確には舞踏会)の裏テーマなのだ。

 下級貴族でも、もしも王子様に見初められたらお妃だって夢じゃない。

 現に同年代くらいの女の子たちは、大半が笑顔の下でバチバチと火花を散らしている。その一方で、私みたいに親に玉の輿狙いをせっつかれているだけでクリストフ王子に興味がない女の子は、肩身が狭そうに「早く終わって欲しい」という顔。うーんこの落差。


 ちらりと視線を動かせば、台座の上に置かれた椅子に座る王様と王子二人が目に入る。

 うっわ、クリストフ様、退屈そう……。

 本命がいるのに出会い系パーティーなんかされてもテンションは上がらないのはわかるけど、それにしたって露骨すぎる。反対側に座るジャックくんを見習ったらどうだろうか。


「ふう……」


 ひとしきり呆れてから、深呼吸して居住まいを正す。

 今日は他人のことばかり気にしている場合じゃないのよ私。

 なぜって今日(というか王子の誕生日を祝う舞踏会)は、『サンドリヨンに花束を』の王城ルートで悪役令嬢スール・ルクスリアが断罪される日。

 舞踏会のどさくさに紛れて暗殺者クリストフを城に差し向けるものの、ジャック王子の手によって邪魔された上、義弟と和解した暗殺者クリストフの口からその存在をばらされる。舞踏会に来ていたスールはあえなく衛兵さんの御用となり、色々あって追放刑に処されるのだ。

 私は暗殺者なんか雇ってないけど、スール・ルクスリアにとって都合が悪いことが起こりやすいこの世界、誰かに濡れ衣を着せられる可能性は十分考えられる。だからこそ、気を引き締めてかからないと。


 暗殺されそうな方を心配しなくてもいいのかって?

 正直めちゃくちゃ心配だけど、お兄ちゃんの方に関しては秘策がある。

 秘策というか、この世界でもかなり安全なところに避難してもらっている。モブ貴族令嬢やモブ城メイドがトチ狂って暗殺者を雇ったとしても、さすがにお兄ちゃんが司教様のところでお茶を飲んでいるとは夢にも思わないはずだ。


 後は私が無事にこの舞踏会を終えればいいだけ。

 お父様にはああ言ったけど、ダンスの時間が始まっても参加するつもりはない。壁際で石像のように大人しくしていよう。

 ……せっかくダンスを必死に習ったし、ジャックくんと踊ってみたかったなあ、なんて。

 そんなことを思わないでもないけど、我慢我慢。破滅しない方が大事だからね!


 とはいえ、ボーッと突っ立っているのもそれはそれで悪目立ちしそう。

 いい機会だし、お兄ちゃんが絶賛していたお城の料理でも楽しもうかな。

 そう思いながらテーブルに近づこうとした時。


 ――――ざわっ


 ホールの入り口辺りが、急にざわついた。


「……」


 なんだかすごく嫌な予感がして、サンドイッチに伸ばしかけた手を引っ込める。

 そのまま入り口の方に顔を向けた私は、自分の両目が大きく見開かれるのを感じた。


 それは、どえらい美男&美女だった。


 ついさっきお城に到着したのだろう。一組の男女がホールの中へ入ってくる。

 白いタキシードを着たアッシュグレイの髪の男の人と、水色のドレスを着た黒髪の女の子。

 どちらも着ている礼服は絢爛豪華な空間に負けじと派手にデコっている人達が多い中では控えめな部類に入るけど、かえってそれが本人達の美麗さを際立たせていた。


 男の人は、お姫様に憧れる女の子なら誰もが一度は夢に見る騎士風イケメンだった。

 もうボロを着せてもイケメンという属性であることは一切揺らがないみたいな、イケメンオブイケメンみたいな顔面偏差値なのが遠目からでもわかる。

 お兄ちゃんではないが、国宝級イケメンというのは正しくああいうのを言うのだろう。近くに立っていた令嬢がそのイケメンさに当てられ、リアルで立ちくらみを起こすのが視界に映った。


 もう一方の女の子は……なんというか、すごかった。

 男の人とは対象的に、ボロを着ていたら普通に可愛い子なんだろうって感じ。野原に咲く花みたいな、素朴な可愛さがウリの子。好きな人はすごく好きだけど(そして私はそういう子が大好き。だって乙女ゲーのヒロインに多いからね)、万人に「すごい美少女だ!」って言われないタイプ。

 それが、ちょっとしたお化粧とヘアアレンジで『化けていた』。

 野原に咲く花を使ってすごく綺麗な花束を作ったとでも言えばいいのだろうか。お化粧で美しさを取り繕っているんじゃなく、それで女の子に元々あった魅力を最大限まで引き出している感じ。

 どこかの国のお姫様がお忍びでパーティーに参加している。

 そう言ってもあっさり信じちゃうような綺麗さを見せつける女の子だった。


 そんな美男美女が突然やってきたのだ。

 そりゃあ周囲もびっくりして然るべきというやつだろう。

 でも、私が目を見開いた理由はそれじゃなかった。

 そしてそれは、どうして女の子のことをこんなに事細かに解説できるかという理由でもある。

 だって。


(お兄ちゃん!?!?!?!?)


 私はあの姿を、何度も『サンドリヨンに花束を』で見たことがあるんだから!

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