大団円エンド ―本編にも登場しなかった彼の友人から見た景色―


 高校時代からの友人、加納弘一がこの度めでたく結婚することになった。

 だけど、その招待状を受け取った時に複雑な思いが胸にわいてしまったのは、やっぱり僕がまだ彼女の死をちゃんと受け入れられていなかった証拠なのだろう。

 彼女―――――飯田頼子さんの死を。



 飯田さんは弘一と同じく、高校時代に知り合った女の子だった。

 明るくて気さくで、女子とまともに喋ることができなかった僕にもよく話しかけてくれる、貴重な友人―そう、友人だったんだ、と、思う。

 彼女は弘一のことが好きだった。

 傍から見ればバレバレなんだけど、鈍感な弘一は全然気が付かないもんだから、本当にじれったかった。

 そんな二人が晴れて恋人となった時、僕はようやく自覚することになる。自分が失恋したんだってことに。

 弘一のことが言えないくらい、僕は自分の気持ちに鈍感だったというわけ。

 それでも弘一はイイヤツだったし、恋人になれた飯田さんが幸せそうに笑うから、僕は悲しくても嬉しくて、苦しくても二人の友人でいた。

 別々の進路に進んでも僕と弘一はたまに遊んだし、飯田さんの近況を弘一から聞いたりもしてた。

 きっと二人は結婚するんだろうな、と。それを想像して、寂しいけど温かい気持ちにもなれた自分に、あ、僕の恋は終わったんだって、気付いた。

 それから本当にラッキーなことに、こんな僕を好きだって、そう言ってくれる女の子が現われたりもして。

 そう、人生はいつも予想外のことが起こる。でもそれを、あんな形で実感させられるなんて思わなかった。

 まさか、飯田さんが事件に巻き込まれるなんて。……………死んでしまうなんて。

 飯田さんが行方不明になった時、弘一は見ていられないくらい憔悴して、ほとんど気が狂う寸前のようだった。

 僕は弘一まで何か起きるんじゃないかって、そんなことになりませんようにって、祈るしかなかった。

 飯田さんが発見されて、死んでいたことが判明して。弘一はどこか人が変わってしまったようだった。

 態度がよそよそしく感じられたし、はっきりとものを言わなくなってしまった。

 僕は寂しかったけど、弘一のショックを考えれば、何も言えなかった。

 それでも細々とだけど連絡は取り合っていて、会えば弘一はやっぱりイイヤツなんだ。

 だから本来なら、この結婚式は、彼が立ち直ったんだと祝福すべきなんだろう。

 それでも僕は、どうしても弘一の隣に立っているのが彼女じゃないことに、違和感を覚えてしまうんだ。




 結婚式はお寺で行う、いわゆる仏前式というものらしい。

 お嫁さんのご実家がお寺なのだそうだ。由緒正しいお嬢さん、という人なのかな。

 まだ見ぬ友人の奥さんを想像しようとしたけど、出てきたのはやっぱり飯田さんの姿だった。

 受付を済ませて辺りを見回せば、高校時代の友人で招かれたのはどうやら僕一人だけのようだと分かった。

 弘一と飯田さんの仲の良さは知れ渡っていたから、それを知っている人は、確かに招きづらかったのかもしれない。

 それにしても、招かれている人達が奇妙に見えるのは気のせいか?

 すんごく強面だったり、外国人っぽい人もいれば、中学生くらいに見える女の子もいる。てんで、バラバラだ。

 弘一って確か公務員になったんだよな。あれ? でも具体的に何の仕事をしてるか、聞いたことはないや。いったい、何をしているんだろ。

 考え込んでいた僕だったけど、ふっと前を横切ったものにぎょっとしてしまった。

 だってその女の人の足に―青いワンピースの裾から―ふわっふわの毛がまとわりついていたんだから!

 しかも!! わさわさ動いてるよーに見える!?

 唖然としていたら、彼女がパッとこちらを振り向いて「いっけなぁい」とチロッと舌を出したりなんかして。

 その顔に思わず見惚れてたら、その毛むくじゃらの何かはなくなってしまっていた。か、飾りだった、のか?

