第45話:兄妹、顔を突き合わせる
「どうして!あの人は!お兄ちゃんと攻略対象を会わせようとするの!!」
妹の雷が当主様に落ちた後。
危険動物の隔離よろしく自室にドナドナされた妹は、扉が閉まるや否や頭を抱えた。
そんな妹の姿を見て、すっかり埃をかぶっていた俺の記憶も呼び起こされる。
そういや教会ルートとか言ってたわ……。
攻略対象に牧師いたわ……。
思わず冷や汗をだらだらかく。
あっぶねー!
もし当主様の頼みが「教会に一回行ってほしいんだけど」とかだったら、多分普通に快諾していた。一回くらいなら親子喧嘩させることもないだろうってノリで、妹に何も言わずに教会に行っていたわこれ。
あっぶねー!(二回目)
「せ、世界の強制力ってやつが当主様になんか干渉でもしてんのかね?」
完全に忘れていたことを悟られないよう、俺はしれっとそんなことを言う。
我ながら完璧な話の誘導だ。
「……お兄ちゃん、もしかして忘れてた?」
「そんなことないがっ!?」
速攻で気取られた。馬鹿な!?
思わずどもってしまった俺に、なぜか優しげな眼差しが向けられる。なんだその微笑ましそうな感じの顔は。
「……まあ、その可能性は確かにありそうかな。今回は特に」
問いただしてやりたかったが、妹は話を先に進めてしまった。
ここから掘り返すと百パー藪蛇になるのは目に見えている。
気にはなったが、忘れていたことを怒られるくらいならとそのまま話の流れに乗ることにした。
「今回はってどういうことだ?」
「だって、おかしいじゃない」
「えっ、何が?」
「プリンよプリン。せっかくルクスリア家秘蔵のデザートとしてお客さんに振る舞ってたのに、いくら偉い司教様に頼まれたからって簡単にレシピを教えようとする?」
「あー」
妹の言わんとしていることがわかり、納得の声を零す。
ある店でしか食べられないメニューというのはそれだけで希少価値がある。なぜなら、それを食べたいならその店に行くしかないからだ。
当主様もそれがわかっているからこそ、プリンを振る舞っていたはずだ。
もちろんプリンだけで優先順位がめちゃくちゃ上がるわけじゃないだろうが、それでもルクスリア家に行けば変わったデザートが味わえるかもというのは、他の貴族を招く上ではアドバンテージだろう。血筋とコネがものを言う貴族社会では、そのアドバンテージはでかいに違いない。
だというのに、当主様はあっさり他人に披露しようとしている。
世界史に疎い俺でも、昔のヨーロッパだと貴族階級と教会は切っても切れない関係なのは知っている。
貴族が同じ貴族を食事に誘うのと、教会が貴族を食事に誘うのはまた別物だろうが、それでもプリンの作り方が広まれば、ルクスリア家が持っていたアドバンテージには結構な影響(それも悪い意味での)が出るはずだ。
これは確かにおかしい。
「私はお父様との付き合いでミサには行くけど、そういう時の付き添いはお兄ちゃんじゃなくサラに任せてたから……」
そうですねと頷いてみせる。
この国の人達は信心深いというか、安息日に教会に行くことがライフワークみたいな感じになっている。前世の記憶を取り戻す前のフレールも、そうやって神様にお祈りを捧げてきた。
しかし前世の記憶を取り戻してからは、「フラグが立ったら困るでしょ!」という妹の主張により出禁を言い渡されたのですっかりご無沙汰になっている。
だからこそ、教会ルートというか牧師の存在を綺麗さっぱり忘れていたわけなんだが。
言い訳をするなら、教会ルートのもう一人の攻略対象であるセザール様の存在感が強すぎるのが悪い。教会が舞台じゃなくてもあの人のイベント成立しまくるのなんだよ。
「牧師との接触フラグが全く立たないことに、世界が焦れたのかしら」
「その牧師も、セザール様みたいに人気キャラなのか?」
「んー、ファンはいるけどすごく人気ってわけじゃないかなあ。プレイヤーの間でも存在感が薄いし」
「えっ、なにその可哀想なの」
「お兄ちゃん忘れてるかもしれないから、もう一度ちゃんと説明しとくね?」
「わ、忘れてねーし!?」
もう一度俺を優しい眼差しで見てから、妹は口を開いた。
リティア=アウア、通称牧師。
