第42話:「私は諦めないよ」
そして翌朝。
めちゃくちゃうまい朝食を食べた後、俺は馬車に乗せられてルクスリア家の屋敷まで送り届けられた。
保護した責任だなんだと言って、クリスが同行している。お前マジで風評気にしねえな今回。大丈夫なのかよ。
「自重した結果、あんな男の狼藉を許すことになったからな」
呆れた顔で言った俺に対し、クリスはしれっとそんな返事をした。
「時間をかけて外堀を埋めるつもりだったが、もう少し事を早めることにする」
「いや、あんな奇特な人、他にいないって」
「お前は自分のことについて何もわかっていないな」
「はあ?」
今度は俺が呆れた表情を向けられた。
自分の美的感覚がずれているのを人のせいにしないでほしい。
お前ら攻略対象キャラクター勢と違って、俺は自分の容姿が並みだってことは十分にわかっているが?
「それに」
憤る俺を後目に、揺れている馬車の中でクリスは顔を近づけてくる。
そのまま、小さなリップ音とともに唇が奪われた。
「あんな可愛いことをされてはな。俺の忍耐もいい加減限界だ。そろそろ、おおっぴらにお前に手を出せるようにしたい」
「今まさに出されたんだが!?」
ニィッと獲物を追い詰める狩人のような笑みを浮かべるクリスの腹に、俺は容赦なく蹴りを入れた。
どうやら昨夜のあれは、俺のためにずっと我慢してくれていたクリスの堰を切ってしまったらしい。一発でセザール様を納得させるためにはあれしかないと思って踏み切ったが、今さらながらに後悔している。
「言っておくが、こんなものじゃないからな?仮にも男の精神性を持っているなら、好いた女と両思いになった男が望むことなんてわかりきっていると思うが」
「あーあーあー!聞こえない聞こえない!」
耳を塞いで、首を横に振った。
なんていうか、うん。
色々と杞憂だったんだなあと、二十五話を思い出す俺であった。
そんなやりとりをしているうちに、馬車はルクスリア家の門前に辿り着いた。
「足元には気をつけろよ、フレー……」
先に降りたクリスが、王子様ムーブで俺に手を差し出してくる。が、門の方に視線を向けた途端、呼びかけは中途半端なところで止まった。
こっちに向けられた横顔が、苦み走っている。
なんぞや。
首を傾げながら馬車から顔を出した俺は、一転して納得する。
門前には、騎士系イケメンことセザール様がお立ち遊ばれていた。
「おかえりなさい、フレール」
セザール様は俺に気づくと、にこりと穏やかな微笑を浮かべた。
「ちっ」
そんなセザール様を見て、クリスは隠しもせずに舌打ちをする。
騒ぎ(というか俺の声)を聞きつけてやってきた衛兵からセザール様を逃したり、言い訳をしたりで結構大変だったからな昨日……。昨日が初対面ということもあって、大して高くもなかった好感度が今や底辺になっている相手に払う礼儀はないらしい。
「何の用だ、セザール・ルクスリア」
「彼女を出迎えに参りました、ジャン=クリストフ王子」
敵意マシマシのクリスに対し、セザール様はさすがに礼儀正しい。騎士っぽいお辞儀をしてから、俺に向けたものとは違う凛々しい笑みで応じた。
まあ、昨日のは全面的にセザール様が悪かったからな……。
「昨晩は謝罪もままならず、大変失礼いたしました。我が不敬をお許しくださった寛大なお心に、このセザール・ルクスリア、改めて感謝の意を表明いたします」
一晩経って頭もすっかり冷えてくれたのか、謝罪の言葉もきっちりしている。
上辺だけのものじゃなく、心からクリスに対して敬意と謝意を示しているのが俺にもわかった。クリスもそれは感じ取ったのか、肩透かしというか、敵意を露わにしたことを恥じるというか、そんな表情を浮かべて頬を掻く。
「二度目はないと思えよ、セザール・ルクスリア」
「御意に」
そして王子らしく威厳のある言葉をかけると、セザール様はさらに深く頭を下げた。
一触即発にならず、安堵したのも束の間。