 そこに「お支度が整いました。皆様、お集まりください」という声が響く。

 シャーン…………シャーン…………シャーン。

 厳かな雰囲気のなか、花婿と花嫁が玉砂利の道を歩いていく。

 弘一は紋付き袴姿。お嫁さんは白無垢姿。残念なことに綿帽子を被っているから顔はよく見えなかった。

 でもびっくりするくらい白い肌に、きりりとした口紅がすごく印象に残った。

 式はつつがなく終わった。

 披露宴は近くのホテルでするそうで、式が終われば移動だ。

 移動中、とりあえず挨拶だけでも、と思って「この度は、おめでとうございます」と弘一のおばさんに声をかけた。

 僕を知っているおばさんは「来てくれてありがとう」と、嬉しそうに目を細めてくれた。

「あの子ったら、他の子は呼ばないって、貴方だけしか招待しなかったの。ごめんなさいね」

「いえ、いいんですよ。弘一にも色々あったんだし。それに、ほら。おめでたい日なんですから」

 僕がそう言えば、おばさんは「そうね」と淡く笑った。

 おばさんと二、三、世間話をしている間に、ホテルへとたどり着いた。

 どうも、お色直しがあるみたいだ。案内された席に着き、そこで待たされる。

 ん? 今、おばさんと話している女の人。あれってお嫁さんの親族なのかな?

 でも、さっきのお寺の人なんだよな? 銀髪に蒼い目してるぞ?

 歳はおばさんと同じか、ちょっと上くらいに見えるけど………あ、隣にやってきた男性、さっきのお寺のお坊様だ! じゃあ、やっぱりお嫁さんの親族の人なんだ。

 和やかに談笑しているそれは、良いご縁だったんだろうって感じさせて、ちょっとだけ僕はモヤっとした。

 とか、観察していた僕だけど、この後にもっととんでもない人を発見する。

 え? 何で君がここにいるの!? しかも! まさかの、お嫁さんの友人席にっ!!

 そこにいたのは、飯田さんの妹さんだったんだ!

 ――――いや、本当に、何で?

 そもそも僕が何で飯田さんの妹さんを知っているのかっていえば、学園祭に妹さんが遊びに来た時に会っているからだ。

 お姉さん大好き! って感じの、本当に良い子だった。もちろん弘一も可愛がってて。え? だから??

「皆様、お待たせしました! 新郎、新婦のご入場です!!」

 動揺している僕などそっちのけで披露宴が始まった。

 ぱっと開かれた扉から現れたのは、グレーのタキシード姿になった弘一と、淡いピンクのゴージャスなドレスに身を包んだ女性……………というか超絶の美女。それも、明らかに外国の方の。

 僕はぽかんと口を開けていた。

 え? 弘一が金髪碧眼の超美女と腕くんで歩いてる??

 ……………………えぇぇぇぇぇぇっ!?!?

 これを予想できた人がいたら、僕は真剣にお金を払ってこのさき何が起こるか聞くだろう。

 って、しかも! 飯田さんの妹さんは何故か涙ぐんでるし!!

 わ、分からない。いったい何がどうして、こうなった?

 あ、でも、泣いているのは妹さんだけじゃないみたいだ。

 親族席で盛大に「シャルちゃん綺麗だよぉぉぉ!」と泣いてる人がいた。これまた超美形で、短めの黒髪に蒼い目をした女の人だ。

 その隣に、またも美形。美形率が異常に高くないか? この親族席!

 アッシュブロンドで、この男性は外国の人のような顔に見えた。しかし、そんな容姿なのに着ているのは紋付き袴。いや、格好良く似合ってはいるけど。

 何だかお嫁さんの親族の人達は奇妙だ。いや、そもそもこの式自体が、全体的に奇妙なんだ。

 どうして弘一があんな美人と結婚に至ったのか……………謎だ。

 幾つかの挨拶の後、料理が運ばれてきて、新婦と新婦がテーブルを回りながらの挨拶になった。

 僕の席に来た時、弘一は真っ先に「来てくれて、ありがとな。すごく嬉しい」と僕に言った。僕は「当たり前だろ」と返した。

 すると、お嫁さんが何故だか「わっ、わっ、変わってない! すごい! 安心するっ!!」とよく分からない興奮を見せた。

 「この度は、おめでとうございます」と僕が言えば、彼女はまるで女神様のような笑顔で「ありがとー。これからもヒロのこと、よろしくねっ!」と言った。

 すごいフレンドリーさだ。が、外国の人だから? あと日本語、上手いなぁっ!

