第41話:兄、キレる
前回までのあらすじ。
せざーる・るくすりあ が あらわれた!
ふれーる は こんらん している!
じゃん=くりすとふ・すぺるびあ が あらわれた!
ふれーるは は ぜったいぜつめい だ!
やべえ。
まずはそんな言葉が頭をよぎった。
俺と妹は、今まで最善手を打ってきたとは言えない。手段を取捨選択してきたし、そこまでなりふりかまってもいなかった。
だがそれでも、悪手は打っていなかったはずだ。
致命打になるような行動はとっていなかったと断言できるし、いつの間にか地雷を踏んでいたとかそういうのもない。
もっと言おう。
城に泊まっただけでこんな修羅場が発生するとか、想像できる奴おるか?
なんで考えうる限り最悪の展開になっているんだよ!
「……賊。その女を離せ」
ひえっ。
心の中で叫ぶ俺を後目に、クリスは聞いたこともないような低い声を発した。声もイケメンという国宝級イケメンのドスのきいた声がやばすぎて、その声を向けられたセザール様じゃなくて俺の肩が縮こまる。
なんだその人殺しましたよみたいなおっかない声!
アサシン適性高いのも大概にしろや!
「断る。無理やり少女を囲おうとする男の配下に、この子は渡せない」
ひぃっ。
一方のセザール様も、実に凄みがきいた声で応じる。こっちも迫力がありすぎて体が竦んだ。イケメン同士のメンチの切り合いがやばい。
何がやばいって、俺の心臓が。
「……は?」
そんなセザール様の言葉に、暗がりの中でもクリスが怪訝そうにしたのがわかった。
まあ、そうだよな。
怪我した俺を城で保護しただけだもんな、クリスがやったことって。
怪訝ついでに話し合いでの解決を考えてほしかったのだが、あいにくとそこまで頭が冷えてはくれなかったらしい。不明瞭なところは後で聞けばいいとばかりに、クリスは短剣を懐から取り出した。
なんでそんなもん持っているんだよ!
自衛のため?そうだね!
「もう一度言う。その女を離せ」
「繰り返そう。断る」
心でツッコミを入れる俺をよそに、一触即発になるイケメン二人。
部屋が暗いため、お互いに相手が誰か気づいていないらしい。クリスはセザール様を賊だと思っていて、セザール様はクリスのことを城の衛兵か何かだと勘違いしている。
片方でも気づいていれば、そのまま問答無用とはならなかっただろう。セザール様だってさすがに王子といきなり殺し合いはしないだろうし、クリスだってルクスリア家の次期当主と気づけばセーブくらいしてくれるはずだ。
しかし、両方とも気づいていない。
つまりは、お互いにとって目の前の相手は遠慮しなくてもいい奴ってことだ。
いや、賊はともかく衛兵はそんな気安く切り捨て御免してよくないけど!よくないんだけど悲しいかな、この世界って貴族社会なのよね!
「フレール、私の後ろに。危ないから、そこを動いてはいけないよ」
主人公ムーブを止めないセザール様は、そう言って俺を自分の後ろに隠す。
クリスの空気がいっそう張り詰めたのが嫌でもわかってしまい、俺の冷や汗もまたいっそう量が増えた。やばいやばいやばい。
「殺されても文句は言うなよ、賊」
「今は、手加減できる気がしない。剣を引くなら今のうちだぞ」
「ハッ」
そんなやりとりとともに、イケメン達がそれぞれ得物を構え直したのを見て。
ぶちっと。
俺の中で何かがキレた。
「――――どっせい!!!」
キレた俺がまずやったのは。
こっちに無防備な後ろ姿を向けるセザール様の股ぐらめがけて、思い切り足を振り上げることだった。
「はぅ……!?」
「……は?」
イケメンが出しちゃいけない声とともに、セザール様がその場に崩れ落ちる。
状況についていけていないクリスもまた、イケメンらしからぬまぬけな声を零した。
う、うわーっ!
あ、足、足にぐにゅって……う、うわーっ!
