第44話:兄、貸し出される
クリスのマジギレ寸前眼光を浴びてガチビビりしたマガワルイ=メイド=イレーヌ=チャンこと同僚のイレーヌちゃんを必死に慰め、その間に完成したパイを妹の部屋に届け、そうこうしている間にセザール様から逃げてきたいー兄さんにタイムリミットを告げられてアルティメット不機嫌になったクリスをごにょごにょして見送った後。
「それで、お話とはなんでしょうか、当主様」
俺は、スーパーマガワルイ=ホウレンソウデキナイ=オジサンことルクスリア家の当主、バスチアン・ルクスリア様の部屋にやってきていた。
報連相できないおじさんということばかりクローズアップしてきた当主様だが、見た目の方はセザール&スール兄妹の父親というだけあってまあ見事なナイスミドルである。おじ専の女の子ならくらっとくるんじゃないだろうか。
まあ、俺にとっては主人であり、困ったおじさんなんだが。
身内の言葉が絶対なので使用人の苦言は全然聞いてくれないが、この人自身は使用人一同に対して当たりが強いわけでもなく、他の家と比較しても下々に対して人当たりが良い方だと思う。
王族に取り入りたいという出世欲もあるけど、それも結局のところは「可愛い息子や娘に幸せになってもらいたい」というのが根幹。つまりは子煩悩なおじさんだ。
現に今だって、王子二人が来ているのに自分はあえて相手をせず、愛すべき娘であるスールに任せている(もっとも、兄王子の方は俺にべったりなんだが)。自分が間に入ることでスールの印象を薄くするのを避けているのだ。
そう、悪い人ではないのだ。悪い人では。
でも報連相できねえんだよな~~~~~~~。
目の前のメイドにそんな感想を抱かれているとは露とも思っていない当主様は、スール(Not俺の妹)みたいな性悪にDNAを分け与えたとは思えないほど、人の良さそうな顔で俺を見た。
「いやあ、すまんなフレール。急に呼び出して」
「いえ。スールお嬢様にお出しするお菓子はご用意いたしましたので」
メイドモードで恭しく頭を下げる俺。うん、板についてきているな俺。さすがだ俺。
ちなみに我が妹は第二王子を見送った後、なぜか一人になりたいと言って自室にひきこもっている。俺が当主様とタイマンで向かい合っているのはそれが理由だ。
デート事件以降、やっと第二王子に異性として好かれていることを自覚してくれたのはいいが、兄としては複雑極まりないことに奴の好意をわりと前向きに捉えているらしい。
可愛さも心なしかパワーアップしているのはきっと気のせいじゃない。
第二王子あの野郎!!
お兄ちゃんは許しませんよ!!
俺が傍にいる時もサラさん(俺が不在の時に妹の世話を焼いてくれるメイドさん)が傍にいる時も、妹を追い詰めるようなアプローチはしていないから許すが!
……いかん、話が逸れた。
「どうしたんだいフレール。百面相なんかはじめて」
「いっ、いえっ、なんでもありません!それでお話とはなんでしょうか!」
怪訝そうに問いかけてくる当主様をごまかしてから、強引に話を本題に持っていく。
当主様は首を傾げるも、それもそうだねと頷き、口を開いた。
「ああ、そうそう。しばらくの間、フレールには安息日の前日に教会に行ってもらうことになったから。その話をしようと思ってね」
「…………はい?」
ここで「は?」じゃなく「はい?」と答えられた自分を褒めてやりたい。
……いやいやいやいやいやいやいや。
パードゥン?
「フレールが考案した…なんだったかな。そうそう、プリンだ。あれを客人に供していることは以前話したね?」
「え、ええ。お聞きしました」
このおじさんにしては珍しく、事前承諾だったからよく覚えている(いやまあ、話を聞かされた時点だと俺しかこれ作れなかったから必然的にそうなるんだけど)。
プティングという名前のものはこの世界にもあるが、そっちは小麦粉だのドライフルーツだの香辛料だのお酒だのを混ぜて寝かせた生地を焼き、さらに一ヶ月以上熟成させてから食べるという、俺が知るカスタードプティングとは全く違う別の代物だ。
だからこのプリンは俺が作ったものの中では物珍しかったようで、妹やクリスの舌だけではなく、ルクスリア家にやってきた珍しいものがお好きな貴族のデザートとしても使われている(さすがに俺が作るわけにはいかないから、料理長にレシピを教えた。あっさり俺が作るのよりうまいプリンが完成したのはちょっと悔しかった)。
で?それとこれに何の関係が?
「そのプリンの話が、どうやら客人たちの口から司教殿の耳に入ったそうでね。それは是非とも話を聞かせてもらいたい、できるなら修道女たちにも作り方を教えてほしいと請われたものだから、喜んでとお引き受けしたのだよ」
報連相――――っっっ!!!!!
そう叫ばなかった自分を褒めてやりたい(二回目)。
「お引き受けしたのだよ」じゃないが!?
いや、わかっている、わかってはいる。
バリバリの貴族社会に、俺みたいな使用人の人権なんてない。俺が人らしく扱われているのはスールが妹だからで、クリスをはじめとする攻略対象達が俺のことを好きだからで、ルクスリア家の人達が優しいからだ。
そして優しいからといって、ルクスリア家の人達にとって俺が使用人なのは変わらない。
だからこういう風に、犬猫みたいにぽいと貸し出されるのはごくごく自然なことなのだ。
わかっている、わかってはいるが……。
俺って一応、貴方の娘のものですよね!?
愛娘の許可なく貸し出すのはいかがなものかと!?
「いやあ、司教殿にはお世話になっていてね。断りきれなかったんだよ。だからスールには内緒にしてもらえると嬉しいなーなんて……」
俺の疑問が顔に出ていたのか、当主様はあははと笑いながらそんなことを言った。
あははじゃねーんだわ。
第二王子やいー兄さん、セザール様のやらかし三銃士みたく、謝らせることができたり張り倒せたりするとそれでかなりすっきりするからあんま引きずらないんだけど、それができないから当主様へのフラストレーションはたまる一方である。
なので、「承知しました」と承諾した(というかそれ以外できねえ)後、俺は速攻で妹にチクることにした。
すまないな、当主様。
俺の演技力なら妹を騙せる自信はあるけど、万が一ばれた時のことを考えると言わないという選択肢は俺にないんだ。怒られるのはまだいいが、泣かれるのが一番困る。
案の定特大級の雷は落ちたが、さすがに撤回はできないらしい。
俺はしばらくの間、レンタルされることになった。
…………ん?
教会ってなんかどっかで聞いたような?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます