第22話:「仕方ないから好きになってやるよ」
「落下オチなんてサイテー!!」
勢いよく上体を起こしながら、目覚めと同時に俺は叫んだ。
いやほんと、もうちょっと穏便な方法あっただろ絶対!
銀髪の所業に憤慨していると、横から視線が突き刺さるのを感じた。それにつられるように顔を動かせば、驚いたように目を丸くしているアサシンと目が合った。
「…………」
……気まずっ!!
反射的に目を逸らした。
寝て起きてからどれだけ間が空いたのか完全に聞き忘れていたけど、俺の感覚ではついさっき別れたようなもんなんだよなこいつ!
っていうかなんでこいつ、ここにいるの。
パッと辺りを見た限り、今いるの俺の部屋っぽいんだけど。
妹。せめて妹はいないのか。
銀髪曰く俺のせいでだいぶへこんでいるらしいから早く撫でてやりたいんだけど。
「……お前」
なるべくアサシンと目を合わせないように部屋を見渡していると、アサシンが口を開く。
「お前は、俺が知っているフレールだな?」
「はい?」
「路地裏で俺の口にリンゴをねじ込んだ方のフレールだよな?」
「分類の仕方がひでえな!」
もっと他にいい分け方あるだろ!
思わず素の口調でツッコミを入れると、アサシンはあからさまに肩から力を抜いた。頬が腫れ上がってもイケメンな顔が、安心したように緩む。
……ん?腫れている?
「お前、その顔どうしたの」
さっきはちゃんと見ていなかったので気づかなかったが、よくよく見ると浅黒い肌が眩しいワイルド系イケメンフェイスの片側が赤く腫れていた。
誰かにはたかれたか殴られたか。
こんな国宝級イケメンの顔を殴るなんて度胸があるな……。国宝級さわやか系イケメンに全力で飛び蹴りしたことがある俺の言えたことではないが。
「スール嬢に全力のグーパンチをお見舞いされただけだ。気にするな」
「気になるところしかないんだが?」
妹の所業だった。
何やってんだ妹!
「まあ、仕方ないと言えば仕方ない。前世の記憶とやらがなくなったお前が、俺と二人きりの時に階段から飛び降りたからな。監督不行き届きで激しい叱責を受けた」
「oh……」
やらかしたのは俺の方だった。
何やってんだよ俺!っていうか素フレール!
いや、階段から飛び降りたってあいつ言っていたけどさ!
「スール嬢は散々怒鳴って、今は力尽きて眠っている。義弟が看病しているが、お前も後で行ってやるといい」
「そうする……」
素直に頷いた。
しかし、看病しているのは義弟か……そうか……。
結局俺をダシにしてあいつの恋路が進んでいるようで、納得がいかない。いやまあ、大事な兄をぶん殴った相手につきっきりで看病するくらいなんだから本気なんだろうけど。
「……」
恋路という単語を連想したことで、脳内で素フレールがチアリーダー御用達のポンポンを持ってエールを送っている姿を幻視した。ええい去れ、CP厨。
ん?
そういやさっき、アサシンがさらっとすごいこと言ってなかったか?
「前世の記憶とやらってどういうこと?」
「今のお前じゃないフレールがそう言っていたぞ。一年半前に階段から落ちた時に前世の記憶を取り戻して、昨日目覚めたらそれがなくなっていた」
「そっかあ。起きたのは昨日かあ」
「ちなみに三日寝込んでいたらしいなお前」
「そっかあ」
そりゃあ妹も憔悴しているって言われるレベルでへこむわな。
……いやいやいやいやいや。
素フレールさんちょっと!!
俺に引き継ぐべきだったことたくさんあるじゃんこれ!CPマシンガントークをしている場合じゃなかったろ!