 もしかしたら、弘一から僕のことを聞いていたのかもしれない。

 披露宴はつつがなく進んでいく。

 余興の手品がとてつもなく凄かったり―いったいどうやってナイフやカードをあんな風に宙に浮かせるんだろう?―ケーキ入刀の演出が凝っていたり―花火が部屋じゅうに映し出されたり―と、驚きの連続だったけど。

 あとハプニングなんだろうけど、弘一の同僚の男性が酔っ払っちゃって、何故だか余興の道具の剣とか出しちゃって。しかも彼を、紋付き袴姿のあのアッシュブロンドの超美形な男の人が取り押さえたりして。

 それは、まぁ、色々あったわけだけど。それでも着々と披露宴は終わりに近づいていた。

 こういう時にありがちな、新郎、新婦の馴れ初めとか、そういう紹介はなくて、やっぱり二人がどうしてこうなったのかは謎のままだったけど、幸せそうなことは確かなようだ。

 だけど、どうしてかな。やっぱり僕は切なくなるんだ。

 弘一が幸せそうに笑えば笑うほど。この式が祝福されればされるほど。

 僕は飯田さんを思い出すんだ。

 最後は、新郎、新婦と親族がそろっての見送りだった。

 外に出れば、なんと空に虹がかかっていた。まるで神様からの贈りものみたいだった。

 きらきらしている、そのすべてに。僕は……………僕の足は重くなった。

 弘一の顔が見れない、と思った。幸せそうな顔は見たくない、とまで思ってしまった。

 けれど、僕は見た――――見てしまった。

 それは、ほんのワンシーンの出来事で、たぶん僕にしか分からないことで。でも、それを見た瞬間、僕は雷にでも打たれたようだった。

 お嫁さんが弘一のわき腹を肘で小突いて、二人は笑いあう。なんてことない、ほんのワンシーン。

 でもでも、それは―――――高校生の時、何度も何度も何度も! 僕が目にした、二人のやり取りだったんだ。

 そう! 飯田さんと弘一の!!

 どういう、ことなんだろう?

 ふいに僕には、お嫁さんの顔が似ても似つかない飯田さんにしか見えなくなってしまった。目が離せないくらい。

 そうしているうちに、僕は二人に近づいて、その前にまで来てしまった。

「本当に、ありがとな」

 僕の手を握る弘一に、聞きたいことが喉まで出かかったけど、違う言葉を口にした。

「しっかりやれよな」

「………………ああ」

 そして僕はお嫁さんを見た。

 間近で見れば、まったくの別人に見える。それに、そんなことがあるはずがない。飯田頼子さんは、死んだのだから。

 でも、じゃあ、さっきのあれは何だったんだ? あんなにそっくりの仕草ができるものなんだろうか。

……………………分からない。でも。

「あの、握手、してもらえますか?」

「何言ってんの! 当たり前、あ、うん、そうですね。はいっ!」

 やっぱりこの人は飯田さんに似ている気がする。

 ほっそりした手がぱっと僕の手に伸びて、思いの外、強くぎゅっと握手してくれた。

 僕は思わず聞いた。

「今、幸せ、ですよね?」

 彼女はきょとんとして、それからとびきりの笑顔で頷いた。

「もっちろん!」

 ああ、うん――――だったら、いいんだ。これで、いいんだ。

 僕は、すとんと、何かが自分のなかで落ち着いたように感じた。

 招待状をもらってからモヤモヤしていた何かが、ちゃんとあるべき所に納まったというか。

 これが、本当に変な話なんだけど。

「これからも、ずっとお幸せに」

 僕は心の底から笑って、そう言うことができた。

 ああ、よかった。良い式だった。出席できて、本当によかった。

 引き出物を手に下げた帰り道。

 僕の心は、この上なく晴れやかだった。











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