教会ルートのもう一人の攻略対象であり、教会ルートと銘打たれたルートに登場するにも関わらず、教会要素がないセザール様に存在を食われている悲しきキャラでもある。
セザール様ルートでも登場するのは主に前半で、王城ルートでは一切名前が出てこない。
つまり、本人のルート以外では見せ場がないという。
この事実を羅列されるだけで、めちゃくちゃ同情的な気持ちになった。
しかしその後に告げられた情報で一気に微妙な気持ちになった。
牧師がいるのは、オリエンス王国の小さな教会だ。
元々は大聖堂に所属するエリート牧師だったらしいが、勢力争い的なものに負けて左遷。そこで、ほぼ同じ時期に教会に放り込まれたフレールと出会うというのが牧師ルートの筋書きらしい。
境遇が似た二人、その間に仲間意識が芽生える――かと思いきや。
牧師は最初、フレールに優しくない。
中流貴族の出なのに教皇を目指すほど野心が強い牧師は、顔に出さないものの左遷でめちゃくちゃ荒れているらしい。そこにやってきたフレールは最初、牧師にとって惨めな立場を思い出させる存在に過ぎなかったのだ。
直接いびりはしないが、とにかく優しくないらしい。
そんな牧師の心に踏みこみ、その心を癒すというのが牧師ルートの主題だそうで。
……フレール、聖女か?
自分に厳しく当たる男に「この人にも何か事情があるんだろう」って優しくするって、どんだけ懐が深いんだよ。そりゃあ牧師も心許すようになるわ。
「……ん?ちょっと待てよ?」
妹の説明を聞き終えた後、俺はふと疑問を抱いた。
「その牧師って、小さい教会に左遷されてるんだよな?」
「うん」
「俺をレンタルするのって、司教がいるくらいでかめの教会だって話じゃん?なら、そもそも牧師に会わないんじゃないか?」
何せ左遷されるくらいだ。
例え世界の強制力だの補正だのが働いてその日たまたま来ていても、貴族から借りてきたメイドと気安く対面できるような立場じゃないだろう。せいぜいすれ違うくらいのはずだ。
いー兄さんという例はあるが、いくらなんでも初対面の人間に暴力は振るわないだろう。
……振るわないよな?さすがにな?
いやまあ、それならそれで誰かと行動すればいいだけだ。
一人きりにならなければ、牧師が万が一トチ狂ってもなんとかなるはず。
「むぅ…」
俺の発言に、妹は難しい顔で唸る。こんな顔でも美少女な我が妹である。
いー兄さんの件もセザール様の件も伝えていないので(血が流れかけたなんて言ったら、妹に拉致監禁されかねない)、おそらく世界の強制力を心配してのことだろう。これ本当に厄介だから、安易に納得できない気持ちはわからないでもない。
「なあに。兄ちゃん極力誰かと行動するようにするし、お前に変な風評が立たないように立ち回るからさ。牧師ルートのフラグも、お前の破滅フラグも早々立たないって」
「うーん……」
「どのみち、教会に行くの自体は回避できないんだし」
「お兄ちゃん、当日になって都合よく腹痛になることってでき……ううん、なんでもない。忘れてちょうだい」
「なんで!?」
仮病の演技くらいは楽勝だぞ!
そう主張するも、妹はそれには耳を傾けずに考え込む。
「……そうだ!」
しばらくしてから、名案が思いついたとばかりに顔を上げた。
「私も同行すればいいのよ!」
「パードゥン?」
「厨房に入れるかはちょっと怪しいけど、教会に行くこと自体は不自然じゃないわ。お気に入りの傍仕えが行くなら、私もついでに行って司教様と交流を深めておきたいですって言えばお父様も納得すると思う。何気にお会いするの初めてなのよね、司教様。普段は忙しいみたいだから」
「あー、なるほど。それは確かに」
筋も論も通ったまっとうな名案に、思わず感心してしまう。
厚化粧させてクリスをだまくらかそうとしていたころとは雲泥の差である。オペレーションナンバーとか言っていたのもだいぶ懐かしいな……。本人的にも黒歴史だったのか、あれ以来出てない名称だけど。
「あと一緒に行ったら、ルートフラグと破滅フラグが対消滅してくれるかもしれないし」
それでも最後にこう付け加えるあたりが、実に我が妹らしいが。
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