「……そして、どうかお許しを。これよりは御身の臣下としてではなく、セザールというただ一人の男として、言葉を口にさせていただきます」
「ほう?」
「私の心は未だ、フレールに寄せられておりますゆえ。ゆめゆめ、そのことをお忘れなきよう」
不穏な一言を、セザール様が口にした。
「えっ」
「……堂々と略奪宣言とはいい度胸だな、セザール・ルクスリア」
呆気にとられる俺と、再び敵意をマシマシにするクリス。
「いえ、誤解なされぬよう」
そんな俺達を見て、セザール様は慌てた様子で訂正する。
「淑女らしからぬフレールの所作、そして王子との仲……。それでも我が慕情、未だ冷めることを知りません。それは偽りのない事実です」
言いながら、俺の方を見る。
穏やかな微笑みは、嘘をついているようには見えない。見えないが、金的された上に男口調で叱責されてもこれってすごいな。菩薩か?いや、菩薩なら宣戦布告みたいなこと言わないんだろうけど……。
「それに……。今まで、あんなにもまっすぐ私を叱りつけた人はいませんでした。あの時に感じた得も言われぬ心地よさと喜びを知った今、どうして他の女性に目を向けることができましょうか」
やや熱っぽい口調でそう話すセザール様の頬は、わずかだが赤らんでいる。
あっ、これあれだ。
ちょっとダメな道に片足突っ込んじゃった感じだ。
も、申し訳ねえ……!
「しかし、フレールの想いが真であること、クリストフ王子が彼女に寄せる情も深いことは、昨夜のやりとりにて伝わりました。ゆえにこのセザール・ルクスリア、一度は身を引きましょう」
罪悪感を覚えていると、また話の雲行きが変わる。
「……」
「けれど、お二人の関係はひどく危うきもの。それにより、フレールが傷つくこともありましょう。そうなった時はこのセザール、迷いはしませぬ。例え昨夜の恩を仇で返すことになろうとも、この手で彼女を幸せにしてみせます」
そう言って、セザール様は晴れやかな笑みを浮かべた。
えっ、マジ?
どっちかが死んでついでに俺も死ぬエンド、まだ消えてないの?
戦々恐々とする俺に気づいたのか、セザール様は俺を安心させるように微笑んだ。
「無論、昨夜のように武に訴えることは致しません。……勇猛ながらも優しい少女に、あんな真似は二度もさせられませんので」
「それについては、概ね同意だ。こいつが俺以外の男のために、なりふり構わず頭を下げる姿など見たくはない」
忌々しいとばかりに鼻を鳴らしてから、セザール様の言葉に頷くクリス。そしてイケメン二人は揃って俺の方を見ると、困ったものを見るような目で笑った。
……こ、これは、回避できたのか?
断言はできないが、フラグは一つ折れたような気は……する。
でも、お前らにそんな目を向けられるいわれはないと思うんだけどな!
揃いも揃って、俺が何かしでかしたみたいな顔すんのやめろや!
「フレール」
「っ」
内心ぷりぷりしていると、いつの間にか距離を詰めていたセザール様が俺の手をとった。
心臓に悪いので、音もなく距離を詰めないでほしい。
この世界のイケメンは瞬間移動が標準装備か何かか?
「私は諦めないよ」
真剣な声音で言いつつ、手の甲にそっと唇が落とされる。
う、うわぁ。ぞわってした。
生理的悪寒が七割。もう三割は……。
「だから君も、どうか覚えていてほしい。その心が辛くなった時、君の近くには私という男がいることを」
「……ひゃ、ひゃい」
言いたくない。言わせないでほしい。
クリスが不服そうな眼差しを向ける中、俺はどもった声を返すので精一杯だった。
イケメンは……ずるい!!
「……しかし」
一つだけ、妙に引っかかっていることがある。
俺は首を傾げながら、その疑問を口にした。
「セザール様に助けを求めたっていう、
夢の一言で片付けるのは簡単だし、そうとしか言いようがない。
だが、セザール様の言葉は喉に引っかかった小骨のように消えなかった。
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