どうしてこの世界の人間は、報連相とかアポイントメントとか引き継ぎとかそういうことをしないんだ。そのせいで振り回されたり混乱したりする人間のことを少しくらいは考えてほしい。
あいつ、本当に俺に会いに来ただけじゃねえか。
「……思考に整理が必要そうなところ悪いが」
「はい」
「俺の話を聞いてもらってもいいか?」
思わずこめかみを押さえていた俺に、アサシンは真面目くさった顔で聞いてきた。
「……」
嫌だなあとまずは思った。
こちとら寝起きなのだから、ひとまず今の情報量で受けた衝撃を回復させてほしい。それが第一の理由で、もう一つの理由はまあ、嫌なことを後回しにしたいあれである。
とはいえ、アサシンはとても真面目なツラと声だった。
これを無下にするのは、心苦しい。
あと、ここで逃げると俺はまたこいつから逃げる気がした。
それじゃあ、素フレールに「フレール」という場所を譲られた意味がない。
「いいよ。聞く」
「ん。すまないな」
頷けば、殊勝な返事が返ってきた。
「改めて言うが、俺はお前の前世とやらについて少し聞いた。聞いたと言っても、スール嬢の前世の兄だったということくらいだが」
「……なんかすんなり受け入れてない?」
「正直話半分だ。とはいえ、お前の精神性が男に寄っているというならわからなくもないからな。そういう認識でなら納得もいく」
「遠回しに俺が女らしくないって言ってないか?」
「淑女は人の胸ぐらを掴み上げてガンを飛ばしたり、人に飛び蹴りしたりしない」
「はい」
前世にはそういう女の子、結構いたけどな。
しかしここは中世ヨーロッパを模した異世界である。そういうおてんば(好意的な表現)な女の子は皆無だと思うので、反論は口に出さなかった。
「前世だろうが二重人格だろうが、俺と交流があったフレールは男性性が強い。俺はそういう認識なんだが、間違ってないか?」
「まあ、うん。そうだよ。男性性が強いっていうか、精神はほぼ男」
「わかった。では、俺の認識が間違っていなかったという前提で、本題に入る」
そう言うと、アサシンは自分の膝の上で両の拳を強く握りしめる。
そして、俺の前で深々と頭を下げた。
「まずは俺の浅慮な行動が、今までの記憶を飛ばしかけるほどのショックをお前に与えてしまったことを、深くお詫び申し上げる」
「ちょっ、大げさ、大げさだから!」
ガチ謝罪をしてきたアサシンに、大いに慌てて体を起こしかける。
しかしそれは、俺の手を掴むようにして伸びてきた手に止められた。
そのまま顔を近づけられる。鼻先まで触れかけたところで、またキスをされると思い、とっさに目をつぶった。何の解決にもならないと気づいたのは、いつまでたっても覚悟していた感触が来なかった後だ。
「……?」
恐る恐る、目を開ける。
目を閉じる前と同じ近さに、イケメンの顔があった。
「ひえっ」
「……」
思わず裏返った声を上げると、目の前にいるイケメンがジト目をした。
「こらっ、呆れた顔をするな!」
「色気がない」
「うっさいわ!色気が欲しいならそういうの持ってる女の子のとこ行け!」
「それはないな」
くくっと短く意地悪な笑い声を零した後、アサシンは柔らかく笑った。
「中身が男だろうが色気がなかろうが、俺は今のフレールに惚れているからな。例え見た目がお前と同じでもっと魅力的な娘がいたとしても、ジャン=クリストフはお前が良い」
「ぉ、ふ」
我ながら女の子らしさゼロのリアクションをしてしまった。
それでもアサシンは萎えた様子もなく、そんな俺を愛しいものを見るような目で見つめる。
「お前が好きだよ、フレール」
心臓が止まって死ぬかと思った。
「……とはいえ、気にならないというのは俺だけだ」
しかし、金魚みたいに真っ赤になって口をパクパクさせている俺とは対照的に、アサシンは平然とした様子で俺から顔を離した。
「ところでもう一つ確認なんだが、執事長のイーラとは知り合いなんだな?」
「……いー兄さんが話しでもしたの?それ」
「ああ。あいつの話しぶりだとお前達は好き合っているように聞こえたんだが、同じ男でもイーラのことは特別なのか?」
「はぁ!?」
腹から声が出た。
シリアスな気持ちが薄れる。
「……あっ、例の話か!もし変なこと言ってたとしたら、それは俺と付き合うのが王子のためにならないっていう余計な気遣いからくる演技だから!」
「イーラのことは好きではないと?」
「男を好きになるわけないだろ!」
お色気むんむんな年上の幼馴染お姉さんならまだしも、久しぶりに会った幼馴染のお兄ちゃんにそういう感情は間違っても湧かない。妹に欲情するようなもんだろ。
っていうか事後承諾で何吹き込んでいるんだかなあの幼馴染!
