高架下の男
松元嬉々
高架下の男
その男との出会いは、突然でした。
当時の私は仕事が忙しく、朝の6時には出勤し、深夜に帰宅するという生活が続いていました。
いつもと変わらず自宅近くの高架下に差し掛かったとき、街灯もない暗い中、壁に寄りかかって座っていた男に、いきなり話しかけられました。
「時間をもらっていただけませんか」
最初は何を言われたのか理解できず、聞き返すと、
「ですから、私の時間を1日のうち4時間ほどあなたに差し上げます。対価はいただきません」
「言っている意味がよく・・・」
男が私の言葉を遮るように続ける。
「私は、実は病気で、仕事をすることができず、特に趣味も持たず、家族も持たないので、独りぼっちで、孤独な時間が多すぎて困っているのです。忙しそうなあなたなら、私の孤独な時間を有効に使っていただけると思います。
私もあなたに時間を差し上げることで、孤独感に苦しむ時間を少しでも少なくできます。
お願いできませんか」
男が言うには、男の両肩に手を置き、額を合わせることで男の持つ時間を私に譲渡できるらしい。
あまりにも懇願されたため、本当のこととは到底思えないが、男の切迫性を受けて、人助けのため、と思い応じることにした。
「はい、これであなたに私の時間が譲渡されました。あなたにとっての1日は28時間となりました。
昼の12時きっかりにあなた以外の方の時間が止まり、4時間経てば元の時間の流れに戻ります。
ちなみに私1日の時間は20時間となります。
ただし、1日に1回夜中にここに来てください。
時間の譲渡は従量制で、1回の譲渡では1日分しかお渡しすることができません」
「わかりました、お身体に気をつけて」
翌日、私は少しだけドキドキしながら通常通り出勤し、仕事をし、昼の12時を待った。
男の言う通り、12時きっかりに私以外の人間が動かなくなり、明らかに時間が止められたことが分かった。
4時間後、時計は12時1分1秒を刻み、時間は元の流れに戻った。
与えられた4時間、私は何もすることなくぼうっとしていた。仕事のシステムも全て停止しているため、4時間の間に仕事を進めることもできず、もちろん誰とも話をすることもできず、何か心に寂しさのようなものが残った。
その日の夜も、高架下の男のところへ向かった。
「有意義に過ごせましたか?」
男が言う。
「今日はあまり・・・明日はうまく過ごせるようにします」
次の日も、また次の日も、来る日も来る日も私は同じように男の時間をもらい、なんとか有意義に過ごせるように考えたが、やはり、誰とも接することの無い4時間は、とても寂しいものだった。
4時間どころではない男の孤独を想うと、切ない気持ちになった。
私にとっても、その4時間は、とても孤独で苦しい時間になっていた。
そして時間を男からもらい始めて6日目の夜、もう時間をいただくことはやめにしますと男に伝えるため高架下に向かうと、そこには男の姿は無かった。
代わりに白い封筒に入った手紙が壁に立てかけてあった。
そこには男から私への言葉が綴られていた。
「私は、あなたにお会いしたとき、既に余命が1週間、つまり時間で表すと168時間程と決められていた身でした。世の中に何の貢献もできなかった私の人生ですが、最後の1日を誰かにお渡しすることで、安らかな気持ちで死にゆくことができるのではないかと思い、この方法を思いつきました。
まさか本当に上手くいくとは正直思っていませんでしたが・・・あなたは毎晩私のところへ来てくれました。神様がいるのであれば、最後の私のわがままを実現していただいたことと、あなたとの出会いを与えてくださったことに感謝しようと思います。
あなたが夜中に来てくださるのを待っている時間は、私に染み付いた孤独感を丁寧に和らげてくださいました。
もう二度とお会いすることはできませんが、お付き合いいただいたことに感謝致します。
最後になりました、明日からは、またあなたは通常の時間の中で生きていくことになるでしょう。
腹が立つことや悔しいこともあるでしょうが、それも含めて、人とのつながりを大切にしてください。
どの要素も、あなたが独りで生きているわけではないという証明です。
本当に楽しい時間を、そして私のわがままな24時間を受け取っていただき、ありがとうございました。
それでは」
私は手紙を閉じることができず、しばらく男の居た場所に立ち尽くした。
高架下の男 松元嬉々 @jazzy-ryo
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