インタールード

 その使用人モブは、『サンドリヨンに花束を』の隠しルートに登場する端役だった。


 攻略対象であるジャン=クリストフ・スペルビアと結ばれるのを阻む障害の一つ。

 第二王子の凶行未遂、そして執事長の暴走を経て城の外での逢瀬に限界を感じたクリストフは、ルクスリア家との交渉の末、フレールを専属の使用人として城に雇う。それはゲームのメイン悪役であるスール・ルクスリアの嫉妬を買うと同時に、クリストフに恋慕を寄せていた使用人達に火をつけた。

 王子に寵愛される新人をどう排除するか。

 物を隠すなどの陰湿ないじめを行いながら、ヒロインを貶めようと目論む。

 ゲームではフレールの顔に怪我を負わせようと画策し、プレイヤーは正解の選択肢を選べば事なきを得るが、選択を誤れば薬物によって顔が焼けただれ、出奔を余儀なくされる。端的に言ってしまえば、この隠しルートに執拗なほど盛り込まれたバッドエンドのための名もなき端役である。


 隠しルートという路線を歩みつつも、フレールが城の使用人になる未来は潰えたこの世界では、この使用人モブが舞台に上がる余地はないはずだった。

 けれど、世界の根にはびこる想念はそれを許さない。

 原型のレールを取り外し、つぎはぎし、使用人モブを舞台袖に立たせる。

 そして導かれるように、城の通用口で仲睦まじそうに話す、第一王子と誰かもわからない使用人の少女を使用人モブは目撃した。


 遠目からでも感じ取れる甘ったるい雰囲気。

 親密の一言では片づけられない、想い合った者同士特有の距離感は、使用人モブの嫉妬心を強く燃え上がらせた。

 強すぎる点火は不自然であったが、端役に過ぎない女がその不自然さに気づくことはない。醜い怒りを胸に抱えたまま職務を全うし、その傍らであの使用人の少女は一体誰なのかと調べ始めた。


 そして辿り着いた、ルクスリア家のメイド・フレールという存在。

 主人であるスール・ルクスリアが第二王子と懇意にしているという事実も――身分を考えれば分相応と知りながらも――、嫉妬心をさらに強く煽り立てた。


 あんな女達、王子には相応しくない。

 彼らは騙されているに違いない。


 病的な思い込みを、しかし女は誰かに吹聴しようとは不思議と思わなかった。

 理性的な指摘を受ければ多少のブレーキがかかり、あるいは一気に冷めていたかもしれない。けれど世界はそれを許さなかった。誰かに相談できるような機会が徹底的に削がれた結果、情動は風船のように女の中で膨らんでいく。

 きっかけという名の刺激さえあれば、いつ破裂してもおかしくないほど膨れ上がった情動。

 それは、かの少女が執事長と親しげに歩いているのを見た瞬間、女の中で弾けた。


 その時は衝動的に護身用のナイフを振るいそうになったが、執事長に感づかれたのか、あえなく失敗してしまう。

 フレールが執事長に守られたという事実にさらなる嫉妬の炎を燃やしながら、使用人モブは彼らから少しでも距離をとろうと、早足で路地裏を駆け抜けた。そして、自分がどこにいるのかわからなくなったころ。

 運命を装った作為によって、本来なら悪役令嬢たるスール・ルクスリアが辿り着くはずだった場所に、足を踏み入れた。




 そして、Xデーがやってきた。

 すなわち、舞踏会当日である。

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