今度会ったらぶん殴る。
そんな決意を新たにしていると、アサシンは小さく息をついた。安心したような残念がっているような、そんな感じの吐息だ。
「男にも例外があるなら、粘ってみようとも思ったんだがな。そういうことなら、お前に俺の気持ちを押しつけるつもりはない」
「えっ」
「生理的に無理なんだろう?惚れた娘に嫌なことを強いるほど俺も鬼畜ではない」
「……」
思わず呆けていると、アサシンはゆっくりと立ち上がった。
そのまま俺に背を向けて、一歩、また一歩と離れていく。
何も言わなければ、あいつはこのまま帰るんだろう。
そして多分、もう俺のところには来ないんだろうなと思った。
アサシン――いや、もう観念しよう。
クリスにもう会えない。
そう考えた時、俺の心臓は張り裂けそうなくらい痛かったのだから。
俺の前世は男だし。
大事なのは妹だし。
同じ男とキスするなんて気持ち悪いし。
まして男を付き合うなんてという思いはまだあるが。
今の俺は女の子でもあるのだ。
もう一つの性別を優先させたって、良いだろう。
妹に破滅フラグが立ちはだかったとしても、こいつなら一緒に折ってくれるはずだ。補正とやらの呪縛を逃れて、俺じゃなく妹を好きになったもう一人の王子様もいることだしな。
「あのさあ。さっきの返事、聞かなくてもいいの?」
そう声をかければ、扉の近くまで歩いていたクリスの足がぴたりと止まった。
「……平然としているように見えるかもしれないが、これでもかなり色々なものを飲み込んでいるんだぞ。さすがに追い打ちされるのは――」
少し怒ったような声で言いながら振り返ったクリスはしかし、途中でその言葉を止める。
そして、丸くした目で俺のことを見ていた。
……くっそ、そんなまじまじと見るな!
わかっているんだよ、自分の顔が耳まで真っ赤になっていることくらい!
「フレール」
「返事いるの!いらないの!」
呼びかけを無視して声を荒げる。
いよいよ恥ずかしくなってシーツを被ろうかと考えていると、ずかずかと大股でクリスが戻ってくる。近寄ってきた時と同じ勢いで乱暴に椅子に座ったクリスは、目を合わさんとしていた俺の顔を遠慮なく覗き込んできた。
「フレール」
「なんだよ!」
「俺は調子に乗るし、手放さない自信がないぞ。憐憫のつもりならやめておけ」
「……ふはっ」
そう言うクリスの顔はひどく緊張したもので、思わず笑ってしまった。
当然クリスは顔を顰めるが、それを宥めてやるようにぽんぽんと頭を撫でる。
憐憫なあ。
まあ、自分自身にはそう言い訳することにしよう。
「お前にほだされたようなもんだけど、同情とかそういうんじゃねえよ」
「……」
「お前こそ、後でやっぱりあっちの俺がよかったって言うなよ」
「何度も言わせるな。例えもう一人のフレールにどれだけ胸が高鳴ったとしても、ジャン=クリストフが良いのは今のお前だ」
「……そっか」
……くっそ、嬉しいな。
頬にまた熱が集まるのを感じる。恥ずかしくて顔を背けたいのを我慢すると、心の中で妹に謝りながら俺は白旗を上げることにした。
悪いな、妹。
兄ちゃんはこれから、こいつを攻略することにします。
「いいか、一回しか言わないからよーっく聞けよ?」
そう言って、クリスにいったん距離をとらせる。
それから大きく息を吸って、口を開いた。
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