生々しい感触に、俺の股間から消えたはずの息子と玉がヒュンとなる。明後日に飛んでいた理性が少し戻ってきて、良心がはちゃめちゃに疼いた。
かつて男だったものとして、禁じ手といってもいい攻撃である。
いー兄さんに殺されかけた時でさえ抜かなかった魔剣だ。いやまああの時は、今よりも男としての意識が強かったのもあるんだが。
しかし、今さら怖気づいてもいられない。心の中で五体投地をしながら、俺は腰の高さにきたセザール様の後頭部を掴むと、そのまま床すれすれに押しつけた。
それと同時に俺も膝をつき、深々と頭を下げる。
「ごめん!!」
そして、渾身の謝罪を叫んだ。
安眠妨害、上等!
あ、でもこの部屋にはしばらく来ないでくれよな!
「ちょっとこの人、変な夢でも見たのか錯乱しててさあ!!この通り頭を下げさせてるから、許してやってくんない!?」
「さ、錯乱……?」
「セザール様はちょっと黙ってろ!」
「は、はい」
怪訝そうな声を零すセザール様を速攻で黙らせる。
あんたが喋るとややこしいことになるんだ、しばらく口閉じていろ!
「……セザール?」
一方のクリスといえば、俺の言葉でようやく相手が誰か気づいたらしい。放心しながらも完全には消えていなかった殺気的なものが、ようやく和らいだ。
「どういうことだ、一体」
「後で説明、説明するから。頼むから今は剣を収めてくれ」
「……」
「頼むよ、クリス。俺、どっちが傷ついても嫌だ」
顔を上げて、クリスのことをまっすぐ見据える。
そして、永遠だと錯覚しそうなほどの沈黙が流れた後。
「……やれやれ。お前にそこまで言われてはな」
溜息混じりにそう言うと、クリスは構えたままだった短剣をゆっくり下ろした。
それを見て、俺は心の底から安堵した。
刃傷沙汰は大いに御免だ。血とか見せられてもめちゃくちゃ困る。
その勢いあまって、妹が見せられた夢のようにデッドエンドも迎えたくない。
何より、クリスにもセザール様にも俺は怪我をしてほしくないのだ。
クリスは言わずもがなだが、セザール様はかつて、ただのフレールだったころの俺の心の支えだった。前世の記憶がインストールされ、彼の好意を素直に受け止められなくなった今でも、その恩は忘れちゃいない。
…………さて。
クリスはひとまずこれで問題ない。
次は……。
「……フレール。君は、一体」
男口調全開の俺を見て、セザール様は顔を伏せたままながらも怪訝そうな眼差しを向けてくる。
金的攻撃もあって、こっちの殺気は雲散霧消している。
だが、現状に納得しているかと言えば答えはNoだろう。この人の頭の中では、クリスは未だに俺を監禁しようとした男のはずだ。いやほんと、どんな夢を見たらそんな思い込みするわけ?
ともあれ、彼の視点だと俺は、自分を監禁しようとした男を庇う変な女である。
ここで俺が優しいからだとか、そういう曲解をされては困る。セザール様の呟きにはあえて返事をせず、俺はゆっくりと立ち上がった。
そして、大股でクリスの元へと向かう。
当然、セザール様としては見過ごせないだろう。
「フレール……っ!?」
無防備に監禁犯の方へと近づく俺を追いかけようと、彼が立ち上がったところで。
「…んっ」
一足早くクリスの前に辿り着いた俺は、奴の首に手を回すと、そのままつま先立ちをした。
「――――」
「……えっ」
イケメン二人の反応を後目に、同じ体勢を続ける。
何も言わない。というか言えない。
つま先立ちがしんどくなって体勢を維持するのが難しくなるまで続けた後、俺は両足を床に戻した。
「ぷはっ」
あー、息苦しかった。
……………………。
詳細な描写は!しねえ!!わかれ!!
「…………」
「えーっと、つまりですね」
ぽかんとしているセザール様に改めて向き直ると、俺は同じくぽかんとしているクリスの腕に自分の腕を絡めて引き寄せて。
「私達、こういう仲ですので。セザール様が考えているような、権力をかさにきた無理強いとかは一切、一切!ないので!」
力強く暴露した。
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